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上書き不可

夢を見た。
10代半ばの少年2人が石造りの街を歩いてゆく光景を、ぼんやりと眺めているだけの、なんともまあエンターテイメント性に欠ける夢。
本当に見ているだけ。声も足音も聞こえない。

どうやら片方は酷く腹を立てているらしかった。
もう片方を置き去りにせんばかりの早足で石畳を蹴るものの、体格に勝るもう片方は大股歩きで充分追いつけてしまうらしい。引き剥がすたびに追いつかれるものだから、苛立ちは収まるどころか燃え上がってゆく一方のようである。
奥歯で爪を噛みながら駆ける姿は酷く滑稽だった。柔らかな冬の光にきらきらと輝くブロンドの美しさが、彼を余計に惨めにしてしまっているような気がする。

もう片方は、どうやら鈍感な男であるらしい。
連れがどうしてああも怒っているのかが分からずに、情けなく眉を下げて見当違いなことばかりを言っている。いや、わたしには聞こえないのだけれど、なんとなく分かるのだ。なんでもするから許してくれ。多分、そんな無責任なことを言っている。
馬鹿な男である。一体なにがどうして怒っているのかも分からないくせに、下僕の真似をして許してもらおうだなんて。ぼくの自尊心がその程度で満たされるほど矮小なものであると、本気で思っているのだろうか、このまぬけは。

『――もう、なにがそんなに気に入らないって言うんだよ!そろそろ教えてくれたっていいじゃあないか!』
『お前という奴はとことんまでにデリカシーがないのだなぁ!知りたければお前自身の胸に聞け!それでも分からないならその出来の悪い頭など割ってしまえ!お前がちゃんと思い出して、地面に額を擦りつけて謝るまで、絶対に許してなんてやらないんだからな!ジョジョのまぬけ!あほ!』
『待ってくれよ、ディオ――!!』

ディオ?知っている名前だ。ディオ。――DIO?

