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20年後の接続

「やあ、おかえり」
「……」
開けたばかりのドアを、再び閉める。寝室へと続くドアのノブをきゅっと握り、プッチはもう片方の手で両目を覆った。ばくばくと激しさを増してゆく鼓動を他人事のように聞きながら、まずは深い深い深呼吸。脳裏を光速に迫らん勢いで駆け抜けるのは、膨大な素数の羅列である。それでも心拍は平常に戻る素振りを見せず、吐き気の競り上がる混乱は深まってゆくばかりだった。
時は23時を少しばかり回る頃である。そろそろ今日の所は眠るかと、寝室のドアを開いたプッチの目にいの一番に飛び込んできたのは、窓越しに見える夜景ではなかった。開け放たれた窓の枠に腰かけた、あまりにも尊大な金色。地に落ちた月の如く輝く『その人』は、プッチの主観世界に於いてはとうに失われた存在であるものだった。
DIOという名の吸血鬼。10代も半ばだった頃のプッチに天国なる世界を説き、そして灰となって消えてしまった人。その後のプッチの人生の指針を定めてしまったと言ってしまっても過言ではない、プッチにとっての第2の神たる男である。
「…………ふぅ」
掌に額を擦り付けるように数度、かぶりを振った後に、プッチは漸く顔を上げた。そして、苦笑である。疲れているのだ、とプッチは思った。疲労に苛まれた頭が、癒しを求めてDIOの幻影を作り出してしまったのだ。だから、早く眠るべきなのだ、早く、早く。じわじわと心臓を焦がす焦燥感に唾を飲み、一刻も早くベッドに沈んでしまう為にプッチの汗ばんだ掌はノブを捻る。
かちゃり、と金属質の音。ドアに隙間ができると同時に吹き込んできた冷たい風が、ざわりとプッチの首筋を撫で上げる。正面には大きな窓がプッチを待ち構えていた。出掛けにはきちんと閉めてきたはずのそこは、ばんと開け放たれている。厚手のカーテンが、そよそよと夜風に揺れていた。そして、

