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-62~0

とにかくたくさんの男と寝なければいけないのだな、と思った。

向かい風と共にぼくの中を通り過ぎて行った衝動を、呼吸が止まれば死んでしまうのだってくらい当然のことのように受け止める。ちょっとした決意ではあるけれど、別段気合を入れ直さねばらならぬほど大したことではなく、さっそく明日から頑張ってみようかな、みたいに、そんな感じで。
たくさんの男。できるだけたくさん、たくさん。ぼくの嵐を収めるための人身御供。まだ見ぬ『彼ら』はまったくぼくの好みではない男であることが望ましい。
例えばお人好し。どれほどの不利益をふっかけられようとも、苦笑1つで許してしまうような底抜けの。
例えば大人しく見えて、我の強さではぼくにも引けを取らないような輩。こうと決めたらどこまでもそこを目指して突っ走ってしまうような。
容姿は見れるものならばそれでいい。屈強な男であるならそれに越したことはない。ぼくは自分よりも大きな男というものが嫌いだ。大嫌いなのだ。





「――――、」
「あ」

正面には遠くから順番に、沈みかけの夕日、住み慣れたジョースター邸、長く伸びた屋敷の影、そしてぽっかりと間抜けに口を開いたジョナサン・ジョースター。

背後にはそよ風に揺れる葉に枝に芝。
そして忙しない足音と共に、夕日から遠ざかってゆく見知らぬ少女。すれ違ったぼくに一瞥もくれず、真っ赤になった顔を隠すように俯いて駆けて行った女。
目の前のジョジョと揃いの顔色をした箱入りの純潔。

ジョジョは落ち着きなく目を泳がせた。彼女を見送ったものか、それともぼくに弁明をするべきなのか、愚にもつかぬ二択の間で揺れている。
空気がふるえた。ぼくのせせら笑いだった。ジョジョは眉尻を下げ、後頭部を掻いた。口の端がぎこちなく吊り上っている。純朴で馬鹿正直な人柄の滲む、白々しく微笑ましい照れ笑いである。
「愛の告白か?君も中々隅に置けないな、ジョジョ」
「ち、違う、そういうわけではないんだよ。ちょっと前に性質の悪い大人に絡まれていた彼女を、結果的に助けることになった出来事があったんだ。それでね――」
要領を得ないジョジョの話をまとめてみると、つまり助けられた少女はどうしてもジョジョに会って礼をしたかったらしく、その日からずっとジョジョと出会った街角へ同じ時間に訪れていたらしい。そして漸くその道を通るジョジョを見かけた彼女は時は来たれり、とばかりに身を乗り出したわけであるが、いざという時に酷く緊張してしまい、声を掛ける踏ん切りをつけられないまま邸まで後をつけてきてしまったそうだ。
要領が悪く、頭も悪い。なんて、ジョジョに似合いの女。
「大した名探偵もいたものだな。面白い女の子じゃあないか」
止まってしまっていた足が、思いだしたように前へと一歩を踏み出した。
一歩。また一歩。
そうするたびに、ぼくとジョジョの距離は狭まってゆく一方である。ジョジョは薄暗くなりつつある夕焼けの中に立ち尽くし、動かない。じっとぼくを見つめたまま。まるで途方に暮れた棒っきれ。木偶の棒の称号がよく似合う。
「……ディオ?違っていたら申し訳ないんだけれど、君もしかして怒ってる?」
「なんでぼくが怒らなきゃならないんだ」
「でも、怖い顔をしているし」
「していない。元からこんな顔だ」
「彼女との仲は、多分これっきりで終わりだよ。ぼくはまだそういうことは考えられないし、彼女も、お礼がしたかっただけなんだって。それだけで充分だって、言ってたから」
「なんの弁明なんだ、それは?君が誰と何をしようとぼくには全く関係のない話だぜ。ああ、君が心配しているのは昔のことがあるからか?なら安心しろよ。ぼくだってこんな年になった今になって、泣くまで殴られるのはごめんだものな。好きにするといい」
風が吹き抜ける。挑みかかるような向かい風。揺れる緑の葉っぱたちがざあざあと姦しい。ついでにジョジョのネクタイも、生き物のようにくねくねと風の波に乗っている。
「ピンはどうしたんだ」
「ああ――どうやら、失くしてしまったみたいで。彼女を連れて逃げた時に」
「まぬけな奴」
「新しいものを買おうと思っているんだ。というか今日、見に行ったんだけれどね、あまりぴんとくるものがなくってさ。だから、君が選んでくれないか?今度の休みの日にでも」
「ぼくが?君が身に着けるものを?」
「是非」
「気が向いたらな」
風がやまない。向かい風に巻き上げられた前髪が瞼を刺して、とても煩わしい。
むずむずとした苛立ちと共に足を動かせば、馬鹿みたいに立ち尽くすジョジョなどは簡単に追い越せてしまう。いったい何がどうして、この男は動こうとしないのだろう。見当がつかなかった。ジョジョのことが、わからない。

