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じきに夏がやってくる。昼は徐々に長くなり、体に絡みつくような湿気は日々重みを増している。それでも夜も10時を過ぎれば辺りは真っ暗になるもので、吹き付ける微風は少々肌寒さを感じるほどに涼やかだ。
今日も今日とて、自宅に近付けば近付くだけ足が重くなる帰路である。つい昨日吸血ついでにセックスをしたばかりなので、今日はDIOとなんの接触もないままに1日が終わるのだろう。1人の時間が長引けば長引くだけ、気分は重くなるばかり。3日に1度のDIOとの接触、天国までトんでいっちまいそうなセックスで得られる安らぎなどは、物理的に繋がっていられる1時間にも満たない間のみしか持続しない。腹の底には澱が溜まるばかりである。

『承太郎、君は結局DIOに何を期待してるんだ?』

赤信号が青に変わる。疎らな人影と共に横断歩道を渡りながら、ぼんやり頭の中で再生されるのはほんの40分ほど昔の記憶だ。ようやく腹の穴が完治した花京院と2人、居酒屋で焼き鳥を摘まんでいた頃合いである。

『安心?安息?経験から言わせてもらうけどね、あんなの本当にろくなものじゃあないんだぞ。思うにあいつが振りまいてきた安心や安息というものは、あいつ自身が誰よりも欲していたものだったんだ。だからいつかのぼくみたいな、それを必要としている愚か者の心の隙間に上手く忍び込んでくる。誑かし方を分かってる。つまりあいつが与えてくれるそういうものは、人を籠絡するための餌でしかない。そういう、ろくでもない奴だ。
でも君は違うだろう、承太郎?君は安心も安息も自分でみつけることができるのだろうし、あいつに縋らなきゃならないほどの後ろ暗い思いを抱えているわけでもない。DIOが君にしてやれることなんてなにもないよ、なんにもね。あいつ、見た目よりずっと中身は空っぽだ。他人と対等な関係を建設的に築いてゆけるほど、できた大人では全くない。相手が付け入る隙のない健全な人間であるなら尚更ね。うん、そういう奴。そういう、ろくでなし』

分かったような口でDIOを語る花京院に、複雑な思いを抱かなかったかといえば嘘になる。恐らく嫉妬だったのだろう。俺の知らないDIOを知っている花京院に嫉妬をしていたのだ。
湧き出て止まない女々しさを噛み砕くように、串に刺さった鶏肉を貪った。テーブルの向こう側で、花京院は困ったように笑っていた。

『別に、そんな御大層なことを望んでいるわけじゃあない』

味のしない肉を飲み込み終えると同時に、口が勝手に動いていた。意地でも目を合わせてこない奴との接し方がよう分からん。そんな、相談という名の泣き言を花京院に漏らしてしまった時点で、羞恥心などは薄れてしまっていたようだ。DIOの名前を出した覚えはないのに、どうして花京院は相手がDIOであると確信した上で相談に乗ってくれているのだろうか――と少々疑問を抱きもしたのだが、初めて他人に心境の吐露というものをしたあの瞬間の俺は、随分と余裕をなくしていたようで、手持無沙汰に竹串を弄りながら言葉を吐き出すだけで精一杯だったのである。

『意地でも合わない目が、合ってくれりゃあいい。疲れて帰った時にはおかえりの一言くらい欲しいもんだし、まともな会話だってな、一度くらいは、ああ、してみたいもんだと思ってる。それだけのことだ。俺があいつに期待してることがあるんだとしたら、本当にその程度の、些細なことだけなんだぜ。なにが自分にとっての安らぎか、安息かなんてのは、生きてりゃ適当に見つかっていくもんだろう。あいつに寄りかかろうとは思ってない、俺は』

そんなことを零している内に、後頭部の辺りをさっと過っていった言葉があった。俺がDIOに傾ける感情のあれこれを、とてもとても端的に表した一言だ。その瞬間、忘れかけていた羞恥心が復活して、俺は柄の焦げた竹串を放り出し、ジョッキに半分ほど残っていたビールを一息に飲み干した。ぐわりと頭の中が揺れ、鈍い不快感が波紋のように全身に広がった。
そんな俺を眺めながら、ふっと零された花京院の小さな笑みは、それはそれは軽やかなものだった。