「やあ、2度目のおかえり」

やはりその先に広がっているはずの夜景を覆い隠すかのように、最愛の吸血鬼は、放り出したぶらぶらと足を揺らしながら軽やかに笑み、優しげな声でプッチを出迎えたのだった。
ふらり、とプッチの足が絨毯を踏む。一歩前へと進むごとに住み慣れた部屋の風景は崩れてゆき、窓辺の金色はプッチの網膜を焼き尽くさんばかりに輝きを増してゆく。
DIOは、動かない。艶然と笑みながら、自らの足元へプッチが辿り着くことを待っている。2人の距離があと4歩ばかりに迫った辺りでようやく、勿体付けるように真っ白の手が差し伸べられた。3歩に迫り、小首を傾げると同時に豪奢な金髪がしゃらりと揺れた。2歩を切って、赤い唇がすうと小さく息を吸う。そして残り1歩である。プッチ、と。差し出した手を取ることも出来ずに呆然と自分を見下ろす男の名前を、愛を囁くようにうっとりと、その唇に乗せたのだった。
「DIO――君かい。本当に、君なのか?」
「他の誰に見えるというんだ?」
「わたしの脳から飛び出した、幻などではなく」
「確かめたいのならこの手を取ってみろよ、プッチ。ほら、このDIOは君に手を伸ばしているんだぜ」
薄闇に包まれた部屋の中、DIOの背後から差し込む月光を浴びた手は病的に白かった。5枚の爪にぺっとりと塗られた真っ赤なマニキュアだけが、生々しく燃えている。数度、DIOの顔と爪の先の間で視線を彷徨わせたのちに、プッチは恐る恐るその手を取った。触れ合った掌同士の間に、生温かな体温が発生する。プッチだけの熱ではない。触れているのが確かにそこで『生きている』DIOであるからこそ、接地面はこんなにも暖かなのだ。
「納得をしてくれたかな、プッチ、なあ、プッチ」
わざとらしく軽やかな声で繰り返される、プッチ、プッチ、そろそろ40年の付き合いになる己の名前。今この瞬間、その甘やかな響きは確かにプッチの鼓膜を震わせ、脳にじんとした痺れをもたらしている。
現実だ。現実のDIOがここに居る。
認めた瞬間に、プッチの膝は崩れ落ちた。薄く埃の積もった絨毯に力なく座り込み、それでも手は握ったまま、視線はDIOに釘付けにされたままである。
「DIO」
「なんだい」
「君が、ここにいる」
「ああ、そうだとも」
「DIO」
「なんだい」
「わたしの名を呼んではくれないか」
「プッチ。ふふふ、プッチ。わたし、わたしか。いつの間にか、君もすっかり大人ぶったことを言うようになってしまったのだなぁ、プッチよ、プッチ」
紅を引いたような赤い唇で繰り返される、プッチ、プッチ、その3文字の言葉は祝福そのものである。プッチは引き寄せた手の甲に恭しく唇を寄せ、張りのある筋肉に覆われた膝へ頬を埋めた。すかさず、DIOのもう片方の手がプッチの頭に伸ばされる。短く刈り込まれた髪の感触を楽しむように、何度もゆっくりと、そこを撫でている。プッチが上目で見上げたDIOは、赤い双眸でじっとプッチを見ていた。どこか、慈愛の滲む表情である。少なくともプッチの目には、そう見えたのだ。
「君、君よ、君はいつかしたわたしと交わした約束を、いまでも覚えてくれているか。とてもつまらない、約束であるのだが」
「約束?どれのことだい。君とはたくさんの約束をしただろう。一緒に天国を見よう、今度は一緒に星を見よう、とかね。わたしは全てを覚えている。君は一体、どれのことを言っているんだ?」
「最後の日の話だ」
「最後?」
「別れ際」
「――ああ」
最後の日の、別れ際。その文節の繋がりによって引き摺り出されたある日の記憶が、眼球の奥で再生される。思わず苦笑を零したプッチを、DIOは尚も笑みながら見つめている。そして弧を描く自らの唇を、赤いマニキュアで彩られた指先で指し示してみせた。
「君に、からかわれたんだ。その年で女と手を繋いだこともないって本当かい、とかなんとかって」
「ぼくは神に仕える身だから云々~と返したんだ、君は」
「ああ――まあその実、手を繋ぎたいと思うほどに惹きつけられる人と出会ったことがなかった、というだけの話だったのかもしれないが。今にして思えばね」
「そうだったのかい。ああ、まったく、君らしいことじゃあないか」
「そんなぼくに、君は」
「――『続きは今度会った時のお楽しみだ』」
「そう、そうだ。君は、女性と手を繋いだこともなかったわたしに、キスをした。そしてばくばくと心臓を高鳴らせるわたしを薄情に放り出し、さっさとベッドに潜ってしまったのだったな」
最後の日の、別れ際。ほんの10秒にも満たないその時間でプッチの身に降りかかったことはといえば、唐突にDIOにファーストキスを奪われた、一体『今度会った時』にはなにをされるのだろうかと、若い期待を煽られた。言葉に直してみれば、たったそれだけのことである。しかし決して、それだけでは済まなかったのだ。プッチは苦笑を零しながら、白磁の手の甲へと頬ずりをする。DIOの双眸が、もう2ミリばかり細まった。
「20年。いつの間にか、それだけの時間が経ってしまったようであるが、どうなんだ。君も少しは、そういった経験を積んできたのか?」
「いいや、まったく。わたしはどうやら、君じゃあないと、勃たないようなんだ」
「ほぉ」
「言っておくが、ずっと君をそういう目で見ていたわけじゃあないんだぞ。君が、あんなことをしたせいだ。そのおかげで、知りたくもなかったことを知ってしまった。大事な親友相手によこしまな感情を抱いてしまっていたことに気付いた瞬間の、わたしの絶望を、君は理解してくれるかい」
「さぁな。わたしには、よく分からん。ただわたしに振り回される君は可愛い奴だ、と思うぞ、プッチ」
「君はまた、そういうことを言う」
DIOの指先が、プッチの顎を掬い上げる。プッチは傾けられた視線の先に、赤い、赤い、真っ赤な唇が、意味ありげに薄らと開いている光景を見た。自らの口元からは、DIOへの呆れとも自嘲ともつかない苦笑が漏れてゆくばかりである。
「君は――わたしを置いて、この世から消えてしまったのではなかったのか?わざわざあんな約束を果たすためだけに、生き返ってくれたとでも言うのかい」
「最初から死んではいないさ。一度はばらばらになったわたしの体は、灰になる前に回収されたようで、どこぞの研究所の地下室でずっと生かされ続けてきた。まあ、目が覚めたのはほんのひと月ほど前のことであるのだが」
「それじゃあ君は、ずっと寝ていたのか。20年も、ずっと」
「らしいな。酷く、時間を無駄にした気分だ」
自分にとっても同じことだ、とプッチは思った。DIOを想いながら天国への手立てを探し続けた20年というものは、決して無駄などではなく、むしろ貴くすらある時間の積み重なりだ。それでもDIOがこの世界で生きていたというのなら、会いたかった、眠り続けるDIOの傍らで目覚めを待っていたかった、DIOが生きていることを知らずに20年もの時間を過ごした己が許し難かった――湧き上がるのは、後悔ばかりである。
プッチは片手できつくDIOの手を握り直しながら、もう片方でそっと、薄闇の中ふわりと揺れる金髪を黒子の三つ並ぶ耳の上に掻き上げる。されるがままに笑むDIOは、金の髪を揺らしながらわざとらしく顔を傾けた。
「そんな顔をするなよ、プッチ。君が愛おしくて仕方がなくなる」
「どこまで信じていいのだろうね、まったく」
「ふふ、君も変わったものだな。わたしの知っている16歳のプッチは、そんな物言いはしなかった」
「20年も、経っている。望む望まざるに関わらず、変わってしまうものだ、人間というものは。ただ、16歳、君が寄越してくれる言葉を追いかけながら、相槌を打つことに必死だった頃のわたしから見れば、今のわたしはもう少し、気の利いたことを君に言ってやれる男にはなれたのだろうと思う。そんなわたしを君に見せることができて、嬉しい。――ああ、わたしは嬉しいのだ」
言葉を重ねてゆくうちに深まってゆくDIOへの愛しさは、際限知らずの幸福となり、プッチの声を震わせに掛かってくる。幸せが過ぎるのだ。不要な悲しみに惑わされ、ただただわたしは幸せであるのだと、そう胸を張ることの出来ない哀れな生き物であるからこそ、人は天国に行かねばならぬ。それが、40年近くに及ぶプッチの人生の中で培われた教義である。しかしこの瞬間、20年ぶりにDIOに触れ、どの記憶を浚えても現れない新たな会話を交わす時間というものは、これまでの人生の悲しみ全てを癒さんばかりの勢いで、プッチに幸福ばかりを植え付ける。
こんなものは、嘘だ、嘘だ、夢に決まっている――だからこそ、夢であってほしくはない。
金髪に絡めた指先に力を籠め、プッチはDIOの頭を引き寄せた。目と鼻の先に迫ったDIOの美貌は、プッチの記憶と寸分違わず、20年前の輝きの一切を失ってはいない。訳もなく泣きたくなりながら、プッチは現実を手繰り寄せるように、喉から声を絞り出した。