『――暇だからって暴れるんじゃあねぇぞ。じゃあな、DIO。また、あした』

ああそうだ、ディオってそれ、わたしの名前じゃあないか。



「……む」
目蓋を持ち上げると、無機質な白い天井が視界いっぱいに広がった。
瞬きを数度。何度繰り返しても、この目に映る光景は変わることがない。だからどうだというわけでもないのだが、これならさっきまで見ていた夢の方がまだ見応えもあったものだなぁと思えば、欠伸が漏れてゆくばかりであった。
「でけぇ欠伸だなぁ、おい」
「んん?」
「名前分かるか。俺の」
「……承太郎?」
「ああ、それであってる。とりあえず、おはよう、DIO」
「うむ、おはよう……?」
「なに首傾げてやがるんだ」
「逆に聞くが、どうしてお前はそうも嬉しそうな顔をしているのだ?」
「お前には関係ねぇことだ」
「む、なにやら笑いの気配がする」
「んな期待にゃ応えられねーぞ。つまらない話だ」
承太郎が寝台の端に腰かけて、スプリングが軋む。わたし1人が横たわるだけでだいぶ手狭になってしまう寝台だ。承太郎に面積の4分の1も持って行かれてしまえば、もう寝てはいられないってほどの圧迫感がわたしを押し潰しに掛かってくる。
不本意ながら起き上る。こんなのまるで棺桶だ。安眠などができるはずもない。
「……ふわぁぁ……」
「おーおー、相変わらずでけぇ欠伸だぜ」
「寝足りんのだ。わたしはまだ寝ていたかったのに、お前が遠慮もクソもなく人のベッドに腰を下ろすものだから」
「他に座れる場所がねぇんだから、我慢しろ」
「まったく、よくもまあこのDIOを犬小屋の如き小部屋に押し込んでくれたものよ。一体誰の采配だ?責任者を連れてこい、やつざきに、して、くれるぅー……はふぅ……」
「うおっ」
みたびやってきた欠伸と共に頭が揺れて、慣性が働くがままに前方向へ倒れ込む。目の前には承太郎の背中があった。頬をへばりつかせるように激突すれば、広い背中はピンと伸びて強張った。腹が立つほど理性的なこの男にも、動物的な反応をみせる程度の可愛げはあったらしい。なにやら愉快である。ふふふ。
「眠気のほかに異常はないのか?」
「うん?確かに死ぬほど眠い今現在ではあるが、異常という程ではない」
「用心するに越したことはねぇだろう。お前、昨日までは前と変わらずに寝付きも寝起きもよかったんだからな。ちょっと待ってろ、人を呼んでくる」
「待て、承太郎」
「うぐっ!?」
承太郎の腹に両腕を回し、渾身の力で締め上げる。立ち上がりかけていた承太郎の体はつんのめり、口からはカエルが潰れたような呻き声が漏れた。色男も形無しだ。
「わたしに問題はない。だから、ここにいろ」
「……なんでだよ」
「わたしが、ここにいろと言っている。理由を求めるな。お前は従うだけでいい」
「……しょうがねぇなぁ。ったく、ご随意に。これで満足か」
「それでいい!」
「おい、ちょっと緩めろよ、締めすぎだ。内臓が潰れる」
「逃げるなよ?」
「逃げねぇよ」
「よし」
本当に逃げられては敵わないので、一度力を緩めた後に、もう一度、今度はこっそりじわじわと腕に力を込めてゆく。承太郎が肩越しに振り返った気配があったので、頬を背中に張り付けたままちょっとだけ上を向いた。
「んん?どうした承太郎?」
緑の双眸にはありありと疑惑が浮かんでいたので、愛想笑いで誤魔化してやろうと試みる。承太郎はつまらない顔で数秒わたしを見つめた後に、ふう、と浅い溜息をついた。なんとも中途半端である。腹が圧迫されて深い呼吸ができないのだろう。
慌てて少々、力を緩めた。窒息でもされては困る。この男が死んでしまえば、わたしのつまらない日常が輪をかけて無価値なものになってしまう。
「最初からそうしとけっつーんだよ」
「うるさい」
強引に伸ばされた承太郎の大きな掌が、わたしの頭をわしゃわしゃと乱雑に掻き混ぜた。甘やかされているようで、なんだか不快だ。この男はわたしを愛玩動物か何かだと勘違いをしているのではないか。そういう手付きである。
抗議の意を込め、やつの背骨の辺りへ額を押し付ける。再び、承太郎の背筋がピンと張った。
「やめろ、くすぐってぇ」
「ならお前もさっさと手を止めて、散々に乱れたこの髪を整えるのだ。それで許してやる」
「何怒ってんだよ」
「自分の胸に聞け」
「分かんねーから聞いてんだろうが」
「ならそんな愚鈍な頭などカチ割ってしまえ――ん?」
「DIO?」
口を衝いて出た文句には覚えがあった。さながら青春劇場であった夢の中で、わたしと同じ名を持つ金髪の青年が、もう片方の青年へと叩きつけた詰り文句とまったく同じだ。
「……もしかするとあの金髪のうるさいの、わたしだったのかもしれん」
「何の話だ」
「夢を見たのだ」
「どんな」
「青年2人が言い合っている夢。片方はわたしだったような気がする」
「随分ふわふわした話だなぁ、おい」
考えれば考えるほど、喧々と吠えていた金髪の男はわたしであるような気がしてならなかった。
一旦決めつけてしまえばもうそうとしか思えないもので、とにかく妙な確信がある――ものの、ちょっとばかりの引っ掛かりがあるのも確かであって、どうにも据わりの悪い気分が拭えない。

