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おまけ

生きている内に「愛している」と伝えることができなかったのは、ぼくらの間に色々なことがありすぎたせいだ。
キスをした。セックスだってした。確かにぼくは、彼を愛しいと思っていた。それでも彼に対する疑念や蟠りは、終ぞ払拭することができなかったのだ。
決して純粋な愛情だけを彼に抱いていたわけではない。そんなものを伝えたところで、彼が応えてくれようはずがない。ぼくが捧げた感情と同じだけ、いいやむしろそれ以上の感情を、彼に返してほしいって。それが望めないのなら、こんな感情を言葉にする価値はないなんて。そんな自分勝手なことを考える程度には、ぼくだってよこしまな男であったのだ。

ディオだけだ。紳士たる振る舞いを心がけるぼくの内心を、嵐のように荒らしてゆくのはいつだって、ディオという憎らしくも愛おしい親友だけだったのである。

「……あれ?」
生前に伝えきれなかった感情を100年越しに吐き出して、ようやく僕はこの世から消えてしまったはずだった。深い満足感と共に迎えた消失の、微睡むような穏やかさはついさっき経験したことのように覚えている。
なのに――どうしてだろう。
ぼくは1ヶ月あまりを過ごしたディオの部屋に立っていて、目の前には、仰向けになって眠るディオがいる。
「……ディオ?」
100年前からすっかり雰囲気が変わってしまったけれど、変わらずに美しい彼のかんばせ。その滑らかな頬を、それまでに何度もしたように撫でてみた。尚も彼は、穏やかな寝息を漏らしながら眠っている。どれだけ触ったって目を覚ましてはくれないのだろう。鈍感な彼は、消失寸前のぼくが自分を抱き締めていたことにも気付いていなかったようだし。
「ディオ――ディオ、」
生前のぼくは、何度もこの頬を撫でた。この髪を梳いた。けれどそれ自体が目的だったわけではなかった。どうしても伝えたい一言を切り出すための間を持たせるために、ひたすら彼を撫でていたのだった。結局一度たりとも、切り出すことはできなかったけれど。なんとか指先から伝わって行かないものかなと、ちょっとばかり本気でそれを願っていたこともある。

「……愛してる」

どうしても、伝えたかったその一言。何度も言うけれど、本当に純粋な愛などではなかった。彼を憎んでもいた。それでもぼくが確かにディオという人を愛していたことを、ディオ本人だけは知っていて欲しい。今更、見返りを求めるよこしまな気持ちはなかった。
この時代での生き方をさっさと見つけてしまったディオも、既にぼくの知るディオではなくなっているのだろう。今の彼だったなら、なんとなく、ぐしゃぐしゃになってしまったこの愛情も受け止めてくれるような気がする。

君が人間をやめなければ、ぼくが命を落とさなければ。
まったく――ただ「生きていた」だけではたった2文字の言葉すら伝えられなかったなんて、どこまでもぼくらは交わらないものだったのだね、ディオ、ディオ、

「……ふ、んー……」
「あ……」
DIOの寝息のリズムが崩れると同時に、長い金の睫毛がぴくりと揺れた。そしてぼくが彼の頬に押し当てた掌を引込める暇もなく、固く閉ざされていた瞼が億劫そうに持ち上がる。とろとろと微睡む赤い瞳の愛おしさに、思わず泣いてしまいそうだった。
だってこの空間はあまりにも平穏だ。ディオの目の色は変わってしまったけれど、ぼくらは確かにこんな日々を過ごしたことがあった。お互いの気持ちなんて曖昧なまま、それとなく探りを入れあいつつも、恋の真似ごとに興じた日々が。
あの頃はディオのことが分からなくて辛い気分になることも日常茶飯事だった。けれど今にして思えば、あれもあれで幸せな時間だったのだ。今になってそう思う。何もかもが終わってしまった今になって。
「おはよう、ディオ」
ディオにはまだ、ぼくの声は聞こえているのだろうか。やっぱりぼくの姿は見えないのだろうか。
いいや――そもそもこれは、消失して尚彼への未練を断ち切れなかったぼくが見ている夢なのかもしれない。だったら、ちょっとだけ、もう少しだけ、積極的になってみてもいいのだろうか。涙の滲む目元へキスをしてみたって、

