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終わった愛について

『君の髪は、いつ見たってきらきらと光って綺麗だね。まるで太陽みたいだ』
『……』
『あ、あれ?どうしたんだいディオ、なにその苦虫を10匹ばかり噛み潰したかのような…』
『呆れてるんだよ、アホのジョジョ。だってお前、それ言うのもう今で13回目なんだぜ』
『え?そんなに言ってた?』
『言ってた!毎回数えていたぼくが言うんだ、間違いじゃあない』
『そ、そうかい。悪かったね、ディオ。つまらないことも何回も聞かせて』
『太陽とは』
『うん?』
『どうやら君にとっては、人を褒める時に使う物差しであるらしいが』
『へ?ああ、うん、そうだね。太陽のように爛々と輝いていて、けれど直視していると目が焼かれてしまいそうな、そういう、ちょっとした危機感と隣り合わせの危うさがあって、でもだからこそ、貴いとでもいうのかな。うん、褒めてることには間違いはない。ぼくはお日様の光が好きだし、その下で輝く気味の金の髪も大好きだよ』
『……恥ずかし気もなく、君という奴は』
『あれディオ、照れてる?赤いね、耳』
『暑いからな!太陽が燦々と照っているものだから!』
『あはは、そう、そうかい。今日は、暑いものね』
『ぼくは太陽なんか好きじゃあないんだぜ、ジョジョ。だからあんなものに例えられたって、嬉しくともなんともない』
『そうなのかい?』
『この、上から我が物顔で照り付けてくる感じに腹が立つ』
『君ってそういう奴だよね』
『だから君のことだって、そんなに好きじゃあないんだぜ』
『ん?どういうこと?』
『君が太陽のような奴だからだよ、ジョジョ』


