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青年20歳の逡巡

目下のところの悩みの種といえば、DIOである。100年昔からやってきた吸血鬼。じじいのじじいの体を乗っ取って生き長らえた、血筋に因るところの俺の宿敵。1年と少し生活を共にしている同居人。そして、

「ふ、ぁ、あっ、あっ、ひんっ、ゃ、あ、あ、はぁっ、あ、ぁ」

今現在、蜂蜜となってとろけんばかりの甘ったるい嬌声を吐きながら乱れに乱れている、暴力的なまでにいやらしい男――この男こそが目下のところ、いいやもしかしたらエジプトで体を砕いてやって以来、俺に鈍い頭痛を催させ続けている厄介者であるのだった。
「はぁんッ、あ、あはっ、じょうたろうっ、ひもちぃぃッ、じょーたろっ、じょーたろぉ……!」
上擦った声で何度も何度も繰り返される、『承太郎』、その一言に込められた甘い甘い陶酔にじんじんと脳が痺れ、下半身は体積を増す。耐え切れずにキスをした。これ以上大人しく名前を呼ばれてやっていたら、その内気絶をしてしまいそうな気がしてならなかった。
「ふ、ん、はふ、は、ぁ、ふぅ、ん、ん……」
積極的に舌を絡ませながら、DIOは悩ましげに眉を寄せる。閉じた瞼を彩る睫毛には、やがて滴る涙の粒が乗っていた。泣け、泣け、泣いてしまえ。みっともなく涙を垂れ流して泣きじゃくる姿を、この俺に見せてみろ。長い脚を抱え直し、奥の奥を突き上げる。途端、弾かれたように赤い目は見開かれ、滂沱の如くの涙が熱を持った頬の上を滑ってゆく。
「じょー、た、ろぉ」
激しい律動に唇が少々離れた拍子、濡れた赤い唇は、ほんの1ミリほど空いた隙間を埋め立てるように俺の名前を呟いた。どこまでも甘く、甘く、居た堪れなくなる程に陶酔した声色で。涙に滲む赤い瞳はじっと俺を見上げていた。俺を見て、笑んでいる。まっすぐに。たまらない気持になって、やはり俺はキスをした。この気持ちを過不足なく伝えられる言葉など、俺は知らなかった。だから、何度も何度も口を塞ぎ、白い体を犯し倒した。そうしている間だけは、この男の何もかもを理解できたような気分になる。安堵そのものの、感情である。
「あ、ァッ、じょ、たろっ、じょう、たろっ、いいッ、ぁ、や、あ、あ!!」
「そう、かよッ」
「もぅっ、もういくッ、で、でる、でる、じょーたろっ、じょうたろッ」
「ああ、俺も……!」
「じょう、たろうっ!!」
DIOの両腕が首に絡む。ぐいと引き寄せられて、耳の端を甘噛みされる。柔らかな痛みにさえ煽られて、もはやいきたい、いきたい、DIOの中に何もかもをぶちまけたいと、頭を占拠するそれだけの思考のまま滅茶苦茶に腰を振った。耳元で、DIOが甘ったるく泣き叫んでいる。頭を撫でてあやしてやれば、涙に濡れた笑い声が鼓膜を打った。そしてDIOはぐったりと首を反らせ、焦点の合わない目で俺を見つめながら、

