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献身は下手

「っ――……!!」

空気が、不穏に揺れている。
承太郎は目を覚まし、到底寝起きだとは思えない機敏さでサイドランプの電源を入れた。ぼんやりとした灯りに照らされた光景が、承太郎の眉間に深い皺を寄せてゆく。無意識に舌打ちすらも漏れていた。
それは別に、夜中に叩き起こされたことが不快であるだとかいうわけではない。彼はただ、空気を揺らす隣の存在が心配で心配でたまらなく、けれどそういった感情を表に出す方法を知らないままにこの年まで生きてきた男であったのだ。なので彼なりの献身は――特に隣の吸血鬼へのそれはいつだって、悪態とも取れる言動にすり替わってしまうのである。

「DIO。おい」

承太郎の隣で眠るDIOの、白い額。じわりと脂汗が浮いている。溶接されたかのようにきつく閉じられた瞼や胎児のように折り畳まれた裸体も含め、普段のDIOの寝姿からは離れた、明らかな異常を漂わせる姿であった。
「……っ……ぉ……」
「っ、DIO、おい起きろよお前、おい」
承太郎は、焦る。募るばかりの焦燥に表情は厳めしさを増してゆく。承太郎の不器用な献身を小馬鹿にしながら、それでもどこか嬉しそうに頬を緩めるDIOはここにはいない。荒い呼吸を繰り返しながら、ひたすらに魘されるばかりである。
汗ばむ頬を、掌で打つ。鼻先までをシーツに埋めていたDIOの顔が、少しだけ上を向いた。そして一拍を置いてからゆっくりと、豊満な睫毛に彩られた瞼が開いてゆく。
「DIO、」
「……ん……」
「おい……どうしたお前」
腫れぼったく半開きになった赤い瞳が、じっと承太郎を見つめている。思わずたじろぎ、承太郎は息を飲んだ。
この吸血鬼の咽返るような毒々しさは共に過ごす時間を重ねるごとに薄れてゆき、それどころか最近は妙に所帯染みてきているところもある。しかしやはり吸血鬼は吸血鬼、不老不死のこの生き物は人間ではない。いくら人間である承太郎と交わった生活を送ろうとも、浮かべる表情にはいつだって無機質な冷たさが漂っていた。
しかし、この顔は。頼りなく承太郎を見上げる表情は今にも泣きださんばかりに歪んでいて、あまりに情感に溢れている。まるでただの20代の青年だ。承太郎の、知らない男だ。
「じょ……ぉ……」
「なんだ、聞こえねぇ」
「……ジョジョ、」
「……、」
「ジョジョ、ォ……」
承太郎も昔、そんな愛称で呼ばれていたこともあった。しかしDIOの言う「ジョジョ」とは決して自分の事ではないのだと、知っている。
承太郎は奥歯を噛んだ。彼を埋め尽くしていた献身的な感情が、一瞬のうちに怒りや嫉妬、或いはどうしようもない虚無感へと姿を変えてしまったのだ。
実の所、承太郎はDIOと「ジョジョ」がどういう関係にあったのかは詳しく知らなかった。DIOが率先して語ることはなかったし、承太郎も聞きたがったことなど1度もない。ただ知らないなりに、そこにはとんでもなく捻じくれ曲がった情念が存在していたのだろうことは察している。DIOは「ジョジョ」の体を奪って100余年を生き長らえたのだ。そこになんの意味も感情もないのだと思えるほど、承太郎は楽観的にはなれやしない。
「おまえ……お前が、ぼくの……」
「俺はジョジョじゃあねぇ」
「ジョジョ、お前が――」
「だから俺はっ」