「はやく帰ろうぜ、ジョジョ。君の腹が鳴り出す前に」

180度。体の向きを変えると、向かい風は追い風になる。髪の毛は攻撃対象を瞼から頬へと変更したようだった。ちくちくと痛い。髪の刺さる頬だけが。他に痛いところなんてない、ありはしないのだとも。

「どうしてそう、余計な一言を付け加えたがるのかなぁ。せっかく見とれてたのに。まあ、君らしいといえばらしいんだけどね」

裏を向いたり表に返ったり。ジョジョの胸元では、相変わらずネクタイが暴れている。ばたばたと忙しない。困ったように笑ってみせる顔だけが場違いに穏やかだ。
大股2歩と、半歩ほど。ようやく動き出した木偶の足は、10秒にも満たないその動作でさっとぼくの隣に並んでしまう。
大柄な男。広い胸板に大きな歩幅。けれど体格の威圧感をすっかり相殺してしまう、どこまでも穏やかな瞳を携えた。

「見とれてたって?ぼくに?」
「あ――あ、あはは、突っ込んじゃう?」
「教えてくれよ。君の目には、ぼくはどんなふうに映っているんだ?」
「どんなって、まあその、綺麗だなって。金の髪も白い肌も、夕日に映えてとても綺麗だ。そう思ったんだ。……なんだか照れちゃうな。まるで君を口説いているみたいだ」
「このまぬけ。そんな陳腐な口説き文句でよろめく女がいるものか」
「仕方ないだろ。慣れてないんだから、こういうこと。ぼくはまだ、君と馬鹿をやっている方が性に合ってるんだ」
「ふふ、そうか、そうかい。ジョジョは子供だな」
「なんとでも言ってくれ」

顔を真っ赤に染めたジョジョは、駆けるような早足でぐんとぼくを追い越した。
ジョジョなんかに置いていかれるのは、悔しいことだ。慌てて一歩を踏み出した。
急いた靴の先がざり、と不快な音を立て、一拍遅れてぼくの体がつんのめる。何もない場所でこけてしまった。どうしたことだ。
反射的に前を見た。相変わらずジョジョはこちらに背中を見せたっきりで、ぼくの無様に気付いた様子はない。ほっとして、息を吐く。

一際大きな向かい風が吹いたのは、まさにその瞬間のことだった。

「……、」

殴りかかるような風圧が、髪を、服の裾を、遠慮容赦なく捲り上げてゆく。視線の先ではジョジョの短い髪の先っぽも、木の葉の真似をするようにざあざあと揺れていた。大きな体の先端だけが、切なげに。
心拍数がちょっとだけ上がって、胸の真ん中あたりがひりひりする。息苦しさから逃れる為に上を向くと、どこまでも広がる夕焼け空がぼんやりとぼくを見下ろしていた。


