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承DIO小話

お久しぶりです!間空いちゃってすみません。原稿ひと段落したのでぼちぼち更新ペース戻していきたいなぁと思います。GB11には前書いてた記憶喪失設定の話の再録に書きおろしを加えた本を持っていく予定です。よろしくおねがいします!

追記から逆に承太郎が記憶保存できない系記憶喪失設定の承DIO小話です。


『わたしを海へ連れていけ』

「……――」
硬い凹凸のあるこの寝心地が悪いったらありはしない枕が人の膝であるのだと気付くまでに、実に1分もの時間を要す。瞬きを数度。じんわりと溢れる涙に歪む視界に映し出されたのは、テーブルにテレビ、ラックに壁掛け時計、等々、何の変哲もないリビングの有り様である。

『月見をするのだ。潮騒を聞きながら』

横向けから仰向けの体勢へと寝返りを打つ。どうにも俺はベッドではなくソファーで眠っていたようで、狭い場所での寝返りは中々難儀なものだった。何とか落ちてしまわないように体勢を整え、折り曲げていた足をソファーの縁の向こうへ伸ばす。恐らく数時間くの字に曲げっぱなしだったのだろう膝はみしみしと悲鳴を上げていた。
そうしてようやくの一息である。開けた視界には照明の落とされた部屋の暗い天井、それから、
「……、」
冗談みたいに綺麗な顔をした男が現れ、それがまた、本当にちっとも生々しさのない作り物染みた美しい男だったものだから、一体どういうことなのだ、何故俺はこんな男に膝枕などをされているのだ、もしや美人局かなにかであるのだろうか――と、まるで時間が止まってしまったかのように、俺はただただ愚鈍に硬直してしまったのだった。

『隣にお前がいてもいい』

「……おい」
「…………」
「おい、お前」
どうやら男は俺に膝を貸したまま、器用にも熟睡してしまっているらしい。決して楽な体勢ではないだろうに、寝顔は見ているこっちが幸せになってしまうくらい、やたらに安らかなものである。
何度かおい、おいと声を掛けた後に、意を決し俺は男の頬に触れた。血が通っているのかが疑わしい程に白く、滑らかな頬である。やはりこの男は人間などではないのではないか。砂糖菓子でできた人形なのでは。このまま触れていると俺の体温でとろけてしまうのでは。寝起きな頭は馬鹿な妄想ばかりを生み出すものである。

『お前と見る月はいつだって美しかった』

「……お前は」
俺はこの男のことを覚えていなかった。そもそもどうしてこんな狭い場所で寝ているのかも分からない。というのも俺は記憶に関する障害を抱えているらしく、一日が経つごとに毎日記憶喪失のような状態になってしまう日々を送っているのだった。実に不便なことである。1人で生きてゆくのに必要な一般知識や職業などは忘れてはいないのだが、ちょっとした日常の出来事、それに対人関係の方がさっぱり駄目になっているらしく、人の顔と名前、相手に纏わるエピソードなどを掘り起こすのは毎度至難の業である。せっかく思い出した記憶も何かの拍子に忘れてしまうものだから、まったく嫌にもなってくるものだ。
「お前は、誰なんだ?」
きっとこの男のことも、俺が忘れてしまっているだけなのだ。白い頬の、素っ気ない体温を覚えている。馬鹿みたいに綺麗な顔を見つめていると、なにやら出所の分からない愛しさのようなものが沸々と湧きあがる。
それでも何も思い出せやしない。この男の名前も、この男との関係も、俺とこの男はこの狭いソファーの上で、どんな会話を交わしたのかということも。
「お前は、……お前は」

『わたしに世界で一番美しい月を見せてみろよ――承太郎、』

鋭く研ぎ澄まされた虚しさと切なさがこの胸を滅多刺しにしてゆくものだから、俺は男の頬から手を離し、再び寝返りを打って二度寝を決め込もうとした。した。した。結局はできなかった。
「――承太郎」
眠っていた筈の男が、自らの頬から離れてゆこうとする俺の手を押さえ込み、そしてびっしりと金の睫毛が生え揃った瞼を緩慢に持ち上げた。白い瞼の内から現れたのは、鮮やかな紅色の瞳である。とろとろと寝起きの気配を纏ったまま細まる双眸は、じっと――愛おしげに、俺を見つめている。俺だけを。
「決して許せぬものだと思ったのだが。わたしを、わたしとの記憶を、わたしをこうも変えてしまったことを忘れて生きるお前を死んでも許せるものかと思ったのだが」
男の白い掌が、俺の額を撫でてゆく。その掌の体温はやはりどこまでも素っ気ない。しかしその冷えた感触がどうしようもなく愛おしかったのだ。だから名前を呼んでやろうと思って、
――、
しかし結局覚えていないものだから、この唇からは空気が漏れてゆくだけである。
「案外、許せてしまうものなのだなぁ。いいや、わたしなりに葛藤はあったものだし、酷く腹は立ったものだったが、それでもお前と生きることを選んでしまったということは、わたしはすっかりお前を許してしまっているのだろう」
そして男は冗談めかした声音で「やれやれだぜ」と呟いて、瞼を閉じたのだった。
額に張り付く体温に掌を重ねる。男は目を開けることもなく、指先で俺の額を引っ掻いた。
「お前は――お前の、名前は?」
「自分で思い出せ。教えてなどやるものか」
意地の悪い台詞を紡ぐ声は、しかしどこまでも優しかった。

『承太郎、ふふふ、承太郎、愛しているぞ、この果報者め』

寝起きからずっと耳の奥で鳴り響く、いつかの過去の声と全く同じ響きを纏っているのだ。

「おい――おい、お前」
「どうした?」
「夜になったら海に行くぞ。酒と団子持って」
「月見でもするつもりか?」
「約束したろ」
「……、」
「……と、思ったんだが、俺の記憶違いなのか?」
「ち、違うくない!うむ、行く、行くぞ!」
「お、おいはしゃぐな、落ちる!」
「仕方なかろう、ずっと待っていたのだからな、このDIOは!」

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