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だらだら

「……承太郎がいる……」
「いるもなにも俺ん家だろうが」
素足がフローリングに張り付く音がする。基本的に、DIOにはスリッパを履くという習慣はない。なのでこの冷え込む時期になっても裸足で部屋中をうろついているのだが、見ている側からすればどうにも寒々しい光景である。
それは今夜も同じだった。暖房が効いているとはいえ、靴下越しにでもそれなりの冷たさを感じるフローリングの上を這うように、青白い爪先がこちらへと向かっている。だらしなくまくれ上がった寝巻きの裾からは、同じく青白い、生気のない足首が覗いていた。
「休みだから家にいるって言ったろ、寝る前に」
「……聞いてないぞ」
「言った」
「聞いていない……」
今日は仕事が休みだという旨を伝えたのは確かなことだった。ああそうか、とDIOから返事が返ってきた記憶もある。ただよくよく思い返してみれば、そういったやり取りをしたのはだらだらと繋がっては離れてを繰り返す行為が一段落したあとだったような気もするので、電池の切れた人形のようにぐったりとしていたDIOが覚えていなくてもおかしくはないのかもしれない。
どす、と可愛げのない音を立てて、DIOが隣、ソファーの端に腰を下ろす。相変わらず裾は捲くれ上がったままだったし、よれた襟首は鎖骨の辺りまで下がっていた。ざんばらに散った金髪やぼんやりとした表情はまさに寝起きである、といった風情で、どうにも人間くさくて敵わない。というか、やたらと隙だらけなのだった。これが本当に、いつか心臓すら止まるほどの死闘を繰り広げたDIOであるのかと、頭を抱えてしまう程度には。いつからこうなったのかは、正直よく覚えていない。
「何故起こさなかった」
「起こしたぜ。なのにてめーときたら、揺すっても鼻摘まんでやっても起きやしねぇ」
「……このDIOに何をする、この……ぶれいものー……」
「うお、」
隣の巨体が揺れたかと思えば、輝く金糸の塊が俺の膝を目掛けて落ちてくる。避ける理由もないので受け止めてやったものの、遠慮容赦なく振ってきた頭蓋骨の一撃はそれなりに痛かった。腿の骨がじんじんと軋んでいる。下手人はその上でもぞもぞと据わりの良い位置を探し出すものだから、たまったものではない。
「おい、痛ぇぞ」
「貴様の体がこの程度の衝撃で壊れるものか」
「あんまり生意気言ってっと落とすからな」
「できんくせに」
当たり前のように言われて少々腹が立つ。事実であるのがまた、苛立たしかった。いや、場合によっては本当に、この膝から侵略者を払い落としてやることもあったのだろう。しかし今はこのどうしようもない男を甘やかしたい気分になってしまっているので、実行に移れそうにはない。
払いのける代わりに手を乗せて、あちこちに跳ねる金の毛先を撫で付ける。DIOは大儀である、と言わんばかりに満足気な唸り声を上げた。この男と俺の関係は、恐らくいい加減「恋人」とかいう痒い言葉に落とし込んでしまってもいいのだろうが、偶に自分が従者であるような気分になってしまうのが困りものである。それも悪くはないと思ってしまっているだなんて、まったくもってどうにかしてる。そんな俺の心境を見透かして、嬉しそうに笑ってみせるこの男を心底愛しいと感じてしまうところまでを含め、本当に。
「承太郎は薄情な男だな……少し前にもこんなことがあった気がするぞ……この、はくじょうたろう……」
「おい今のもう一回言ってみろよ」
「……忘れろ。自分でもつまらないことを言ったと後悔をしている……」
横を向いていた寝起きのかんばせが、居心地悪げに膝の上に伏せってゆく。戯れに耳朶を摘んでみれば、ぐったりと横たわる体がむずがるように揺れた。なんだか愉快だ。