「……ジョ……ジョジョ……?」
「――え?」

ぱっちりと開いた赤い瞳。まっすぐにぼくを見つめている。

「え、ええ、ディ、ディオ!?君ぼくが見えるのかい!?」
「見える……?一体何の話…………・」
「あ――あれ?ちょ、ちょっとどうしたんだい、ディオ。枕をどけてくれないか、君の顔が見えないよ。おーいディオー?」
「うるさいうるさい!わたしは何も見えていないし、聞こえてもいない!」
「え、ええー、なんだそれー!?おおいディオ、ディオってばー」
「滅せよ悪霊!未練がどうのと言っていたが、お前本当はわたしをあの世への道連れにしに来たんじゃああるまいな!?ええい離れろわたしの傍に近付くなぁぁ!!」
「あ、悪霊ときたか!!別にぼくはそんな恐ろしいことを考えちゃいないよ、君じゃああるまいし!」
「プッチ、プッチー!テレンスでもいい、誰か塩をっ、十字架をー!」
「十字架ってそりゃ君の弱点――でもないんだっけ……ああもうっ、ちょっと失礼!」
「んぐっ!ん、んんー!!」
両掌で彼の頬を挟み込み、当初予定していた目元ではなく唇へとキスをした。なんかもう、瓶の蓋を閉めるような、色気も何もないキスである。だってディオはとくれば、こうしている間にも膝の先をぼくの脇腹にめり込ませに掛かってくるのだ。
ぼくも意地になって、ディオの口の中へ舌を突っ込んだ。薄く目を開けてみれば、凶暴に細まった赤い瞳が射殺さんばかりにぼくを睨んでいる。しかし涙交じりの目で睨まれたところで今一つ怖くはないというか、なんだか妙な気分になってしまうというか――
「ふぅ、っ、ん、ん……!!」
「っ……!」
慌ててディオの唇を解放する。ぽってりと赤くなった唇から零れる熱い吐息が、彼の頬を拘束する手の側面を擽った。
「はぁ、ん……は、……」
すっかり乱れてしまった息を整えながら、ディオは尚もぼくを睨みつけてくる。まだ喋ることの出来ない彼はきっと「何故お前は息の1つも乱していないんだ」とか、ぼくを糾弾したがっているのだろう。ぼくにだってよく分からない。というか、どうやら自分が呼吸をしていないことに今初めて気が付いたのだ。とりあえず宥めようと「ごめん」と一言謝れば、彼はぶすったれた顔でふんと鼻を鳴らしたのだった。
「……格好のつかない男だなぁ、ジョナサン・ジョースター。なにやら感慨深げに消滅したかと思ったら、3日と経たないうちにまたやってくるとか、どれだけ未練がましい男なのだ貴様という奴は」
「うーん、未練は全部なくなったはずなんだけどなぁ。でもよくよく考えてみれば、ただ単にぼくが「未練を解消すればこの世から消えてしまう」んだってなんとなく思ってただけなんだよね。誰に何を言われたってわけじゃあないんだ」
「ということは、つまり?」
「……まだしばらく君と一緒にいることになるのかも?」
「断固として拒否をするっ!!」
あまりにも無慈悲な即答である。
「そんなにぼくが嫌なのかい、ディオ」
「ふん、当たり前だ。この前も言っただろう、今更ジョジョなんてわたしには必要ないと――」
「……あれ?」
掌の間に閉じ込めておいた彼の頬の柔らかな感触が、不意にふっと消え失せた。ディオに振り払われてしまったのだろうか――いや、
「……ジョ、ジョジョ……?おい、ジョジョ?」
彼の頬を包んでいたはずのぼくの掌は――透き通るような彼の肌をすり抜けてしまっていた。
また、見えなくなってしまったのだ。今のディオにはぼくの姿が見えていない。まっすぐにぼくを射抜いていた視線が、落ち着きなくあちこちを彷徨い出した様子を見れば明らかだった。
「……消えたのか?」
「…………」
「今度こそ、本当に消えたのか?おいジョジョ、お前こっそりぼくを見ているんじゃあないだろうな」
「…………」
本当にぼくが消えたとしたならば、ディオは一体どんな顔をするのだろう。この前は満足をした瞬間に消えてしまったので、そんな顔をみることはできなかったのだ。
好奇心と、ちょっとしたディオへの仕返しもかねて、息を潜めディオの様子を観察する。目と鼻の先にぼくがいるっていうのに、やっぱりディオは気付かない。ちょっとばかり「してやったり」みたいな気分になって、口の端がむずむずした。一人称が昔のように「ぼく」になっていることに気付いていないのだろうディオが、可愛らしくて仕方がない。しかし――