「しかしだなぁ承太郎。わたしにはあのような出来事の記憶などはないし、それにあの風景。どこなのだ、あれは?まったく見覚えがない」

わたしの髪を梳く承太郎の手に、ぐりぐりと側頭部を押し付けた。忘れているのだろう記憶がこう、ぽろっと零れ落ちはしないかと期待しての行動だったのだが、やはりそう上手い話はないらしい。石造りの街なんて、やっぱり知らない。
息をついた承太郎は、ぽんぽんとなにやら子供をあやすようにわたしの頭を撫でた。口元に薄ら笑みさえ浮かべている。包容力でも見せつけようというのだろうか。生意気な。
「人間生きてりゃ記憶なんか衰えていく一方だ。昔のことなんか覚えてなくても、別に、おかしなことじゃあねぇ」
「なにやらお前らしくない物言いだな」
「お前が俺の何を知ってるっつーんだよ、こら」
「WRY!?だ、だから!それはやめろと言っている!クソ承太郎、人の頭をわしゃわしゃと!」
「知ったような口を利くてめーが悪い」
一旦は整えられた髪が乱れ、視界が眩んだ。なにやら先程よりも乱暴だ。頭が揺さぶられて気持ちが悪い。
流石に片腕を承太郎の腹から引き剥がし、横暴な掌を振り払う。承太郎は静かな目でわたしを見ていた。無感動な翠玉は、しかしどこか決まりが悪げだ。
承太郎はわたしに許されたがっているように見えたので、一応「気にするな」と言ってやる。自分が何を許そうとしてしているのかがいまいちよく分からないが、とにかく一応。おう、と呟いてわたしの頭を撫でた承太郎の、シャープなラインを描く頬はなんだかほっと緩んでいるようだった。よく分からん男である。
「ああ、でも1つだけ。はっきりと覚えていることもあるのだぞ」
「……覚えている、だと?」
「ああ。あんな出来事の記憶はないが、一緒にいた男のことは覚えてる。知っている」
夢の中、髪の短いわたしと共にいた男。どこまでも澄んだ緑色の目を情けなく細めて、わたしに許しを乞うていた男。
一度だけ、わたしが名前を呼んでいた。金髪の男が『ディオ』と呼ばれていたことには違和感を覚えたものだが、あの男の名前――

「ジョジョという男のことだ」

ジョジョ。
あの男の呼び名が『ジョジョ』であるのだということは、何故だか疑問を差し挟む余地もない、当たり前のこととして知っていたのだ。

「確か――そうだ、あれは生まれも育ちもお坊ちゃんの、大した甘ったれだったのだな。年を経るごとにそれなりの成長はしていたようだが、やっぱりどこまでも甘い男だった。喧嘩に非があったのは大方わたしであったのに、いつだって先に折れるのはあいつだった。ぼくが悪かった、なんて台詞は耳が腐るほど聞いたものだ。馬鹿な奴。あいつが悪かったことなんてなかったのに。
でもわたしはあいつの、ジョジョのそういうところが、馬鹿だ馬鹿だとは思えども、本当は――」

――ぎい、とスプリングが嫌な音を立てた。
気付いた時には、わたしは数分ぶりに、そっけない天井を見上げていた。けれど面積が狭い。承太郎だ。わたしと天井の間に割り込んだ承太郎がどんどん接近してくるものだから、視界の殆どが奴の顔で占められてしまっている。

「お前、俺のことを知っているか」

ただでさえいかつい面が顰められて、輪をかけて恐ろしくなっている。今更こんなものを恐れるほど殊勝な性質ではないのだが、承太郎を中心に部屋中の空気が急速に冷えて、わたしの意志とは無関係に背筋が震えた。

「お前は、承太郎だろう?ちゃんと知っている」

何とはなしに触れた承太郎の頬は、血が通っているのかが疑わしくなるくらいに冷たかった。少々不安に思って、念を押すようにもう一度、奴の名前を呼んでみる。
承太郎、と。
今更改めて聞かれる必要などない、いつの間にかわたしの内に根付いていた男の名前。顔を見れば、声を聞けば、わたしは承太郎という男のことを認識することが――

いつの、まにか?――はて。『いつの間にか』の起点とは、一体いつのことだっただろう。
わたしはどうして、この男が「承太郎」という名前であることを、知っているのだろうか。

一際薄ら寒い空気がどこかから吹き込んで、慌ててわたしは承太郎の頬に添えた手を引込めた。いや、引込めようとした。その前に承太郎に大きな掌に押さえ付けられて、冷えた頬に張り付けにされてしまう。
承太郎はじっとわたしの目を見ている。逸らすことなど許さない、とでも言わんばかりに。しかしその実、目を逸らしたがっているのは承太郎なのではないのだろうか。なんとなく、そう思う。
「……なにやらお前、泣きそうになっているようだが、承太郎」
「泣かねーよ。もうそんな年でもねぇ」
「そういえば、いくつなんだ?よくよく考えてみれば、わたしはお前の年を知らん」
「もうすぐ19になる」
「なら、わたしとそう変わらんのだな」
「……そうだ、似たような年なんだ。だからあんま大人ぶって偉そうなこと言うんじゃあねぇぞ、DIO。俺だってもう、子供じゃない」
「……承太郎?」

