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2

意地を張っていられたのはほんのひと月の間だけだった。時間が経つたびにDIOを欠いた空間の物寂しさが俺の精神を圧迫し、煙草の吸い殻は積み上がってゆくばかりである。
だから会いに行った。起こしに行った。本当に出てくことはないだろうと、怒鳴ってやらなければ気が済まなかった。財団に連絡を取ってみれば、奴は地下の暗室でひたすらに寝ているのだという。寝返りの一つも打たず、誰の血も吸わないで。
いくらかの怒りと焦燥を携え向かった先で、話に聞いた通りDIOは昏々と眠っていた。一層青白くなった肌を見て、ああこいつは人間ではないのだなぁと、分かりきった感想を抱いたものである。人間に混じった生活ではなく、こうして暗い部屋に身を潜めていることが吸血鬼としての正しい在り方なのだろう。本来の居場所に戻ったDIOは、跪いてしまいたくなる程に美しかった。

吸いこまれるようにキスをした。氷のように冷えた唇に、あの日の熱はひとかけらも存在しなかった。

拒絶をされたのだ、と思った。深い眠りに落ちたDIOは、睫毛を震わせることもない。俺を拒絶するようにしっかりと、瞼を閉ざしていた。これから100年もの時間が経とうとも、今度は目覚める気などないのだと言わんばかりに。

『……俺が言ったことを撤回すりゃあ、てめーは目を覚ますのか』

問いかけに返答はない。酷く打ちのめされたような気分に襲われて、頭を垂れる。あいつが目覚めないことへの悔しさや、どうあってもあの気持ちを撤回したくはないと思っている自分への嫌悪が体中で暴れていた。負の感情がこれでもかと入り混じりいかれてしまった頭の中で、ただ一つの確信はこのままこの男に関わり続けると俺が駄目になってしまう、ということだけだった。
だから逃げた。小走りになって地下を去った。

もうこいつに俺の我を押し付けたくはない。
もうこいつに振り回されるのは、ごめんだ。

様々な感情をあの地下へ置き去りに10数年。最初からあんな奴などいなかったように、俺は「あいつと出会う前の生活」へ戻って行った。今にして思えばあれすらも、意地を張っていただけなのかもしれない。目覚めないあいつに腹を立てて。



