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月夜の果てに一生

「……流石に冷えるな」
「貧弱な人間め」
DIOが一歩前へと進むごとにさく、さく、さくと軽やかな足音が鳴り、遠くからはさあ、さあ、さあと押し寄せる潮騒の音がやってくる。星の散らばる夜空の下、裸足で砂浜をゆくDIOは、背後でばん、と車のドアが閉まる音に呼応するように、ふっと体を反転させた。月光を反射して淡く輝く金の髪が、空気の中を泳ぐように翻る。視線の先には、車にもたれる承太郎がいる。
「見てるだけで寒いぜ、お前。せめて靴履けよ、靴」
「何故わたしが、承太郎なぞに気を遣ってやらねばならんのだ。お前も脱いでみればどうだ?中々に心地がいいぞ、この浜の感触は」
「寒いっつってんだろうが」
6月の半ばである。日が出ている内は夏に迫る気温を記録する時期ではあるが、夜になれば未だ、寒い。海辺となれば尚のことである。海の向こうからやってくる潮風は、容赦なく吹き荒ぶ。上着を持ってくるべきだった、と後悔しようにも後の祭りである。季節感も何もあったものではない吸血鬼の傍にいるから、判断を誤ってしまうのだ――それでもかの吸血鬼から離れることの出来ない業の深さにやりきれない気分を覚えながら、承太郎は天を仰いだ。未だ、潮風は止む気配がない。
「追いかけっことかしないのか、承太郎」
「したいのか、お前。男2人でんなことやってみろ。梅雨通り越して真冬だぜ」
「ははーん!さては貴様、負けるのが怖いのだな!このDIOに!」
「人の話聞けよアホ」
承太郎の視界の中心で、DIOがけらけらと笑っている。どうにも小憎らしさの拭い切れない表情であったが、あいつが嬉しそうならそれでいいか、と承太郎は思う。他でもない自分の傍で、楽し気であったり、嬉し気であったり、そして幸せそうに笑むDIOこそが、承太郎にとっての宝だった。だから口ではあれこれといいつつも、DIOが寄越してくる小憎らしい我儘の数々だって、本当は愛しくてならないのだ。気恥ずかしくて、言えたものではないのだが。
「承太郎」
「ああ、どうした」
「月の綺麗な夜だな、承太郎」
「ああ――そうだな」
DIOの体が、再び反転する。承太郎に背を向けた吸血鬼は、さくさくと砂浜を踏みつけながら、海を目指して歩いてゆく。黒い夜の海の真上では、巨大な満月が煌々と輝いている。DIOによく似ている、と思った瞬間に照れくささが競り上がり、承太郎はちっと舌打ちをした。かの吸血鬼がは淡い月光のように儚い男などではないことも、輝く月のようにただ美しいだけの男ではないことも、承太郎は知っている。誰よりも、知っているつもりでいる。DIOがそういう男だからこそ、もう何年も惚れ続けている。そうした自覚は承太郎の羞恥心を煽るばかりだった。