「薄情太郎つってもお前、日中無理して起きてきても半分寝てるみたいなもんじゃねーか。いつだったか食事中、机に激突しやがっただろう」
「薄情太郎は忘れろと言っている!」
「跳ねるなよ。落とすぞ」
「できもせんことを言うなっ」
人の膝の上でばたばたと跳ねる頭は、それはもううっとおしい。しかしやはり俺はこの狼藉者を邪険にすることができず、むしろ機嫌を取るように手元の後頭部を撫で回す始末だった。
目論見どおりに大人しくなったDIOは、それでも悪あがきをするように額をぐりぐりと押し付けてくる。痛い、というよりもこそばゆかったので、指に絡まった髪を引っ張った。DIOが唸り声を上げながら横を向く。白皙の美貌にはでかでかと「わたしは拗ねています」という旨が書かれていた。子供染みていて、笑えた。そんな俺を見上げるDIOは、益々眉間の皺を深めてゆくのだった。
「別に今日だけが休みってわけでもないだろうに。てめーはなにをそんなに腹立ててやがるんだ」
「腹を立ててなどいない。貴様の薄情に呆れているだけだ」
「そんなに俺と一緒にいたいってのか、お前」
「そうだ」
「……なんだって?」
「だから、わたしは承太郎と……いや……忘れろ、可及的速やかに忘れるのだ」
「相当寝ぼけてやがるみてぇだな」
「wryyyy……」
DIOの息のかかる下腹の辺りがむず痒い。とっくに四六時中盛っているような年齢ではなかったが、それでもこの男との接触には何がしかの期待や熱を抱いてしまう程度には、まだ若いということなのだろうか。DIOが察する前に、それとなく奴の頭部を膝先の方へ押し退ける。どうやららしくない自分の言動にショックを受けているらしいDIOは、そうした俺の様子に気付いてはいないようだった。
「大体においてだなぁ、貴様は年を重ねれば重ねるほどに自分がわたしより年長であるかのように錯覚して、馬鹿みたいに甘やかしてくるものだから、ついついわたしもこの温い風呂の中にいるような生活に馴染んでしまうのだ。いい加減貴様は己の罪深さを自覚しろ」
「罪とか言われなきゃなんねーことをした覚えはねぇぞ」
「このDIOを、怠惰な生活に馴染ませた!十二分に罪である!」
「馴染みたくないとかいうつもりなら、まず勝手に人のスウェット着んのをやめろ」
「……仕方なかろう、なんか楽なのだ、これ」
うりーとか気の抜ける声を上げながら、膝の上でDIOがひっくり返る。室内灯に照らされた白面はひたすらに苦々しく、けれどそれほど怒っている様子はない。せっかくの美貌を台無しにするぶすったれた表情は、いかにも平和に堕落している。
見つめ合っているのもなんなので、軽く唇を啄んだ。DIOは剣呑に細まった両目を閉じようとしない。まったく、可愛げのない男である。
「はぁ……貴様と無為に時間を過ごしていても、わたしには何の得にもならんというのになぁ」
「損得で考えるようなことじゃあねぇだろうが」
「まあどうせ、貴様と過ごす時間など、長い目で見ればたった一瞬の事なのだろうな。たかだか50年程度しか生きられない貴様と違って、わたしは永遠にわたしであるのだから」
「人生50年とかお前、いつの時代の話だよ、じじい」
「じじい言うな」
薄情は、どっちだ。
苛立ちに任せるがままに、呼吸ごとDIOの唇を奪い取る。今度は中の中まで征服するように、激しく。抵抗はなかった。それどころか奴はうっとりと瞳を閉じ、俺の後頭部を掌で押さえ付け出す始末である。押し潰すように触れ合った唇は柔らかく、酷い水音を立てながら絡まり合った舌は熱かった。けれど掌で包み込んだ白い頬は、素っ気なく冷えたままだ。
「は、ふふ、上手くなったものだな、承太郎」
「誰かさんが下手くそじゃあ満足できねーとか、うるさく注文付けやがるからだ」
「いじらしいではないか」
頭を撫でる代わりのように、DIOからのキスが寄越される。しかしそれはほんの一瞬触れたっきりで、わざとらしいリップ音を残しさっさと離れていってしまう。
