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吸血鬼12×歳の憂鬱

息を荒げて汗まみれ、どどどどと姦しい心臓を落ち着かせる間もなく何をしているのかと問われれば、承太郎とセックスをしている、他に答える言葉はない。
承太郎と、セックスをしている。
承太郎がわたしの体を使って自慰をしている、つまりわたしとセックスをしている。
わたしの腹の中に、嘘みたいにでかくなった承太郎の性器が出たり、入ったりしている。つまりわたしは承太郎とセックスをしている。
承太郎が――わたしを見ている。
承太郎が、わたしの名前を、

「DIO……!!」
「~~ひっ、あ、ああぁあぁあん!!!」

どうしようわたし夢を見ているのかもしれない死んでしまうのかもしれないこんなに心臓がうるさく鳴ることなんてなかった性行為でこんなに気持ちよくなったことなんてなかったこんな声を出したこともないこれは誰だ女のように声を上げるこの男はわたしかわたしだDIOだではこのわたしを抱いているのはああ承太郎承太郎だ承太郎ずっとわたしを見なかった男わたしから目を逸らしやがった男わたしから余計な感情を引き摺り出してそれっきりの薄情者でもわたしはそんな男のことがわたしはわたしは、

「承太郎っ、じょうっ、たろぉ、ぁあっ、はっ、ふぁンッ、や、やっ、~たろっ、じょーたろぉッ!」
「っ……!!」
「じょうたろ、じょうたろっ、じょっ、ふっ、んむ、ンんん~~!!は、ぁふ、はっ、ん、ん……!」
硬くて太い性器に腹の奥をごりごりと愛撫され、両方の耳を大きな掌で包まれながら激しいキスを施され、全身がとろけるような快感に、塞がれた耳の奥で鳴り響く生々しい水音に、意識はこの頭から剥がれていって、もう訳が、訳が分からない、涙ばかりが溢れてくる。気付けばいつの間にか解放されていた口先で、わたしは何度も承太郎、承太郎、と繰り返し呼んでいた。とっくに呂律は回っていない。わたしはちゃんと、承太郎の名前を呼べているのだろうか。
承太郎、承太郎、

「ああ、DIO……!!」

ああ――大丈夫だ、大丈夫、わたしの声は、ちゃんと承太郎に届いている。
と、思った瞬間に腹の底がかっと熱くなって、承太郎を咥えた箇所に馬鹿みたいに力が入り、わたしの体が承太郎の性器の形に割り開かれていることを、生々しく突きつけられた気分になる。承太郎。わたしの中に入っている、承太郎、承太郎が――承太郎が、わたしを死ぬほど、気持ちよくしてくれている。
溢れる涙が、承太郎の顔を歪ませてゆく。拭ってはまた溢れ出す涙を、わたしは必死こいて拭い続けた。その間も承太郎は激しくわたしの体を犯し続け、そろそろ壊れちまうんじゃあないかってほどにベッドのスプリングはぎいぎいと鳴っていて、なんというか、傍から見ればこんなものは立派な凌辱であるのだと思う。わたしも承太郎も、2人して必死が過ぎるのだ。しかしその滑稽を笑う余裕などは、なかった。むしろもっと、もっと酷くしてほしい、この体を壊してしまうまでわたしを求めて欲しい、わたしを見るのだ承太郎、わたしだけにお前の全てを捧げるのだ承太郎、承太郎、頭の沸いたことばかりを嬌声に変えて喚きたてながら、尚もわたしは溢れる涙を拭い続けた。
「DIO、」
承太郎がわたしを呼んでいる。
「DIO、ッ、すげぇ、いい……DIO……おい、とんでんじゃあねぇぞ、おい……DIO……!」
額から汗を垂らしながら、口の端を噛みしめて、それでも殺しきれぬ嬌声を漏らしながら、わたしの名前を呼んでいる、わたしを必死に見つめている――わたしだけが、承太郎の世界にいる!わたしだけ!この、DIOだけが!
「――あ、」
感極まり、壊れた涙腺が本格的にもう使い物にならなくなってしまうのではないかと思った瞬間、ぞわぞわぞわと全身が粟立って、視界が弾けるように白くなった。背筋が反り返り、爪先がぴんと伸びる。後孔が、一層馬鹿みたいに承太郎を締め付ける。消し飛んでゆく視界の中心で、承太郎の口の端からつうと一筋唾液が漏れた。濡れた口元から漏れ出た上擦った吐息が、わたしの鼓膜を殴りつけた。
承太郎、承太郎、おかしい、わたしのからだ、なにやらおかしい。
そう訴えるより早く、承太郎は勢いよく腰を引き、かと思えばがっしりとわたしの腰を掴み上げて、それで、それで、

