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今なら許せる

「……」
「やあ、おはよう」
「……やあ、おやすみ」
「こらこらこらこら」

やたらと頼りがいのある包容力が滲む掌はしかし、無慈悲にDIOからふかふかの掛布団を引っぺがしてゆく。細かな埃を巻き上げながら羽毛布団は宙を舞い、そしてカーテンの閉め切られた窓のすぐ傍に着地した。
豪奢なベッドに横向きに横たわったまま、DIOは眼前の男を睨みつける。ディオも困った奴だな、やれやれだね、なんて台詞が滲む苦笑を浮かべているのは、100年ほど昔にDIOがその手で葬ったジョナサン・ジョースターその人であった。DIOが奪い取ったはずの首から下も、何故かきっちりと生えている。フォーマルな衣服に押さえ付けられるように収まっているその逞しい肉体は、DIOの中に残るジョナサンの記憶にぱっちりと重なるものだった。
「随分と鮮明な夢があったものだ。なにやら肌寒ければ、沸々と腹も立つ。いや、見事にリアルなものだな。腹が立つあまり動悸までしているぞ」
「夢ってなんだい。君寝惚けてる?」
「死んだ男が目の前にいる。これが夢でなくてなんだという」
「現実だよ、DIO。ほっぺつねってあげようか?」
「わたしに触れるな」
頬へと向かって伸びてくるジョナサンの指先が目的地に到達する寸前に、DIOは右手の中指を突き立てた。煽るように突き上げる動作のおまけ付である。ジョナサンの指は中空で静止し、大きな瞳はぱちくりと瞬いた。しかし次の瞬間には、

