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変わるし変わらない

寝転がって本を読むDIOに
「おい、飴」
と声を掛けたのは、別に暇なら今までひとっ走りして飴の一つでも取ってこいだとかそういうことを言いたいわけではなく、単に近頃のDIOの懐には飴だのガムだのグミだのがぱんぱんに仕込まれていることを知っていたからだ。
食べたい、と思った時にわざわざ台所へ行くのが億劫であるが故の措置らしい。我が家の無駄な広さを思えばその気持ちも分からないではないのだが、この自分の部屋があるにも関わらず人の部屋でのびのびと寛ぐ姿と合わせ、どうにも怠惰な吸血鬼に堕落しちまったものだなぁと呆れを催さずにはいられないものである。
身体を起こす素振りがなければ顔を傾けることすらせず、DIOは視線だけで俺を見た。皺の寄ったシーツに張り付くよう腹這いになり、鼻先はすっぽりと俺の枕に埋まっている。そうして眠たげな瞳で俺を見上げること数秒、DIOは不明瞭なもごもごとした声でただ一言
「ないぞ」
と呟いたのだった。
となれば俺は、
「そうか」
と返す他に反応のしようがない。食べたくて仕方がない、というわけではなかったのだ。ただ勉強疲れに鈍りかけている脳が糖分を欲していて、丁度背後の飴を持ち歩いていることを知っていた。DIOから分けてもらった方が手っ取り早いというだけだ。切らしているのなら、飲み物を取りに行くついでに持ってくればそれでいい。その程度のことである。
「……」
「なんだよ」
飴を寄越せ。いいや持っていない。それだけで済むはずのやり取りだ。
しかしDIOの赤色の視線は、ない、と答えて数十秒が経った今になってもじっと俺に固定されている。静かな視線だ。俺を試しているようでもある。と思った直後に、いや何をだよと内心で突っ込みを入れる。なんだろう。DIOの言いたいことが全く分からん。
持ってないならないでいいではないか。正直人がペンを片手に机に向かう真後ろでごろごろと寛ぎ倒していたこの侵略者にいくらかの憤りを感じてもいるのだが、別に俺はこの男のような人を人とも思わん人でなしではないので、寒い廊下をひとっ走り駆け抜けてまんじゅうと番茶を持ってこいと命令をするつもりはない。言ってもやってくれるわけがないので、言う前から諦めているだけだという説もある。
「DIO。言わねーことなんか知らねぇぞ、俺は」
なんとなく先に目を反らすのも癪なので、全く意図の分からん睨み合いに付き合う羽目になっている。時間の無駄甚だしいことであるが、こいつを放っておけないと思ってしまったのだから仕方がない。
数秒、もしくは数分、体感時間では数十分睨み合ったのちに、DIOはぱたんと音を立て本を閉じた。そして何をするのかと思えば、人の枕を胸に抱えて布団の上を転がった。鼻から下は枕の影に隠れたままだ。
思わず俺は唾を飲んだ。蛍光灯の元に晒されたこいつの顔のせいだ。普段は嫌味に弧を描く口元が隠されたかんばせは、ただただ美しいという他になかったからだ。心の底から小憎らしい男ではあるが、面だけは一級品以上であるということは俺だって認めているし、疑いようのない事実である。身に着けているのが襟首や袖口、ゴムが緩みかけている着古した俺のジャージだというのもいけなかった。ひたすらに無防備だ。捲れた服の裾から覗く腹はあまりにも白い。
「甘いものならここにあるぞ」
「ないっつったのはてめーだろうが」
「持っていないのは本当だ。ん。これが最後の一つ」
「……んなもん見せなくていい」
不意にべ、と突き出されたDIOの舌にはまだ大粒のピンク色の飴が乗っていた。舌を引込めた口元を再び枕の影に隠し、DIOは尚も俺を見つめ続ける。
「持っていないが、ある。ここにある。分からんか、承太郎?」
「分からねーし知らねーよ。お前の口ん中にあるのを持ってけってか?いらねーぜ」