「~~ひぁああああぁああ!!!??」

承太郎の性器が再び、わたしの体を断ち割っちまうような勢いで叩きつけられた瞬間に、絶頂が。何も出なかったし、承太郎の腹にぺちぺちと当たる性器は勃起したままだったが、それでも確かにわたしは絶頂を迎え――たのだと自覚をした途端、本格的に意識がちかちかと明滅しだし、思わずわたしは頭を抱えた。
「ああっ、あ゛ぐっ、ひっ、あああっ」
「ッ、おい、DIOっ、きつい、DIOッ!」
「あ、あひっ、あー、あ、あっ、あッ」
「~~聞いてんのかよ、お前!?」
「ぅああッ、あ゛、あぁ、やっ、しぬっ、ひぅンっ、しぬぅ、いやぁっ、あっ、いやだ、いやあぁ!!」
「どうしたお前、急に……ッ!」
「もうやめてっ、あ、あ゛っ、ちがうぅ、いやっ、やめたらだめぇ!!だめ、だめ!もっとしてっ、もっと、じょうたろっ、あ、あひっ、あ、あっ、あ゛~~!」
「っ、ふざけんなお前、お前、お前……!!」
「~~あぁあン!!ひっ、ひぐぅっ、あ、あ゛、ひ……!!」
限界まで割り広げたわたしの膝を抱え上げ、承太郎は上から突き落とすように激しくわたしを凌辱した。視線を落とせば、滑稽にぶらぶらと揺れるわたしの性器、その奥で偏執的にわたしの体を出入りする承太郎の、巨大に膨れた性器がこの目に映り、なにやら無性に居た堪れなくなって、かっと頬の辺りが熱くなる。まるで、初めて男を知った処女のようだ。恥ずかしい、死ぬほど恥ずかしい。わたしは、ちっともそんな性質ではなかったはずなのに。承太郎が初めてだというわけでもないし、愛した男とようやく繋がれたからといって涙を流して喜ぶ殊勝さなどが、この身に宿っているはずもない。
ああ――いやそもそも、愛、愛とはなんだ、愛した男、とは――?

「DIO……駄目だ、くそっ、死ぬほどいい……!DIO、DIO……!!」

承太郎。承太郎。――承太郎!

「っ、ひ、ぃ……ぃっ、じょーたろ、わ、わたし、わたしは……!」
「ああ、なんだ、って!?」
「はぁ、あ!?や、やめっ、じょうたろっ、ま、まて、まってぇっ、あぁあ~~!!」
「待てるわけねぇだろうが!!」
「ひぎっ、~~ッ、あ、あ!あ゛……!!」
きっともうずっと、イってる。丸まってしまった爪先は一向に伸びる気配がなく、全身は震えっぱなしで、腹の奥の方がいよいよそろそろ溶けそうに熱かった。承太郎にキスをされた瞬間から瓦解し始めた意識は最早丸裸同然だ。この頭の中には既に、矜持も意地もあったものではない。まるで女だ。承太郎の性器を受け入れているのだという事実が嬉しくてたまらない、ただの淫売だ。承太郎に、そこまで引きずり落とされた。それすらも嬉しかった。気持ちがよかったのだ。わたしがわたしでなくなってゆくような解放感が、たまらなかった。
だからもっともっと、100年かけて築き上げてきたこのわたしの自意識というものを、跡形もなくなるまで踏みにじって欲しかった。それができるのは承太郎だけだ。スタンドもろともこのわたしを粉々に砕いた承太郎だけ。そんな蛮行を許せるのも承太郎だけだ――無性に被虐的な気分になっている。承太郎に抱かれるわたしは、わたしというものは。
源泉にあるのはたったひとつの感情だ。宙ぶらりんになっていた、承太郎への感情。何故、目を反らされたことが悔しかったのか。何故、どこで何をしていても承太郎の動向が気になって仕方がなかったのか。わたしなりに、とても悩んだ。しかし答えは見当たらず、ただもやもやと承太郎の視線を乞いながら、何故わたしを見ないのだ、ならばわたしだってお前を見てなんかやらないのだからなと、ガキのような意地を張り続ける日々だった。
けれど、今になってやっと理解ができた気がしている――いいや、本当は知っていたくせに自分の中にあると認めたくなかった感情を、これもわたしのものであるのだと、今こそ漸く受け入れられるような気がしている。
シンプルに、たったひとつだけだったのだ。
わたしは、このDIOはただただこの男が――
「――すきぃ!!」
「DIO……?」
「すきっ……じょうたろぉ、すきぃっ!わたしはぁ、こ、このDIOっ、あ、ぁっ、DIOは、すき、じょーたろぉがぁ、すきで、すきで、もうっ、あ、い、いやっ、こ、こんなのわたしじゃあないのにっ、で、でもわたし、あぅ、あっ……!~~じょうたろうが、じょーたろぉが、す、すきっ、しね、しんでしまえっ、すき、すきぃ!!」
洪水のように、言葉が溢れる。頭を抱えるように手首の辺りで涙をひたすら拭いながら、すきだ、すきなのだと、湧き出て止まらない感情を嬌声交じりに吐き出した。
「~~何だそれ、なんなんだ、お前は……!訳が、分からん、お前、お前!!」
がなるような声で唸りながら、ばつんばつんと肉のぶつかる音が絶えぬ勢いで承太郎がわたしを責め立てる。しかし紅潮し、汗の滲んだそのかんばせは、なにやらとても、情けない。今にも泣きそうな、途方に暮れた表情だ。
お前は何がそんなに不安なのだ。それはわたしが取り除いてやれるようなことなのか。
この胸中に一瞬芽吹きかけた、慈愛なぞというくそみたいな感傷は、わたしが承太郎の頭を撫でてやる前に当の承太郎によって散らされた。体を2つに折るように足を抱え上げられ、信じられないほど深い場所を、太い亀頭で抉られる。かと思えば入口まで引き抜かれ、けれど息をつく間もなくさっきよりもっと深いんじゃあって場所を犯されて、そのたびにわたしは何度もイって、もう何度も、何度も、何度も、何度も!絶頂が死の体験であるというのなら、この短い時間の中でわたしは何度も殺されている!
「ひぃン…んぁ…!!あ、っ…も、やらぁっ、も、しぬっ、ひんじゃうぅ、わたしっ、わたしぃ!!」
「ッ、だめだ、DIO、出る、出る……!」
「じょうたろっ、じょうたろっ、じょうたろぉ!」
「~~く、っ……!ぁっ……ぅあ……!」
「あ、ああぁあ!!?」
倒れ込むように体を倒した承太郎の、引き締まった腹部に潰されるように、未だ一度も精を吐き出していない性器が擦られた。背筋がぞくりと粟立ち、下半身に馬鹿みたいな力が籠ると同時に、腹の中にじんわりと倦むような熱が広がってゆく。承太郎だ。承太郎が、わたしの中で射精をしたのだ。
死にそうな顔をした承太郎は涙で滲む両目でわたしを見下ろし、かと思えばずるずるとわたしの上に倒れ込む。そして力の抜けた右手で、ぞんざいにわたしの性器を扱いた。その辺りで一度、焼き切れるように意識はぷつりと途絶えている。すすり泣きなのか嬌声であるのか判別のつかない声を漏らしながら、承太郎の逞しい腕にしがみ付いたことだけは、不自然なほど鮮明に覚えている。