「えいっ」
「むぁっ!?」

DIOの滑らかな白い頬を、やはり無慈悲に引っ張り上げたのだった。子供のような掛け声には全く見合わない馬鹿力である。ぶんぶんと首を振るDIOが解放された頃には患部は哀れなほどに赤くなっていて、ジョナサンを射殺さんばかりに睨み上げる両目にはうっすらと涙が浮いていた。
「お前は、自分の力を見誤っている節があるッ!手加減しろ、ジョジョのアホ!」
「でも、これで分かっただろ?ぼくがここにいるのは、夢じゃあなくて現実なのだって」
「悪びれもせず、お前という奴は!!」
「ははは、ごめんね、ディオ」
へらへらと笑いながら告げられた謝罪には、やはり誠意というものがない。しかしながら、その一言、そして続く己の名前に込められた暖かな親しみに、DIOが山ほど用意した罵詈雑言などは喉の奥にまで引っ込んでいってしまう。
――昔から、そうだった。ジョジョの気の抜けた笑顔を見ていると、ひとり激情に駆られる自分が馬鹿馬鹿しくなってくるものだった。
DIOは過日の記憶を反芻するも、3秒を過ぎた辺りで胸糞が悪くて仕方がなくなってきたので、寝返りと共に打ち切った。背後ではきいと重々しくスプリングが軋む。ジョナサンがDIOのベッドに腰掛けたのだ。肩越しにちらりと見やれば、尚もジョナサンは悪びれなく親しげに笑っている。DIOは舌打ちを漏らしながら、引っ掴んだ枕を胸元に抱き込んだ。
「ねぇ、撫でていいかい。頭」
「わたしに触れるな」
「じゃあせめてこっちを向いておくれよ」
「うるさい幻だな」
「まだそんなことを言うのかい、君」
「む、」
ジョナサンの掌がわしわしとDIOの髪を掻き乱す。懐かしいその感触に、DIOの胸にじん、と甘やかな痺れが走ってゆく。きつく眉間に寄っていた皺は、いつの間にか消えていた。なにやら緩みかけている己を叱咤するよう、DIOはぶんぶんと首を振るも、むしろ大きな掌に頭を擦り付けるようなその動作はちっとも抵抗になっていない。
ジョナサンは益々笑みを深め、黒子が3つ並ぶ耳朶をふにふにと揉みしだく。色めいた声が飛び出しそうになって唇をきゅっと噛み締めて、DIOは抱え込んだ枕に爪を立てた。
「君、君は、なにかぼくに言いたいことがあったんだろう。ぼくも今なら、ちゃんと君と向き合えるような気がするんだ。100年前のぼくも、君から目を背けたつもりはなかったが、今にして思えばぼくもぼくで青い若造だったものだから、自分のことばかりに必死になって、君をちゃんと見れていなかったような気もしている。なあ君、もう100年も経ったんだ。そろそろ腹を割って話すのも悪くはないんじゃあないか」
「……何の話をしているんだ、お前は?」
「だから、いい加減ちゃんと目を見て話さないかいと言っているんだよ、ディオ」
穏やかな声で囁きながら、ジョナサンは人差し指と中指に絡めたDIOの髪をそっと引いた。優しい接触に強制力はない。ジョナサンはただ、目を見てくれた方が嬉しいのだと、ほんの少しの力で促しているだけである。だからDIOが寝返りを打ち、不機嫌な顔でジョナサンを見上げたのは、気難しい吸血鬼の自発的な行動なのだった。恐ろしい顰め面である。それでもジョナサンは怯まない。金の髪を払いのけて現れた白い額に、口の先でそっと触れ出す始末である。
「お前は、お前という幻は、呆れるほどに生前のジョジョそっくりだ」
「まだ言うかい。あ、もしかしてディオ、忘れてる?」
「はあ?」
「ぼくが今ここにいるのは、君が――まあ、今はいいか、そんなこと。ぼくは君の話が聞きたいんだよ、ディオ」
前髪を撫でつける指の優しさが、DIOの現実を曖昧に溶かしてゆく。夢だ幻だとは思えども、武骨な掌が愛しげに髪を梳く感触はあまりにも生々しかったのだ。いつかそうして触れ合った時間があったのだということを――そこには確かに、青い若造が若造なりに必死で抱いた感情があったのだということを、否が応でも思い起こさせるには充分なほどに。
ジョナサンは穏やかに微笑んで、一心にDIOを見つめている。どこまでも記憶にある通りのジョナサンそのものである表情に、どうしようもなく切実な感慨が込み上げてくる気配があって、DIOは苦しげに眉を寄せた。そして、これは夢だ、幻だ、目を覚ませばここにジョジョなどはいないのだから、何を言ったってこんなものは独り言だ――なんて言い訳を心の中で何度も繰り返し、喉の奥から絞り出すような声を、ぽつりと漏らす。
「――おれは、お前を許したかったのだと思う」
「君が、ぼくを?」
「生まれたときから大きなお屋敷に住むお坊ちゃんで、親の愛にも恵まれたお前のことを。1ミリたりとも屈折することなく生き抜いたお前のことを――許したかったのだと、思う」
「許せなかった?どうしても?」
「どうしても」
仰向けになったDIOは、静かに緑の瞳を見上げながら続ける。
「だってそんなのは、ちっともおれではないじゃあないか」
「ああ――ふふ、そうだね、ああ、そうだ」
「きっと、『そうした気持ちもないではなかった』というだけのことなんだ。おれは、お前がそういう奴だったから嫌いだった、大嫌いだった。そっちの気持ちの方が、お前を許したいなんて気持ちよりよっぽど強かった」
「そんなにぼくが嫌いだってなら、どうして許したいだなんて思ったんだい」
「多分、好きだった。心のどこかで、愛してた。そんな気持ちも、ないではなかったんだ。きっと、きっとな、ジョジョ」
「きっと明日は、嵐が来るね。ディオが素直だ」
「お前のそういう所も嫌いだったんだよ、ジョジョのアホ」
「もし君がなにかの気まぐれで心変わりをして、ぼくを許せていたらどうなっていたのだろうね」
「おれは、この20世紀に辿り着くことができなかった。ああ、お前が嫌いでよかった。本当に」
「そんなに嫌い嫌い言われると、さすがに傷付くな」
ぴんと揃えられた太い指が、戯れるように白い額をぺしりとはたく。指を離せば、少々間抜けな赤い痕。その箇所へ向かって、ジョナサンは再びちゅっとキスをする。くすぐったげにかぶりを振ったDIOの口元は、ぎこちなくも三日月の形に笑んでいた。
「きっと今なら、許せるぞ。お前を許せるような気がしている」
「どうして?」
「お前に拘る必要がなくなったからだ。おれはなジョジョ、天国に行きたいのだ。その為にはジョジョがどういう育ちをして、どういう男だなんてことなどは、全くもって必要ない。つまり20世紀のこのDIOは、ジョナサン・ジョースターという男を必要としていないのだな。お前を叩きのめさねば己が立ち行かぬのだと、視野狭窄にも程があった子供である『ディオ・ブランド―』はお前と共に海の底へと沈んだのだ」
気だるくジョナサンの首に回されたDIOの両腕は、『必要ない』と切り捨てた言葉とは裏腹に、偏執的に絡みつく蔦のようである。穏やかな執着が心地よかった。ジョナサンは満足げに微笑んだ。
許せる気がしている、というのはジョナサンにしたって同じことだった。DIOからの大小さまざまな嫌がらせあれこれや、嫌がらせでは済ますことの出来ない非道の数々も――全てを完全に許してしまえる、ということはではなかったが、それでも100年昔の自分よりかは、誰かを傷付けることでしか生きてゆけなかったディオの性というものを理解してやれるような気はしているのだ。
「路傍の草を愛でるのに理由などはいらないだろう、ジョジョ?」
「草ときたかい」
「お前なんて草でたくさんだ」
白い腕が、絡めた首をくいと引く。引き合うがままに触れあった口先の、その柔らかな接触から発生する途方もない熱量に、2人は耐え切れず目を閉じた。そして唇の隙間から息を漏らすように、そっと、囁くような言葉を交わすのだ。