「すき、だ」

たった3文字の言葉に乗せた特濃の愛情を、花が綻ぶような――なんて陳腐な表現をしちまいたくなる程の、やたらめったらに可愛らしい笑顔と共に寄越してきたのだった。

その辺りでぷっつりと理性は途切れてしまって、あとのことはあまりよく覚えていない。いつものことだ。気が狂いそうなほどの快感に全身が脱力し、DIOに折り重なるようベッドに倒れ込む頃にはいつだって、とにかく気持ちがよかったのだということと、DIOがそれしか言葉を知らないように『すき、すき』と喚きながら絶頂に至ったことしか覚えていない。
いつの間にか閉じてしまっていた瞼を持ち上げる。眼前には、黒子の3つ並んだ耳朶。未だ、ほのかな熱に色付いている。首を捻り少々上を向いてみれば、ぼんやりと天井を見上げるDIOの、やはり熱の気配の残る滑らかな頬、涙に濡れた赤い目尻が視界に飛び込んでくる。心臓の裏側がざわざわした。ので、シーツに手を突き、濡れた雑巾のように重くなってしまっている体を持ち上げた。この男とのセックスによってもたらされた気だるさだと思えば、これも悪くはないと思えてしまうのが困りものだ。
真上から見下ろし、DIOの視界を占領する。はあはあ、と荒い息を零すDIOの表情は気の抜けたもので、どうしようもなく無防備だ。くったりとシーツに沈む体も、どう見たって脱力し切ってしまっている。
――で、あるというのに、
「……ん、」
「…………」
キスをしよう、と顔を接近させてみれば、弾かれたようにそっぽを向き、白い掌で俺の口を塞ぎに掛かってくる。それだけには留まらず、俺がほんの一時硬直している隙を見計らい、転がるようにベッドから降りてしまう始末だった。
「おい」
頼りない足取りで部屋を出ようとする後姿に声を掛けたところで、返答はない。振り返ることもない。俺は、ああまたか、と諦念とも苛立ちともつかぬ感情を飲み下し、背中からシーツの上に転がった。それから暫くしてリビングにまで出て行けば、開けっ放しになった洗面所のドアの向こうからさあさあとシャワーがタイルを打つ音が聞こえてくる。ソファーに腰を下ろし、ローテーブルに両足を放り出して、咥えた煙草に火をつけた。頭からタオルを被ったDIOがドアの向こうから現れるのは、大抵ちょうど煙草の一本を消費し終える頃合いである。
「……」
今度は声を掛けなかった。DIOはやはり、こちらを一瞥しようともしない。ぺたぺたと足を引きずるように、自分に割り当てられた部屋に引っ込んでゆく。そしてがちゃりと音を立てながら、固くドアを閉めるのだ。一度、閉め忘れたことがあった時に中を覗いてみたこともあるのだが、その時はベッドに転がって本を読んでいた。一度しか見たことがないので、いつもそうしているのかは知らない。今DIOが何をしているかなんて、俺は知らない。
知らないのだ。分からない、理解ができない。あいつのことなど、何一つ。
「…………ふぅ」
途方もない馬鹿馬鹿しさに、もはや溜息しか出てこない。灰皿に吸殻を押し付けて、空いた風呂へと向かう。訳が分からん、馬鹿馬鹿しい。こうしてDIOの薄情な振る舞いに、行き場のない苛立ちを募らせているうちに、もう、あの瞬間で死んでしまっても構わないと言っても過言ではない天国の如き心地よさのセックスの余韻などは立ち消える。いつだって、いつだってだ。DIOと寝た回数を数えればそろそろ両手の指で足らなくなる頃ではあるのだが、甘い余韻に浸りながら眠りに就けたことなどはありやしない。



勢いのままにDIOを監視役を買って出てしまい、実際共に生活をするようになって1年ばかりが経とうとしている。短いのか長いのかは分からない時間ではあるが、そんな中でDIOと一往復以上の言葉のやり取りをしたのはたった一度だけだった。俺が実家を出ることになり、引っ越しの準備をしている最中だ。今から遡ると、2ヶ月ほど前になる。
監視役である、という名目の手前、引っ越し先にDIOを連れて行くことは確定事項ではあった。自分の意志でDIOという男を背負い込んだ手前、俺には泣き言を言う資格などはないのだが、それでも気が重くならなかったと言えば嘘になる。あの吸血鬼は、家に来てから――いいやそれ以前、SPW財団の研究所で隔離されていた頃から、俺と口を利こうとしないどころか目を合わせようともしなかった。なのに俺の母親とはそれなりに平和に付き合っているようで、たまに訪ねてくる祖父とも
『まだ生きていたのかじじい』
『性悪な吸血鬼に可愛い孫が誑かされかねん、と思えばまだまだ死んでやれんわクソじじい』
『そんなことよりあれは持ってきたのか、あれ、前に『嘆かわしい程のクソ野郎のお前でも泣くと思う』とかほざいていた漫画とやらは、じじい』
『おお持ってきた、持ってきたぞ、さあぼろんぼろんに泣きじゃくって『参りました』とぬかすがいい、じじい』
なんて具合の軽口を交わす程度には打ち解けていたらしい。表面的には平穏そのものであるあいつの日常に於いて、俺はいないも同然の存在だったのである。
そんなDIOは、引っ越すから荷造りをしておけ、と俺が言うより前にさっさと荷物をまとめてしまっていた。引っ越す旨すら切り出せずにいた間に、どうも母の方から話が伝わっていたらしい。俺が知らない間に、奴の部屋の前にはどこで買ってきたのかも分からん衣服がしこたま詰め込まれているのだろう段ボールが山となって積み上がっていた。