「ずっと――君に会いたかった、DIO」

そして戦慄く口先を、DIOの真っ赤な唇に押し付ける。触れた唇の柔らかな感触に呼び起こされるのは、20年前の別れ際、たった一度だけ交わしたキスの記憶である。DIOが気まぐれに寄越してきたキスは、16歳の青年から背徳的な性衝動を引き摺り出し、冒涜的な恋慕を自覚させた。ベッドの上で煩悶した夜のことを、プッチは昨日のことのように覚えている。しかし、時間をかけて受け入れた。神を愛するように愛していたDIOへ、同時にとてもとても普遍的で、低俗な愛をも抱いていた己を肯定した。次に会う時は包み隠さずこの気持ちを伝え、キスの続きの行為を教えてもらおう――そうして胸を高鳴らせるばかりのプッチを置き去りに、DIOはエジプトの地にて灰になってしまったのだ。
けれどそうではなかった。DIOは、生きていた、ここにいる――20年もの時の中、置き去りになっていた愛がここにある。
戯れのような、触れるだけの口付けが終わる。薄らと紅色の差した目元をふっと緩め、DIOはプッチに笑いかけた。穏やかな表情である。DIOに纏わる感情の全てを、他でもないDIOに肯定されたのだ、とプッチは思った。湧き上がる感慨の波に攫われてしまわぬよう、プッチは寄る辺を得るが如くDIOの体にしがみ付く。ひんやりと冷えているようで、けれど確かにそこにあるDIOの体温が、果てしなく愛おしかった。
「まさか泣いてはいないだろうな、プッチ?」
「堪えているんだ」
「泣いてしまえばいいのに」
「みっともなく泣きじゃくるには、わたしは年を取りすぎたようだ。恥が先行して、泣けやしない」
「そういうものなのか」
「ああ、そういうものらしい」
「それでも君がわたしに傾けてくれる暖かな愛情はずっと、20年も昔からずっと、変わらないのだな、プッチ」
「たった20年で損なわれる程度の感情などではないさ、決して、決してな」
DIOの指先が、プッチの肩口をそっと押す。いくらかの名残惜しさと共に、プッチはDIOを拘束する力をふっと緩めた。
「プッチ」
そんなプッチを褒めるようにその名を呼びながら、白い掌が褐色の頬を包み込む。DIO。そう呼び返す前に、DIOがキスを仕掛けてくる。ちゅっと触れて、そして離れた。DIOから寄越された2度目の口付け、ただ触れるだけの行為から生まれた熱の激しさに、プッチの口先はじんと痺れた。DIO。一言そう呼びかけるだけのことも、ままならない。