冷えたタイルに座り込み、シャワーヘッドから勢いよく飛び出す冷水を全身に浴びているはずなのに、頭の中は煮立ったまま、皮膚の下に孕んだ熱は一向に覚める気配がない。水垢のついた鏡に映るわたしの顔は、それはもうみっともなく憔悴したものだった。

『――おい』

耳の奥では承太郎の声が鳴り響き、ぐわぐわとわたしの脳を揺さぶりに掛かってくる。俯いて、頭を掻いた。それでもおい、おいと、ベッドから降りたわたしの背に投げかけ続けられた承太郎の声は波のように押し寄せて、吐き気がする。
――承太郎がわたしの中に馬鹿みたいな量の精液を注ぎ込み、わたしもようやく射精を伴った絶頂を迎え、そうしてしばし言葉を交わすでもなくぼんやりと過ごした後に、承太郎はわたしにキスをしようとした。わたしは咄嗟に、掌を承太郎の口元に押し付けた。そして目を白黒させる承太郎を置き去りに、1人さっさとこの風呂場に逃げ込んだ。そうだ、逃げたのだ。認めよう、このDIOは、承太郎から、承太郎に纏わる感情に正面切って向き合うことから、逃げたのだ。
「……ん……」
濡れた髪を掻き上げ、体を起こした拍子に、下半身をじんわりとした違和感が駆け抜けてゆく。いくらか不快である感覚に数秒ばかり硬直し、間を置いてああ、これはまだ腹の中に承太郎の出したものが残っているが故のものであるのだと、溜息を吐くと共に理解した。
掻き出さなければならない。とてもとても事務的に、そう思った。別段人間だった時のように、ちゃんと掻き出さねば腹を下す、なんてことにはなりやしないのだが、吸血鬼になったからといって人間の体液を何でもかんでも吸収できるわけでもない。なので、億劫ではあったが、物凄く億劫ではあったのだが、わたしは膝立ちになり、後ろ手に自らの臀部を弄った。入り口に指を掛けた瞬間に、どろりと粘っこい液体が溢れてくる。ぞわぞわと鳥肌が立つ。そして何故か、ただでさえ熱くなっている体が、余計に火照った気配がある。――生理現象だ。感情由来の現象であるものか。ぐだぐだととぐろを巻く思考の一切から逃れるように、わたしは白濁を垂らすその箇所へ――ついさっきまで承太郎を受け入れていたその箇所へ、人差し指を突き入れた。
「っ……は……ん、んー……」
妙に敏感になっている。奥歯を噛んだ。それでも上擦った声と、鼻に掛かった息を完全に殺しきることはできなかった。シャワーを出しっぱなしにしていてよかったと思う。まかり間違って承太郎に聞かれようものならば、多分わたしは照れ隠しにあの男を殺してしまう。
ベッドではこんなささやかな声など問題にならない程の声で、聞くに堪えない言葉ばかりを喚いてしまったようにも思うのだが、なんというか、こんなのは自慰行為じゃあないか。後処理とはいっても、傍目にはどう見たって自慰である。声まで漏らしてしまっている。言い訳ができるわけもない。人に自慰行為を見られたことがないとは言わない。むしろもう名前も覚えていないような男の腹の上で、見せつけるようにしてやった記憶がないでもない。しかし承太郎だけは駄目だ、どうしても駄目なのだ。実に――とことんまで実に、実に、わたしらしくないとは思うのだが、あれにこうした行為を見られてしまうことは、想像するだけで頭が弾け飛んでしまいそうに恥ずかしい。とても――とても。
「ぁ……っ……あ、ふぅ……」
膝が震える。片手をタイルにつき、体勢を整える。濡れたタイルに掌が滑り、前のめりになった。その拍子に指先が、どうにも前立腺の辺りを掠めてしまったらしく、競り上がる快感に唇を噛みしめて、わたしは情けなく項垂れた。驟雨のように降り注ぐシャワーの冷水が、心地よくも、不快でもあった。
「……くぁ……あ……ん……」
人差し指と薬指で入り口を押し広げながら、中指で精液を掻き出すべく、焼けるように熱い体内を弄った。承太郎の阿呆はとんでもなく奥の方で射精をしやがったらしく、奥へと追いかけても追いかけてもとろとろと熱い液体が溢れてくる。
早く、こんなつまらない処理などは早く終わらせてしまわなければならない。体が熱い。どんどんどんどん、熱くなる。指を突っ込んだ箇所は愛撫をされていると勘違いをしているのか、きゅうきゅうと食んだ指を締め付けて、思うように承太郎の精液が掻き出せない。おまけによからぬ期待に、性器がうっすらと頭をもたげ始めている。視界が滲む。眼球に盛り上がる涙を弾き飛ばすべくかぶりを振れば、たっぷりと水を吸った髪が重々しく宙に揺れ、やがてはべしゃりと頬や首筋に張り付いた。あまりにも滑稽だ。雨に濡れた犬のようだ。承太郎のせいだ。承太郎のせいで、わたしは、わたしは――