『俺と2人になるわけだが、いいのかお前』

鍵のかかっていない部屋を覗きこみ、思わず問いかけた。あいつが自発的に、俺との生活に向けての準備をしていたことが信じられなかったのだ。このまま空条の家にいた方が、気楽に過ごせるのだろうに。俺にとっても、恐らくは。
『いいもなにも、貴様はわたしの監視役なのだろう』
寝転がりながら読書に勤しんでいたDIOは、紙面の活字を追いながら、つまらなそうな声で返答した。
『それに、食事ができなくなるのは困る』
そしてやはり平坦な声で、そんなことを付け加える。途端、食事、という単語によって引き摺り出された『ある記憶』がぐわりと軽く、俺の足場を揺るがせた。目眩を押し止めるように、額に手を当て俯いた。そうした俺の、ちょっとした変調にもDIOは興味を示さずに、ぺらぺらとページを捲り続けるだけだった。――誰のせいで、俺が、俺が。そう罵ってやることも億劫になる程の、酷い、目眩である。
『俺の血しか受け付けねぇってわけでもないんだろうが』
俯いたまま、喉を搾って声を出した。否応なしに再生され続ける記憶は、ぐわぐわと脳を揺らし続けるばかりだった。
ある記憶。3日に1度の頻度で行われるDIOの食事――指からでも吸血ができるのだろうに、わざわざ俺の首筋に牙を突き立て血を吸うDIOの姿。鋭い牙が皮膚を破り、熱い吐息が耳元を掠めて行く感触は、20歳を目前に控えた青少年である所の俺にはあまりに刺激が強すぎた。男相手に馬鹿馬鹿しいことだとは思うのだが、俺の血を吸うDIOは普段の取り澄ました面が滑稽に思える程に酷く、官能的だったのである。不意に瞼の裏に浮かんだ時などは、あまりにもの居た堪れなさに頭を抱えて蹲ってしまいたくなる。
『わたしは』
ぽつり、と零された声は、何がどうとは言えないが、普段の俺に対するクソつまらなそうな声とはなにか違っているように聞こえた。図らずともDIOの一挙手一投足に気を払う生活を続けていた俺が言うのだから、きっと間違いはない。初めてDIOと一往復以上の会話ができたのだと気付いたのは、丁度その辺りのことだった。そして、

『承太郎のがいい』

承太郎、と。DIOが初めて俺の名前を――この家に来てから、つまり命のやり取りから外れた場所で、漢字にすればたった3文字のその名を呼んだのも初めてであったのだと。そう気付いたのは、分厚いハードカバーをぽんとどこぞに放り投げたDIOが部屋を出て行ったあとのことだった。