「じょーたろー!」

承太郎が気恥ずかしさにもぞもぞとしている内に、DIOはいつの間にか大声でなければ意思の疎通の図れない距離にまで進んでしまっていた。遠く、波打ち際に立ったDIOが、拡声器の代わりに口元に手を当てて承太郎の名を呼んでいる。
「どうした、DIO!」
数歩、身を乗り出しながら、承太郎もDIOの名を呼び返した。DIOは満足げに口の端を吊り上げて、ずいと海の向こうを指さした。
「泳ぎたいのだが、このDIOは!」
「アホか!風邪ひきてーのか、お前!」
「風邪などひかんぞ!わたしは、貧弱な人間とは違うのだから!絶対に気持ちいいぞ、承太郎!あの暖かな月光に照らされた海が、冷えているはずもない!」
「んなわけねーだろうが、アホ!」
ぞんざいな声を吐き捨てながら、とうとう承太郎の爪先が砂浜を踏む。DIOの足跡をたどるように、波打ち際へと向かってゆく。そんな承太郎を、DIOはにやにやと笑みながら見つめていた。
DIOが本気で泳ぎたいわけではないことなど、承太郎は知っている。本当にそうしたいと思ったなら、承太郎の許可を取る前にさっさと海に飛び込む輩である。DIOはただ、承太郎を誘っているだけだった。ここで一緒に月を見ようと、承太郎を呼んでいるのだ。
「めんどくせー奴!俺を隣に置いときてーってなら、手でも引っ張って連れてけばよかったんじゃあねぇのか!そういう奴だろう、てめーは!」
「たまにはお前からわたしに歩み寄ってみろよ、承太郎!わたしばかりがお前を好いているようで、不公平ではないか!」
「馬鹿かお前は!俺がどんだけお前が好きでたまらんか、知らねーからそういうことが言えるんだぜ!察せよそのくらい!」
「傲慢な男だな!腹が立つばかりであるが、そういうところも案外嫌いじゃあない、このDIOは!」
「俺だっててめーのクソ憎たらしい面が嫌いじゃあねぇ!お前、知らなかったろう!」
「知ってたぞ!」
「ふいてんじゃあねーよ!」
「何を言う!本当はちゃんと、知っているのだぞ!お前が、どれだけこのDIOに入れ込んでいるのかということを!お前がわたしに傾け続ける、愛なる感情の大きさも!あの月にも負けんでかさであるのだろう、承太郎!?」
「あんなもんで済むか、馬鹿野郎!」
距離は縮まるばかりであったが、比例して声量は増すばかりだった。承太郎がDIOの元へと辿り着く頃には、2人ともすっかり息が上がっていた。はあはあと荒い息を漏らしながら、頬を紅潮させて、じっと剣呑に睨み合う。3秒後にはどちらからともなく笑みを漏らすことで終幕を迎える、短い短い睨み合いである。
「なにやってんだろうな、俺ら」
「まったくだ。お前のせいで、このDIOまで思春期の小僧のような阿呆になってしまったではないか」
「元からのアホがなに言ってやがるんだ」
細かな砂の張り付いたDIOの足が、承太郎の脛を小突く。そして反撃を食らう前に、更に一歩、二歩と、月へ向かって踏み出した。引いては押し寄せる波が、生白い爪先を濡らしてゆく。気にした素振りもなく、DIOは月を見上げている。
「承太郎を横に置いて眺める月は、なにやら妙に美しい。いつからか、そう感じるようになった」
「へぇ」
「不思議な話だな。あれはただの球体だ。ただ星よりも少し派手なだけだという衛星だ。空を見上げれば当たり前にそこにあるものを、ありがたいものだと思ったことは一度もなかった。いや、今でも別に、ありがたみなんぞは感じちゃあいないのだがな。ただ、美しいと思う、とても、とても」
そういうお前の方が、月などよりもよっぽど綺麗だ。
歯の浮く文句を、承太郎は苦虫を噛み潰したような顔で飲み込んだ。
「お前のせいだな、承太郎」
「お前のおかげ、だろ」
「何故わたしという男の根本を変えられてしまったことを、ありがたがらねばならんのだ。猛省するのだぞ、承太郎。ほんの微々たる、つまらない変化ではあるが、お前は確かにこのDIOを変えたのだ。許されざる無礼であるのだが、まあわたしは、お前を愛してしまっているようだから。許してやろう、承太郎。わたしの度量に感謝するのだぞ。そして生涯かけて、わたしに尽くすことを誓うのだ。簡単なことだろう?」
「簡単すぎて欠伸もでねーぜ」
「……ん?」
DIOへ向かって利き手をグイと伸ばしながら、承太郎はふいと音を立てて顔を背けた。その先にはやはり黒々とした海が、柔らかな月光に照らされた光景が広がっている。幻想的な光景は、しかし承太郎の心を動かすことはなかった。
承太郎の、右手。そこにぎゅっと握られた、丸いラインを描く、小さなブーケ。その可愛らしい物体に圧迫された精神は、もはや海がどうだ月がどうだだのの情緒に染み入る余裕はない。
「……なんだ、これは」
「……途中、ちょっと寄り道したろ。その時にさっと、受け取ってきた。花屋で。前から注文してたものを」
「入手経路を聞いているわけではない。どういうつもりで、お前は」
「分かるだろ」
「分からない。ちゃんと、言え」
一際強く吹き付けた潮風に、DIOの髪が巻き上げられる。うっとおしげに押さえながら、DIOはじっと承太郎を見つめている。
そっぽへと反らされていた承太郎の視線が、再びDIOの方へと向く。30秒ほどぶりに見たDIOの赤い瞳は、落ち着きなく泳いでいた。その目に映る承太郎だって、それはもう落ち着きのない表情を浮かべていた。
「別に――式を上げなければ共に生活ができないというわけでもないし、なんの保証がもらえるってわけでもない。多分俺たちには、必要のないものなんだろう。それは、分かってるんだ」
「承太郎、」
「それでも、なんつーか、欲しかったんだな、俺は。区切りみたいなものが。証明みたいなものも」
「証明?こんな花一つが、一体何を証明してくれるというのだ」
「俺とお前がこの20世紀で出会って、命取り合って、何の因果か愛してる、なんて言い合う仲になっちまった。それが本当にあったことなんだって証明をだな――ああくそ、もっとシンプルに言った方がいいな、こういうことは」
さくり。承太郎の足元で、砂が沈む。さくり。もう一歩前へと踏み出せば、DIOの胸元にブーケがとんと押し当たる。しかしDIOは、胸元のそれを見ない。丸く見開かれた赤い目には、ただ承太郎だけが映っている。
「……承太郎」
ああ、愛しているな、と承太郎は思う。その途端に、緊張で戦慄いていた筈の唇からふっと力が抜けていった。
大丈夫だ、なにも気を張ることはない。自分はただ、惚れた男に惚れたと告げるだけなのだ、そして――