「……なにしてんだお前」
「んー」
空条家の縁側である。承太郎の足元には、冷えた板敷の上に横たわるDIOがいた。長い肢体をくったりと伸ばした、どうにもだらけきった姿である。時は午後4時と少し過ぎ。本来ならばDIOは眠りの真っ只中にいる時間帯であるので、まだ体が本調子ではないのかもしれない。ぼんやりとそんなことを考えながら、承太郎はDIOの頭の隣に腰を下ろした。黒く重い雲が遠くまで広がる外の世界では、しとしとと初夏の小雨が降っている。
「寝転がっている。見ての通り」
「せめて部屋ん中入れよ。冷えるだろ」
「吸血鬼に冷えも何もあったものではない。おかしなことを心配する男だな」
言葉を詰まらせた承太郎を、DIOは軽やかにせせら笑う。腹立ち紛れの承太郎の掌が、わしゃわしゃと金の髪を掻き乱す。しとしと、しとと。未だ、雨が上がる気配はない。
「太陽を、見ていたのだ」
「太陽?……こんなに曇ってちゃあ、どこにも見えねぇが」
「それでもあの雲の向こうには、太陽があるのだろう」
「訳分からねぇぜ」
「そうだな、わたしにもよく分からん。気持ちの悪い、感傷だ」
頭の上に乗せられた承太郎の掌にすり寄るように、DIOは緩く首を振った。
「夢を見たのだ。わたしの髪がまるで太陽のようであると、ちっとも嬉しくはない褒め方をした男の夢」
「そういうの普通、話すか。俺に」
「嫉妬か?若いな、承太郎」
「若いだろう。てめーに比べれば、ずっと」
「ふふ、そうだな、ああ、そうだ」
ぎい、と不穏な音を立てながら床が軋む。DIOが重い体を引きずるように、怠惰に起き上ったのだ。そして承太郎と並んで板張りに座り込む。ぽん、と縁側の外へ向かって放り出された長い脚は、降りしきる雨の格好の的となり、捲れあがった裾から覗くDIOの素足はしとしとと濡れてゆく。
「まさかそいつに心残してるんだとか言わねぇだろうな」
「今のわたしには、お前だけだ。信じられんか、承太郎?」
「……ずるい言い方するもんだなぁ、おい」
「若くないからな」
雨と戯れるように、DIOの足がぷらぷらと揺れている。
「わたしは、あの男が嫌いだった」
「へぇ」
「いいや、きっとそれだけの言葉では収まらんのだろうな。わたしはあれの一挙一動の全てが気に入らなくて、不愉快で、いつかあいつを完全に追い落としてしまうべく言動の全てに目を光らせ隙を探していたものだったが、ああ、今にして思うのだ、承太郎。わたしはあれが嫌いだ、嫌いだ、死んでしまえ、惨めったらしく堕落しろ、と思えば思うほどに、あれへ抱く情を深めていたのではないのかと」
不意に、DIOが承太郎の肩に寄りかかる。ずんと肩口を圧迫する金の頭の重さに、承太郎は眉を顰めた。
「もしかすると愛していたのかもしれない」
「未練がましい奴だな。もう、終わった話なんだろう」
「終わったから、話せるのだ」
「付き合ってられるか」
「ふふ、ふ、ふ」
言葉とは裏腹に、承太郎は片腕でDIOの肩を抱き寄せる。そして大きな掌で、いつかの誰かが太陽に例えた美しいブロンドを、あまりに粗末に掻き乱すのだ。乱れた髪の内側で、顔を伏せったDIOが笑う。まるで泣いているようだ、と承太郎は思った。
「どうしてもそいつがいいってなら、さっさと出て行け穀潰し」
「出て行ったところでな。あれはもう、この世にはおらんのだ。わたしは一体どこへ行けばいい」
「ああくそ、死に別れとかそういうの、やめてくれ。重いったらねぇぜ、このアホが」
「このDIOにも歴史あり、であるのだぞ、承太郎よ。歴史とはえてして重っ苦しいものなのだ」
DIOの指先が、自身の髪を撫でる承太郎の手の甲を摘まみ上げる。承太郎はうっとおしげに手を振った。DIOの髪は乱れてゆく一方である。
「わたしは――嘘を言っていない」
「何の話だ」
「今のわたしにはお前だけだということだ」
「どうだか」
「本当だぞ。お前がわたしに、うっとおしいくらいの愛を傾けてくるものだから。わたしはきっと愛なるものの何たるかを知り、ようやくあれへの――ジョジョ、への感情を、肯定できたのだろうと思う」
「ジョジョ。ジョジョ。てめーの、首から下か」
「ああそうだ、わたしの首から下。しかし今はもうとっくにこの体はわたしに馴染んでいて、到底、これがジョジョであるとは言えやしない。もうジョジョはどこにもいない。太陽の如き笑う、小憎らしい面だけが、わたしの頭の中に焼付いている。それだけだ」
「だからお前、そういうの普通言うか、俺に」
「今だけだ」
くい、と承太郎の服の裾が引っ張られる。下手人はさっきのさっきまで承太郎の手の甲を突いていたDIOの指先である。真っ白の人差指と親指の間でくしゃくしゃに寄った衣服の皺に、承太郎は小さな溜息をついた。
「いまだけでいい。今少しだけわたしを、過去の感傷に浸る未練がましい男でいさせてくれないか。承太郎。承太郎、よ」
遠く、雲の向こうの太陽を睨みつけながら、DIOは独り言のように呟いた。
無理矢理、こちらへと首を向けさせてやろうか。そして太陽も、感傷も、感慨も、後悔も――何もかもが分からなくなる程の、酷いキスをくれてやろうか、DIO、ああDIOよ、『お前だけだ』と嘯いた男の腕の中で過去の未練に思いを馳せる、とことんまでに不誠実なろくでなしよ。
「――どうしようもねぇなぁ、お前」
承太郎は、瞬間的に全身を駆け巡った衝動を飲み下す。そしてちょっと前に零したそれよりもずっと深い溜息を吐きながら、ふっと顔を綻ばせた。嫉妬をしていないといえば嘘になる。しかしそれ以上に、己の肩へと預けられたDIOの体重が愛おしかったのだ。ようやく、DIOという気難しい吸血鬼の支えになり得る男と認められたような気分になったので。結局は見栄だ。DIOの前で一人前の男の顔をしていたいという、二十歳を目前に控えた青年の見栄なのだ。つまらな見栄を張られずにいられない己の若さを思い、承太郎はにがく笑うのみである。
「今日はカレーだとよ」
「とんかつは乗っているのか」
「そこまでは知らん」
「なら早く、ホリィに伝えに行かねばな。わたしはあれが乗っている方が喜ぶのだぞと」
「行く前にちゃんと足拭いてけよ」
「タオルがない」
「知らねェよ」
「ではお前の服でいい。脱げ」
「ふざけんな。自分ので拭きゃあいいだろうが」
「気が利かん男だな」
「……」
「……」
「……取りに行ってやろうか?タオル」
「……もう少しこのままがいい」
「ああ、そうかい」
「ああ、うむ」
承太郎の掌が、抱き込んだ金の髪を優しく撫でる。DIOはゆっくりと顔を上げ、気恥ずかしげに、承太郎へと笑いかけた。
空は依然曇天。雨露に晒された白いふくらはぎから、透明な雫が滴った。





2人で縁側でダラダラしてるのとか可愛いですよね…!
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