それは、子供の台詞だ。

そんなことを言いかけた口先が、柔らかな感触に覆われた。不意打ちに降ってきたのは承太郎の唇である。柔らかな肉をぐい、と押し付けることでわたしの言葉を封じ込め、しかしその先には進もうとしない。
子供のキスだ。そんなものに承太郎が必死になっている。見ろ、この切実な顔を。苦しげに寄った眉の情けなさを。口先が触れ合うだけの行為に、この男は、この男は。

「――泣いてるのはお前じゃあねぇか」
「は?」

唇がくっついているのか離れているのかも分からない至近距離で、承太郎が囁いた。どこからか伸びてきた武骨な指が、不作法にわたしの目元を拭ってゆく。
慌ててそこへと指をやった。――濡れている。
「なんだこれは!気色の悪い!」
「てめーが漏らしたもんだろうが」
「泣いているのか?わたしが?」
「目から汁漏らしといて、泣いてねーはないだろう」
「汁とかいう、ん、む、」
承太郎の2度目のキスは、やたらにねちっこいものだった。
舐るように何度も何度も角度を変えて、クリームを啄むようにわたしの唇をあちこち食みながら、閉じることを忘れた両目で一心にわたしを見つめている。視線すらもねちっこい。あまりに深い情念が、澄んだ緑色の奥で黒々ととぐろを巻いている。
目を見ていれば分かる。承太郎は決して、この程度のキスで満足などしていない。だというのにこの男とくれば、やはり先へ進もうとしないのだ。
じれったさが臨界を突破して、わたしは片手で承太郎の後頭部を押さえつけた。緑の目が驚愕に丸くなる。幼い表情だった。やはりお前はまだ、子供なのではないか。気分は上を向いてゆくばかりだった。
「んぅ、んー、は、ん」
わざとらしく鼻を鳴らしながら、わたしは承太郎の口内を貪った。歯列をなぞり、上顎を撫でる。冷たい頬に隠された口内は、爛れるように熱かった。
承太郎は、されるがままだ。自らが仕掛けた偏執的なキスのことを忘れてしまったかのように、呆然とわたしを見ていた。目が合ったので、笑いかけてみる。その途端、弾かれたように目を見開いた承太郎は、強引にわたしの両腕をベッドの上へと押さえつけた。
「なにをする、承太郎」
「そりゃあこっちの台詞だ」
「本当はぐちょんぐちょんにわたしの中を犯し尽くしてしまいたかったくせに、可愛らしく唇を啄むことしかできない承太郎の手助けをしてやったのではないか。よかったろ?」
「DIO」
「なん、っ」
緩慢な電流が背筋を這いあがってゆく。発生源は下半身であった。視線をやるまでもなく、承太郎に股間の間を弄られているのだと分かる。
「……そっちもしたいのか?顔に似合わず、節操のないことだな」
「DIO、例えばだ。例えばの話だ」
「なんだ、急に」
承太郎の喉仏が、ごくりと音を立てて蠢いた。

「てめーが覚えてないだけで、昔に俺とそういうことをしたことがあるって言われれば、DIO、お前、このまま俺と寝れるのか」

例えば、の話にしては、承太郎の纏う雰囲気は切羽詰まりすぎていた。わたしの手首を拘束する片掌が、汗でじとりと濡れている。

「んん?わたしとお前が?そうだったのか?」
「例えばの話だって言ってんだろ」

例えばなどでは、ないのだろうな。まったく覚えちゃいないのだが、こうもあからさまな態度を見せられれば記憶の有無など関係ない。下手な嘘に溜息が漏れた。承太郎はばつが悪そうに舌を鳴らした。