お前に俺を薄情と詰る権利があるものか。
実際口にすればまた面倒な屁理屈の押し付け合いになることは分かっていたので、ここは俺が大人になって、飲み込んでやるのが一番楽だ。それでも飲み下しきれなかったやるせなさを、奴の髪を掻き乱すことで解消する。がしがしと乱されてゆく金糸の下で、今度は嬉しそうにうりーとか唸りながら、DIOはニヤニヤと笑っていた。
「甘やかされて喜んでるのはどこの誰だつぅんだよ」
「わたしを甘やかすことで死ぬほど幸せになれる愚か者が、こんなにも近くにいるのだぞ。感謝こそされさえすれ、咎められる謂れなどあるものか」
「屁理屈しか言えねーのかこの口は」
「むぅ」
指先で押さえ込んだ唇は相変わらず、ふにふにと柔らかい。薄桃色にそまったそこは白々しくも可憐であり、こうして見ているとあんなきつい色の口紅なんて塗らなくてもいいんじゃあないかと思う。最近は面倒くさがって、そのままでいることの方が多いものではあるが。やはりすっかり堕落している。
そうしたDIOの変化を喜ばしいと思っているのは、当の本人にだけは秘密である、不愉快にからかわれるに決まっている。俺に関わることで、この生き物の何かが変わってしまったことが嬉しいなんて、こんな照れくさい事情を知られてたまるか。
「そろそろ風呂の準備をしようと思ってるんだが。お前どうする、先に入るのか」
「いいや、後でいい。まだこうしている」
「それじゃあ俺が風呂に行けねぇ」
「皆まで言わんと分からんのか、ばかもの」
「甘えたいならそう言わねぇと分かんねぇぞ、じじい」
「ちゃんと分かっているではないか」
「おいこら、くすぐってぇ」
悪意の塊だったはずの男が、無邪気に頭を俺の腹へと押し付ける。やはり俺はこの男を無碍にすることなどできず、諾々と乱れた髪を梳いてやる他にない。やれやれだ、と呼吸のついでに呟いた。押し当てられたDIOの頭が、くすくすと揺れている。
「風呂を済ませたら散歩に出るぞ。貴様も付き合え」
「ああ、散歩だ?出るなら風呂入る前にしてくれ。外、さっきまで雪降ってたんだぜ。風邪ひかされちゃたまらねぇ」
「どこまでも不便な生き物だな、人間というものは」
まさにのっそり、といった様子でDIOの体が持ち上がる。今の今までDIOの重い頭が乗っていた付近がいやにすーすーと寒かった。しかしそっけないその寒波に何某かの感情を抱く前に、DIOが正面から抱きついてくる。拘束された首回りが、苦しい。耳に吹きかけられる息がこそばゆい。それでも到底引き剥がす気になれないなんて、どこまでも馬鹿げている。
「着替えを持ってこい。すぐに出るぞ」
「雪降ってはしゃいでんのかよ、てめー」
「はしゃいでなどいない。ただ雪の積もった夜は嫌いではない。月光に雪が輝いて、妙に夜が明るくなるだろう。中々に新鮮な光景だ。貴様とのつまらない生活は死ぬほど刺激がないからな。なればこそ、些細な変化も愛おしく感じようものなのだ」
「ああそうかい、つまりはしゃいでるんだってわけなんだな」
「だからはしゃいでなどいないと、言っているだろうにー」
ごろごろと喉を鳴らす猫のように人の首筋へと額を擦り付けてくるDIOは、すぐに出るぞなどと俺をせっついたにも関わらず全く離れてゆく気配がない。何がしたいんだよ、お前は。そうは思えども、結局俺も奴を離せずにいるわけなので、散歩はまだまだ後になりそうだ。まるでこいつの為に降ったかのような大量の雪たちは未だ溶ける気配がないようなので、まだしばらくこうしていても構わないのだろう。







DIO様の部屋着は承太郎のスウェット、承太郎の高校のジャージ(空条の刺繍入り)、黒インナー各種のローテ


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