「――お前がぼくのタルトを食ったのだろうジョジョォォ!!」

「ごふぅ!!」

鳩尾である。半ば夢の中に足を突っ込んでいるにもかかわらず、吸血鬼の正拳突きは砲弾の如き破壊力で承太郎の腹部にめり込んだのだった。

「っ、オラァ!!!」
「ぐあっ!!」

承太郎の反撃は頭突きだった。ほぼ反射的に繰り出したその攻撃は見事DIOに命中し、額を赤くした吸血鬼は髪を振り乱しながら身悶えている。
しかし承太郎にしてやったりの気持ちはなく、むしろ軽率に自分へもダメージの発生する攻撃を選んでしまったことを後悔しながら、DIOの上へ折り重なるように倒れ込んだ。額の痛みがやるせない。
「ジョ、ジョジョ、貴様、このディオにこんな真似をして、覚悟はできているんだろうなぁ……」
「だから……ジョジョじゃあねぇって、言ってんだろうがよ……」
「……む?」
怠惰にDIOの顔が横を向く。応じるように承太郎も顔を傾け、2人は鼻先が触れあうような至近距離で互いの瞳を覗きこんだ。
「ああ、なんだ……承太郎か」
「……ジョジョじゃなくて不満だってか」
「ジョジョ?……ああ、ジョナサンのことだな。ふふん、まさか嫉妬か承太郎?随分とらしくないことじゃあないか」
「うっせぇよ」
「んむっ」
目前のDIOの唇を、承太郎は強引に奪い取る。ほんの数秒のそれが終わった途端に、DIOは苦々しく舌を出し、煙草臭いと呟いた。
「他愛もない夢を見ていただけだ」
「馬鹿馬鹿しくて笑う気にもならねぇ」
「そうだな、わたしもそう思う」
そう切り捨てたDIOの声音は淡白だった。表情も、いつの間にか酷薄な吸血鬼のものに戻っている。それどころかどうにもDIOの中ではこの話題は終わってしまっているようで、にやにやと笑いながら承太郎の顔中にキスを降らす始末であった。
「おいうっとおしいぞ、DIO」
「このDIOがキスをくれてやっているのだぞ。いい加減その辛気臭い顔を引込めたらどうなのだ」
「元々こういう顔のつもりだ」
「いいや、違うな。確かに貴様は愛想の欠片もないつまらない顔をした男だが、腹の中になにかを溜めこんでいる時にはいっそ、愛しさを感じるくらいに面白い顰め面になる。まさに今がそうだ。ふふふ、変な顔だな、承太郎」
DIOが、とどめを刺すような深い口付けを仕掛けてくる。知ったような口を利かれることも、いつの間にか体勢が引っくり返っていることも、承太郎は気に入らない。だから彼は応えてやるわけでもなく、無抵抗に諾々とキスを受け入れた。別に振り払ってやろうと思う程、苛立っているわけではない。
「はぁ……ふふ、ジョナサンの話などを聞いても、愉快な気分になれるわけがなかろうに」
「聞きたいなんて言ってねぇ」
「顔に書いてある。気になって仕方がないと。あれだけ避けてきたというのになぁ、今更になってまた、物好きな」
「避けちゃあいねぇよ。お前の言う通り愉快になれるもんでもないだろうから、取り立てて聞こうと思わなかっただけだ」
嘘だ。聞きたくないという気持ちは確かにあった。自分ではない男とDIOの話だなんて、嫉妬をしないわけがないに決まっている。承太郎にとってその感情は、自分だけがこの吸血鬼に入れ込んでしまっている証明であるように思えて仕方がなかった。薄情な吸血鬼はきっと、そこまで自分を想っちゃあいないのに。

