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吸血鬼補完計画/サンプル


根本的にわたしはわたしにしか興味がない。
人間だった頃から山ほど捧げられてきた愛の言葉は何一つこの胸には響かず、同じだけ浴びせ掛けられた妬みや嫉みはただわたしの自意識を満たすのみだった。ただ一人、ジョジョなる男の言動には些か感情を乱されてしまうこともあったものだが、それはわたしの若さが生んだ青さであって、全ての過去を冷静に俯瞰できるようになった今を鑑みるに一過性の波でしかなかったのだろう。
つまるところわたしの世界というものは、わたし一人の存在のみで完結をしていたのだということだ。
わたしにとっての他人とは悉くがわたしを生かす為の藁であり、利用価値以上の興味を抱けた試しがない。だからなのだろうか。他人の体温に触れることと水に濡れることに大した差を見い出せず、どちらもが煩わしい刺激だと判断する感性がこの性質を生んだのだろうか。わたしは医師ではないので本当の所の理由などは分からんが、とかく、物心ついた時から不感症であるのだ。このDIOは。
生体反応として勃起もすれば射精もするが、快感と呼ばれるものを感じたことは皆無である。なんというかな、こう、種の保存本能のようなものにせっつかれる高揚感があることはあるし、無心に腰を振ってみたりもするのだが、どうにもわたしにとってのそれは食事や睡眠を摂るのと同じ劇的な感情も感動も挟まぬ行為であって、そこに快感が生まれるということ自体が理解できないのだ。試しに男に抱かれてみたこともあったが、気持ちがいいどころか痛いばかりで、ますます理解などは遠い夢だ。
で、あるからしてだな、承太郎よ――
「わたしは貴様の秘蔵ビデオの女のようにあんあん喘ぐことは出来ないが、それでもわたしを抱きたいなどとほざくのか?」
「おい待て、お前、ビデオってお前、おい」
「そう照れずともよいではないか。ほらあれだ、押入れの奥の方に隠してあった、個人レッスンがどうとかいうタイトルで、シャツを着崩した金髪女がパッケージに――ぃたっ!」
殴らずともよいではないか! 承太郎め!


好きだの愛しているだの広義に言う告白文句を告げるつもりでDIOの両肩を掴み、三秒かけて息を整えた後にこの口から滑りだしたのが、
『やらせてくれ』
という一言であった点については、あまりに誠意に欠けていたと猛省するほかにない。







「どの程度慣らせばいいんだ、こっち」
「とりあえずは中で指二本を広げられる程度に慣らしてみろ。そこから先は、貴様がどこまで我慢できるかだ」
指二本。指。二本。
それだけを何度も何度もきちがいのように頭の中で反芻し、俺はおざなりにしゃぶった指先をDIOの後孔にくぐらせた。熱い内壁をかき分け奥へ、奥へと進む毎にDIOは低く喉を鳴らし、時たま舌打ちすらも漏らしてはあさっての方向を見やっている。快感を得ている様子は皆無であった。俺の行為は、DIOに痛みと不快感しか与えることができないのだ。それでもDIOは、一向に俺を咎めようとはしない。大人しく横たわり続ける姿は、俺の行動の全てを許容しているようですらある。なんだか無性に感極まってしまい、衝動のままDIOの頬にキスをした。しとりと汗に濡れた肌は、しかし薄情に冷えたままである。
「入れようと思えばもう入ると思うが、承太郎よ」
俺を見ないままに素っ気なくそんなことを言う姿に、らしくない羞恥心が滲んでいるように見えるのは気のせいであるのだろうか。
もう一度同じ個所にキスを落としながら、DIOの中から指を抜いた。耳が遠慮容赦なしに引っ張られる。痛かった。かぶりを振る。揺れる視界に現れたDIOの唇はどうやら、はずかしいやつ、とそういうことを呟いているようだった。そんなことはとっくの昔に自覚している。
「……ん、……んん……?」
「……何をもたついている」
「待て。慎重にやれば問題はないはずだ――おいこら見んな笑うなあっち向いてろこの馬鹿」
「だって貴様――駄目だまずい、腹が捩れる、ふ、ぶふっ」
DIOがなぜ腹を抱えて笑っているのかといえば、なんということはない、俺の性器が馬鹿みたいに膨れてしまっているせいで中々ジッパーが降ろせなかったというだけのことだ。度量の小さい男である。経験が豊富だというのなら、童貞のちょっとした失態をカバーする程度の懐の広さを見せてくれても良かろうに。
と、少々不貞腐れながら思ったことが伝わったのか否か、不意に上体を起こしたDIOは俺の手を跳ね除けて、下りぬジッパーに指を掛けた。そして、
「行くぞ承太郎、歯を食い縛れ」
「お、おい待てお前っ~~!!?」
慈悲も容赦も一切含まぬ無遠慮で以て強引に、それはもう力任せに豪快に、頑ななジッパーを一息に下ろし切ってしまったのだった。硬いジーンズ生地と勃った性器が下着越しに激しく擦れ、それはもう痛かった。もし勢い余って射精までしてしまおうおもならばDIOを殴らずにいられなかっただろう。いや、この時点で既に、ニヤニヤと笑うDIOの横っ面を殴り倒してやりたいものであるが、勃起した状態でそれをするにはあまりに格好がつかなさすぎる。