そういう背景があったというのなら、承太郎がああも熱烈で、なのに遠慮がちなキスを寄越した理由も理解できようというものだ。わたしを欲しがっているくせに、それよりもずっと、わたしに拒絶されるのが怖かったのだろう。体躯に似合わず繊細なことだ。
しかしまあ、こいつもこいつで馬鹿な男である。いくら覚えてはいないと言っても、嫌だと思えばその時点で振り払っている。そういうわたしの気性くらい、知っているのだろうに。

「いいぞ。するか、承太郎」

自由な片手で承太郎の頬を撫でた。先程よりも少しだけ熱くなっているようだった。
「……お前なぁ。そんな、一っ風呂浴びてくるか、みてぇなノリで決めるようなことでもねぇだろうが」
「ほう?若輩者が、なにやら青いことを言っている」
「茶化すんじゃあねぇぜ」
「風呂もセックスも、生活の一部という意味では同列に並ぶ行為だろうに」
「……お前は、」
「ああ、なんだ?」
片腕の拘束がそっと外れてゆく。大きな掌は、そのまま這うようにわたしの頬へと降り立った。ひやりと冷えた皮膚の感触が心地よい。頬を擦り付けるように頭を揺らしてみると、承太郎はもう片方の頬に慈しむようなキスをした。
「俺を信じるのか。てめーと一発やりてぇが為に、嘘をついてるのかもしれねぇ。そうは思わないのか」
「別に、信じてなどおらん。信頼程あてにならん感情もない。だからわたしはお前の例え話とやらを信じてどうこう言っているわけではなくて、ただお前と寝るのも悪くはないなと思ったからベッドから蹴落とさずにいてやっているのだ。
抱けよ、承太郎。わたしが欲しいのだろ。不思議と、悪い気はせん」
「――そうか」
「ふ、ぅん……」
股間に押し当てられた承太郎の掌が、服の上からわたしの陰茎を撫でさする。その箇所の血流が活発になってゆく感覚に頭の後ろの方が痺れて、たまらない気分になる。

いいや――物理的な刺激がどうだ、とかよりも、もしかするとわたしは『承太郎に触れられている』という事実に酷く興奮をしているのかもしれない。妙な感慨が胸を圧迫して仕方がなかった。

再び承太郎と体を重ねる機会がやってきて、わたしはとても嬉しくて、だってもうあれっきりで終わりだと思っていたものだから、あれきりの一回で手放すには、この男はあまりにも惜しい存在であるとすら――何故ってそんなもの、この無愛想なくせにやたらと情の深い男のことを、わたしなりに愛してやっていたからに決まっていて――

「――承太郎、おい」
「よくねぇのか」
「いいや、いい、とても」
「そうかい」
「そういうことではなくて、ひとつ、お前に聞いておきたいことがある」
「なんだ?」
「わたしはお前を愛していたのか?」

虚を突かれたような顔をした承太郎は、しかし1秒後には笑っていた。やれやれだ、なんてお決まりの台詞のついた、まごうことなき苦笑である。口角を片側だけゆるく吊り上げたシニカルな表情が、妙に板についていた。こんな顔をする承太郎なんて、わたしは知らない。

「俺に聞くことかよ。てめーで思い出しな」
「お前は知っているのだろうが。教えろ。そっちの方が早い」
「てめーみてぇな訳の分からん奴の頭の中なんか、俺は知らん。ただそうだな――俺は、俺が思っていたよりも愛されていたようだった。今になって、そう実感している」
「……そうなのか」
「本当の所は知らん。回りくどすぎるんだよ、てめーは」

目が合って、どちらからともなくキスをする。会話はそれで打ち切りだった。承太郎は額に汗を浮かべながら、無言でひたすらわたしの体を貪った。わたしはわたし自身の嬌声を他人事のように聞きながら、とにかく承太郎という男についてを考えた。たくさん、たくさん。

例えば、こやつはどこから来た男なのだろう。名前からして日本人なのだろうか?しかしそれにしては目の色が鮮やかだ。そういえばジョジョの目とよく似た色をしているかもしれない。
例えば、わたしとこの男はどうやって出会ったのだろう。
どのようにして、関係を深めていったのだろう。
どうしていつも目を覚まして一番に聞く音が、鳥のさえずりや馬の蹄と車輪の音ではなくて、こいつの『おはよう』の一声なのだろう。