『恋をしているんだなぁ、承太郎は』
『……なんだって?』
『ん?だからこぃぅぶッ』

咄嗟に掴み上げたねぎまの先端を、半開きになった花京院の口の先に押し付けた。そのまま数秒間の睨み合いである。とはいっても、じっと探るように俺を見る花京院の目は落ち着き払っていて、反対に俺は切羽詰まった必死の形相をしていたものだった。恋。恋。そんな陳腐で夢見がちな一言に、DIOへの入り組んだ感情を落とし込んでしまうことが酷く、酷く恥ずかしく思えてならなかったものだから。――つまり居酒屋の片隅で繰り広げられた睨み合いの勝敗などは、始まった瞬間に俺が負けたことで決着がついてしまっていたのだ。

『――らしくないな、承太郎。うん、ねぎまもおいしいね。もう10本くらい頼んどく?』

鶏肉とねぎを口先で器用に串から抜いた花京院は、そのままもしゃもしゃと咀嚼して、やがては呆れるような苦笑を浮かべながら、ごっくんと喉を鳴らしたのだった。


「…………」
疎らな人並みも思い思いの方向へと散開し、自宅マンションに辿り着く頃にはすっかり1人きりである。アルコールは悩みを軽くしてくれるという説があるが、あれは嘘だ。半端に理性のタガが外れてしまっているせいで、なにやら酷く感傷的になってしまっている。曰く、初めは体だけでも繋がりをもてたことが嬉しかっただの。けれど回数を重ねるごとに、体だけでは満足できない、行為にひと段落が着いた後は余韻に浸りながらだらだら同じベッドの上で過ごしたい、あいつを抱え込んだまま迎えた朝は、どれほど暖かなものであるのだろうか――とか、とかなんだの。蓋をしてしまいこんでいた女々しさがここぞとばかりに爆発して、我がことながら居た堪れないことこの上ない。
ようやく辿り着いた自宅玄関前で一呼吸。昨日までより3割増しで気分は重くなっているのだが、中に入らないことには夢への逃避もままならない。3度ほど深呼吸をした後に鍵を開け、薄暗い玄関へと踏み込んだ。狭い廊下を進んだ先のリビングから、蛍光灯の明かりが差している。DIOがそこにいるのである。2人掛けのソファーを陣取って、クッションを枕に本でも読んでいるのだろう。DIOという存在を意識したと途端に脳裏に現れたのは『恋』だとかいう、まことに馬鹿馬鹿しい一言で、慌てて俺は頭を振った。俺がDIOに傾ける感情は明らかにそういった類のものであるのだが、簡単に認めてしまうにはあまりに気恥ずかしく、悔しくてならなかった。
酒に酔った頭が一段と重くなる。半ば足を引きずるように、一先ず俺はリビングを目指した。寝室へ入るには、そこを通過する必要があるのである。
「――、……――、」
「……ん……?」
いつも通り。いつも通りそこには、澄ました顔で本を読むDIOがいるはずだった。しかしリビングの様子が、なにやらおかしい。ざわざわと空気が揺れていて――ああ、空いたドアの隙間からぼそぼそと漏れ聞こえる音は、DIOの声であるのだと、5秒ほどの時間を要した後に理解する。俺が聞き慣れたDIOの声はといえば、ベッドの上での欲情に塗れたそれのみで、平生のDIOの声音、喋り方などは、いまいちこの耳に馴染んでいない。

「――……だから、そう、そこに辿り着くことこそが人という知的生命体にとっての救いであるわけなのだな。知らないよりも、知っている方が幸せ。未知の不幸に心を揺さぶられることもない。ノイズに気を取られることもなく、大いに自分の為の人生を謳歌できるというわけだ」

