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爆ぜろ青春

部屋の端ではヒーターがごうごうと音を立てながら温風を吐き出している。
正面のテレビの中では行司が軍配を振りながら声を張り上げ、土俵を囲む観客が波のような歓声を上げている。

そして俺の隣では、つまらなそうにテレビを眺めるDIOがぽりぽりと、可愛らしいピンクのチョコレートにコーティングされたポッキーを齧っている。
あの口紅を引いてるわけでもないのにやたらと赤くてやたらとエロくさい唇で、やたらに可憐ぶった甘い菓子を等間隔に食んでいるのだ。

ぽりぽり。ぽり。ぽきん。ぽりぽり、と

「……」
「…………」
「………………」
「……やらんぞ」
「……!」
「な、なんだその尾を踏まれた猫のような顔は。先程からずっと、穴が開く程わたしを見つめていただろう。欲しかったのではないのか。これ。なんといったかええと、ぽっきー?」
無意識だった。言われてみれば確かに、この数分間の記憶に力士たちの土俵際での熱い駆け引きは存在しない。網膜に焼付いているのは、甘い棒菓子をちょっとずつ齧ってゆくDIOの横顔――特に口元がクローズアップされている――のみである。
違うのだ。ポッキーが欲しかったわけではない。しかし正直にそう述べようものならば、DIOは恐らく「では何故?」と胡散臭そうに眉を寄せ問いかけてくるに決まっている。何故ってそんなのポッキーを食うお前の口がやたらエロかったもんだから目が離せなかっただけだ。それ以外の理由はない。馬鹿な!そんなことを言えたものか。
一旦DIOから顔を反らし正面を向く。液晶画面の中を飛び交う座布団の嵐を眺めながら、マグカップの中、未だ淡く湯気の立ち上らせるコーヒーを一口啜る。苦い。ミルクと砂糖を入れるのを忘れていたのだ。苦い。とても苦い。そうしてようやく取り戻した仏頂面を引っ提げて、俺は再びDIOに向き直った。
「ついてるぜ。口。チョコ」
「む、ん……んん?」
「違う、反対」
「反対?……ん?んんー?」
「お前どこ拭いてんだよ、もっと下、馬鹿行き過ぎだ、そうじゃあなくてここだって言って、……、」
「んむっ」
手が伸びていた。無意識だった。
指先がDIOの口元に触れている。口の端。赤い唇と、白い肌の境目。そこにこびり付くピンク色の、腹が立つほど可憐ぶったチョコレート。
ぐい、と口の端を引っ張られた間抜けな面で、DIOが俺を見つめている。一瞬瞠られた後に胡散臭げに細まった赤い瞳は、まだなのか?利けぬ口の代わりにそう語りかけている。
促さるままに口の端のチョコレートを力任せに拭った。下心はなかったのだ。無意識だったのだ、本当だ。なんだそれは何に対する言い訳だ!
引込めた指先にはDIOの肌に宿った仄かな体温と、絹のように滑らかな手触りがこびりついている。その感触をこの掌の中に閉じ込めておくべく俺はきつく手を握り――いいやだからなんだそれは!なんだそれ!なんつー気色の悪いことを!
「……」
握りかけた手の処遇に迷い、とりあえずは中途半端に結んでは開いてを繰り返しながら、苦いコーヒーを呷った。横目で窺った隣のDIOは、とっくに俺を見ちゃいなかった。やはりとてもつまらなそうに、相撲中継を眺めている。
こいつが相撲を面白いと言ったことなど一度もない。むしろはっきりと「あれが女ならまだしも、やたら恰幅の良い裸の男のぶつかり合いを見て何が面白いのか」「貴様はゲイなのか」と人の趣味を扱き下ろしてくる始末である。それでもDIOは、この時間だけはチャンネルの主導権を放棄する。その行動に俺は勝手に特別な意味を見出し、勝手に嬉しくなっている。果ては大人しく俺の隣に座り暇そうに相撲を眺めるDIOを見る度に、じわじわと心臓が締め上げられるような息苦しさに襲われるのだった。