「ジョナサンは100年も前に死んだ」
「……でもお前の体になって、生きている」

独り言のような承太郎の呟きを耳ざとく拾い上げて、DIOは笑みを深めてゆく。対して承太郎の顔は苦虫を噛み潰したかのようなな顰め面に歪んでいる。承太郎が発したにしてはあまりにか細い印象を与えるその声は、DIOの体が「ジョジョ」のものであることがとても気になっているのです、気に食わないとも思っているのですと、宣言をしているも同じであった。長年溜めこんできた本心の吐露は、あまりに苦々しい。
「わたしは今、ここにいるというのにな。なにが不満だ承太郎?わたしの体にでもなりたいのか、お前」
「んな訳ねぇだろうが。嫉妬してんだよ、嫉妬。お前分かって言ってるだろう」
「なんのことだかな」
「……おい、どこ触ってやがるんだ」
「なにやら大層不安になっているらしい承太郎を慰めてやろうと、わたしなりに思いやっているのではないか」
承太郎に乗り上げたDIOが、後ろ手で彼の性器を弄っている。承太郎にはまったくその気はなかったはずなのに、DIOに触られている、という事実だけで勃起してしまうのがやるせない。
適当な硬度まで育ったそれを、DIOはするすると自身の中へ収めてゆく。眠る直前まで散々承太郎を咥え込んでいたその箇所は、未だ柔らかく綻んでいるようだった。
「ん……ふふ、嫉妬か。嫉妬。承太郎が、嫉妬となぁ、ふふ」
「……するつもりならもっと気合入れて動けよ、オラ」
「ぁっ、んん……ふ、はは、ぁ……存外可愛らしい男であったのだなぁ、承太郎……?」
「てめーはとんでもなく性質の悪い男だぜ……」
「あっ!ん、ぁ、あ、あ……」
両手で掴んだ腰へぐりぐりと下半身を押し付けると、DIOはたまらないとでも言わんばかりに頭を振った。乱れた髪をおざなりに整え直す仕草が例えようもなくエロティックである。
承太郎は溜息をついた。こんな適当な性交で誤魔化されそうになっている自分が、如何にも情けない男になってしまったかのようで、なんだか無性に遣り切れない。「ジョジョ」への嫉妬にしてもそうだ。性交1つで簡単に誤魔化されてしまう程度の感情なのである。そんなものに何年も拘っていることが馬鹿馬鹿しくてたまらない。
「ほんっとうに、とんでもねーよ、お前は」
「ふ、ふふ、そう褒めるなよ」
「褒めてねぇ」
「あ、あ、ひっ、ふふ、ふ」
きっとDIOへの感情を、そしてDIO自身を潔く手放せてしまえたならば、承太郎の煩悶の日々は綺麗さっぱり終幕を迎えるのだろう。空条承太郎という男の根幹を、いくらか歪めてしまったのは他でもないこの吸血鬼であるのだから。
ただしそれは、綱渡りをしながらやっとのことで築いてきた、DIOとの生温くも愛おしい日々の終焉をも意味している。重ね重ね、承太郎は溜息をついた。こんなものは二択にすらなっていない。どれほど胸糞の悪い思いをしようとも、今更DIOを手放すなんて選択などは、承太郎の中に存在しないのだ。

「承太郎――じょうたろう、よ」

作り物のように白いDIOの両掌が、その造形の美しさを裏切る荒々しさで承太郎の頬を包み込む。舐るような腰の動きを止めぬまま、微笑を湛えたDIOは愛おしげに承太郎の両目を覗きこんだ。
「この体は、すっかりわたしに馴染んでしまい、最早ジョナサンのものではない。あいつの体は、こんなに白くなかった。首に傷も、なかった。体型も、もっと、骨が太い感じだったように、記憶している、っ、ぁは、ふ……おい、がっつくなよ、承太郎……このDIOが、したくもない話をしてやっているのだぞ」
「ケツにぶち込まれてる最中に、別の男の話なんてするもんじゃあねぇぜ」
「ふふ、だってなぁ、素面でできるものではなかろうに、こんな話など」
承太郎は、弧を描くDIOの唇を自らのそれで塞ぎに掛かってみる。しかしDIOは承太郎をからかうように、逆にその唇を1、2度啄んで、するすると逃げてゆく。そしてまた、曰く素面ではできない話を続けるのだ。
「わたしと貴様の因縁とは、貴様に流れる血に因るものであって、わたしと貴様個人の間に何があったというわけではない」
「なにが言いたいんだ、お前」
「承太郎は馬鹿だな」
「一々回りくどいてめーが悪い」
「ふふ、本当は分かっているくせにな、お前。なにやらわたしを薄情者に仕立て上げて、これ以上わたしに傾倒することを防ぐべく、予防線を張っているようだが。いい加減認めてしまえ。その方がきっと楽だ。お前も、わたしもな」
「おい、DIO」
「たいそれた因縁も持たないお前の元で、もう何年もわたしが大人しくしている意味なんて。とっくに知っているだろう、承太郎」
「それは――」