「――続き。を、しようか、プッチ。君にその気があればの話だが」

その気もクソもあったものではない。
まるでハイティーンの青年のような性急さで、プッチはDIOの唇に噛み付いた。





あまりに美しすぎたのだ。
仄かに差し込む月光に照らされた白い裸体は、確かにここに存在しているはずなのに、著しく現実味が欠如してしまっている。美しすぎた、あまりにも。20年、何度も空想しては罪深きことだと己を責め、それでも劣情を催さずにはいられなかったDIOの裸体は、そうした空想を嘲笑うかのように輝いている。
空想というものは、年月を経るごとに美化を重ねてゆくものだ。しかしDIOは、空想すらも当たり前の顔をして凌駕する。そんな男がただの人間である所の自分の下で、白い腹を見せ、大人しく愛撫を受け入れる光景を、幸せだと思う前に、やはり夢であるのではないのかと思う。だからプッチはこの時間が現実であることを証明するように、DIOの体のあちこちに唇を落とし、きつく吸った。そうしてできた鬱血痕へ、今度は優しくキスをする。キスマークの作り方は、今しがた、DIOに習ったばかりである。
「ん、ふ、ふふ……おいおいプッチ。なにも、そんなところにまでつけなくてもいいじゃあないか」
噛み付くように吸われた自らの足の付け根へ、DIOはそっと指を這わす。そしてプッチの眼前に見せつけるように、しどけなく足を開いてみせた。
「興奮するんだ、とても」
「あまり色んなところに付けすぎると後悔する羽目になるぞ。1つ2つなら可愛らしいマークですむが、あまり増えると、なんというかな、グロテスクなものになってしまうのだ、こういうものは」
「問題ない。むしろ余計に、興奮する」
「プッチ」
きょとんと見開かれた両目が、愛しかった。その目が呆れに細まる前に、プッチはDIOの唇を掠め取る。そして習ったばかりのディープキスで、つい先ほどの会話を曖昧にしてしまおうと試みる。1つになって溶け合わんとするかのように、角度を変えては何度もねっとりと舌を絡ませた。唇と唇の隙間からはどちらのものとも知れない熱い吐息と、あえかな嬌声、混じり合った唾液がとろとろと溢れてゆく。やがて離れた拍子には、唾液がつうと糸を引き、1秒も経たないうちにぷちりと途切れた。頬を紅潮させたDIOははあはあと荒い息を零しながら、うっとりと細まった赤い瞳でプッチを見上げている。そして、
「へんたい」
甘ったるく零された4文字ばかりの単語に、プッチの劣情はどうしようもなく掻き立てられてしまうのだった。
「君がそうさせているんじゃあないか、DIO」
「可愛い奴だな、君は。そんなに愛しいのか、このDIOが?」
「馬鹿なことを聞かないでくれ。わたしは16歳の頃からずっと、神を愛するように君を愛している――わたしは、君を、愛している。少々変態じみてしまうのも、仕方のないことさ」
「随分はっきりと言い切ってくれるものだ」
「っ、」
不意に、DIOの膝がプッチの股間を擦り上げる。とうに勃起した性器に与えられる、痛みを伴った快感に、じんと下腹部が重くなる。息を詰めたプッチを見上げるDIOの表情はとくれば、いたずらを成功させた子供のように無邪気なくせ、吊り上った口の端が形容のしようもなくただただひたすらいやらしい。そのままゆっくりと、膝で性器を扱きだす始末である。プッチにその箇所を見る勇気はなかった。DIOの膝に圧迫される己の性器を見た瞬間、射精をしてしまうのだろうということが見る前から分かっているからだ。だからプッチは体積を増すばかりの熱に眉を寄せ、じっとDIOを、睨むように見下ろした。
「酷いことをするな、君は……」
「酷い?気持ちいいの間違いだろう?」
「わたしばかりが気持ちよくなって、どうするっていうんだ」
「わたしを気持ちよくさせたいのか、君は?」
「ああ……そうだ。気持ちが良いと叫びながら、とろとろと涙を零す君を、見てみたい……」
「ふ、ふふ、おいプッチ、まさか君、そんなわたしを妄想しながら抜いたことがあるんじゃあないだろうな?」
「想像に、任せるよ……、っ」
こすこすと性器を擦りながら上下していた膝が止まり、今度はプッチの腹へとぐりぐりと押し付ける動きへと切り替わる。あまりにぞんざいな愛撫である。だというのにプッチの興奮は量を増すばかり、性器は硬度を増してゆくばかりだった。先端から溢れだす先走りが、腹との間で糸を引いている。
「DIO、っ、」
「真っ赤じゃあないか、君」
揶揄以外の何ものでもない一言に、プッチの頭の中でぷつんとひとつ、糸が切れてしまった気配があった。端的に言えば、悔しいと、仕返しにDIOも真っ赤にしてやりたいと、そう思ったのである。
プッチはくっと奥歯を噛む。その様子を見上げるDIOは、尚も楽し気に笑んでいる。どことなく滲んでいる意地の悪さにだって、ああくそう可愛いな、と愛しさを募らせながら、プッチはDIOの視界の外でこっそりと、彼の後孔を撫で上げた。
「っ!?」
途端、横暴な膝は硬直し、DIOはひっと息を詰めた。
「おい、プッチ……」
「君、さっき少しだけ教えてくれただろう?男同士でする時はここを使う必要があって、そのためには慣らさなくちゃあならないって」
「……そういう所に触れる時は、先に一言声を掛けるのが礼儀だよ、プッチ」
「事後報告になる。入れるぞ、DIO」
「ん、ぅ、」
押し当てた指の先端を、そっと中に侵入させる。冷えた皮膚の内側は、爛れるように熱かった。たったそれだけに事実にさえ、プッチは酷く興奮する。鼻から抜けるようなDIOの吐息が、それをまた煽ってならないのだ。
「広げるような感じでいいのかい」
「ん……そうだな……」
「どうしたんだい、変な顔をして。言いたいことがあるなら、言ってくれ」
「いや……その、プッチは、わたしでしか勃たないのだよな?」
「そうだな」
「誰ともセックスを、したことがない」
「ああ。それが、どうしたっていうんだ?」
「……なにやら、手慣れているように感じるが」
「へ?」
「ひぃっ!?」
DIOの体内に埋まった人差し指の第2関節が曲がると同時に、ぼんやりと赤く染まった白い裸体が大袈裟に跳ねた。
「あ、ああごめん、痛かった?」
慌ててプッチは顔を上げる。見上げた先には、顔を真っ赤に染めて唇を噛みしめるDIOがいた。初めて見るDIOの表情だ。プッチの記憶にあるDIOは、いつだって悠然と笑いながら、耳触りの良い言葉でプッチを導いてくれる人だった。しかし今、プッチの視線から逃れるように目を彷徨わせるDIOからは、16歳のプッチが何の躊躇もなく身を委ねることの出来た頼もしさなどは全くない。ただただ可憐で、可愛らしい人がそこにいる。幻滅などはしてはいない。むしろもっと、わたしが見たことのない顔を見せてくれと、プッチの口元は緩んでゆくばかりである。
「ち、違う、痛くはないのだ。ただ――」
「気持ちがよかった?」
「……男の体内にはな、プッチ。前立腺というものがあってだな」
「知っているよ。そこに触れてあげれば、君は気持ちよくなれるんだろう?」
「待てプッチ、あまり乱暴に触られちゃあ、っ、~~……!!」
つい1分も満たぬ昔に探り当てた前立腺を、プッチは指先で転がすように愛撫した。乱暴に触っているつもりはなく、実際、プッチの手付きは小さな子供を撫でるかのように優しいものである。それでもやたらに感じやすい体を持て余すDIOにとっては、暴力的な快感となり得てしまうのだった。
「ぁ、あ、……!ぃ、ぁ……ん、んぅぅ……!」
「わたしが手慣れているように感じるのはな、DIO」
「は、ぁ……?」
「君とのセックスを成功させたくて、必死になっているからだよ、DIO」
「あぁ……そうか……そういうことかい、プッチ……」
「そういうこと、さ」
DIOの、熱を持った柔らかな頬に手を添え、プッチは恭しく口付ける。その間も中に埋めた指でDIOの体内を押し広げ、着々と交合の時への準備を進めていった。曰く、必死に。DIOを傷付けはしまいと細心の注意を払いながら――それでも気が急くまま、性急に。指が2本、3本と増えるにつれ、DIOの体に差した紅色は深みを増し、下半身から鳴るくち、くちといった品性に欠けた水音は激しさを増してゆく。DIOの赤い双眸には、ぼんやりと涙の膜が張っていた。
「プッチ……」
「……もういいのかい、DIO?」
「ああ……とはいっても、わたしもセックスなどは久々なものだから、君も、きつい思いをするとは思う……その辺りは、まああれだな……わたしへの愛に免じて、どうか、耐えて欲しい……」
「そんなもの。漸く君と繋がれることの嬉しさの前では、ちゃちな苦痛などないも同じだ」
「そんなに嬉しいのか、君は?」
「正直まだ、夢を見ているような気分だよ」
包み隠さぬ本音である。言ってしまった後に、少々気恥ずかしくなったので、プッチは誤魔化すようにDIOの頬へ1秒ばかりのキスをした。DIOは、仕方のない奴、とでも言わんばかりの笑みを浮かべている。今更になって湧き上がる羞恥心を更に誤魔かしてしまうべく、DIOの体内から指を抜き去り白い脚を抱えながら、プッチはひっそりと胸に抱いていたある疑問を、少々早口になってDIOへとぶつけた。
「君は、どうしてわたしの元に来てくれたんだ?」
「どうした、急に」
「気になったんだ、急に」
「ふぅん?どうしてもなにも、言っただろ?君との約束を果たしに来たって」
「ああ、約束を覚えてくれていたことは、嬉しく思う。こうして果たしに来てくれたことだって。けれどそれだけじゃあないんだろう?」
「プッチ?」
「他にも何か、理由があったのでは。そう、思ったのだが」
少なくともプッチの知るDIOという人は、たった一言の口約束を果たすためだけに20年の時を経て、己の元へとやってきてくれる人ではない。あれで気まぐれなDIOのことだ、ただ戯れに約束を果たそうと思っただけなのかもしれないが――とも思うものの、やはりどうにも、喉に小骨が引っ掛かるような違和感が拭い切れないのだ。
そうしたプッチの疑念を裏付けるように、DIOはふいと、目を反らす。全くDIOらしくはない仕草である。
「教えてはくれないのか」
「後で話すさ」
「気になるな」
「そんなことより続きをしよう、早く。ベッドの上でうだうだと喋る男は嫌われるぞ」
「君も、嫌うかい?」
「今更君を嫌ったりしないさ。ただ、今は話すよりもセックスをしたい。そういう気分だよ、このDIOはな、プッチ」
DIOの真っ白の両腕が、蔦のようなしなやかさでプッチの首に回される。そして殊更美しく、笑んでみせるのだ。プッチの質問を有耶無耶にしようとしているのだと、分かりきったものである。
笑い返しながら、プッチは先走りを垂らす自らの性器をDIOの後孔に押し当てる。元々、どうしても答えが欲しかったというわけではないのだ。DIOがここにいる。何を置いても、その事実だけがあればいい。