――ぽき。ぽきり。ぽり。ぽりん

「……、」
規格外の体格の男2人が標準サイズのソファーに座っているために、俺とDIOの距離は酷く近い。下手をすれば肩が触れ合う距離である。
いつの間にか、極々当たり前にそんな距離にまで寄りついてくるようになった。そんなDIOを意識し始めたのはなにも昨日今日のことではない。先のチャンネルの件も合わせ、どうにも俺はこの隣の吸血鬼に知人、同居人、それ以上の感情を抱いてしまっているのだと思う。
ゲイ。ゲイ。
DIOは相撲を貶める為にそんな文句を使ったものだったが、正直あの時は肝が冷えた。別に俺は男が好きだというわけではなく、この20年足らずの人生で男に劣情を擽られたことなど一度もない。だからゲイではない。ゲイではなかった。とりあえずは強くそう主張する。
ただ今の俺はとくれば、未だ不定形ではあるもののうっかりDIOに恋なるものをしてしまったような気配があり、劣情などはしっかりと抱いてしまっている自覚がある。
DIOは男だ。どこからどう見たって男だ、というかこれまでに会った誰よりも屈強な男だ。
なんというか、ゲイだ。これにドキッとしたりむらっとしてしまうということは立派に俺はゲイなのだ。別段そうした性癖に偏見は持っていないが、それでもこれが「道を外れる」ということであるのなら、俺はDIOによってどーんと脇道へ叩き落とされてしまったのである。DIOに誘われたわけではなく俺が勝手に惚れて勝手に欲情しているという点が、またこの気持ちの受け止め方をややこしくしているのだった。
ああくそなんだこいつなんでこんなに綺麗なんだなんでこんなにエロいんだなのになんで男なんだいいや女だったら気軽に身柄を引き取る気にはなれなかったろうしエジプトで全力でぶつかり合えたのもこいつが男だったからなのだろうから男であってよかったのだと断言するがどうしてこいつはこんなにも――こんなにも!!
「承太郎」
「なんだ」
内心の氾濫に反し、DIOへ返答をする声は淡白だ。いつだってそうなのだ。生まれ持った性質である。感謝もあれば、緊張が解けた後に妙に滑稽で自嘲を零しながらへこむこともある。ただDIOと対峙している最中の俺は本当に必死であるわけなので、安心も自嘲もあったものではない。下手なことを零さぬよう、必死こいて「普段通りの空条承太郎」として振る舞う作業に努めるのみである。
「これは中々、美味だな。また買ってこい」
DIOに渡したポッキーは、俺が直接買ってきたものではない。今日がポッキーの日だとか何とか配り歩いていた友人から貰い受けたものである。でなければこんな菓子を、その上ピンクがかったパッケージにでかでかといちご味だなんて書かれているものを買おうとは思わない。そういうのが似合わない見てくれであることは自覚している。しかし、
「気が向いたらな」
「それでいい」
明日の帰りにでも買ってきて、戸棚に隠しておこうだなんてことを瞬間的に考えてしまう辺り。きっと俺はちょっとやばい所までこいつにやられてしまっているのだろう。なんてこった。

――ぽり。ぽり。ぽき

2袋目を破き、DIOは尚もポッキーを齧る。話していた流れでうっかりまともに見てしまったために、どくり、と馬鹿みたいに心臓が跳ねた。生唾を飲み込んだ――らばきっとこの劣情をあれで案外聡いDIOに悟られてしまう気がしてならなかったので、慌てて俺は、しかし表面的にはあくまで冷静にマグカップを傾け、温くなり始めたコーヒーを嚥下した。
「何度見ても分からんなぁ。貴様の目には、あのスモウとかいうスポーツがどれほど素晴らしいものとして映っているのだろうなぁ」
理解できんなら見んでもいい。というのが物心ついてからの相撲ファンとしての気持ちだが、うっかりDIOに惚れてしまった男としては理解できないくせに隣に座って一緒に見てくれる、というのが嬉しくてならないのだ。