「ジョジョ、お前を憎むのにも、もう飽きた」
「うん――ああ、そうかい、ディオ、ディオ」

湧き出るばかりの感慨を封じ込めるように、何度も何度も口付け合う。おれはお前がいなくても生きてゆけるのだとか、はいはい、だとか、ぽつぽつとしたやり取りが途切れ、熱い呼吸が重なる音と共にベッドが軋みだしたのはそれからそう遠い未来のことではない。
全ての熱が通り過ぎ去った後に、DIOはただ一言愛していると、100年前に置き去りにしてきた言葉を呟いた。たった一言の愛に込められた時間の重さに、ジョナサンは泣くように笑いながら、その逞しい腕一杯にDIOの裸体を閉じ込めたのだった。



「……ま……幻では、ない……?」
「え?君幻とセックスしたつもりだったの?」
気絶のような眠りから覚めたDIOである。涙の膜の貼る寝ぼけ眼に本日いの一等に映し出されたのは、DIOを抱き締めたままベッドに我が物顔で横たわるジョナサン・ジョースターその人だった。幻と切り捨てるにはその腕の中は暖かかったし、眠る前の交合に於いては咽び泣くほどの快楽に溺れたものである。しかしだからといって、易々と目の前の現実を受け入れられてしまう程DIOはロマンチストではない。DIOは100年を経た今だって、燃え盛る船の中ジョナサンの首と胴を切り分けた瞬間の感触を今さっき体験してきたことのように覚えているのだ。
「君、ぼくの頭に血を振り掛けるだけ振りかけて適当な部屋に放りっぱなしにしてたんだよ。覚えてない?」
「お前の頭だって?そんなもの、とっくに海の底に沈んでいるはずだ。わたしは、海へ向かって投げ捨てた」
「それ、そうしたかったってだけなんじゃあないのかな。結局できなかったんだってこと、忘れちゃってたんじゃ?君、プライド高いから」
「は――え、はぁ……?」
ジョナサンの首――髑髏についてのDIOの記憶は、起き抜けに海に捨てたというものである。しかし改めて考えてみれば、海水に浸った髑髏が波に流されてゆく光景を覚えてはいないのだ。振りかぶったところまでの記憶は鮮明に残っているのに、その先のことは思い出せない。ただ『そうしたのだろう』という不自然なまでに強情な確信があるのみである。
愕然とした顔で、DIOはジョナサンを見つめる。取り縋っているようでもある。ジョナサンはやれやれと苦笑しながら、ゆっくりとDIOの背を擦りだした。
「は――生えたのか、お前の体、髑髏から!?」
「は、生えたって、そんな人を草か何かのような言い方をしないでおくれよ」
「お前なんて草でたくさんだッ!」
じたばたと暴れ出す白い裸体を、固い筋肉に覆われたジョナサンの腕が強く強く抱きしめる。丸太の如き足だって、がっちりとDIOのそれに絡んでいる。全ての抵抗を封じられて尚DIOは、瞳が青かった頃を彷彿とさせるどこか幼い表情で、ジョナサンを睨みつけるのだ。
「ぼくを憎むのにも飽きたんだろう。ぼくだって同じさ。もう君と争うのは、こりごりだよ」
「……おれは」
「ん?」
「お前なんて大嫌いなんだからな、ジョジョッ!!」
湧き上がる感情から逃れるべくの啖呵を切ったDIOではあるが、頬はじわりと紅潮していたし、両目に滲む切実は数時間前正反対の『好きだ』を告げた瞬間に浮かんでいたものと全く同じなのである。少々しおらしく落ち着いたように見えたDIOが、しかし根本のところでは100年前とそう変わっていないことを目の当たりにして、ジョナサンはふっと気の抜けるような息をついた。DIOの小さな抵抗を『子供だね』と小馬鹿にしているようでもある。ジョナサンにそんなつもりは全くないのだが、DIOにはばっちりそう見えてしまっていたらしい。ヘソを曲げるばかりのDIOが怒涛のごとくの罵倒を吐き出す寸前、ジョナサンは強引にDIOの口を塞ぎ、舌を絡めて言葉を封じ込めた。

「~~じょ、ジョジョォ!お前と、いうやつは!!」
「ごめんごめん、そう怒らないでおくれよ、ディオ!せっかくの綺麗な顔が台無しだ!」
「半笑いで言われても嬉しくないッ!」

無残にシーツのよれた広いベッドでただ2人、100年をかけてようやく繋がった縁の心地よさに溺れるように、ディオとジョナサンは子供のような小競り合いを再び眠くなるまで繰り広げたのだった。






100年越しのジョナDIOにときめきます。ご都合主義でもいいじゃない!
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