「ううむ、それもそれで悪くはないな。しかしほら、今貴様の目の前にはこのDIOがいるだろう?」
「いるな」
「だろう?」
「…………いやいや、いや」
「どうしたどうした、顔が赤いぞ青二才」
枕の縁に顎を乗せ、DIOが笑う。甘いもの、このDIOがここに、というDIOが吐き出したワードによって不健全な妄想をさせられてしまっている頭には、特濃の毒でしかない笑顔である。またこれが、やたらにいやらしくて、馬鹿みたいに綺麗で、ちょっとだけ可愛くて仕方がない顔なのだ。
「残念なことにこのDIOは、お疲れの承太郎に提供してやれる菓子を持ち合わせてはいない。とても『心苦しいことだ』。なにせこのDIOは後ろからずっと承太郎を見ていたわけであるからして、貴様がどれほど真剣に勉学に精を出していたのかを知っている。頭も疲れてきたという話だし、ならば飴の一つでも提供してやりたいと思うものではないか。しかしこのDIOに持ち合わせはない。食べてしまったのだ、『申し訳ないことに』」
くっそわざとらしい台詞である。DIOも本気で『健気で気が利くわたし』を演じようとしているわけではないようで、赤い唇はいやらしく歪んでいた。
人でなしの上にろくでなしだ。こんなにどうしようもない男を、俺は他に知らん。と同時に、そうと分かっていて尚こんなにも惹き付けられてしまう男というものを他に知らないのも事実なのだ。ままならないことこの上ない。馬鹿言ってねーでいい加減部屋に帰れ。それだけのことも言えないくせに、心臓の鼓動だけがただただうるさい。
「だから、承太郎。好きにするといい、このDIOを。今ならちょっぴり溶けた飴もついてくるのだぞ、承太郎よ。ふふふ、早くせんと噛み砕いてしまうぞ、承太郎よー」
DIOが再びわざとらしく舌を覗かせる。赤い舌には、先程よりも一回り小さくなってしまった飴が乗っている。
溶けた飴に覆われたあの舌は、きっととても甘いのだろう。
そんなことを思ってしまった瞬間に、意識が飛んだ。恐らくはほんの数秒のことだ。気付いた時には腹の下にDIOがいて、両手の中にはDIOの手首が収まっていた。あいつが大事そうに抱えていた枕などは、布団から離れた場所に投げ出されてしまっている。
「……俺と、お前は」
往生際の悪いことを言おうとしている自覚はあった。それでもこいつに纏わる感情を、衝動を、そっくりそのまま受け入れるには、あまりに俺は若すぎた。
「こういうことをする仲じゃあなかったはずだろう」
「こういうことをする仲になればいいだけのことだろう?」
「そうなりたいのか、お前は」
「そうなりたがっていたのは貴様だ」
「DIO」
捉えどころのないDIOの物言いに苛立ちを煽られるばかりだった。思わず声を荒げる。DIOは竦む様子もなく、試すように細まった瞳でじっと俺を見上げている。
「溶けた飴が嫌だと言うならキッチンにまで取りに行けばいい。わたしは部屋に戻ることにする。貴様が行って帰ってくるまでの間待っているのも時間の無駄だからな。この家は無駄に広すぎるのだ。ま、エジプトにおけるわたしの拠点から見れば犬小屋のようなものであるのだが!」
「お前は、」
「ああ、なんだ、承太郎」
「これでいいのか」
いいも、なにも。
そんなことを言いたげな顔をしたDIOが、俺に両手首の拘束を許したまま首を伸ばし、掠めるようなキスを寄越してくる。
微風のように通り過ぎていったキスはただただ甘かった。甘かったのだ。
そして畳み掛けるように食わらされたDIOの笑顔、余裕の内に隠しきれぬ恥じらいを乗せて笑む顔が俺の脳を完膚なきまでに融かしに掛かってくる。なんでお前はそうも詰めが甘いんだ、お前って奴は、お前って奴は!
「わたしを食べて、なぁんてな」
「馬鹿言うんじゃあねぇぜ」
シーツに沈むDIOへキスをする。絡み合う舌と舌の間で、ピンク色をした飴が溶けてゆく。