「…………」
疲れた体を引きずって帰路を辿り、漸くリビングへ辿り着いた頃合いには、すっかり太陽は沈んでいた。つまり夜行性の生き物である吸血鬼、DIOの時間はとっくに始まっていたのである。案の定、テレビもついていない静かなリビングにはソファーに腰かけ本を読むDIOがいる。俺が帰ってきたことに気付いていないわけがないだろうに、おかえりの一言もなければ一瞥をすることもない。
「……」
「…………」
実家に住んでいた頃からそれは変わらない。慣れたことであるので、今更DIOになんの期待をしているわけではない。――そのはずで、あったのだが。
2人暮らしが始まってからというもの、どうにも俺は実家で暮らしていた時よりもあいつが気になって気になって仕方がなくなってしまっているような気がしている。思うにあの無駄に広い空条の家は、上手いこと俺がDIOに向ける関心を拡散してくれていたのではないか。2人で暮らすにはこの部屋はあまりに狭い、時たま棺桶に閉じ込められているようだ、とすら思う。実家とは違って、DIOがいつどこで何をしているのかなんてことを探らずとも把握できてしまうのだ。DIOが意図して俺から目を背け続けていることも、どうしようもない現実として眼前に突き付けられてしまうのだ。――DIOの関心を得られないことに、形容の出来ない感情を溜めこむ己の女々しさを、嫌でも自覚させられてしまうのだ。
女々しい、女々しい、馬鹿馬鹿しい。
薄情な吸血鬼のことばかりを考えていてもきりがない。一先ずシャワーを浴びる前に着替えを取ってこようと、自室へ続くドアノブに手を掛けた。その瞬間である。ひんやりとした――それでいてどこか生温いようでもある感触が、べったりと背中に張り付いたのは。
「……DI、」
アルファベットたった3文字の名を呼び切る前に、鋭い牙が動脈に突き立てられる。じゅるり、と容赦なく血液を啜られる感触に全身が粟立った。何回体験しても、こればかりは慣れるものではない。そして、金の髪に首筋や顎の下を擽られる感触、皮膚に吹き付けられるDIOの吐息、合間合間に零される鼻から抜けるような小さな声――まるで嬌声のような、は、容赦なく俺の衝動を引き摺り出しに掛かってくる。
牙が抜けた瞬間を見計らい、強引に背後のDIOを引き剥がす。そして真正面から向かい合い、似たような高さにある赤い瞳を睨みつけた。ぱちり、と瞬く瞳には、しっかり俺の姿が映り込んでいる。たったそれだけの事実に心拍数が跳ね上がる。馬鹿になってしまったかのように、心臓がばくばくばくとうるさい。
「承太郎」
そして、DIOがうっとりと囁きかけた俺の名前、確かに俺に向かって寄越されたあいつの笑顔、片頬を吊り上げるように笑う、底意地の悪さが滲んだDIOらしい表情は、牙よりも鋭い止めとなって、豪快に俺の心臓を刺し貫くのだ。
手首を引っ掴み、強引に引き寄せる。胸元に抱き込めば、DIOはキスを強請るように小首を傾げた。言いなりになるのは癪だと思う。今日も今日とて流されてしまう己を不甲斐なくも思う。しかしキスをしたくてたまらない、というのもまた俺の本心であるわけで、おまけにそれは他の諸々の感情がどうでもよくなってしまう程に強烈なものだった。
「じょう、」
尚も繰り返されようとする俺の名を封じ込めるように、唇を奪い取る。馴染んでしまえ、承太郎、この3文字だけが馴染んでしまえ、それだけしか言葉を忘れた馬鹿にでもなってしまえ。そんな、決して言葉にできたものではない欲求を塗りこめるように、角度を変えては赤い唇を蹂躙した。やはり、女々しくて敵わない。