いつものソファーの上に、DIOはいなかった。部屋の隅、丁度俺の寝室へと続く扉の横に座り込んでいる。その手には本の代わりに受話器が握られていた。誰かと通話をしているらしい。赤い唇はゆるりと弧を描き、金の睫毛に彩られた目元は優し気に緩んでいた。決して俺には見せない表情を浮かべながら、DIOは、俺ではない誰かと話している。
煮立った鍋の底のようにふさぎ込んでいた頭の中が、瞬間、嘘のように晴れ晴れと覚醒する。俺は衝動のままに、DIOへ向かっての一歩を踏み出した。くすくすと笑いながら通話を続けているDIOは、やはり俺を見ちゃいない。

「ふふふ、ではな、そろそろ切るぞ、プッチ。ああ、君のことを忘れたことなど一時たりともありはしない。今も変わらず、かけがえのない友人と思っているさ。それじゃあ、――っ!?」

DIOの白い、真っ白の右手に握られていた受話器を強引に奪い取る。電話本体へと叩きつければ、単発銃が火を噴くように、がちゃん、と大仰な音が夜のリビングに響き渡り、そして、静寂である。DIOは、怪訝な顔で俺を見上げていた。しかと目が合っている。いつもはそれだけで激しく動き出す心臓は、今ばかりは不気味なほどに落ち着いていた。
「……なんのつもりだ?」
「俺が、お前を負かしたからか?」
「はあ?」
腹の奥の奥に溜まっていた感情が、堰を切ったように溢れてくる。きっと吐き出したってすっきりするはずもなく、尾を引く後悔に煩悶する羽目になるに決まっている。そうとは分かっていても、酒に酔ったこの頭には、惰弱の吐露を留めてくれる理性などはもう、欠片も残っちゃいなかった。
「俺が、ジョースターとかいう一族の血を引いているからか」
「おい、承太郎」
「お前は一体、俺の何が気に入らないっていうんだ?いい加減教えてくれたっていいだろう、DIO。もうとっくに、1年も経っちまってるんだ。DIO、教えてくれないか。俺は、俺は――」
座り込んでいたDIOを見下ろしていた筈が、いつの間にか俺はフローリングに膝をつき、両手でDIOの肩を掴んでいた。目の前でぱしぱしと瞬く赤い瞳の中には俺がいた。必死こいた表情を浮かべ、DIOに取り縋っている。眉間に寄った深い皺が情けない、あまりにも、あまりにも。それでもすべすべと動く口先は、休んじゃあくれないのだ。