――とにかくぼくはたくさんの男と寝る必要があるのだな、と思った。
吸い込まれそうな空の下で衝動的に。どうして今までそうしなかったんだってくらい、当然のこととして。


突風が通り過ぎて、空気は嘘のように凪いでいる。木の葉は鳴りやみ、ジョジョの髪もぺたりと萎れるように首筋に張り付いた。夕映えの世界は時間が止まってしまったかのように何もかもが停止して、きん、と耳が痛かった。

「――ディオ、何をしてるんだい。早く家に帰ろう。そろそろぼくのお腹が鳴ってしまうよ」

不意にジョジョの背が翻り、止まった時が動き出す。ぼくは自分でもびっくりするくらい愛想のいい声で「今いくよ」とか言いながら、門の前で待つジョジョへの一歩を踏み出した。
一歩前のぼくと後のぼくは、ちょっとばかり違う人間になってしまったのではないかと思う。何の感慨もない変化であるが、ほんの少しだけ、気分が楽になったような気がしている。ジョジョはぼくのちょっとした変化になんて、気付いてない。

君の知らないうちに、君の親友であるところのぼくは変わっちまったんだぜ。
ほんの数秒昔に、君の真後ろで。

口元がむずむずする。
夕暮れの中で目を瞠るジョジョの顔があんまりにもまぬけなので、笑わずにはいられなかった。
もう笑うしかないぜこりゃ、ってくらい、なんだか無性に悲しかった。

頭の中がぐしゃぐしゃだ。早く何とかしなければ、きっとぼくはぼくではなくなってしまう。
だから早く、一刻も早く――

「いつもそんな顔をしていればいいのに。というか、どうかした?何か嬉しいことでも思いだしたのかい」
「そうだな、昨日のプディングはおいしかったなぁ、なんてな、そんなことを」
「昨日?プディングなんて食べたっけ?」
「じゃあタルトでもいい」
「はは、なんだよそれ。相変わらず、君は難しいことばかりを言うんだなぁ」

たくさんの男と、寝なければ。
たくさん。たくさん。まったく好みではない男。優しくて、暖かくて、穏やかで、ちょっと馬鹿な、正直者。そういう男たちと、とにかくひたすら寝なくてはならない。

この純真が灰になってしまうまで。




そうやって唐突に始まったきぐるいの時間は、まるで初めからそうであったかのようにぼくの日常に即していった。ふた月も続けばいい加減悪い噂も流れるものであったし、潔癖症のお坊ちゃんに真正面から罵倒されたこともある。
ただぼくは、対外的にはとても優秀な学生であったので、噂が噂の域を越えることはないのであった。その辺は卒なくこなしているつもりでいる。

夕暮れの放課後。ひとけのない教室の片隅で、ぼくはぼんやりと古めかしい天井を見つめていた。体は熱くって、息はとっくに乱れていて、脳は快感に痺れている。しかしどうにも意識があちこちに散乱している気配があって、ぼくの上で汗を垂らしながら腰を振る男に全てを委ねているような状況であった。
ちなみにこの男、大きな体に澄んだ瞳を携えたこの青年はいつかぼくを「人倫から逸脱してしまっている」とまあ、なんとも仰々しく罵ったお坊ちゃんである。
彼はぼくを罵ったのと同じ口で「あいしている」と喚き散らし、「ぼくを見てくれ」と懇願し、「ぼくは君の相手足りえる男なのか」と無粋な問いかけを投げかけた。

「あぁん、きもちいいよぉ、とっても、うん、きみはよくやっているさ、自信を持てよ、ああん」

なんだかちょっぴり棒読みだ。確かに気持ちいいっちゃあ気持ちいいのだが、今日は妙に気持ちがついて行っていない感があるので、気合の入った声を上げるのが億劫だ。
死ぬほど投げやりな嬌声だってのに、女を抱いたこともない箱入りの青年はぼくの怠慢には気付けないらしい。今にも感涙に咽びださんばかりに笑顔を浮かべ、遠慮がちにぼくの頬へとキスを施す始末である。
あまりにも馬鹿で、愛しいな、と思ったので、お返しにぼくは唇にキスをくれてやる。とうとう彼の瞳から溢れたしょっぱい涙が、流れに流れぼくの口の端に到達した。