壁に押し付けた体に抵抗はなかった。むしろ先に唇を押し付けてきたのはDIOの方で、がっつくように侵入してきた舌の横暴といったらない。食らい尽くされないように、逆にこちらがこの男の全てを食い倒してやるように、熱い口内を舌で弄った。
「んっ、んむ、は、ふ」
切れ切れの吐息が耳に心地よい。いや、これは本当にDIOが漏らしている声なのか。俺も大概息が上がっている。――いいや、どうでもいい、そんなことは。息すらも混じり合う程に近く、DIOがいる。それだけで充分だ。
「はっ……じょう、たろう……」
「分かってる」
DIOの腰元から強引にベルトを引き抜きながら、指を舐める。そして下衣を脱がしきるより早く、空いた隙間に濡らした指を捻じ込んで、DIOの後孔を撫で上げた。
指先を埋める。酷くきつい。DIOが耳元で苦しげに喘いでいる。可哀想だ、と思わないでもなかった。しかしそれ以上に、どうしようもなく興奮している。
「ん、」
「は、ふふ……」
俺の目を覗きこんだDIOは、挑発するような笑みを浮かべていた。そしてなにをするのかと思えば、俺のジーンズのジッパーをゆっくりと下ろし出す。見せつけるように、俺を煽るように――しかしDIO自身も煽られているかのように、いやらしく表情を崩しながら。
「っ、く……」
「ぁは、は……このままじゃあ……いれる前に、いっちまうなぁ……承太郎……?」
DIOの手中で震える欲望。白い肌とのコントラストが強烈だ。この卑猥な光景は何事だ。あまりに現実味を欠いていて、夢でも見ているのかと、少しばかり不安になる。しかし現実だ。この瞬間、確かにDIOはこの腕の中にいる。10数年を経てやっと戻ってきた。この現実だけは、壊してはならない。
「んっ、ぁ、っ……」
向かい合った体をひっくり返し、DIOを正面から壁に押し付けた。指の余韻に浸るように、引き締まった腰は頼りなく震えている。
「んじゃあ、挿れるぜ……構わねぇよなぁ、DIO?」
下衣を引きおろすと白い臀部が露わになる。まだ電気も付けていない薄暗い玄関で、亡霊のように白い肌が浮き上がっていた。やはりまるで現実味がない。俺は都合のいい夢を見ているだけで、なにかの拍子にこのDIOは立ち消えてしまうのではないだろうか。焦燥感に膝の裏をせっつかれる。盛り上がった肉の間に陰茎を押し付けると、DIOは首だけでこちらを見た。気恥ずかしげな表情を浮かべている。
「……挿れるならさっさと挿れてしまえ、早漏」
「……吠え面かくんじゃあねぇぞ」
もう一度、赤い唇に食らいつく。必死に俺の口内を探ろうとする舌先が愛しかった。
そして口を塞いだまま。何度か当たりを外しながらも性急に、DIOの中へと侵入した。
「んっ、んぐっ、はっ、っ……!!」
「は、ん……」
きつい中を進んでゆく。10年以上も寝こけていた体は明らかに他人の侵入を拒絶していた。しかし唇を貪るさなかにこちらへ寄越すDIOの視線には、早く早くと、とにかく先を促す命令が込められている。頷く代わりに一層深く唇を重ね合わせ、DIOの体を滅茶苦茶に、犯した。
「っ、んむっ、は、はふ、っ、くぁ、ひ」
未だ外では酷い土砂降りが続いている。俺たちを世界から隔絶するように、ひたすら激しく。
「じょっ、たろぉ、ぁ、ぁむっ、ん、っ、は、ぁ、あ」
ひめやかな嬌声を上げ続けるDIO。今この瞬間、俺の世界にはこいつしか存在していない。意識も感覚器官も何もかも、俺の全てがDIOだけに捧げられている。ただただ腰を打ち付けた。唇を貪った。DIOに奪われたものを取り返すように――取り返した先からまた奪われていくことを知っていて。
これでいい。少なくとも今日の夜だけは許してほしい。この美し吸血鬼にどこまでも溺れてゆくことを。誰に許しを乞うているのかは、分からないが。インモラルな行いに浸っていることだけは、自覚している。
「ァ、も、もう、っ、はぁ……!」
「ソーロー、は、どっちだってんだよ……」
「うるさいっ!くそっ……承太郎も……」
「ああ……なんだ」
「っ、ん……だせ、早く……わたしの、中でっ、ひっ、あぅ、あ、あ……!!」
「……言われなくても、」
ここは玄関だ、と今更ながらに常識人ぶって、だらしなく舌を垂らすDIOの口を自分のそれでしっかりと塞ぐ。声にならないDIOの嬌声を舌先で味わいながら、そうして迎えた絶頂になぜか涙腺が緩んでしまい、慌ててあいつの肩口に額を押し付けた。



10年と少し。決して平坦な時間ではなかった。結婚をすれば離婚もした。父親にもなった。再びスタンド使いとの戦いに身を投じたこともあった。目まぐるしい生活のさなかにはDIOの影などが入り込む隙間などなかったように思う。実際、俺の人生から完璧にあいつの存在が排除されていた時期もあった。名前を思い浮かべることすらしなかった、そういう時期が。

なのに結局――再びあの地下室を訪れてしまったというのだから、本当にこの未練がましさが嫌になる。

あいつの息子らしき少年のことを調べてくれと頼まれたことがきっかけで、あいつのことを思い出したというのは本当だ。ああ、あいつは今も寝ているのだろうかと。思い浮かんだのはそんな疑問だけだったはずなのに、芋蔓式に掘り起こされたあいつとの記憶にひり付くような焦燥を与えられ、気付いた時には眠るDIOの隣に立っていた。
10年間変わらない寝顔。尚も死んだように眠っていた。その美貌の一切を翳らせないままに。

眺めながら考えた。いつしかのあの2年とは、はたして現実にあったことなのだろうかと。
本当はDIOなどとっくに灰になっていたのではないか。本来生きていたはずの時代から遠く離れた1989年でただ一人、何も残さずに死んでいったあいつを憐れんだ俺はあいつの幻を作り出し、平穏な生活を与えていたのでは。そうして自己満足に浸り、幻に愛情を――確かに「そこ」で眠っているDIOを目の前にして、なんともまあ、馬鹿馬鹿しいことを考えた。

やはり来るべきではなかったのだ。このような由来のない恐怖に揺るがされるくらいなら。俺は早くこの吸血鬼を忘れるべきなのだと、また、この地下室から逃げようとした矢先のことだった。