『――、』

承太郎、承太郎――まだわたしがどこぞの研究所の一室に閉じ込められていた頃、眠るわたしの頭を撫でていった不届き者――その瞬間にこの胸に生まれたのだろう、慕情とかいう鼻で笑いたくなっちまうようなわたしの純情に、未だあの男は気付く様子がない。ああ、自分で言っていて泣けてきた、純情、純情!そんなものがこの胸の中に生まれてしまったのだと、悪い冗談があったものだ!
「っ……!!」
わたしの視界を制圧すべく、熱い涙が溢れて止まない。恐る恐るタイルから手を離し、丸めた指の背で強引に拭った。膝がいよいよ深刻にがくがくと揺れている。一旦後ろから指を引き抜いて、背後の壁に寄りかかる。顔を上げれば、降りしきる冷水の向こうの鏡にはわたしが、涙を垂れ流しながら馬鹿みたいに赤くなり、だらしなく膝を立てて足を開くわたしがいる。承太郎の目には、こんなわたしが映っていたのだろうか。このはしたない男の姿が。――承太郎はこのわたしを見て、どう思ったというのだろう。
「……じょう、たろう……」
シャワーがタイルを打つ音に隠れ、小さくあれの名前を呼ぶ。わたしはどうやら、あの男のことが好きで好きでたまらないようなのだ――いいや、あれに纏わる入り組んだ感情を簡単に表すとその2文字になってしまうというだけで、きっと、額面通りのものじゃあない。憎しみだとか過去からの因縁だとかがごたまぜになった感情が、少女の好むお綺麗な言葉で片付くものであるものか。けれどわたしは、わたしは確かに、
「……ッ、じょうたろう……!」
承太郎なる男のことが、好きであるのだと思う。わたしを見て欲しい、お前はわたしだけを見るべきだ、わたしだけのことを考えて残り60余年の人生を過ごすべきなのだ――この氾濫する承太郎への感情たちを、他にどんな言葉で言い表せばいいのかわたしは知らない、知らない――こんなにも切実で穏やかな感情を抱いたことなんてない、わたしは知らない、なにも、知らない、知らない――
「ひっ……ぅ、うぁ……ッ……~~!」
承太郎。承太郎。その名を繰り返すごとに下半身に熱は溜まってゆき、指を食んだ孔は女の性器のようにくぱくぱとうねっている。我慢ができず、性器を扱いた。中に出されたものの処理も忘れ、浅ましく指を出し入れした。タイルを滑った爪先が中空に投げ出される。足の裏を打つシャワーの感触すらにも、加熱が止まぬ性感を煽られる。
――好きだ、わたしはあの男が好きなのだ。
わたしが起きていたことにも気付かずに、やたらと優しげにわたしの頭を撫でていった男のことが。寝たふりをやめ、承太郎、そう呼んでやろうとした瞬間にわたしから目を反らし、薄情に狭い部屋から去って言ったあの男のことが。

わたしの体を断ち割って、100年かけてため込んだ澱を吐き出させたあの男のことが、わたしはこんなにも、こんなにも――

「あっ……!ああ、あ、だめっ、だめぇ、ひ、あ、ああ!」
中にくぐらせた指で一際奥を押し広げた瞬間、その辺りに溜まっていたのだろう承太郎の精液が堰を切ったように溢れだした。
「だ、だめ、で、出るのだめ、あ、あ、あっ」
何の為に風呂場に来たのかも忘れ、わたしは半狂乱で、溢れる精液を内壁に塗り込めた。零したくなかった。けれど、承太郎に注がれたものを少しでも多くこの腹の中に残しておきたいと思うのに、ついさっきまで承太郎の性器で散々に愛撫されたその箇所は更なる刺激を欲しがっているようで、もはやわたしの意志とは無関係に、突き入れた3本ばかりの指は激しくそこを出入りした。そのたびに、溢れる。承太郎とのセックスが現実であったのだという証拠が、シャワーに掻き消された水音と共に溢れてゆく。鏡に映ったわたしの顔は、見るに堪えぬほど、だらしなくとろけていた。
「じょ、じょうたろ……じょうたろう……ん、あ、あ……ぁ……」
――好きだ。承太郎、好き、わたしを見ろ、わたしを見ろよ、承太郎、
「あ、あっ、あぁあ……も、もう、いや……いや……ッ~~!」
中の白濁を絞り出すように後孔が激しく窄まって、掌で包んだ性器の先から勢いなくとろとろと熱い性器が噴出した。全身からどっと力が抜けてゆく。足の裏はべしゃりとタイルの上に落下し、指が抜き去られた後孔は怠惰に収縮を繰り返している。涙も涎も、拭うのが億劫だった。冷たい水を浴びながら、わたしはただぼんやりと鏡の中のわたしを見返した。大体、120年ほど。それだけの時を生きた末、ようやく出会った恋なるものに煩悶する、情けない吸血鬼のかんばせを。