例えば、例えば、例えば――わたしはどうしてこんなにも承太郎のことを『知らない』のだろうとか、本当にもう、たくさんのことを。

「――あ、ああっ、ぁ」
「なに、考えてやがるんだよ、てめーは、こら」
「じょっ、じょーたろぉの、ことをっ、あっ、あっ、ん、ひっ」
「ほんとかよ」
「ほんとう、だとも!」
はち切れんばかりに膨れ上がった承太郎の陰茎が、わたしの腹の中で暴れている。腹が裂けるのではってくらい奥の奥までをごりごりと突かれてしまば、思考は霧散してゆく一方だった。
わたしはもっと、承太郎のことを考えていたいのに。
非難を込めて、承太郎を睨みつける。するとわたしの視線をどう受け取ったのかは知らないが、なにやら幸せそうな苦笑を浮かべた承太郎は、望んでもいないキスを仕掛けてくる始末だった。
思考が一層遠くなってゆく。上も下もぐずぐずになるまで犯されて、それでも保っていられる理性などは、少なくとも今ここにいるわたしは持ち合わせちゃあいないのだ。
「っ、ふ、はぁ、ああっ!あっ、あ!あああ!!」
「くっ、DIO……!いいか、痛くは、ないかっ」
「ないっ、ないっ、きもち、いいっ!こ、こんなの、他に知らなっ、あ、あ゛ァっ」
「そりゃあ、よかったぜ……!」
「ひぃっ!!?なっ、うぁ、ああっ、それ、そえぇ、ひぐっ、ァ、あっ、ああ……!!」
喉の1つや2つくらいぶっ壊してやるぜって勢いで、とにかくひたすらに喚き散らした。そうするのがとても気持ちよかった。
そんなわたしを見下ろして、承太郎が笑っている。この浅ましさを馬鹿にしているのかもしれなかった。少々腹も立つものであったが、そういう承太郎もやたらに本能を丸出しにした、呆れるくらい男くさい顔をしているわけなので、そんな男が人を馬鹿にしようなどとはあまりにも滑稽な話である。
なので、わたしも笑った。承太郎の滑稽を嘲笑した。
しかし暫く前からわたしは泣いてしまっているので、上手く笑えているのかは分からない。まあしかし、多少酷い顔になっていても問題ない。今のわたしを見ているのは承太郎だけだ。この男の前で自分を取り繕うことに、一体どのような意味があるというのだ。

「――俺は、忘れねぇぞ。なにがあっても、忘れねぇ」

承太郎の両手がわたしの頬を掬い上げて、そのまま触れるだけのキスをした。柔らかな感触が心地よくて、なのに反面どうしようもなく切なくて、泣いたものか笑ったものかも分からぬままに、わたしは目を閉じた。

「約束しただろ、DIO」
「ああ、そうだな」

なにが『そう』で、どんな約束なのかも分からないが。承太郎が言うからには、そういう出来事があったのだろう。

「承太郎、お前は忘れるなよ、わたしを、忘れるな」

わたしの口を借りた何者かが、承太郎に囁いた。
承太郎は別段動揺する素振りも見せず、再びわたしに口付ける。そして緩慢に下半身の動きを再開させた。1秒ごとに抽挿は激しくなる。承太郎の背にしがみ付き、やはりわたしはただただ、ないた。


薄れてゆく意識の中、次に目を覚ました時にはまず承太郎に、わたしたちは一体どのような関係にあるのかを聞きださねばな、と思った。どうせあいつは、律儀にわたしの目覚めを待っている。何度もそうしてきたように。
渋るようなら背中を蹴りつけて吐かせればいい。「愛しているぞ、承太郎!」とでも言ってやれば、奴はなんだかんだ言いながらも折れるのだということを知っている。頑固な癖に、変な所でちょろい男である。
装いきれない無表情で喜びをかみしめる承太郎の姿を想像るだけで、妙に幸せな気分になるものだ。あんな男なぞは、死ぬまでわたしに振り回され続ければいい。それがあいつの幸せでもあるのだろうし、中々理にかなった関係だとは思わんか。

なあ、承太郎?
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