「俺と生きてくれ、DIO。これからも、これまでと同じように。お前の人生を、俺にくれ」

これからも、ずっと、ずっと、お前を愛し続けてゆくのだという、とてもとても当たり前のことを、伝えるだけなのである。
しかし改めて言葉にしてみれば、照れくさくて仕方がない。承太郎の頬にはうっすらと朱が差している。誤魔化すように、ぐりぐりとブーケをDIOの胸元に押し付けた。
「ま――改めて、言うようなことでもねぇとは、思うんだが。お前は俺を愛してくれているんだろう、DIO?」
「あ――あ、当たり前だっ!」
硬直から解放された白い指先が、ばっとブーケを奪い取る。鷲掴んだそれを難しい顔で眺めるDIOの、ミルク色をした肌は、じわじわと赤くなってゆく。夜目でも分かるほどに、赤い。
「今更何を言い出すのかと思えば、結婚式の真似ごとか?共に生きることの保障?約束?そんなものがないと、不安なのか、お前という男は。見てくれの割に、なんと小さな男だろう!」
「ああ、小せぇ男だよ。お前が俺を、そんな男にしちまった」
「開き直るんじゃあない!承太郎め!」
「なにをそんなに腹立ててるんだ」
「腹も、立とうというものだ!何故わたしが、このDIOが!お前なぞに人生をくれてやらねばならんというのだ!」
「でもくれるんだろ、お前は。知ってるぜ」
「……そこまで確信をしているなら、聞かんでもよかろうに。こんなブーケも、要らんだろうに」
「したかったんだよ。形式ばったことが」
「うおっ!?」
DIOの手の上からブーケの柄を掴み、ぐいと引く。重心を失ったDIOの体を、承太郎はやすやすと受け止めた。承太郎の腕の中に誘われた瞬間に、けんけんとしたDIOの声はぱったりと止んでしまう。――ああ、可愛い男だな。心の底から、承太郎はそう思う。
「で――返事はどんなもんなんだ、DIO」
「……聞かずとも知っているのだろう」
「聞きてーんだよ、お前の口から」
「……欲張りな男だな」
「てめーにだけは言われたくねーぜ」
ゆっくりと、DIOの頭が持ち上がり、月光の元に白皙の美貌が晒される。困ったように垂れ下がった眉に、仕方のない奴、と、承太郎の全てを許容するように細められた赤い両目。滑らかな頬にはすっかり紅色が塗りたくられて、噛み締められていたのだろう唇も、艶めかしく赤い。
そうして承太郎の微笑みかける表情というものは、例えばこの海に沈む前のDIOであったなら決して浮かべはしない――いいや、することの出来なかった顔なのだろう。一度豪快に断ち割られた体の中に、10代だった頃の承太郎が必死で傾けてきた愛情に満たされた今だからこそ、DIOは笑えるのだ。幸せに。幸福なる、たった二文字の言葉に込められた果てのない感情に押し出されるよう、穏やかに、美しく。

「――わたしの永遠は、ここにある。お前のこの、腹が立つほど厚い、胸の中に。だから、仕方がないから、お前の一生に付き合ってやるさ、このDIOは。承太郎、せいぜい大事にするのだぞ、わたしをな、承太郎、承太郎よ――」

どちらともなく、噛み付くように唇を重ね合わせる。誓いのキスと呼ぶには、あまりに荒々しいキスだった。承太郎は両手の内にDIOの頬を閉じ込めて、DIOは、ブーケを握っていない方の手で承太郎の後頭部を押さえ込む。酸素が切れて唇が離れる頃には、どちらもぜえはあと息を切らしていた。
熱い呼吸が交わらんばかりの距離で、承太郎とDIOは見つめ合う、笑い合う。2人して、照れていた。目の前で照れている男のことが、愛おしかった。
「承太郎、ちょっと離せ」
「なんだってんだ」
「いいから」
不承不承緩められた承太郎の腕の中から、DIOがするりと抜けだした。体を反転させ、海に、月に、向かい合う。そして、すっかり海水でべたべたに濡れてしまった足を軸に、一歩前へと踏み込んで、

「あ、」
「WRYYYY!」

弾んだ歓声と共に、手にしたブーケをえいやと海へ、放り投げたのだった。

「――承太郎は、形式ばったことがしたかったのだろ?」

軽やかに振り返ったDIOは、勝ち誇ったように笑っている。どうしようもなく、DIOだ。月を背負い、その光を独占して、夜に君臨する姿はどうしようもなく、承太郎の愛したDIOだった。
結構高かったんだぜ、あれ。
そんな言葉を飲み込んで、承太郎は波打ち際のDIOを再び腕の中に引き寄せた。
あいしている。
黒子が三つならんだ耳元で、ただ一言そう囁けば、DIOは顔を上げてはにかむような笑顔を見せた。






なんのてらいもなく「好きだ!」「俺だって好きだ!」みたいなこと言い合える仲にときめきます


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