「――それじゃあDIO。挿れるよ」
「ああ……どうぞ」

どこかほっとしたように笑うDIOが、プッチの後頭部をそっと撫でる。可愛い人。可愛い人。頭から爪先までを埋め尽くす愛おしさを当のDIOへ塗りこめるように、プッチはゆっくりと、勃起した性器を広げた後孔へ侵入させた。
「ぅ、っ、ん……あ゛ぁ……」
「……ッ、」
侵入者たるプッチを歓迎するか、はたまた追い出そうとしているのか、硬い性器を食まされた後孔は舐るようにきつく、プッチのそれを締め上げる。苦しげな声を漏らしながらきゅっとプッチを抱き寄せるDIOの姿は、快感よりも苦痛を感じていることは明らかだった。
「DIO……DIO、」
「へ、へいき、だ」
「しかし」
「ふふ、ふ……君を童貞だとは笑えないな……なにせ、20年ぶりだ、ふ、ふふ……処女にでもなった気分だ……はじめて、男を受け入れる瞬間、というものは、こんなにも……こんなにも、難儀なもので、あったのだな……、っ、ぁ……?」
「……それは君、反則だ」
「なんだよ、プッチ、大きくして……こういうの、好きなのか?」
「君だからだよ、DIO」
嘘ではない。猛る男の性器を受け入れ硬直する体も、苦しげに呻きながら、それでもプッチを受け止めようとする健気な姿も、DIOのものだと思えばこそ愛おしく思うのだ。涙を流しながら跪いてしまいたくなる程に。
「辛くはないかい。一旦抜いたほうがいいのか?」
プッチは真っ赤になってしまったDIOの頬へと掌を押し当てる。薄らと汗ばみ、しっとりと皮膚に張り付いてくるような感触を楽しむようにゆるゆるとそこと撫でてみれば、DIOはふっと目を伏せて、自らの掌をプッチの手の甲に重ね合わせた。睫毛の影が落ちた目元、柔らかく綻ぶ口元の、嘘のような美しさに、プッチは脳を掻き混ぜられるような目眩を覚える。胸中に湧く愛情の熱量が恐ろしく、同時に、死ぬほど愛おしかった。そして、
「いい――少しくらい辛い方が、いい……その方が、君と繋がっている実感を持てる……」
甘ったるい声で紡がれた、止めの一言である。
DIOの片脚を、プッチは自らの肩の上に抱え上げる。そうしてキスをするべく体を倒せば、深くなった繋がりに、DIOの唇がはくはくと開閉した。吐き出された熱い呼吸ごと、唇を奪い取る。どこか遠慮がちに背中に立てられた爪の感触の愛しさに、プッチの眉は情けなく垂れ下がる一方だ。
「調子に乗るぞ、DIO」
唇と唇の狭間、ほんの1センチがあるかないかの距離で、プッチはDIOに囁きかける。
「乗ればいいさ」
そして同じ距離にて、くったりと零されたDIOの一言に、今度こそなにもかもを許された気分になって、ゆっくりと。ゆっくりと性器の挿送を、開始した。
「ぅ、ぁ、ひっ、く……ぁ、あ……」
涙交じりの嬌声に、プッチはえらく、興奮する。そうした自分に困惑を覚えながらも、タガが外れた興奮は留まる気配を見せず、熱を叩きつける腰の動きは奥を突いては引くたびに激しさを増してゆく。免罪符を求めるように、プッチは何度も優しく、DIOの顔にキスを落とした。下手に口を開こうものならば、調子に乗った言葉ばかりが飛び出してくる気がしてならなかったのだ。
「あっ、あぁ……ふ……ぅ、うぅ……」
DIOは耐えている。必死にプッチにしがみ付き、ぎゅっと目を瞑って耐えている。目蓋の間からは、透明な涙が溢れていた。
「DIO……」
「は……ぷっち……くるしい、な……プッチ……」
「……そうだな、DIO……」
「わたし……わたしは、プッチと……セックスを、しているの、だな……」
「ああ……ああそうだ、DIO……!」
「~~ひっ、あ、ああぁあああっ!!!」
うっとりと夢を見るように呟かれた一言に、皮一枚で繋がっていたプッチの理性が剥がれ落ちる。担ぎ上げた足を更に高く抱え上げ、突き入れた性器を強引に、奥の奥まで押し込んだ。ぱっと見開かれた赤い両目から、大粒の涙が零れてゆく。かわいそうだ、とプッチは思った。DIOの涙に、心臓が痛くなる。しかしそれ以上に、興奮した、どうしようもなく興奮した。しょっぱい涙を舌先で掬い上げながら、プッチは爆発寸前の熱を、ただひたすらにDIOの体に叩きつけた。
「あ゛ッ、あ、ひぃ、あああっ、ぁッ」
「気持ちいい……DIO、DIOッ……!!」
「ああっ、ァっ、ん、ア、わ、わたしぃ、わたしもッ、あぁあ、はげしっ、あぁ……!!」
抱えた足も放り出し、DIOの上に倒れ込みながら、プッチはぎっぎとなるベッドのスプリングの音を他人事のように聞く。その音を聞いていれば、自分がどれだけ無茶をして、DIOに無体を強いているかは理解ができた。それでも引き締まった腰を掴み上げ、熱い体内を深く、深く犯す律動はもう、プッチの意識の外で続いている。罪深い行いをしている、なんて自覚などは、ちっとも荒ぶる本能へのブレーキにならないのだ。
「あぅ、ぁ、あっ、あっ、あ、ふ、ふかぁ、おくっ、ァ、ぷ、ぷっちに、わたしッ」
DIOが、喘いでいる。自らを押し潰さんとばかりに伸し掛かるプッチの背にしがみ付き、甘く、甘く喘いでいる。溢れ落ちる涙、噴き出す汗、零れる唾液でその顔はぐずぐずに蕩けていた。酷い顔であるのだろう、と思う。そんな姿であっても、プッチの目に映るDIOは、どうしようもなく美しかった、愛おしかった。100万の言葉でも讃え尽くすことのできないDIOという人への祝福を、その口先に込め、プッチは唾液で濡れた赤い唇にキスを送る。唇の隙間から熱い吐息と嬌声を零しながら、DIOはうっとりと細まった目で、じっとプッチを見つめている。至近距離。もう距離などあってはないようなその場所に、DIOがいる、DIOが、いるのだ。
「DIO……!」
名前を呼ぶ。応えるように、DIOは笑う。赤い瞳にプッチを閉じ込め、とろけるように笑んでいる。