暗いリビングに人の気配はない。承太郎の寝室へと続く扉は、ぴったりと閉じられている。少々安心した。これならば、風呂場で漏らしてしまったはしたない声も聞かれずに済んだだろう。
「……う……うぐぅぅぅ……」
自室に戻り、一目散にベッドを目指す。鼻先を枕に埋め、ひたすらにわたしは、呻いた。だけでは飽き足らず、握った拳でシーツを何度も何度も殴りつけた。それでもちっとも落ち着くことはできず、果ては胸元に枕を抱え、ベッドの端から端までを転がった。
「ぐあぁぁあ……!!」
――居た堪れない。あまりにも、あまりにも!
1時間と少し前、日課となった吸血の最中、何の気を起こしたのかは分からないが、承太郎は唐突にこのDIOを抱き締めた。そして共同生活なるものが始まってから、初めて目が合った――のだと自覚するより早く再び厚い胸に抱き込まれ、捕食のようなキスをされた。それからは、なし崩しだ。わたしは元々承太郎の視線を乞うていて、承太郎の気を引きたくて引きたくて仕方がなくて、でも承太郎はちっともわたしを見ようとせず、さっぱりわたしに関心を持とうとしなかったものだから、そりゃわたしは悔しくてたまらなく思うものだ、結果が無視だ無視、わたしだって承太郎になんて関心ありません、貴様なぞはちょっと強めのスタンドを持っているだけの有象無象のカスなのだ、そんなポーズを取りつつ過ごした1年近くの時の果てが、あの頭が馬鹿になってしまったかのような狂乱である。とにかくわたしは、嬉しくて仕方がなかったのだ。死ぬほど認めたくはないが、承太郎とのセックスが嬉しくて嬉しくて、たまらなかった。馬鹿馬鹿しい。最中に何を喚いたのか、その後の風呂場で何をしたのかなんてことは、もう思い出したくもない。
「し、死ね……承太郎め、承太郎め、死んでしまえ……!!」
このお前を殺してわたしは生きる!なんてことを喚きながら承太郎の腹に拳を一発叩き込んでやらねば気が済まぬ居た堪れなさには、覚えがある。あまりに居た堪れないものであったので、頭の隅の隅に厳重に鍵をかけて仕舞い込んでいた出来事だ。パンドラの箱が内側から鍵をぶち破って押し開かれ、わたしは尚もごろごろとベッドの上を転がった。

『――承太郎、』

数ヶ月前、まだわたしと承太郎が空条の家にいた頃の出来事だ。なんてことのない晩、だったはずである。しかし、偶然通りかかった承太郎の部屋の襖が開いていた。ちょっぴり隙間があったとか、そんなものではない。豪快に、開け放たれていたのだった。疲れた、疲れたとぐったりした調子で返ってきた承太郎が、閉め忘れたまま眠ってしまったのだろう。覗き込んだ部屋の中心にはくたびれた敷布団、大の字で寝転ぶ承太郎の顔は夜目にも分かるほど憔悴しきったものだった。

『……じょ、承太郎?わたしは、このDIOは……』

わたしは吸い寄せられるように部屋へ入り、枕元にしゃがみ込んだ。そして承太郎の顔を、覗き込んだ。きっとエジプトで殴りあって以来、初めて承太郎の顔を真正面から見た瞬間だった。あの時はあの時で承太郎を殺すことに心血を注いでいたので、顔などはまともに見ちゃいなかった。ということはつまり、なんてことのない冬場の夜に於いて、わたしは初めて『承太郎』という男を見たのである。そこまで接近しても目覚めぬほど、承太郎は熟睡しきっているようだった。

『わたしは、お前が……――、』

まだ承太郎への感情を測りかねていた当時のわたしは、要領悪くわたしはわたしはと繰り返し、結局言葉が見つからないとなるやいなや唇を噛み、愚鈍にひたすら承太郎の顔を見つめた。気が付けば、ちょっと唇を突き出せばキスをできる距離にまで接近してしまっていた始末である。ばくばくと心臓がうるさかったことを、昨日のことのように覚えている。

『……承太郎』

承太郎は、起きなかった。都合よく寝言でわたしの名を呟くこともなく、疲れ切った苦しげな表情で昏々と眠っていた。肩を揺すって起こすことは、できなかった。わたしのプライドが許さなかった。わたしだけが必死になって、こっちを見ろ、わたしだけを見て欲しいだなんて、馬鹿みたいだ。星の数ほどの人間たちがわたしにそう願ってきたのだから、承太郎もそうするべきだとも思っていた。とにかくわたしは悔しくてたまらず、しかしだからといって今更承太郎を殺す気分にもなれず、悔し紛れに奴の額にキスをして、開け放たれた部屋を後にしたのだった。
――いや、何故そこでキスをする必要があったというのだ。
部屋に帰っていの一番、ホリィがどこぞで仕入れてきたやたらにファンシーなクッションを抱え、わたしは畳の上を縦横無尽に転がった。死んでしまえ承太郎と、口先だけの呪詛を嘯きながら。