「――いつになったらお前を手に入れることができるんだ?」

腹に溜まった澱を浚って、浚って、浚いあげ、そうして一等下から現れるのだろう、その思いを他ならぬDIOにぶつける為に。
弾かれたように見開かれた赤い瞳には、尚も俺が映っている。しかしそれも束の間のことで、やがて居心地が悪そうに顰められた双眸はふい、と反れてゆこうとする。
――何故お前は、この期に及んで俺を見ようとしないのだ。3日に一度繰り返されるセックスには、俺だけを排除しようとする視線には、なにかしらの意味があろう筈なのに。お前は、俺が吐きだしたくもない本心を吐いた今になっても、俺と向き合ってはくれないのか、お前は、お前は――
「っ、」
理不尽な思いだとは分かっていた。不満も泣き言も、俺が勝手にため込んできたものだ。その解消を人任せにするなど勝手が過ぎる、あまりにも。分かっている、分かっているのだ。分かっていても、アルコールによって剥き出しになった俺の若さが、納得を許してはくれなかった。俺はDIOの前で本心を曝け出したのだから、DIOだって俺に何か、例えば無視を続けた理由だとか、それでもせっせとセックスには応じ続ける理由だとかを、いい加減話してくれるべきなのだとか――身勝手にもそういうことを、思ってしまっている。
今この瞬間も俺から目を反らし続けるDIOにはきっと、その思いは叶えてはもらえない。そうと理解した瞬間、頭の中で何か、決して切れてはいけない糸がぷちりと音を立て、綺麗に切れてしまったような気配があった。
「ッ、お、おい、承太郎?承太郎、貴様、おいッ」
生白い二の腕を掴み上げ、座っていたDIOを引っ張り上げる。そしてそのまま、引きずりながら寝室へと向かった。抵抗は、あった。あったが、意地が爆発している分だけ、今は俺が勝っていた。
「このDIOを抱こうというのか、承太郎!?嫌だぞ、わたしは!昨日の今日だ、したくない!」
「毎日やっても死ぬようなもんじゃあねぇだろうが」
「貴様の様子も、おかしい!」
「おかしくしてるのは、お前だろう!」
違う、違う、こんなのは酔っているからだ。まともな状態の俺なら、いくら不満を溜めこもうともこんな強引な行為には及ばない。しかしこれまで溜めこんできた鬱憤が氾濫している今だけは、DIOを詰らずにはいられなかった。やはり、酔っているからだ。本能がむき出しになっている。情けない男になることを押し止めてくれる理性などは、とうにない。奥歯を噛んだ。鈍い頭痛が、こめかみの辺りを走っていった。
「……承太郎」
ベッドに放り投げたDIOは、逃げ出そうとしなかった。赤い両目に諦念なようなものを滲ませて、じっと俺を見つめている。くったりとシーツの上に沈む体に覆い被さってやれば、DIOが俺の腹の下にいるのだという充足感と、1時間も経てばまたまったくの他人のように過ごす時間がやってくるのだという虚無感が、得体の知れない吐き気と共にやってくる。――いいや、吐きたいというか――むしろ俺は、俺のプライドが許すのなら、一度こいつの目の前で泣き散らしてやりたいのだと、思っているのかもしれなかった。そういう気分に、なっている。
「……お前にとっての俺って何だ?」
けれど涙は流れない。そこまでみっともない男には、未だなってはいないようだった。思わず零してしまった言葉は、声は、どうにもDIOに救いを求めているようであって、情けないったらありはしないものであったのだが。
「……、」
はくはくと小さく開閉するDIOの唇は、結局は『わたしは』の一言すら漏らさずに、きゅっときつく引き結ばれてしまう。そしてやはり、視線は反れてゆくのである。
「……突っ込んでやってる時だけはよく喋るからな、お前」
こめかみを熱い汗が流れてゆく。口の端は吊り上っているようで、近辺の表情筋が何やら痛い。薄い衣服を強引に剥いでやれば、DIOは憎々しげに俺を睨みつけてくるものの、ベッドから逃げる素振りはない。