DIOが、自分に愛情めいたものを抱いているからだ。
自分がこの男に抱くどうしようもない執着に決して引けを取らない想いをその胸に抱え込んでいるからこそ、暇だ生温いつまらないなどとぬかしながらも、自分の傍から離れようとしないのだ――今この時代にいるDIOは、確かに空条承太郎を愛しているからこそ。

「お、硬くなったな。ふふん、単純な男」
「うるせーよ」
「っ、」
承太郎は強引にDIOの体を抱き込んだ。そしてそのままシーツの上を転がるように体勢を入れ替える。組み敷かれながら沈んだシーツの上で、DIOは尚も笑っている。しかし優しげな笑みはすっかり引っ込めて、承太郎がよく見慣れたDIOのものである、片頬を吊り上げた意地の悪い高慢な顔で。
「承太郎は本当に、わたしが好きで好きで仕方がないのだな」
「お前だけには言われたくねぇ」
「ふむ?漸く認める気になったのか?」
「お前にあそこまで言わせておいて、いつまでも知らないふりはできねぇだろう」
「……ふふ、ふ、承太郎、承太郎、」
「うぉっ」
承太郎の右耳の淵を、DIOがそっと甘噛みした。そして、

「―――――、」

直接耳元に叩きつけられた、DIOの甘い声、歌うように囁かれた愛情が、承太郎の巨体の隅から隅までを、暖かな充足感で満たしてゆくのだ。
首元の金髪を引いて、強引にその顔を覗きこむ。そこにはあからさまな恥じらいに耳までを真っ赤に染めた、まったくDIOらしくはないDIOがいた。それでも普段の自分を取り繕おうと、吸血鬼はぎこちなくも頬を吊り上げてみせる。愛しかった。愛しかった。他に言葉が見つからない。
「……わたしにだけ、こんな頭が馬鹿になる言葉を言わせるつもりじゃあないだろうなぁ、承太郎?」
「余計な心配してんじゃあねぇぜ、DIO、」
「んっ、ぁ、ま、待てっ、きさまそんな、急にっ」
承太郎は緩やかに腰を動かした。強張るDIOの体を抱き締めながら、労わるようにゆっくりと。
赤くなった耳を、先程DIOがそうしたように甘噛みする。そしてまったく同じ言葉を囁くと、途端に承太郎を食んだ後孔がきゅっと反応する。
「……お前偶に、なんかすげぇ可愛いことしやがるよなぁ」
「うるさい……やはり承太郎など、ちっとも、まったく、可愛くない……」
「別に可愛いとか言われても嬉しかねぇよ」
「わたしもだっ!」
きっと――「ジョジョ」への複雑な心境は、埋み火のように、胸の奥で燻り続けるのだろうけれど。
それでもここにいるDIOは確かに自分を愛してくれているようなので、そのらしくない献身に報いてやるためにも、自分なりにこの吸血鬼を大事にしてやろう、と承太郎は思った。






自分で思ってるよりDIO様に大事にされてるんだって自覚はあるものの中々認められない承太郎とかにロマンを感じる次第です
そんでDIO様はそんな承太郎見てにやにやしつつさっさと認めちまえよーって若干悶々としてるんだぜきっと
承DIOかわいい


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