「……」

結局のところ――わたしがあの男へ傾ける感情に名前を付けてみたところで、セックスをしてみたところで、現状は何も変わっちゃいないのだろう。
『好き』だ、と思う。わたしはあの男が『好き:なのだ。しかしそれをそのまま承太郎に伝えられるのかと問われれば話は別だ。ベッドの上で臆面なく好きだ、好きなのだと喚けたのは、細胞がバラバラになってしまいそうな快感に頭がおかしくなっていたからだ。素面であんなことを言えたものか、意地が、プライドが、邪魔をする。何故わたしばかりが、承太郎を追いかけねばならんのだ。たったの一度もわたしに視線を寄越そうとしない男のことを。何故、わたしが――わたしばかりが、こんなにも承太郎を好きでいなければならんのだ。腹が立つ話である。しかし、そうとは思えども――

『――すきぃ、すきぃっ』

好きだ、好き、好き。たった2文字の言葉が舌先を滑ってゆくたびにどうしようもなく満たされた気分になって、その瞬間のわたしというものは、恐らくとんでもない幸せ者であったのだろう、と、思う。
「……wryyyy……」
いよいよ頬が熱くてたまらない。俯せになって枕に鼻先を埋め、一刻も早く眠ってしまうべく、わたしは両目の瞼をきつく閉ざした。



――と、いうのが今から1ヶ月と少しばかり前の話である。
もう2度とあのような醜態は晒すまい、もう承太郎とセックスなぞをしてたまるものか、と心に定めたつもりであったのだが、現実には3日に1度、わたしは承太郎の部屋のベッドに転がって、奴に性器をぶち込まれながら好きだ、お前が好きなのだ承太郎、と泣き喚く日々が続いているわけで、なんというかもう、どうしようもない。
近頃は、もはや惰性である。承太郎はわたしをどう思っているのだろうとか、わたしは結局この男とどうなりたいというのだろうだとか、まとまりのつかない思考の一切を放棄して、ただ気持ちが良い、好きだ、好きだ、と一匹の淫売となって、ひたすらにわたしは喘ぐのだった。
似たようなことが、以前にもあった。今ではセックスの合図となってしまっている、わたしの吸血行為についてである。
わざわざ首筋に噛み付かずとも、わたしは指先からでも人間の血を吸い取ることができるのだ。けれどわたしは最初の吸血の際に『口から吸った方が満足感がある』だなんて適当なことを嘯いて、以来毎度、承太郎の首筋に顔を埋めて血を吸っていた。出来心というか、無意識の下心が働いてあんなことを言ってしまったのだろうと思う。好きなのだ、と自覚をするずっと前から、きっとわたしは承太郎が欲しくてたまらなかった。何かしらの接触を持っていたかった。承太郎は、意地のようにわたしを見ようとしなかったものだから。――結局2つ返事で首からの吸血を認めた承太郎は、それについて何を言うでもなく諾々と襟首を寛げて、以降はもう、惰性で続いている行為である。1度目の吸血の際にあった、心臓が張り裂けてしまわんばかりの胸の高鳴りなどは、とっくの昔にどこぞ遠くへと消えてしまっていた。