しゃぶれと命じれば、嫌そうな顔をしながらも大人しくしゃぶってくれる。自分で足を抱えていろと命じてみれば、すっかり赤くなってしまった顔を屈辱的に歪めながら、それでも膝裏を持ち上げるように両足を抱え上げる。惜しげなく晒された性器は先走りに濡れそぼっていて、後孔は一刻も早く埋め立てられるのを待つように収縮を繰り返していた。首ごと明後日の方向に反らされたDIOの顔は、可哀想になるくらい紅潮していたものだった。正直死ぬほど、興奮した。
「――あっ、ア、ぁ、ぁ、あ」
熱を叩きつければその分だけ、押し出されるように漏らされるDIOの涙交じりの嬌声は、昨日と変わらず甘ったるい。情熱的に締め上げてくる内壁に与えられる刺激も、相変わらず頭がおかしくなっちまいそうに気持ちが良い。
なのにどうしようもなく、空疎だ。体が熱に燃え上がるほどに、反比例して気分は冷めてゆくばかりである。承太郎と、DIOがこの名を呼ばないからだ。もう絶頂は間近なのだろうに、好きだと喚きださないからだ。そんなただ粘膜がこすれ合っているというだけの、一時の安らぎもなければ不安の氾濫もない、味気もクソもないセックスに、どうしようもなく感じ入ってしまっていることが空しかった。本当にただの体だけの関係になってしまったようで。――元からベッドの外ではろくな接触を持っていなかったはずなのに、今更どうしようもなく、それが空しい。
「あ、あ、ん、ああっ、もう、も、ぁ、あ、は」
自らの膝を抱えていたDIOの両手はとっくの昔に脱力し、シーツの上に投げ出されてしまっている。汗ばんだ長い脚はふらふらと、力なく空気を蹴りつけるばかりだった。足首を、掴み上げる。そして肩口に抱え上げ、より深い場所までDIOの体を抉る。白い首は反っくり返り、無防備な喉元と、そこを走る縫い目のような傷跡が俺の眼前に晒されている。
「……DIO、」
「ひっ、ぃ、あ゛、あ゛、はぁっ」
白い肌にぼんやりと浮かぶ、青い血管。そこを目掛けて噛み付いた。視界の端ではぶんぶんと金の髪が揺れている。熱く濡れた肉の壁は、一際狂ったように激しく、俺の性器を締め上げた。
「DIO、」
「ぅ、ぅあ、あッ、ぁあ」
「~~ッ、DIO……!!」
「ひっ~~!!?ァ……だ、だめだっ、うぁっ、ァ、らめぇ、そんな、はげしっ、あ、ああっ……!」
ひたすら、ひたすらに責め立てた。首筋を噛み、耳朶を噛み、鼻先にも噛み付いて、金の髪を引っ張った。気付いた時には、DIOはなにやらぼろぼろだ。涙に唾液、汗に塗れた顔はだらしなく弛緩して、作り物染みた美貌はすっかり崩れてしまっている。白い歯のあちこちに残る噛み痕、白いシーツの上に散らばった金の髪が痛々しい。まるで、手酷い凌辱を受けた後のようだ。いいや、こんなものはセックスでもなんでもなく、ただの一方的な凌辱でしかないのかもしれない。だってDIOは『承太郎』も『好き』も言わない。諾々と、俺の激情の捌け口となっている。
「あー……ぁ……は……」
赤い目は、空ろである。確かにその目は俺に向けられているはずなのに、混濁しきった赤い瞳に俺がちゃんと映っているかは定かではない。
「……、」
こんなことをしたいわけではなかった。俺はただ、この男が欲しかっただけだ。俺を見て欲しかった、まともに口を利いて欲しかった。そうやってまともな関係を築いてゆくことこそが、この男を手に入れることなのだと思っている。
なのに現実とくればどうだ。まっとうな『恋』の過程を全てすっ飛ばし、ただそうする理由も分からないセックスに溺れる日々である。体の距離が狭まれば狭まるだけ、心は遠くなってゆくようだった。元から遠かったものが、より遠く。いつまでたっても、縮まらない。

「――DIO、」

いよいよ泣き散らしてしまいたい気分が本格的になってきて、衝動的に、俺はDIOの唇に噛み付いた。キスなどは何度もしてきたはずなのに、なんだか初めて、そこに触れたような気分になっている。
DIOに施すキスはいつだって、足りない言葉を補うためのものだった。しかし今日はもう、そんなことすら考えられず、とにかくどこでもいいからDIOに触れていたいのだと、それだけの切実があるのみである。
そっと触れた口先の、心地の良い柔らかさが無性に涙腺を刺激しに掛かってくる。俺は何度、この柔らかな唇にどうしようもない自我をぶつけ、何度、押し潰すように蹂躙をしてきたというのだろう。詫びを込め、何度も何度も啄んだ。やたらと可憐ぶったちゅっちゅという音が鳴るたびに、こめかみの辺りが熱く、重くなってゆく。戸惑うように揺れながら、それでもじっと俺を見据えるDIOの視線がまるで、今日の日の横暴を許容してくれているように見えて仕方がなく、涙の気配は天井知らずで勢力を増していった。
俺はこれが好きなのだ。この男が好きなのだ。泣きたくなる程の愛情など、俺は知らない、知らない、どうすればいいのか分からない。そんな経験をしたことがない。だから愚鈍にも、キスを繰り返すことしかできなかった。精一杯の愛情表現だった。滑稽だ、あまりにも。