「あ、ぁっ、あっ、アッ」
腹の上に乗せた白い裸体が、艶めかしく揺れている。すり合わせた粘膜から発生する、とろけるような快感に、頭の奥はじんじんと痺れてゆくばかりだった。理性は既に、希薄である。それでもどちらからともなく繋ぎ合った両手、10本の指と指が偏執的に絡まり合ったその箇所だけは、どれだけ頭が馬鹿になろうとも、快感に体が蕩けてゆこうとも、一本たりとも離れることなく固く繋がったままだった。離したくはないものだと、セックスに溺れる愚か者なりにそう思う。DIOも同じ気持ちであってくれたら嬉しいのだと、やはり、女々しいことも思ってしまっている。
「ッ、ぁ、」
「あ゛っ、ひっ、あッ!?は……ぅあ、あ……ッ~……!!」
もっともっと頭を痺れさせ、果てはショートさせるべく、頼りなく浮いた体を下から激しく突き上げた。一際深く繋がり合った瞬間、狂ったように俺を締め付ける肉の壁の感触に、思わず上擦った声を漏らしれしまう。とうとう天井を見上げて涙を零し始めたDIOの、俺よりも余程派手も派手な嬌声によって掻き消されてしまったものの、いくらかの気恥ずかしさは簡単に拭い切れるものではない。なので次にいつ情けない声を出してしまってもDIOに聞こえてしまわないように、何度も激しく奥を突いた。何も考えられなくなるまでに、乱れさせてしまえばいい、壊れさせてしまえばいい、理性などは、理性など。
「じょ、じょぉたろぉッ、こ、こんな、しっ、しぬぅ、しんでっ、ァ、あ、あ、」
「死ねるもんなら、死んでみろ!」
「あ゛ッ、あ゛、ひ、ぃいッ!!」
「DIO、おい、DIOッ!!」
「ひぐっ、ぁ、ぁう、ぅっ、じょ、じょうたろっ、じょう、たろぉ!!」
「DIO……!!」
「~~じょう、たろうッ、じょ、たろ……ぁ、ああッ、もうむり、もう、もうわたし、わたしッ、あ、あああっ!!!」
真っ赤に色付いた体が、融ける新雪の如く崩れ落ちた。折り重なるように倒れ込み、俺の肩口に鼻先を埋めたDIOは、それでもなお健気に承太郎、承太郎とその3文字を繰り返しながら、ゆるゆると腰を振っている。そんなDIOを両腕で抱え込み、強引に体勢を入れ替えた。シーツに組み敷き、上からDIOの顔を覗きこむ。とろけにとろけた、他に例えようもなくいやらしいかんばせを。
俺を、見ろ。
そう命じる前に、あるいは懇願する前に、DIOの真っ赤な瞳は、濡れた視線は、俺だけに捧げられていた。まっすぐに俺を見上げている。俺を見て、柔らかく笑んでいる。初めの時からそうだった。セックスの最中だけに見せてくれるDIOの笑顔には、いつだって暖かな幸福感が滲んでいて、俺はこいつのそんな表情を、とても、とても、愛おしいものだと思うのだ。

「じょーたろぉ」
『――承太郎?』

天も地もなくなってしまったかのようなセックスが、一旦の終了の兆しを見せ始める頃。いつだって脳裏に蘇るのは、初めてDIOと関係を持った日の記憶である。指が10本あるうちの1本目。恐らく今日で、両手の指はすべて埋まる。

「きもちがいい……とても、とても」
『承太郎、』

あの日も、なんてことはないDIOの食事が行われただけ、のはずだった。しかし、この家に2人きりだというのがいけなかったのだろうか。いつまでたっても俺をいないもののように扱うDIOに、いい加減苛立たしさも臨界に達しようとしていたのだろうか。ともかく、衝動でしかなかったのだ。俺の首筋に顔を埋めたDIOを、両腕いっぱいにきつく、きつく抱きしめてしまったのは。

「じょう、たろう」
『わ――わたしは、』

時間に直せば5秒ほどの心神喪失から正気に返ったその瞬間、頭から爪先までを全速力で駆け抜けたのは果てしない気まずさだった。慌ててDIOを解放し、後ろに飛び退くように距離を取った。そんな俺の、今にして思えば滑稽でしかないそんな姿を、DIOはまんまるに見開いた目で見つめていた。――実家で暮らしていた時から数えれば約1年。それだけの時間を経て、ようやくあいつと、目が合ったのだ。

「はやく、続きをしろ、承太郎……もっとだ、もっと……ほしい……承太郎……」
『わたしは、』

咄嗟に俺はあいつの後頭部を抱き込んで、わたしは、わたしは、と何を言いたいのかは分からないが、要領の得ない言葉を繰り返しながら震えている唇に噛み付くようなキスをした。DIOは、拒まなかった。観念したように目を伏せて、俺の背に両手を回したのだ。唇が痺れるまで散々にキスした後に、俺とDIOはそうするのが当たり前であるかのように、ベッドに乗り上げ服を脱ぎ捨てたのだった。
――以来DIOの吸血は、セックスの合図となっている。