「――、」

吐き気を伴った感傷を飲み込んで、わたしはフローリングに座り込んだ。そして受話器を耳に当て、単調な呼び出し音に耳を傾ける。時刻はそろそろ23時に差し掛かろうとしている。まだ、承太郎は帰っていない。普段ならばとっくに帰宅し、シャワーを済ませている時間である。
『――はい、もしもし?』
「遅い。10コールも待たせるな」
『……お掛けになった電話番号はー』
「今からそっちに乗り込んでやってもいいのだぞ、花京院」
『やめろ来るな、2度と来るなってもう30回くらい言ってるだろ』
漸く電話に出た花京院の声はそれはげんなりしたものだったし、わたしだって惰性で声を絞り出しているようなものである。受話器のこちら側にもあちら側にも友好的な色などは欠片も見当たらない関係であるが、承太郎との息の詰まるような生活の狭間に於いては、この投げやりなやり取りで酷く気が楽になることも事実なのだった。
『で、なんだい、用があるなら手短に。ないなら今すぐ受話器を置いてくれ』
「承太郎が帰ってこない」
『……承太郎が?』
「承太郎が。もう、11時になるというのに」
『もしかして心配でもしてるのか、君』
「ち、違う。いつもはとっくに家にいる時間にいないものだから、ちょっぴり落ち着かないだけなのだ」
『それを心配してるって言うんじゃあないか、ふふふ』
「なにがふふふだ殺すぞ貴様」
『勘弁してくれよ』
立てた膝に肘を立て、頭を抱えるように髪を掻いた。呆れ笑いと共に零された花京院の声が、たいそう不愉快だった。そしてかっかと温度を上げてゆく頬の辺りの熱は、輪をかけて更に更に不快なのである。鏡を見ようものならば、そこにはみっともなく赤面したわたしが映し出されてしまうに違いない。
『承太郎はさ、君におかえりって言って欲しいんだってさ』
「はあ?」
『というかだな、承太郎という男は不憫なことに、たったそれだけの願いでさえも酷い高望みなんだって思ってしまってるみたいなんだ。君と、普通の話をしてみたい。目が合えばいいと思う。彼が君にしてる期待なんて、本当にそれだけの、些細なものでしかないんだよ。知ってた、君?』
「いや――貴様何を言っているのだ、花京院?」
受話器の向こう側でしたり顔をしているのだろう花京院の声は、どこか得意げで、浮ついている。あの男は酔っ払っているのかもしれない。どうにもわたしを舐め腐った態度である。貴様、いつぞやはわたしがちょっと声を掛けてやっただけでびびってゲロを吐きやがった小心者の分際で。そう詰ってやろうとしたのだが、じわじわと競り上がる混乱と、腹の真ん中に穴を開けられたような緊張が、口先と舌をすっかり硬直させてしまっている。情けなく上擦った声で聞き返したわたしを小馬鹿にするかのように、花京院の声は、死ぬほど不快に軽やかだ。
『さっきまで一緒にいたんだ、承太郎と。一緒に、飲んでて。今帰ったばかり。承太郎もそろそろそっちに着く頃なんじゃあないかな』
「そうではない、花京院、聞きたいのはそういうことじゃあない。貴様、承太郎とどのような話をしていたのだ」
『ええと、承太郎が恋をしてるんだって、話?』
「は、はあ?」
いよいよ訳が分からない。花京院は微笑ましげにふふふふと笑っている。
『なあ、DIO、DIO』
「おい貴様、さては相当酔っているだろう。この酔っ払い。気色の悪い声で、軽々しくわたしの名前を呼ぶんじゃあない」
『ぼくは君が嫌いだけど、いつか君から貰った安息は本物だと思ってるよ。いや、ろくでもないとは分かってるんだけどね。でも確かに君に手を差し伸ばされて、ちょっとばかり救われたぼくがいたっていうのも、どうしようもなく現実の出来事だったんだよ』
「知ったことか。貴様が救われようがドブに沈もうがわたしはとんと興味がない。それよりも承太郎は、」
『DIO、そろそろ楽になってしまうといいよ、君も』
「承太郎は、…………、」
言葉が詰まる。わたしはもっと、承太郎の話を聞きたいのに。花京院ごとき若造の戯言に心を揺さぶられてしまう程、軟弱ではないはずなのに。知った口を利く酔っ払いの言葉、安息、楽になってしまえ、いつだったかわたしが花京院を誑かすために適当に並べた言葉たちが、わたしの頭を圧迫する。承太郎との記憶たちを、引き連れて。
『承太郎と少しでも長く過ごしたいっていうのなら、君はさっさと君が見下す人間の世界にまで堕落してしまうべきなんだ。そっちの方がきっと、幸せだ、君も、承太郎も。今更好きだ愛してる恋してる、だなんて言うのは恥ずかしい?はは、自分で言っといてあれだけど君、本当にそういうの似合わないな。お腹痛い』
「なにをけらけらと笑っているのだ、この酔っ払い」
『笑わずにいられるものか。どうせ君だって、承太郎が好きでたまらないんだろ』
「か、花京院の愚か者が、何を言わんとしているのか!さっぱり心当たりがないのだが、このDIOにはッ!」
『人の家に押しかけては承太郎承太郎うるさいくせに、今更何を言ってるんだ』
思わず、前のめりになる。そしてクソ生意気な花京院を罵倒し倒してやろうとして――けれど結局、気の利いた文句は思い浮かばなかった。わたしは承太郎が、好きだ、好きで、たまらないのだ。今更揺るぎようのない、事実なのだ。嘘でも否定したくないと思う程に、巨大に育ってしまっている。
「……わたしは」
『うん』
項垂れながら零した、やたらに細い声に、花京院はわざとっらしく優しげに相槌を打った。花京院のくせに生意気だ。そう詰る余裕などは、とっくにない。承太郎についての感情が、体のあちこちで爆発をしてしまっている。
「わたしは、人の好き方など知らんのだ、このDIOは、このDIOは、今まで誰にも、こんな感情は」
『でも君は』
「ああ、そうだ、わたしは……わたしは承太郎が、す――」

――ガチャン

開けっ放しになっていた扉の向こう、玄関から、ドアの開閉する音がした。承太郎だ。承太郎が、帰ってきたのだ。
『ん、DIO?』
ごそごそと靴を脱ぐ音がする。重々しい足音までもが聞こえ出す。
かっと頭に血が上る。わたしは何を言おうとしていたというのだ、何を、何を、素面の状態で!
汗で頬に張り付いた髪を払いのけ、受話器を握り直し息を吸う。向こう側では花京院が戸惑ったように、DIO、DIO?と繰り返している。知ったことではない。思いつくがままの言葉を、わたしは台本を読み上げるように吐き出した。
「ああ、ああ、だから、そう、そこに辿り着くことこそが人という知的生命体にとっての救いであるわけなのだな。知らないよりも、知っている方が幸せ。未知の不幸に心を揺さぶられることもない。ノイズに気を取られることもなく、大いに自分の為の人生を謳歌できるというわけだ」
『きゅ、急にどうした。一体何を受信してしまったんだ、君は?』
「ふふふ、ではな、そろそろ切るぞ、プッチ」
『誰だよプッチって』
「ああ、君のことを忘れたことなど一時たりともありはしない。今も変わらず、かけがえのない友人と思っているさ。それじゃあ、――っ!?」
言い切る前に、受話器が取り上げられ、そのまま電話の本体へと叩きつけられた。
首を傾げてみれば、そこには承太郎がいる。逆光を背負って、不自然なまでに凪いだ瞳でわたしを見下ろす承太郎がいる。今にも怒り狂い出しそうな、もしくは泣き出してしまいそうな。不穏な、静寂を背負った承太郎が。
思わずわたしは、目を反らした。



――なんて出来事があったのは、既に3日も昔のことである。そして、「おかえり」と。わたしにそう言われたがっていたらしい承太郎のささやかな願いを叶えてやったのは2日前で、なんというか、時間というものはきっかけさえあればあっという間に流れてしまうものであるのだなぁということを。100年といくらかの人生の果てに、わたしは改めて学んだような心持になっているのだった。
承太郎と、目が合った。普通の、会話をした。半ば正気の状態で好きだと言って、そして――承太郎にも、言われた。たったそれだけのことが、あったのみである。

