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リピートリピート サンプル1

怠惰に伸びた爪の先を金属の歯と歯の間へ挟み、爪切りを摘まむ指先にほんのちょっぴりの力を込める。
ぱちん。
硬化した角質の先端は指から切り離され、音もなくティッシュの上へ着陸した。この単純作業を三度も繰り返した頃には、爪の伸び切った指先も小ざっぱりするものである。そうした工程を、片手の指の数だけ通算五回。軽くやすりを掛けてやるサービスまでをも施してやった爪の先は美しい曲線を描き、室内灯の下でつるつると光っている。我が仕事ながらさすがである出来栄えに、自然と笑みが漏れていた。
「どうだ」
喜色と共に湧きあがる達成感を他人と共有したいと思ったので、背後の男を肩越しに仰ぎ見る。がに股に開いた足と足の間へわたしを閉じ込め、ソファーに深く腰掛けた男。爪の伸びた指先をわたしに提供し、自らの爪が切り落とされる光景を何をするでもなくぼんやりと眺めていた男。男は冗談みたいに精悍な顔をふっと綻ばせ、柔らかく笑った。
「こどもか、お前は」
わたしの反論を待つ素振りすら見せず、男はわたしに口付けた。口の先を執拗に舐るキスはやたらにねちっこいものだった。しかし決して不快ではなく、むしろわたしはこの男にそうやって触れられることを望んでいるようだったので、感情に従うまま両目を閉じ、唇を制圧する柔らかな接触に身を委ねた。
「ん、ん……ふ……」
嬉しい。幸せだ。嬉しい、嬉しい、愛おしい。胸中を席巻する感慨はどこまでも甘ったるい。馬鹿馬鹿しいったらないことだ。人の感情などというものは、空模様よりも余程薄情に移ろいゆくものなのだ。そのようなものに一体如何ほどの価値があるという。
それでも今瞬間、他でもない「この男」とキスを交わす「このわたし」はどうしようもなく幸せであったのだ。自嘲するのも諦念に浸るのも馬鹿馬鹿しく感じるほどに、どうしようもなく、わたしは、わたしは――
「……お前。おい、なんだ、とろんとした顔しやがって。そのまま寝るつもりか?左手の方は切ってくれないのか」
目を開けると、いつの間にかキスは終わっていた。視界いっぱいに映し出された男の顔は、微笑ましげな苦笑に綻んでいる。ぼんやりと数秒男の緑色の瞳を見つめた後に、漸くわたしは己の失態に思い至り、慌てて首を反らし前を向いた。男はわたしの頭のてっぺんに顎を乗せ、くすくすと笑っている。
「DIO。左手」
「分かっている。うるさいな」


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