「ジョジョ、ジョナサン。……なんだ、なにが一緒にいることになるかもだ、ジョジョのあほ」

愉快な気分でいられたのもほんの一瞬だけだった。珍しくぼくを「ジョナサン」と呼んだ声の頼りなさに、小さな意地悪をしてしまった後悔が爆発する。
「ディオ――!」
触れることはできないと分かっていて、それでもぼくは腕一杯に彼の体を抱き締めた。抱き込んだ体はぼくのものであったはずなのに、両腕に伝う感触はまるであの頃と変わっていない。
これが体が馴染んでしまったということなのだろうか。彼が吸血をするたびに彼のものとして馴染んでゆくぼくの体は、きっとそう遠くない未来に完全に彼のものとして生まれ変わる。そうしたらきっと、意識として存在するこのぼくは今度こそ綺麗さっぱり、この世から消えてしまうのだろう。
――それは、嫌だ。嫌だと思う、思ってしまった。
この前はそんなことは全く思わなくて、ただディオに一言を伝えられただけで満足だった筈なのに。駄目だ、駄目だ。ディオの顔を見ていれば見ているだけ、新しいディオへの未練が生まれてしまう。もっと彼の傍にいて、100年前は決裂してしまった仲を再び築き直したいと思ってしまうのだ。そんなことが許されるわけがない。ぼくはもうとっくに死んでいるのだ。彼に殺されてしまった。そこでぼくらの関係が終わってしまうことこそが道理であるはずなのに――

「お――おい、おい、ジョジョォォ!!お前、どんな馬鹿力で人の体をっ!早く離せよ、くっそ苦しんだよ、このまぬけぇぇ!!」
「うごっ!?」

がつん、と鈍い衝撃。一瞬真っ暗になった瞼の裏に、星が舞った。ひりひりと額が痛い。これは――これはもしや、頭突き……?
「もうなんなんだよ、お前はっ!消えたと思ったらまた出てきて、捩じ切るつもりかってくらい人のこと抱き締めやがって!苦しんだよ馬鹿力っ、もう本当に嫌だ、お前なんか大っ嫌いだ!!」
「そんなこと言われたって、っていうかあれ?君ぼくのこと見えなくなったはずじゃあ――」
「……まぁた消えやがった!おいどうせ、見えないだけでそこにいるんだろう!なにか喋れよ、ジョナサン・ジョースター!」
両腕が再び彼の体をすり抜けてゆく。どうやら彼の視界からも追い出されてしまったらしい。喧々と騒ぐ彼は明後日の方向へと吠えていた。
なんとなく――ほんと、もしかしてレベルの予測ではあるが、1つだけひらめいたことがあった。こんな荒唐無稽な話があってたまるものかとは思うのだが、死んだぼくがこうやってこの世にいること自体が既に荒唐無稽以外の何物でもない。よし、物は試しである。
「ディオ、ええとだね、一回だけでいいんだけれど。ちょっと心を込めて、「ジョジョが好きだー」みたいなことを言ってくれないか?」
「…………」
「そっ、そんなゴミ虫を見るような目をしないでくれよ!ていうかぼくがいるの、そっちじゃあないからね!君の右手の方だから!」
「…………」
「うっ、だ、だから、君せっかく綺麗なんだから、そんな顔をしちゃあいけないって……」
「お前が訳の分からんことを言うからだ。この状況で何なんだ、頭湧いてるんじゃないか」
「いいから、一回だけ。ええとね、君がぼくに好意のようなものを示してくれたらぼくが見えるようになって、拒絶をしたら見えなくなってしまうんじゃあないかって思ったんだ。ほんと、思いつきなんだけど」
ディオの眉間に深い皺が寄ってゆく。なんとなく思い当たる節があった、といった表情だ。となれば好奇心旺盛、思いついたことは試さずにはいられない彼のことである。内心では不平不満が爆発しているのだろうけれど、恐らく彼は言ってくれるはずだ。これまで一度も言ってくれはしなかった――