「――じょうたろぉ、じょうたろっ、すき、すきッ、ぁ、あ、はッ」
「……そう、かよ」
「す、きぃ、すき、ぁ、あ、ああぅっ、ん、あ、ぁ~!!」
理性が剥がれ出す頃合いには俺の名を連呼しだし、絶頂が近くなるとうわ言のように「すき」の2文字を吐き始める。滑らかな両手足はしなやかに俺の全身に巻きついて、じっと俺を見上げる濡れた視線は熱っぽくキスを強請るのだ。普段のDIOからかけ離れたその嬌態に、初めは夢でも見ているのだろうかと思ったものだ。今でもどこか、目の前の現実を信じ切れていない気持ちもある。本当にこれはDIOなのか、俺は一体誰とセックスをしているのだろうかと。しかし、
「ふ、ふふ、ぁっ、いい、イイッ、じょうたろ、す、すきぃ、ふ、ふふ、ふ」
すすり泣きながら零される「すき」の一言が心臓を抉るたび、そんな逡巡はいつだって、どうでもよいものとなってしまうのだ。
体中を支配する愛しさだけに身を委ね、強請られるままにキスをした。そして何度も何度も、いつの間にか唇が離れてしまっていることにも気付かずに、何度も熱い体を突き上げて、DIOからもっと多くの「すき」と「承太郎」を引き摺り出そうと試みる。首に絡む両腕が、腰に絡む両脚が、たえきれぬ、たえきれぬ、と言わんばかりに強張って、いっそうぎゅっと俺の体を抱き締めた。
「……DIO、」
「じょう、たろう」
至近距離で見つめ合いながら、今このベッドの上でセックスに溺れているのは承太郎とDIOという愚か者2人であるのだと、確かめるように名前を呼びあい、結局は再びキスをした。足りない言葉を交わし合うよりも、余程、余程、この男と通じ合えるような気がするのだ。
穏やかな充足感は快感を促す燃料となり、唇を離さぬままに数度腰を叩きつけ、DIOの中に射精をする。腹の間で打ち震えていたDIOの性器も扱いてやれば、先端から勢いよく白濁が飛び出して、触れ合った皮膚の間を温い感触が滑っていった。塞いでやった口の中で、DIOはもごもごと呻いている。八の字に寄った頼りない眉毛、きつく閉じられた瞼、真っ赤になった眦を、透明な涙が濡らしてゆく。
「……、」
「は……ふ……」
唇を離せば途端、どちらものとも知れない熱く荒い息が、ほんの数センチの隙間を席巻する。ふと、名前を呼んでやろうと思った。DIO、DIOと、行為の最中は何度も呼んだ、そのアルファベットの3文字を。しかし頭が少々正気に返り、まっすぐ見つめ合っている今現在、改めてその名を呼ぶのはどうにも気恥ずかしく、また、名を呼びつけてみたところで次に何を話せばいいのかも分からない。それでも視線以外のDIOとの接触を持ちたかったので、一先ずまたキスでもしてみようと顔を傾けて――みたものの。

「む、」
「……」

さっと口と口の間に差し入れられた白い掌に、陶酔に痺れる脳は一息に現実へと引き戻されてしまうのだった。
「おい」
「…………」
呼吸は整わないままで、汗ばんだ頬だって赤く染まったまま。冗談みたいに整った顔にはあからさまな情事の痕跡が生々しく残っているというのに、ふいと反らされた赤い双眸の他人行儀といったらない。再びキスを仕掛けてやる気などは一瞬で萎えた。中に入りっぱなしだった性器を引き抜き、DIOに背を向けて転がった。背後では早速もぞもぞと、あいつがベッドから降りようしている気配がある。
あと20分も経てば、セックスなどはしたこともありませんと言わんばかりの取り澄ました面で読書に没頭しだすのだろう。約3日、次の吸血の夜までは、あいつにとっての俺などはまったくの「いないもの」となってしまうのだろう。頭がいかれちまうようなセックスに溺れた時間は、確かな現実であるはずなのに。

DIO、DIO、ああDIOよ、俺にはお前が、とんと分からん。
わたしは、わたしはと、あの時お前は何を言おうとしてたんだ?
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