茶色の瞳から溢れた涙。しょっぱい。予想通りにしょっぱいだけの、つまらない涙である。

やっとのことで盛り上がりかけていた気分が急速に萎んでしまい、彼の唇を解放した。
ぼくの変心に気付かない青年は、犬のように腰を振り続けている。粘着質な水音も、ぼくのおざなりな嬌声も、なにもかもが他人事だ。気分が乗らないセックスがこんなに煩わしいことだなんて、知らなかった。早く終わらないものかな、早く、早く。

「……?」

青年が零す熱い呼吸の隙間に、すっと忍び込んできた音があった。青年は夢中になってぼくの体を貪っているようなので、小さな物音など聞こえてないのだろう。
首を傾けて、音の方向を伺ってみる。夕暮れ時にこんな隅の隅にある部屋を訪れる者などいるわけがない、とは思えど万が一の可能性がないとは言い切れない。ぼくの思い過ごしであればいいのだが。

「……ぁ、」
「…………」

明らかな人の声。それも聞き覚えがあり、決して聞き間違えることのない男の声だった。
快感に身を捩るふりをして、床に肘をつき上半身を持ち上げる。途端に青年はぼくの首筋に顔を埋め、それしか言葉を知らないように「あいしている」と繰り返した。
健気な男である。しかしこの彼だって、あと何年もすればこのような青春の過ちなどは忘れ、妻として迎え入れるどこぞの淑女に同じ言葉を囁くのだろう。「あいしている」の、なんと即物的で、空々しいこと。そんな言葉に身を削るほどの価値があるものか。

こんなことを生意気ぶってぼくが言おうものなら、君はそれは違うよと反論し、人を愛することの尊さを説くのだろうな。拙いけれど、必死な論調で。まったく実体験に基づいてない、ただただ耳触りの良い言葉たちで。
そうだろ、ジョジョ。君はそういう奴だものな。わざわざ後をつけてまで礼をしたかったのだという少女の恋心を、そうとは知らず無碍にする鈍感な男であるくせに。

「っ……!!」

目が合った。途端に、ジョジョがぱたぱたと駆けてゆく。
流石に青年も何者かの存在に気付いたようで、不安気に「誰かいた?」とぼくの耳元で問いかけた。

「誰もいやしないさ。ここにいるのは、ぼくと君だけだろう?」

青年の腰が躊躇いがちに静止する。しかしほんの2秒後には一際乱暴にぼくの体を突き上げて、そのまま人が変わったかのような身勝手さでぼくを抱いた。
気付いた時には、ぼくはぼくの嬌声を聞いていた。投げやりなそれではなく、恥ずかしくなるくらいはしたない声を。感じているのだろう。気持ちが良いのだろう。意識がぶっ飛んじまうくらい、強烈に。


ざまあみろ。ざまあみろ。
ぼくにはお前しかいないなんて、そんなことがあるわけない。ざまあみろ。


とっくに去ってしまったジョジョの背中に向かって、何度も何度もつぶやいた。心の中で何度も、何度も何度も、何度も。
その内なんだか泣けてきたので、ぼくを抱くジョジョではない青年、けれどどこかジョジョに似ている所のある彼の、広い胸板に額を押し付ける。抱き潰さんばかりにぼくを抱え込んだ青年は、低い呻き声と共に射精した。
他人の精液が内臓にぶちまけられて、ひどく熱い。それでもまったく火力が足りてない。こんな微熱で足りるものか、足りるわけが、あるものか。

だからもっとたくさんの男と寝なくては。もっと、もっと。

ジョジョに恋をしているのだ、なんて愚にもつかぬ純真を、灰に還してしまうまで。
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