『――、』

DIOの唇が、震えたのは。

『……DIO?』

覗き込む。呼びかける。するとDIOは見計らったように、

『……承太郎、』

と。微睡むような声で、しかしはっきりと、俺の名前を呼んだのだ。
たった一言だけの寝言に免罪符を与えられた心地になり、慌ててDIOの体を揺さぶった。ここまで張り続けてきた意地などいい加減撤回するべきだと、ずっとどこかへ押しやっていた本心が爆発せんばかりの勢いで俺の内側を席巻している。心臓の鼓動も、馬鹿みたいに早くなっていた。

『――おいDIO、おい。――起きてんだろ』



息も絶え絶えにDIOがシーツに沈んでいる。体力がない男だというわけではないのだが、やはり10年の起き抜けには酷なことだったのだろう。汗ばんだ髪を掻き上げて、現れた生え際にキスをした。閉ざされていた瞼を気だるげに持ち上げて、DIOは、ぼうっと俺を見上げている。
「……もうやめとくか?」
「……まだ足りん」
「死にそうになってるじゃねぇか」
「わたしは死なん」
DIOの指先が、今の今まで己を犯していた陰茎に這わされる。弛緩しかかっている指での手淫はひどく拙い。であるのにしっかり反応を見せてしまうというのだから、俺はもうどうしようもない所までこの男にやられてしまっているのかもしれない。
「次で最後だぞ」
「……仕方ないな。根性なしめ」
「くたばりかけてんのはてめーだよ」
「貴様だってたいがい、ん……」
白濁を溢れさせるそこへ自身を埋める。DIOの赤い瞳を見つめながら、ゆっくりと。
「はぁ、ぁ……」
「すげぇことになってるぞ、下」
「ん……きさまが、出したもの、だろうに……はふ……」
力なく喘ぐDIOの姿に、愛しさが際限知らずで膨れ上がってゆく。頬を撫でた。熱い。耳朶を食んだ。やはり熱い。冷えていた白い肌が、どこもかしこも熱くなっている。いつかは俺を打ちのめしたDIOの熱。今ここにあるそれには、あの時にそれとなく漂っていた刹那的な雰囲気などなかった。頭がおかしくなりそうな狂乱もない。
ただ穏やかな熱だけがここにあり、それを二人で分け合えていることを幸せだ、と思う。心から。

「愛してる」
「……知っている」
「そうか」

愛情の返し方が分からないと、10年前のDIOは俺の気持ちを突っぱねた。そんなDIOが、慣れないながらも俺を受け止めようとしている。照れたように泳ぐ視線が俺をたまらない気分にさせた。
すっかり涙の道筋が出来上がってしまっている目尻に口付けると、すかさずDIOは力の入らない掌で、俺の顔を押しのけに掛かってくる。
「承太郎」
「ああ」
「夢を、見ていた。ずっと。貴様ばかりが出てくる夢を」
「さっきも聞いたぜ」
「何回でもありがたく聞けばよかろう。わたしが貴様の夢を見てやったのだと、言っているのだ」
DIOはしきりに俺の夢を見ていたのだということを訴えてくる。それほどに俺を想っていたのだということを、健気に何度も。あいしている、の代わりのつもりなのだろう。相変わらず面倒くさい男だった。そんな男の世話を焼くのが案外嫌ではないのだと、本当に、今夜のDIOはとことん俺をどうしようもない男にしてしまうつもりらしい。
「あ、ァ、」
ゆるく、突き上げる。腫れぼったくなったDIOの唇からは、たまらないとでも言わんばかりの、切れ切れな嬌声が溢れてくる。
「……あいしてる」
「ん……知っている……」
白い掌が、俺の後頭部を撫でている。人間を食い物にしてここまで生きてきた吸血鬼が、俺の頭を掌中の珠と慈しむかのように。この中にどれだけ入り組んだ、お前への想いが詰まっているかも知りもしないで。
馬鹿になりかけている涙腺が再び緩みだした気配があった。ので、縫い目のような傷の残るDIOの首筋へ鼻先を埋めた。未だ後頭部を擦り続けるDIOに、抱き込まれているような格好で。

きさまはいつまでたってもこどもだな。

嬉しそうにそんなことを呟くDIOが憎らしいやら愛しいやら、やはりまとまりのない感情のままに中を抉ってみれば、白い指先は応戦するように俺の髪を引っ張ったのだった。
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