プッチがDIOの名を呼ぶだけの、キスをするだけの余裕を保てたのも、そこまでだった。気付けば再びベッドは激しく軋み、DIOは叫ぶように喘いでいる。荒い息を吐きながらひたすらにDIOを犯す己を、獣のようだ、と自嘲する余裕すらなかった。ただ体の下に閉じ込めたDIO、腰回りにきつく絡む白い脚の拘束に、泣き喚いてしまいたくなる程の幸福を感じていることだけが、確かだったのである。
「い、いくっ、もうッ、アッ、ひぅ、ンッ、ぷ、ぷっち、あ、あっ、あ゛……!!」
「ッ、出すぞ、DIO……!」
「だ、だしてっ、ぷっち、たくさん、たくさんっ、あっ、わ、わたしもッ、ぅああっ、ぁ、ああ~~!!!」
「――……!!!」
DIOの腰をきつく掴みながら、プッチはその体内へと迸る熱を吐き出した。DIOの中で迎える絶頂は、自慰行為が子供の遊びに思えるほどに、強烈に気持ちがよかった。長い、長い射精が続いている。注ぎ込む白濁の一滴たりとも零してはならぬと言わんばかりに、プッチは突き入れた性器をぐりぐりと内壁へ押し付けた。
「は……ぁ……ふ、ぅ……」
あちこちに鬱血痕の散らばった肌の上に白濁を吐き出したDIOは、ぼんやりと天井を見つめている。プッチの腰に絡みついていた両脚は、とっくに力を失いシーツの上に放り出されていた。
熱の引かぬ柔らかな頬を両手の中に閉じ込めて、プッチはDIOの視界に侵入する。その赤い瞳に自分の姿が映っていないことが、耐え難かったのだ。
「すまない、DIO。少々、はしゃぎすぎてしまったようだ……年甲斐もなく」
「ふふ、ふ、結構なことじゃあないか、ああ……孕むかと思った」
孕んでしまえばいいのに。咄嗟に浮かんだ本音を、プッチは寸でのところで飲み込んだ。
「わたしはな、プッチ」
「なんだい、DIO」
「さっきの質問の答えだ」
「さっき?……ああ」
「聞いてきたのは、君だろう?」
呆れたような溜息を零しながら、DIOが怠惰に笑う。さっきの質問――つまり、どうしてDIOは今日この日に、プッチの元を訪ったのかということ。そんな質問をしたことすら、プッチは忘れていた。答えに興味がないことはないが、DIOがこの腕の中にいる、という揺るぎない結果の前では、そこに至るまでの過程などはどうにも見劣りをするものである。
プッチの指先が、DIOの金髪を絡め取る。戯れのような接触に何かを察したらしいDIOは、重ねるように「君が聞いてきたくせに」と呟きながら、膝先で力なくプッチの臀部を蹴った。
「――わたしはな」
そして、やはり呆れの滲む瞳でプッチを見上げ、ぽつぽつと独り言のような声を漏らすのである。語りたがっているのだろう、とプッチは思った。なので静かに、DIOの声に耳を傾けた。DIOがプッチに寄越す言葉の数々は、すべてがプッチにとっての祝福だ。
「目が覚めると同時に、ああ、プッチに会いたいな、と思ったのだ。起き抜けに浮かんだのが、君の顔だった。本当にそれだけのことなんだ。会いたい、会いたい。わたしが今ここに居ることに、これ以上の理由があるだろうか」
リップサービスだ、と断じてしまうには、プッチの背に回されたDIOの両腕には力が籠りすぎていた。
「しかし――今のわたしは何も持っていない。スタンドの力も満足に行使することができず、天国などは夢のまた夢だ。きっと、今のわたしが君に与えられるものなどなにもない。だから古い約束をだな、持ち出さなければわたしは、君に会うことが――」
熱っぽい赤い瞳は、気まずげに泳いでいる。このいじらしい人は本当にDIOなのか、とプッチは思う。しかし、数秒その美貌を眺めた後に、理解をした。望む望まざるに関わらず、変わってしまうものなのだ、人間というものは――知性に縛られた生き物というものは。無為に流れていったのだろうDIOの20年、それだけの時間を経たDIOがどのように変化してしまったのかということを、この時点でのプッチは察することができなかった。だから今はただ、20年の果てに他でもない、自分の元へ来ることを選んでくれたというただ一つの結末を愛せばいい、DIOという人を愛するように、その幸福に浸ればいい。脳髄がとろけんばかりの幸福の渦中で、プッチはそっとDIOの手を握った。DIOの赤い瞳が、無防備に瞬いた。
「そんな口実などは必要がなかったのに。千の言葉よりもな、DIO、わたしは、わたしには、君がわたしに笑いかけてくれることこそが、一等の幸福なのだ。だから君はただこの部屋を訪れて、やあ久しぶりと、片手を挙げてくれるだけでよかったんだ」
「ああ、なんだ……わざわざ起き抜けの体に鞭を打って、セックスなどをせずともよかったのだな」
「役得だったのだな、わたしは」
「……まあわたしも、悪くはなかったさ」
いたずらに笑いながら零されたDIOの一言を最後に、沈黙である。これ以上言葉はいらなかった。触れていれば、DIOが確かに『ここ』にいることは理解できるのだ。泣きたくなる程に。手を繋ぎ、汗ばんだ皮膚で触れ合って、視線を絡ませながら、ふっと20年分の疲労交じりに笑い合う。ただそれだけの接触から生まれる熱量に、プッチの意識はゆるゆるととろけてゆくばかりだった。
しかし、そうした時間が終了を迎えたのは、そう遠くない未来のことだった。汗を流したい、とDIOがぽつりと呟いたのだ。不承不承、プッチはDIOの体内から性器を引き抜いた。確かに汗ばんだDIOの体は冷えはじめていたので、そのまま放っておくのも心苦しいことだった。
ずるずるとベッドの端まで転がったDIOが、後孔から溢れた性器を内股に零しながら、ゆっくりと身を起こす。さあ、と差し込む月光に照らされたDIOの姿に、プッチの視界は眩く眩んだ。
「実はなプッチ。逃げてきたのだ、わたしは」
「なんだって?」
「20年。寝かされ続けていた施設から、逃げてきた。万全の状態でなくてもなんとかなってしまうものなのだな。人間が貧弱なだけなのかもしれないが」