「……じょうたろう」

舌の先端がほんの少しだけ、控えめに触れ合っただけの、やたらと遠慮交じりのキスの後。多大なる名残惜しさと共に赤い唇を解放すれば、DIOは息を吐くように小さくそっと、俺の名前を口にした。優しげな声だった。そこになんらかの特別な感情が込められていると感じたのは、俺の勘違いであるのだろうか。そうでなければいいと思う。DIOからの特別が、あって欲しいのだと強く思う。体中を駆け抜けた感傷は下半身に直結し、下腹部が少々、重くなったようである。DIOはひっと息を詰め、胡乱な目で俺を見た。俺を、見た。
「……でかい。喜びすぎだ、若造め」
「……生理現象だ。仕方がねぇ」
「承太郎。承太郎。……そんなに嬉しいのか?名前を呼ばれることが、たったそれだけのことが、お前は」
「……自分でも馬鹿馬鹿しいとは思うが。どうにもすげぇ、嬉しいらしい」
「……そうか」
「……そうみたいだ」
会話が、できた。再び熱が駆け抜ける。DIOは悩ましげに眉を寄せ、やはり胡乱な目で俺を見る。

「……DIO、」
「……承太郎」

ぎこちないキスによって生まれた熱の狭間、せっかくの会話の機会がやってきても何を話したらいいのかが分からずに、俺はただあいつの名前を呼んだ。少しの間を置いて呼び返される自分の名前に、やっぱり涙腺は緩くなる。もはや、落涙も時間の問題であるのかもしれない。
「DIO」
「承太郎」
「……DIO」
「承太郎」
「……DIO、」
「じょうた、ッ、ろ、ぉ」
名前を呼びあいながら、緩く抽挿を再開する。おずおずと背中に回された白い腕が、強烈に愛おしかった。金の髪を掻き混ぜながら、滑らかな頬に、額にキスをした。DIOは涙に濡れた瞳でぼんやりと、俺を見つめている。
「今日は、言わねぇんだな……すきとか、なんとか……」
ずぶずぶと抽挿を繰り返しながら、自然と言葉が漏れていた。その瞬間に、俺はあんなにもDIOとの普通の会話をしたいと思っていたくせ、引っ越しの時を除いては自分から話しかけたことがなかったことに気付いてしまう。舌打ちが漏れた。DIOが怪訝そうに俺を見上げる。誤魔化すように、口の端にキスをしてやれば、背に回った両腕にきゅっと力がこもっていった。
「あ――あれは、だな……本格的に、あたまが馬鹿になってしまった時にだけ……ん……でて、くるぅ……どうしようもない、わたしの、本音というか……いまは、少々、っ、正気であるもの、だからぁっ、ぁ……あ、あんなことなど、ば、ばかばか、しくて、いえたものでは、ない……」
突き上げに耐えながら、それでも言葉を紡ごうとするDIOの姿は例えようなくいやらしかった。思わずごくりと喉が鳴る。息を整えることに必死なDIOは、俺の興奮のメーターがちょっとばかし上がってしまったことに気付いてはいないようだ。
「本音……本音か」
「……言うつもりなどなかったのだ……だ、だがしかし、じょ、承太郎とのセックスが……あまりにも気持ちがよくて、もう、ありえんほど気持ちよくて……おまけに、思いのほか……う……嬉しかった、もの、だから……ついつい、本音が……ああくそ、承太郎っ、承太郎め……どこまでも、忌々しい……!!」
「お、おい、いてぇぞ、こらッ」
「無駄口を叩いている暇があったら、はやくイかせろ!これ以上こんな、こんなゆるぅく突かれつづけようものならば、わ、わたしまたきっと、言わなくてもいいことを言ってしまうッ!」
「……まだまだ聞き足りねぇんだが」