――ぽりぽり、ぽき

駄目だ。
普段からDIOが横で大人しくしているというだけで心臓はばくばくとうるさくなるというのに、ポッキーを食む唇によって引き摺り出された劣情がプラスされてしまったことによっていっそう大変なことになっている。
この如何ともしがたい劣情は、恐らくポッキーという食べ物がいけないのだ。
ポッキーというのは、チョコレートがコーティングされた棒菓子だ。棒状の菓子だ。棒だ。棒だ。
つまり先程から俺の隣では、憎からず思っている相手の口に棒が出たり入ったりしているのだ。
そんな文章に起こされてしまおうものならばろくでもない妄想に耽ってしまう程度には、俺だって未だ頭と下半身が馬鹿になってしまう年頃の男なのである。ろくでもないっていうのはつまり、んな細っこいポッキーよりもこっちにゃうん倍でかくて太いぼっきーしたぽっきーがあるんだぜ味見してみるかとかそういう
「――死ね!!」
「!!?」
気付いた時には身体を捩り、ソファーの肘掛に顔を埋めていた。死ね!こんなクソくだらん劣情など死んでしまえ!他に言うことはない。
「……承太郎よ。貴様がどれほどあのスポーツにのめり込んでいるのかは知らんが、贔屓のスモウレスラーがこの所負け続きだからと言ってそういうことを言うのはどうかと思うぞ、このDIOは」
呆れているようでもあり、引いているような声でもある。とにかく勃起したポッキーがどうとか訳の分からんことを察されていないようならそれでいい。
DIOの顔を見ることはできなかったので、肘掛の上で少しだけ顔を傾けテレビを見る。映し出されたリプレイ映像では、俺が密かに応援している力士が豪快に尻もちをついていた。力士の贔屓なんて誰にも漏らしたことはないはずだ。なんで知ってるんだこの男は。ずっと一緒に見てたからか。そうか。そうか。やめろ!妙な期待をしちまうだろう!恐らく初めてであろう恋にぶん回されてる男のちょろさを舐めるなこの馬鹿野郎!
「……いやに善良ぶったことを言うじゃあねぇか」
「扱き下ろすだけでは人を惹きつけることなどできんのだぞ。5つの功があればその内3つには報いをくれてやらねばな。飴と鞭というやつだ」
「そうやって手頃な人間誑かして生きてきたんだな、お前って奴は」
「ふふふん、誑かされる方が悪いのだ」
本気でそう思っているわけではないのだろう声音である。こいつは自分に誑かすことの出来ない人間がいないことを知っている。それは仕方のないことだという、気持ちの悪い慈悲深さまで持っている。自分が他人にどう見られているかを熟知しているのだ。そういう前提があった上で人の心の隙間に忍び込んでくる悪質さといえば、いっそおぞましいレベルである。
そんなDIOが、俺に欲情されていることや恋なる感情を傾けられていることに気付いている様子がないというのは、どうにも不思議な話だが。いや、気付かれないように、俺も俺で頑張っていはいるものだが。
「…………仕方のない男だなぁ。ん」
「……DIO?」
「ん」
ずい、と目の前に突きつけられたものがあった。ビニールの袋から飛び出た、ポッキーの先端である。視線を上げれば、億劫そうな顔で俺にポッキーの箱を差し出すDIOがいる。その口には半分ほどの大きさになったポッキーが咥えられている。濡れた赤い唇の間に挟まったピンク色の棒が、戯れるよう上下にふらふら揺れていた。

『ん――んぐっ、んっ、ふ、ん……んん~……♡』

ろくでもない妄想が瞬時に脳裏を制圧し、かっと頬が熱くなる。なんというかあれだ。分かるだろう。DIOの口元とそこに咥えられているものをまともに見てしまったものだから、思わず俺のぼっきーしたぽっきーをあの口にはむはむと咥えさせる妄想をやめようこれ以上はやめておこう俺の尊厳の為にも早く散れ幻想よ!死ね!
心臓は激しく跳ねている。今日の心臓は、どれだけ跳ねれば気が済むんだ!
「このDIOが1本くれてやると言うのだ、早く持って行け、承太郎め。またしもじろじろと無遠慮に、このDIOへ眼を飛ばしていただろう。そんなに欲しいなら欲しいと言えばいいではないか。卑しい男だな」
言っていいのか、お前が欲しい!とか言ったらお前は咥えてくれるのか!俺の×××を!!
いいや、DIOはそういうことを言っているのではない。純粋な好意で、分かりにくい上にひねくれているがDIOなりの好意で以て俺にポッキーを分けてくれようとしているのだ。そもそもDIO、お前が欲しい。その一言が言えないのはDIOに拒絶されることが怖いとかいうよりも、俺自身が未だこの感情をすべて受け入れ切れていないという所にある。
男に。DIOに恋をする己などを、易々と受け入れられやするものか。
「……、」
そうは思えども。それでも俺は――確かな現実として。
「1本だけだからな、もうその袋で終わりなのだからな。これはこのDIOのものなのだからな。それでも欲しいというのなら今からでも買いに行ってくるといい。そうだな、このDIOはちょうど暇をしているし、一緒についていってやるのもやぶさかでは――」
この傲慢な男を好いているのだ。
傲慢なくせにちょいちょい可愛げを覗かせるこの男が好きなのだ。
少しずつ俺に歩み寄り始めているこの男を愛おしいと感じているのだ。
俺は――DIOが、欲しいのだ。