「それじゃあ君、まさか追手に追われたりなんか」
「してるだろうなぁ。出掛けに背後で鳴っていた警報は今でも耳の奥にこびり付いている。あんなに不愉快な音も中々ないぞ、プッチ」
「DIO」
「なに、そんな顔をするなよ。シャワーを浴びたら、お暇するさ。君に迷惑を掛けようとは思っていない」
肩越しに振り返ったDIOは、にんまりと笑んでいた。プッチのよく知るDIOの顔だ。強い意志と自我が浮かぶ顔。自分でこうと決めたことは、どんなことであっても力ずくでやり遂げてしまうのだろうと、16歳のプッチが憧れた頼りがいに満ちた顔。
40歳も目前の今のプッチは、そうした頼りがいに、突き落とされるような不安を植え付けられた。つまり、DIOは、漸くこの腕の中に飛び込んできてくれたDIOは、再びプッチの元から去ろうとしているのである。
そのようなことを、許してなるものか。決して、許してはなるものか。
プッチの胸の内で焦燥感が燃え上がる。衝動のまま、プッチはDIOの腕を掴み寄せた。逞しい体はしかし、驚くほど容易に揺らめいた。DIOが、振り返る。訝しげに、プッチを見据えている。
「プッチ」
――離せよ。そう、言われたような気がして、ならなかった。
「駄目だ、DIO。許可できない」
「何の話だ?」
「わたしの元から、いなくなることだ」
「プッ、っひ……!?」
衝動以外の、何ものでもない行動だった。プッチは自らの手で数度扱いた性器を、性急にDIOの後孔へと押し入れた。つい先ほどまで押し広げられていたその箇所は、ずぶずぶとプッチの性器を飲んでゆく。淵からは、白濁の精液が溢れていた。それがまた、プッチをたまらない気分にさせるのだ。
「あ……あぅ、う、っ、は……ら、乱暴なことを、するじゃあ、ないか……ふ、ぁあっ……」
「……わたしだっていつまでも、16歳の子供じゃあないんだ。君が、ちょっとばかりいじらしくなってしまったように、わたしだって……いつまでも、君が欲しくてたまらないくせ、幻滅されるのが怖くって、一歩前へと踏み出せない、わたしなどでは――!」
「~~ッ……!!」
膝立ちになったDIOの体を、突き上げる。不安定に揺れる体は、がくがくと震える膝、掴み上げられた片腕に、その身に食まされたプッチの性器だけで体重の全てを支えている。崩れ落ちそうになるたび、プッチは指の痕を残さんばかりに握り締めた腕を引き、肩甲骨の浮かび上がる背に自らの胸部を密着させた。そして真っ赤になった耳朶を食みながら、激しく性器を出し入れする。DIOは大粒の涙を零しながら、むずがるように喘ぐのみだ。
「は、ぁは、あっ、ひっ、ぁあ、ん……ッ!!」
「DIO、」
「ぷ、ぷっち、ぃ」
「もしかして君は、引き留められるのを見越して、あんなことを言ったのか?」
「アっ、あ、はぁん、ぁ、あ……~~!」
「……DIO、」
「むりっ、むり、ぷっちぃッ、は、はげしぃっ、ぅあっ」
DIOの背が弓なりに反る。張り出された乳首を摘まみ上げれば、金の頭はいやいやをするように左右に揺れた。
「DIO、好いかい、DIOッ?」
「は、はっ、ぅ、んっ、ん……!」
そして、耳元に叩きつけられたプッチに質問に、ぶんぶんと首を振る。唇を噛みしめ、涙の溢れる双眸をぎゅっときつく閉ざしながら、激しく首を縦に振る。
征服欲の満願に、プッチは震えた。こんなにも凶暴な感情は決して、DIOに抱いていいものではないと思う。自分は今すぐにでも性器を引き抜き、乱暴をして申し訳ないと、床に額を擦り付けて謝るべきなのだとも思う。しかしできなかった。もっと激しく、犯し尽くしてしまいたかった。――わたしはわたしの神たる男を犯している!腹の底から湧き上がる背徳は、あまりにも甘美だったのだ。
「DIO」
「ぷ、ぷっちぃッ、」
「わたしに迷惑を掛けたくないだとか、馬鹿なことは、言わないでくれ」
「あっ、アッひぃっ、あ、あッ、ぃ……!!」
「DIO、DIO、どこにも行くな、DIO」
「も、もうだめっ、ぷっち、もうっ、もうっ、せ、せっくす、いやっ、ぷっちっ、ぷっち……!」
「ッ、誓ってくれ、DIO、ただ一言でいい、わたしへの愛を、誓っては、くれないか!」
「もうイクっ、イクぅっ、あ、ぁあ……ぁああぁあああ……!!」
「DIO……!!」
絶頂を迎えたDIOの体が、プッチの性器を締め上げる。搾り取るような内壁の脈動に促されるがまま、プッチは再びDIOの中で射精した。許容量を超えた白濁が、鬱血痕の残る内股を伝ってゆく。咄嗟にプッチは指先で掬い上げ、未だ男性器を食まされたままである後孔へと塗りこめる。くぱりと開いた隙間から、白濁は零れてゆくばかりである。
「……孕んでしまえばいいのに」
プッチが心の中で唱えた筈の独占欲は、しかし声となって漏れていた。気だるげに振り返ったDIOが、胡乱な目でプッチを見る。プッチを許しているようにも、責めているようにも見せる視線だった。薄らと開いた赤い唇から、望まぬ言葉か飛び出してしまう前に、プッチは両腕でDIOを抱き締めた。そして汗ばんだ首筋へと、鼻先を埋める。鼻腔を擽るDIOの香りは、やたらと、甘やかだった。
「……そうなのかもしれない」
「DIO……?」
「わたしは、君に求めて欲しかったのかもしれない」
数秒をおいて、その言葉が『引き留められるのを見越してあんなことを言ったのか』という質問への回答だということを理解する。
ばかなことを。白濁の注ぎ込まれた腹を撫でながら、プッチは呟いた。
「DIO、君はわたしを、甘く見過ぎだ」
そして苦笑である。わたしがどれほどまでに君を欲していると思っているのだ、どれほどまでに。そんなことは今更過ぎて、言いたくなかった。態度で散々示してきたのだという自負もある。だからこの先は、DIOがちゃんとその頭で理解してくれるのを待つしかないと、プッチは思う。