一言で言うなら童貞喪失物のAVのようなセックスだった。
我ながら酷い表現だと思うが、本当にそういうアレだとしか言いようのないアレだったので枕に顔を埋め頭を抱えずにはいられない事後である。
「いつまで喜びに打ち震えているつもりだ、承太郎め。このDIOで童貞を捨てることができたのがそんなにも嬉しいのか?ふふふん、可愛い男だな」
「お前なんかで捨てちまったことを後悔してるんだぜこのクソあばずれ」
「今の貴様が何を言っても強がりにしか聞こえんなぁ」
腹這いになって頬杖を付くDIOの指先には、棒付の飴がしっかりと握られている。事が済んでまだ息も整わないような頃合いに、こいつが脱ぎ捨てた服からおもむろにそれを取り出した瞬間の何とも言えぬ脱力を、果たして幾人が理解してくれるのだろうか。
つまり俺はこの吸血鬼にまんまとしてやられたというわけだ。最中腹に乗られ好き勝手に動かれ散々に搾り取られたことも含め、なんとも後味の悪い話である。
「何がお菓子の代わりにわたしを食べてだ……食われたのは俺じゃあねぇか……」
「次はそうならないように精進することだ」
「……次。ああ、次な」
「そうだ。次。次は、な」
少しだけ、顔を傾ける。俺のすぐ隣。ほんのりと体温の気配が感じ取れるほどに近い位置。そこにはDIOがいる。飴をしゃぶる傍らに、俺の頭を撫でるDIOがいる。その手とくれば妙に優しく、まったくもって傲慢な吸血鬼のイメージとは重ならない。悪くはないので、野次るつもりはない。
「む、これが羨ましいのか承太郎?やらんぞ。正真正銘、これが最後の一つなのだ」
「いらねーよ」
赤い舌が、これ見よがしに丸い飴を舐め上げる。やはりわざとらしい。吊り上った口の端も、俺を見下ろす赤い視線も、何もかもがわざとらしくいやらしい。
ただ俺を撫でる掌だけが穏やかであり、その下に収められている数十分前の記憶、

『ぁ、……あは……承太郎が、入ってる……』

根元まで俺の性器を飲み込んだ白い腹を愛おしげに撫でた瞬間の緩んだ表情は、している行為とは裏腹にやたらと純情ぶっていて、馬鹿みたいに幸せそうで、それはもう鮮烈に、つい一秒前までに見た光景のようにこの頭に焼付いてしまっているものだから、塗り固められたわざとらしさで俺をからかおうとするDIOを咎めようという気持ちなどは萎れてゆくばかりなのだ。
愛しい、と思ってしまったので。この小憎らしさをも丸々許容してしまえるほどに。
こんなに割に合わない感情が他にどれだけあるというのだ。溜息は尽きず、再び俺は枕に顔を埋め目を閉じた。
「貴様もしっかり、わたしを食い尽くしてしまったというのになぁ」
諦念と自嘲の滲むDIOの声に、どう答えたもかが分からなかった。なのでひたすらに俺は目を瞑った。きつく。きつく。
つむじの辺りに落とされたキスに一瞬で顔が赤くなってしまったことを、どうかDIOに知られていなければいいと思う。




なんてことがあったのは、もう20年以上前のことである。
何故そんな昔のことを思い出したのかと聞かれれば、この3日ばかりDIOと会っていないとしか答えようがない。離れていればいるだけ、会えない時間を埋め立てるようにあいつのことばかりを考えてしまう。思い返す記憶には事欠かなかった。俺があいつと共有してきた時間はあまりにも長い。
いい年をして女々しいことだ、と自嘲を零しながら、ようやく辿り着いた自宅の鍵を開ける。記憶の反芻も丁度、初めて寝た頃のことを終えた辺りだ。もう充分だろう。ドアの向こうにはDIOがいる。そしてまた、新しい記憶が塗り重ねられてゆくのだろう。
感傷的も過ぎれば呆れより笑いがやってくるものである。