「ああ、くそっ……!」
「んっ、んん……!?」

身体を起こすと同時に、ローテーブルにマグカップを叩きつけた。そして力任せにDIOの頭部を引き寄せる。至近距離で一旦停止。馬鹿みたいに綺麗な顔が全景を拝めぬ程に近くにあり、いよいよ心臓は破裂しそうに高鳴った。
DIOの唇が、俺から劣情と不埒な妄想ばかりをそこにあるだけで引き出し続けた唇が、薄く開いている。その内側で赤い舌が蠢いた。DIOが言葉を発しようとしているのだ。
どうしてだとか、何をするつもりだとか、やめろ、だとか。
その口から飛び出すのだろう常識ぶった言葉に冷や水を浴びせかけられる前に、俺はDIOに口付けた。キスというにはあまりにも乱暴すぎた。やはり力任せに、唇を押し付けるだけの行為である。
後頭部を掴み寄せ、チョコレートの味のする唇を舐るよう何度も何度も顔を傾ける。目を閉じることはできなかった。DIOも薄く目を開いて、俺を見つめているからだ。
「っ、DIO……!」
「じょーた、ふ、んむっ、んっ……ん……!」
舌を差し入れた。DIOが観念したように、もしくはうっとりと目を閉じる。もう見てはいられなかった。その顔はあまりにもいやらしすぎた。俺も目を閉じ、突っ込んだ舌で滅茶苦茶にDIOの口内を荒らし回る。下手なキスだと思う。唾液を飲み込むタイミングが分からない。口内の甘い、喉が焼けるように甘いチョコレートの味を浚い出すように、必死こいてDIOを貪ることで頭がいっぱいになっている。
「はっ……は、ふ……」
「ん……わ……わる、かった……DIO、いきなり……」
唇が離れる頃にはすっかり肩で息をする始末である。同じく息を切らしているDIOの姿は、やはりどうしようもなくいやらしく、到底直視することなどはできやしないのだった。
息も整わないうちに立ち上がる。もう無理だ。本格的に心臓が駄目になってしまいそうだ。
「わ、悪いも何も、承太郎、おいどこへ行く、承太郎!」
「寝る!悪かった!」
「だから謝られてもだな!わたしには意味が……おい承太郎、一緒にぽっきーを買いに行くのではなかったのか、承太郎よ!」
もしかするとあれは「一緒に散歩でもしよう」という、DIOからの誘いだったのだろうか。
無理だ。無理だ。だってすっかり勃っちまってるのに。こんなで外に出れるわけがあるものか!
ベッドに飛び込みシーツの海を転がった。頭の中では悶々と、キスから先の行為の妄想が繰り広げられている。妄想は妄想であるからうっとりと味わえるのであって、ついでに俺も一人前の男の顔をしてDIOをリードできているのであって、実際は全くこうはいかないのだろう、余裕なんかちっとも持てやしないのだろうということは、現実になる前から分かることだ。
だってキスだけで死にそうになってるんだぜ!マジでか!マジだ!余韻が半端ねーんだなんだこれ!
頬は熱い。耳まで熱い。もちろん下半身も熱い。
熱い。とにかく熱くてたまらない。




「……う……ううう……!」
ソファーの座面に倒れ込む。しかしそこにはばっちりと承太郎の体温が残っていて、慌ててわたしは身を起こした。
テレビでは毎晩見るのが習慣になっているニュース番組が流れているが、いまいち内容が入ってこない。なんということだ。
一先ず食べかけのぽっきーを齧ってみるも、味がしない。甘いと思うのに、なんというか、先程までの感動がひとかけらも見当たらない。なんということだ!
「…………」
承太郎がわたしに傾ける感情を全く察していなかったと言えば嘘になる。というか毎晩毎晩あんなに顔に穴が開くほど見つめられてはどんなアホでも気付くと思う。
知らないふりをしていたのだ。応えてやる義理はなかったので。
若い承太郎の気の迷いだろうと思い込もうとしていたのだ。わたしは受け皿を持っていないので。
しかし承太郎は、なにか特別なことがあったわけでもない夜に突如強行手段に出た。嵐のようなキスだった。なのにぽっきーなどよりも、何百倍も甘かった。まだ舌が痺れている。唇が熱を倦んでいる。
そして太腿の辺りを承太郎の勃起した性器が掠めていった感触が、承太郎の感情の激しさを生々しくわたしに突き付けに掛かってくる。勃っていた。ぐうの根も出ない程に勃っていた。服越しに分かるくらい硬かった。正直ちょっぴり下腹の辺りがじんとした。
承太郎は今頃わたしで抜いているのだろうか。……抜いているのだろうか。

――ぽきり、ぽきん。

味のしないぽっきーを噛み砕く。他人に愛されたことがないとは言わないし、今更純情を気取るにはわたしはこの世の快感を知りすぎているというのに、それでも湧き出て止まぬ初恋の処女のそれに似た純情もろともに。
甘い。甘いが。甘くない。もっと甘いものを知ってしまったものだから。




脳内青太郎ブーム


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