『す――すきだ、DIO』

「……!!!」
そう零した瞬間に、承太郎の両目から涙が溢れた。上擦った声は、やたらに切羽詰まっていた。涙に塗れた承太郎の顔が忘れられない。すき、すき、たったそれだけの一言が耳の奥に染みついて、もう何度も何度も、繰り返し再生されている。
目元に手を当て、仰向いた。なんだ、この女々しい男は。これがDIOであるというのか。花京院のいう人間に堕落したDIOというものは、ここまで正体を崩してしまえるものなのか。とっくの昔に、溜息は尽きていた。
「おい、何してやがるんだ、お前」
「!!」
「……そこまで驚くことはねぇだろうが」
「……急に声を掛けてきた承太郎が悪い」
「何言ってんだよ、こら」
わたしが占領するソファーの後ろに立った承太郎が、呆れた顔でわたしの顔を覗きこんでいる。いつの間にか風呂から上がってきていたらしい。血色のよくなった頬は、桃色に染まっている。
「悪いが今日は、先に寝るぜ」
「こんな時間にか?」
「どうにも、疲れた」
そう言われてみれば、どこかげっそりしているようにも見える。ソファーの縁に後頭部を預け、わたしは承太郎を凝視した。承太郎も逆光を背負ったまま、じっとわたしを見つめている。この2日は、ずっとこうだ。一旦目が合えば、どうにも反らし難くなり、会話をするでもなくただ見つめ合うという死ぬほど不毛な時間を過ごす羽目になっている。それが悪くないと思ってしまっていることがもう、終わってる。わたしがすっかり堕落してしまっていることの証であるようにしか思えなかった。
「べつに、わたしに許可を取る必要などなかろうに」
耐え切れず、わたしの方から口を開いた。承太郎の緑の瞳が、ほんの少し、見開かれる。そして何をするのかと思えば、ぎこちなく手を伸ばし、わたしの前髪の生え際辺りを、そっと、撫でだしたのだった。
「だってお前、今日はそろそろ、あれだろう」
「あれ?」
「腹減ってねぇのか」
「……ああ」
3日に1度というのが、大体のわたしの吸血のサイクルである。今は、食事という以上にセックスの合図となってしまったその行為。承太郎が気まずげに言いよどむのも、なんとなく、分かる。わたしだって少々、気まずい。
「血だけ寄越せ。承太郎が変な気を起こさないように、今日は指で吸ってやる」
「なんで俺だけが盛ってるみたいになってんだよ、オラ」
「い、いたいっ、引っ張るな、承太郎め!」
わたしの髪をくいと戯れるように引っ張りながら、承太郎がぎこちなくも穏やかに笑っている。つられて笑ってやるほど、わたしは殊勝な性質ではない。承太郎の手を振り払い、虚を突かれた顔をしている奴を尻目に首筋に指先を埋めてやった。そうして血液を吸い上げる。ぞんざいな食事が終わった後に、承太郎はたたらを踏んで、恨みがましげにわたしを見つめた。
「せめてなんか、一言あるだろう。今から吸うぞとかなんとか」
「人の髪を引っ張る無礼者に一言も何もあったものか」
「可愛くねーなぁ、てめーは、ったく」
「可愛いだなんて思われたくない、わたしは男だ」
「……まあお前の知らない所では、死ぬほど思ってたりするわけなんだが」
「……は、はあ?承太郎?」
「じゃあな、おやすみ」
「じょ、承太郎!」
ただでさえ血色のいい顔を更に赤くした承太郎が、足早に寝室へと向かってゆく。照れ隠しの延長なのだろうか、いつもは少しばかり隙間の空いている寝室への扉は、ばたりと音を立てながらぴっちりと閉じられてしまった。
「…………」
しばし締め切られた扉を見つめた後に、わたしはわたしの寝室へと向かった。そして枕を片手に、再び承太郎の部屋の前に立つ。
特別に理由があったわけではない。ただ承太郎と共に、激しい熱の狂乱などがない、穏やかな夜を過ごしてみたいのだと。ふっとそんなことを、思っただけだ。
わたしは何度も逃げてきた。事後、わたしにキスを施そうとする承太郎の口を塞ぎ、さっさとベッドから脱出して浴室に向かい、後始末という名の自慰をして、部屋に籠る。そして3日。承太郎から、承太郎への感情から目を背け、唯一臆面なく『好き』と叫んでも許されるのだ、と自らで定めたセックスの時を待つ日を過ごすのだ。今なら分かる。承太郎は承太郎なりに、わたしに歩み寄ろうとしていたのだな。気付かなかった。わたしはわたしのことに必死で、承太郎のことなど何も知らなかったのだ。

「……承太郎」

ドアを開ければ、死体のようにベッドに横たわる承太郎がいる。思わず笑みが漏れた。気だるげにこちらを向いた承太郎の、びっくりした子供のような顔も、おかしかった。
いとし、かった。

「わたしが、添い寝をしてやろう。なに、いやらしいことはしないと約束するさ」

DIO、と承太郎が呟いた。答えなどそれで充分だ。わたしは使い古した枕と共に、承太郎の隣に飛び込んだ。




やるとこやればやるだけ遠回りになってしまう系承DIO
が、ちょっとずつ歩み寄ってく過程が大好きです!


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