「――プッチ」

DIOが自らの名を呼ぶ声を、やはりプッチは、顔を上げぬままに聞いた。

「少し、疲れた――寝てもいいかい」
「ああ、ああ、どれだけでも。後のことは、わたしが始末をしておくさ」

プッチがくぐもった声で答えると同時に、DIOの体はどっと脱力した。重みの増した裸体を掻き抱き、プッチはそっと、愛している、と囁いた。顔を上げてみれば、涙で滲む視界の中に、大きな月が浮かんでいた。





「…………」
目覚めた瞬間にプッチの胸を差したのは、絶望とも諦念ともつかない、なんともまあ歯切れの悪い靄のような感情である。鈍く痛む胸を押さえながらベッドを下りて、ぐるりと寝室の全景を見渡した。今一つ生活感に掛ける部屋の中、中央に鎮座するベッド、カーテンの引かれた窓。見慣れた我が家の情景である。――異物であるはずのDIOの姿は見当たらず、どこまでも『普段通り』の部屋がプッチの目覚めを待っていたのだった。
DIOはやはり、自分を置いていってしまったのか。それとも昨日の出来事は、丸々自分の夢であったのか。
「……ふぅ」
どれだけ考えても仕方のないことだった。一先ず暖かいものでも食べて落ち着こうと、プッチはリビングへと続くドアのノブを握る。そしてかちゃり、と回――そうとした瞬間に、ばん、と。向こう側から押し開かれたドアの角が額に激突し、2秒ばかり遅れてやってきた鋭い痛みに思わずたたらを踏んだのだった。
「ん?プッチ?」
「……DIO、君、いたのかい」
「どこにも行くなといったのは君だろう」
ドアの向こうから現れたのは、DIOである。肩から適当にプッチのカソックを羽織ったDIOが、きょとんとした顔をして立っている。金色の髪はしっとりと濡れていた。どうやらシャワーを浴びてきたばかりらしい。
「ああ、もしかして君、わたしがいなくなったと思って慌ててベッドから飛び出してきたのか?可愛い奴だな」
「慌てもするさ。一言くらい、声を掛けてくれてもよかったのに」
「すやすやと安らかな顔をして眠るプッチを叩き起こすだなんて、わたしにはできないよ」
歌うように軽やかな声でそんなことを嘯きながら、DIOはプッチを通り越しベッドへと向かってゆく。そしてぼふり、と重々しい音を立てながら、くしゃくしゃになったシーツの海へと飛び込んだ。
「もう一度眠るぞ、プッチ。寂しくなったら起こしてくれても構わない。夕方以降ならな」
「君は本当に、ここにいてくれるのか。わたしのベッドで、眠ってくれるのか」
「だから、どこにも行くなって言ったのは君じゃあないか」
ベッドの上のDIOが、プッチへ向かって片腕を伸ばしている。わたしが欲しいのなら足を使ってわたしの元へとやってくるべきだ、とでも言わんばかりの姿勢は、あまりにも傲慢だ。しかしそれこそが、プッチの愛したDIOなのだった。プッチはベッドの端に腰かけて、恭しくDIOの手に口付ける。そんな光景を見つめるDIOは、無邪気なまでに満足げだ。
「せいぜいわたしの為に苦労をしてくれよ、プッチ」
「望むところだ。君を失くしたと思い込んでいた20年に勝る苦しみなど、この世には存在しないのだ」
「ああ、ふふ、プッチ、プッチ」
「なんだい、DIO」
「きっとな、大した意味などはないのだ。わたしは君に会いたいと思ったからここへきて、もっと君と一緒にいたいと思ったからこの朝も、ここにいる。ただそれだけの結果を愛おしいと思う、このDIOは」
「ああ――ああ、DIO、わたしもだ、DIO」
「プッチ」
「DIO」
「君がわたしを愛するように、わたしも君を、愛している」
20年の時を経てやってきた愛が、プッチの涙腺を打ち壊しに掛かってくる。涙の決壊を防ぐべく、掴み寄せたDIOの手に目元を押し当ててみれば、視界の外からDIOの、可愛い奴、だなんて言葉が飛んでくる。
君の方が、よほど可愛い。
仕返しの文句を舌先に乗せ、うっすらと誘うように開かれた赤い唇へ、プッチは噛み付くようなキスをした。





原作からしてもう22年DIO様一筋だった神父ほんと半端ないですよね!


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