「ぁっ……あ、ふ……」
持ち上がりかけていた金髪の頭がぺたりと枕へ落ちてゆく。丸まった爪先が、もどかしげに白いシーツを蹴っていた。
「へ……へんたい……この、変態……」
快感を感じている風でもなく、かといって痛がっているようでもない。DIOはただただ居心地が悪そうに身を捩り、上擦った声で変態、変態、と俺を悦ばせる以外にはなんの効力も発揮しない罵倒をうわ言のように呟いた。
俺はこっそりと、脱ぐのを忘れていた下着の上から勃起した性器を弄った。布一枚を隔てることで、先走りが立てる水音を隠せている。その分中身は酷い有様になっているのだろうということは想像に難くない。それでも、どうしても、触らずにはいられなかったのだ。性器が疼けば弄りたいとも思うだろう。何度も言うが、俺だって年相応に健全な男なのだ。
「っは……DIO……っ……」
「う……うぅう……!」
まだこのような関係に至る前、DIOのあられもない姿を妄想し部屋の片隅で性器を扱き続けた日々をなんとなく思い出し、その当時に味わった背徳感の記憶をも今現在の自慰のネタにしながら、性器を弄り、DIOの体内を舌で探る。変態だ。どうあがいても変態だ。どうにでもなれ。なにもかもが今更だ。
「じょ、承太郎、もういい、やめろ……もう入る……入るから……」
入るわけがない。舌の届く範囲などタカが知れているし、散々に舐め回し抜き差しした入り口さえも未だ、性器で割り開くことを可哀想に思う程度には窄まっている。DIOを無視し、俺は舌での愛撫を続行し――ようとした途端、不意に頭部へ痛みが走り、数秒を置いて数本引き抜かれる勢いで髪を引っ張られたのだと理解する。
さすがに顔を上げた。したらばそこには鬼の形相でこちらを睨みつけるDIOがいて、ああDIOが本気で腹を立てているぞ、と認識する前にぞわりと全身が総毛立つ。不満気な顔だとか、そういう可愛いものではなかったのだ。次の瞬間、DIOは枕の下から鋭いナイフを取り出した! ――なんて光景を容易に思い浮かべてしまえるような、それはもう本気の殺意が滲む表情なのである。
「やめろと言っているだろう! 舌よりペニスの方がいい! 早く挿れろ!」
「……お前なぁ」
DIOが舌を入れられたくない一心でそういうことを言っているのは分かっている。それでもそういう言い方は、本当に、狡いと思う。少なくとも俺は煽られた。分かっていっているのだろうか、いいや、何も分かっちゃいないのだろうな。そういう所が、これまた狡い。
「痛い目見てもしらねぇぞ」
「ふんっ、棒の方がこんなに濡れているのだ。案外そう痛い思いをせずに済むかもな」






夢を見たのだ。久しぶりに。
わたしは墓の前に立っていた。青春時代を過ごした屋敷のホールに立っていた。夜の城のバルコニーに立っていた。燃える船の天井を見た。狭い暗闇で目を閉じた。十字架の下に寝転んだ。砂塵吹き荒れる乾いた国の土を踏み、きちがいのように星がぶちまけられた夜空を見た。
わたしは一人だった。それこそがこのDIOの世界であったのだ。
目眩に襲われた。たたらを踏んだ。目を瞑った。収まるのを待ってから、目を開けた。
わたしは縁側に座っていた。風鈴を見た。花火を見た。半熟の目玉焼きの黄身をほぐし、薄味の味噌汁を啜った。
わたしはリビングに立っていた。背後では寝室へのドアが開けっ放しになっていた。正面では閉め忘れたのだろう窓辺でカーテンが揺れていた。ある夕方のことだった。
部屋の片隅の影の中で、わたしは沈む太陽をこの目で見た。それから五分と経たぬうちに、玄関の鍵が開く音を聞いた。
そしてわたしは、玄関からやってきた足音がリビングに辿り着くタイミングを見計らって振り返り、おかえり、と言いながら、笑った。
わたしはわたしが一人ではないことを知っていた。

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