「す――すきだ。ジョジョ」

彼の心の底に一欠片くらいはあったのだろう、ぼくへの好意を示す言葉を。

「……よし、触れるね」
「…………」
「ディオ?」
「……これ以上ない屈辱だ。お前なんかに、他でもないお前などに、あんな生っちょろい、陳腐な言葉を言わされてしまった!」
「いいじゃあないか。ぼくだって言ってやったんだぞ、君に。愛してるって」
「お前が言うのとわたしが言うのでは意味が違うっ」
「違わないと思うけれどなぁ」
「違うと言ったら違うのだ!」
好意の言葉という意味では、なにも違わないとは思うけれど。きっと彼の中では彼なりの理屈があって、おかしな線引きをしてしまっているのだろう。そういう面倒くさい所も案外嫌いではなかった。
「……わたしにはお前など必要ないのだ。もうとっくに、わたしはお前の知るわたしではない」
「分かるよ。ずっと一緒にいたんだから」
「今更出てこられても困る。本当に困る。お前は10日前に失くしたパンを見つけたとして、カビの生え始めているそれを食べたいと思うのか?わたしは嫌だ。そんなものに触れたくもない」
「相変わらずよく分からない例えをする人だなぁ。ディオ、ぼくは君が、環境なんかで変わるようなたまじゃあないことを知っているよ。だから不安にならなくてもいいんじゃあないかな。ぼくがここにいようがいまいが、きっと君は君でいられるはずだ。だから、」
「分かったようなことを言うな、馬鹿」
「わっ」
胸元に飛び込んできたディオの体を抱きとめた。彼の額がぺたりと胸板に張り付いていて、表情を伺うことはできなかった。だからぼくはただ、抱きしめた。顔を見せたくないというならそれでいいのだ。ディオの表情なんて、声を聞いていればなんとなく想像することができるのだから。
「わたしはジョジョが嫌いだ。お前なんて、100年前からずっと大嫌いだ」
「改めて言われなくっても知ってるよ。ぼくもあんまり好きじゃない時期があったし、お相子だ」
「……お前なんかに惹かれてる自分も大嫌いだったんだ」
「それは――初耳だ」
「ふん、やっぱりお前はわたしのことなど何も知らんのではないか」
冷たい腕が背中に回り、縋りつくように抱き締められた。負けじと抱き返せば、やはり彼は面白くなさそうにふんと鼻を鳴らすのだ。

「わたしはジョジョなんて、大嫌いなんだからな」
「ああ、そうかい」

基本的に嘘つきであるくせに、偶にとんでもなく下手くそな嘘をついてしまうこの男。
いくら雰囲気が変わってしまったとしても、やっぱりディオはディオである。ぼくが君に触れたままでいられるということは、その大嫌いは決して本心からの言葉ではないということだ。気付いているのだろうか。気付いちゃいないんだろうな。

「いつまでになるか分からないけれど、またしばらくよろしくね、ディオ」
「さっさと成仏するんだな、悪霊め」

そうして意地悪く笑ったディオは、まっすぐにぼくを見上げたのだった。







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