「わたしは、嫌なのだッ!!」
いつの間にか後頭部の辺りまで忍び寄っていたDIOの指が、容赦なくぐいぐいと俺の髪を引っ張っている。じゃれている、とかそんな甘っちょろいものではなく、本気で地肌にダメージを与えるつもりの攻撃である。既にいくらかの髪は抜かれてしまっているようで、患部がじんじんと痛かった。
DIOは羞恥心でいっぱいになった顔で、じっと俺を睨みつけていた。数秒、俺も睨み返したのちに、結局は白旗を上げ、再びDIOの唇に軽く触れるだけのキスをする。そして離れると同時に、激しく腰を打ち付けた。DIOは涙を散らしながら赤い目を見開いて、ぎゅっと俺の首にしがみ付いてくる。浮いた肩口、肩甲骨の辺りを擦ってやった。赤い瞳はいよいようっとり細まって、甘い、甘い嬌声が、夜の部屋いっぱいに広がってゆく。
「はぁ、あぁ……き、きもち、いい……承太郎、じょうたろう……」
「ああ……ああそうか……DIO」
「す……す、きぃ……承太郎の、ぺにすも……じょーたろぉとの、セックスもぉ……承太郎……じょうたろう、という、男の、ことも……わたしは、わたしはぁ、ッ、ひぐぅ、あ゛ッ、あ、ふぁ……!!」
「もっとだ、もっと、言ってくれ……好きでも承太郎でも、どっちでもいい……!もっとだ、DIOッ」
「っ、すきっ、すき、じょうたろう、こ、このDIOは、じょうたろぉが、好き、すきっ、す、ぁ、ああっはぁ、ああ……~~!!!」
DIOの長い脚が、腰の辺りに絡んでいる。捩じ切らんばかりに締め付けられて、少々痛い。痛いのが、嬉しかった。俺も負けじとDIOを抱き締めて、早くこの愛しい存在を絶頂に導いてやる為に、一心に腰を振った。
「あ、アッ、じょ、たろっ、す、すごいっ、すごいぃ、こんな、こんな……!」
「DIO……!!」
「す、すき、じょ、承太郎っ、ぁ、ぁあっ、じょうたろうっ、じょうたろう、も……!」
「ああ、なんだ、DIO……?」
「い……いって、ほしい……言うのだ、承太郎っ!ど、どうせお前も、このDIOがすきで、すきで、たまらんのだろう!?ならば、お前も……わたしにだけ、このような、ああくそ……!承太郎っ、じょうたろう……!!」
涙に塗れたDIOの顔。ぐずぐずに崩れてしまっているのに、それでもこいつはどうしようもなく美しく、そして、愛おしくてたまらなかった。――そんな存在に、俺はこれまで『好き』の一言すら囁いてやったことがなかったのだ。
愕然とする。俺は俺をいないものと扱うDIOに腹を立ててきたわけではあるが、もしかするとDIOの方から見てみれば、俺だってあいつのことをいないもののように扱っているように見えたのかもしれない。話しかけてみたこともなく、セックスに及んで理性が蕩けたときになっても、すき、すき、たった2文字の言葉すら口にしたことはない。
焦燥感が駆け抜ける。慌てて俺は、DIOの頬を両手の内に閉じ込めて、赤い瞳を覗きこんだ。濡れたそこに映る俺は、自分はこんな顔ができたのかというくらい、果てしなく情けない表情を浮かべている。これが、俺だ。俺なのだ。研究所の奥深く。狭い一室に閉じ込められていた、あまりにも圧倒的なDIOという存在に魅せられて、そして、手に入れたいのだと、自分だけのものにしてしまいたいのだと、若いエゴに塗れた『恋』に溺れる情けない男がここにいる。こんな俺を知っているのはDIOだけでいい、涙に濡れたDIOの顔を知っているのも俺だけでいい。そう思うのは、俺はどうしようもなくこの男のことを、