「DIO、帰ったぞ」

無人のリビングを通り過ぎ、ドアが開けっ放しになった寝室へと辿り着く。ベッドの上には膨れ上がった羽毛布団の塊が乗っていた。
「DIO」
寝かせてやった方がいいとは、頭では分かっている。それでも俺は我を取った。
DIOの顔を見たかった。声を聞きたかった。そして下心がないと言えば嘘になる。
捲り上げた布団の中には、寝ぼけ眼で俺を見上げるDIOがいた。
「今帰った」
「誰だ、貴様は……3日もこのDIOを放置する不届き者など、知るものかー……」
「電話はしてやってただろ。メールも」
「メールは、見方が……よく分からな……んん……」
こめかみにキスをする。DIOはもぞもぞと身を捩る。鼻から抜ける吐息はとろけるように甘かった。下心を許されたのだ、と確信を得ても仕方がない程に。
今度は唇にキスをしようとした。そのまま俺もベッドの沈み込んで、まあ、あれやこれやをさせてもらおうと試みた。しかし俺のどうしようもない企みは、キスの段階で阻まれてしまう。
飴だ。棒のついた小さな飴が、DIOの唇の代わりに俺に押し付けられている。
「疲れた身体にはセックスよりも甘いものだ、承太郎」
「……今はお前の方が欲しいんだが」
「寝ろ。隈の浮いた男の相手などしていられるか、気色悪い」
「DIO」
「疲れている承太郎をゆっくり休ませてやりたいのだ。とここまではっきり言わねばわからんのか、承太郎め」
「……いや、何だそれ……お前こそ誰だよ、おい」
「このDIOはこのDIOだ。他の何と見間違えようがあるというのだ」
「んむっ」
飴が力ずくで口に捻じ込まれる。そして訳も分からぬうちに、俺はシーツの上に転がっていた。DIOに抱き込まれ、柔らかなベッドに沈んでいる。DIOのささやかな体温も、シーツの柔らかな感触も、やたらめったらに心地がよく、俺を夢の世界に引っ張ってゆこうとする。
いや違う。寝るのは後でいい。俺はDIOを抱きたいのだ。本当に。
「このDIOは菓子をくれてやったのだから、いたずらはまた今度にするのだぞ、承太郎よ」
「はあ?……なんだ、そりゃ?」
「分からんならいい。まったく、貴様はいくつになっても可愛らしい男だな」
「おいDIO」
「おやすみ承太郎。観念してさっさと寝てしまえ」
「……、」
額に落とされたキスが止めだった。ただ唇が皮膚に触れるだけの行為でここまで愛情を主張することができるこの男は魔法使いか何かであるのではなかろうか。ただこいつは吸血鬼をやめて魔法使いになったとしても、人を困らせ我が身を立てるばかりの魔法に心血を注ぐろくでなしにしかなれないのだろう。DIOはどこへ行っても何年経とうともDIOにしかなることができない。こいつの我は強すぎる。なんだか愉快だ。愛しいとすら思う。
そんな馬鹿みたいなことを考えてしまっている時点で、とっくに俺は負けているのだ。目蓋が落ちてくる。片脚が、夢に沈んでしまっている。
「……ひと眠りしたら頼むぜ、DIO」
「もちろんだとも。お預けを食らわされたのは、貴様だけではないのだぞ。承太郎め」
飴を噛み、強引に棒を引っこ抜く。そして尚も噛み砕く。DIOを抱く代わりに、甘い甘い飴を咀嚼する。
DIOの心臓の音を子守唄代わりに、俺は一旦の眠りに就いた。




劇的な何かがあるわけでもなくつらつらと進んでく承DIOの20年とかそういうのが好きです


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