「す――すきだ、DIO」

好いているからだ、好きで好きで、たまらないからなのだった。
その2文字を零した瞬間に、熱い涙が両目から溢れた。視界は滲み、DIOの顔すらよく見えない。なので早く、拭おうと思った。しかしその前に、すっとどこからか伸ばされたDIOの白い、指先が。乱暴にぐいと、俺の目元を拭ってゆく。

「なにを、泣いているのだ、でかい男がみっともない。……承太郎、ほしい、早く、欲しい……はやく、わたしの中で……承太郎……」

そういうお前も、泣いているくせに。
どうにも愉快で笑ってみれば、応えるように、DIOもふふと軽く笑ってくれる。赤い目から滴る透明な涙の美しさに、やはり俺は、愛おしさを催さずにはいられなかった。



中途半端に夕日が沈んだ空というものは、半分が夕方で半分が夜、どっちつかずで落ち着かない。今日も今日とて人込みに紛れ、すっかり夜となってしまっている方角に鎮座する自宅アパートへの帰路を辿る。昨日までは、目的地に近付けば近付くだけ足も気分も重くなっていったものだった。しかし今日は――まったく軽いとは言えないが、鉛の如き重量などはいくらか払拭されていて、昨日までよりも気持ち、早足になっている。我がことながら、分かりやすい男である。思わず、苦笑が漏れた。

赤信号が、青に変わる。誰よりも早く、横断歩道に踏み出した。

昨晩はあれからしばらく、行為が終わった後も共にだらだらと過ごしていた。特別に会話があったわけではない。何を話せばいいのか分からなかったし、それはDIOも同じだったのではないのかと思う。言葉が足りていない分を埋め立てるように、何度も何度もキスをした――のはいつものことであるのだが、これまでに繰り返してきた呼吸すら食らい尽くさんばかりの激しいキスをする気には、不思議となれず、代わりに何度も、皮膚を擽るように唇を寄せ合った。唇だけにではない。頬に、鼻先に、前髪の生え際に。戯れなようなキスを繰り返し、偶に目が合えば一瞬気まずく硬直するも、やがてはぎこちなく笑い合ったのだった。
しかしそうした時間が続いたのも、ほんの10分ばかりのことである。汗が引いたような頃合いになると、DIOはさっさとベッドを下りてしまったのだ。思わずおい、と呼びかけた。そこまでは、いつものセックスの後の、定型文のようなやり取りである。違ったのは、DIOは振り返ったことだ。

『……全てを受け入れるには、もう少し、時間がかかる』

じとっとした目で俺を睨みながらそんなことを呟いて、俺の返答を待つでもなく部屋を出て行こうとする。なんのこっちゃかは分からなかったが、その一言で、DIOもDIOで俺と同じように、益体もない葛藤を抱え日々を過ごしていたのだろうことは理解できた。畳み掛けるように、ああ愛しいな、と思った。なので俺は、

『一緒に、な。受け入れていけばいい、そういうものは』

余裕ぶって、そんな言葉を投げつけた。言い切った後になって、あまりに青いその響きが気恥ずかしくてたまらなくなった。耐え切れずに枕に顔を埋めると、視界の外からごん、と鈍い音が聞こえてきた。少しだけ顔を傾けて出入り口の辺りを伺ってみれば、肩を丸めて額を擦るDIOがいた。思わず吹き出してしまい、射殺さんばかりの視線を向けられたのは言うまでもない。

ようやく辿り着いた自宅前である。鍵を開き、ドアノブを捻る。薄暗い玄関で、リビングから漏れる蛍光灯の明かりに出迎えられる。靴を脱ぎ捨て、リビングへと向かった。少しばかり残っていた気の重さは一瞬にして姿を消し、頭の中はもう、DIOと何を話そうか、今日はうまく話せるだろうか、そんなことでいっぱいになっている。
ドアの開けっ放しになっていたリビングへと踏み込んだ。ソファーの上に、DIOがいる。実家から持ってきた、使い古したクッションを枕にして、ぼんやりと本を読んでいる。俺に気付いているのかいないのか分からない。なので少しばかり大仰な足音を立てながら、DIOへと一歩接近する。それでもDIOの赤い目は、活字を追うばかり。俺を見ようとはしなかった。
しかし、

「お――おか、えり。承太郎。よく帰ったな、うむ、よく、帰った。少々遅い、気もするが」

つっかえつっかえに零された声は他でもない俺に投げかけられたもので、白磁の頬がうっすらと赤く染まっているのもきっと、俺のせいであるのだろう。可愛い奴。可愛い奴。愛しさが競り上がり、目の奥がくらくらと揺れている。そんな状態で返した

「ただいま」

の一言は、自分で聞いても笑えてしまう程に、何やら妙に上擦ってしまっていた。そろりと顔を上げたDIOは、俺の顔を見た瞬間に吹き出した。おまけに指を差しながら、「茹蛸がいる!」とはしゃぎだす始末である。お前だって大概だろうが。つられて俺も、笑っていた。






踏み込み切れなくて変な方向にいっちゃった承DIO。どっちも必死だったんだよ!みたいな感じでもうちょい続きます


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