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つまるところは、

「時に承太郎、日本には2月14日にチョコレートを渡すと1ヶ月後には3倍になって返ってくるという文化があるそうだな」
「おかえりの一言もなしに突然何言い出しやがるんだ、てめーは」

呆れ顔でコートに学ラン、帽子を部屋の隅へ放りやる承太郎を細まった両目で眺めながら、DIOは畳の上を転がった。
冬も盛りの時期ではあるが、相変わらずDIOが身に着けている上衣といえば背中の空いたインナー1枚である。剥きだしの両腕の間では、元の形が分からなくなる程に抱きしめられた承太郎愛用の枕が哀れな姿でひしゃげていた。
承太郎は適当な部屋着を身に着けて、DIOの隣へと腰を下ろす。乱れた金髪を更に乱すようにわしゃわしゃと頭を撫でてみれば、緩んだDIOの口元からはこそばしげで、どこか楽し気でもある息が漏れてゆく。どうやら酷く上機嫌であるらしい。
「で、なんだって?まさか律儀に用意してくれたってのか?お前が?」
「声が上擦っているぞ、承太郎。さては貴様、この日に期待をしていたな?」
「……してねーよ」
「下手な嘘だな、承太郎よ」
ケラケラと声を上げて笑い出したDIOの額をぺしりとはたく。普段ならちょっとした小競り合いになってもおかしくはない場面であるが、ぞんざいに扱われることを嫌っていたはずの吸血鬼はいっそう口の端を吊り上げて、承太郎の腹部へぐりぐりと頭頂部を押し付け出す始末であった。
「貴様は変な所で素直なのがいけないのだ。だからわたしに付け込まれるし、遊ばれる。たった今不快な思いをしているというのなら、それは『身から出た錆』以外の何ものでもない。ふふふ、青い男め」
小憎らしいニヤケ面にアイアンクローをかましてやりたくなる衝動を堪え、承太郎はくっと息を詰めた。別に、今更DIOの上からものを見る語り口に腹を立てているわけではない。本当に、そんなものは今更だ。
だから今この時の承太郎を苛つかせているのはDIOではない。いいや、それなりに苛ついていることは確かであるが、それ以上に『2月14日に期待をしてしまっていた自分』というどうしようもなく忌々しい存在が、素敵に絶望的な残念感を承太郎へ与えるのだった。

本日は、なんやかんやの末に深い関係に収まったDIOと、初めて迎えるバレンタインデーだ。
承太郎、18歳の冬である。

物品とは他者に贈るものではなく、世界中の有象無象から際限なく捧げられるものである、なんて傲慢極まりない価値観の元で現代生活を楽しんできたDIOが、いじらしくも自分の為にチョコレートを用意しているわけがない、万に1つもあり得ない――そうは思えども、承太郎もこれで多感なハイティーンなのである。みてくれはすっかり大人顔負けに成長しきってしまったものの、未だ1万分の1を期待してしまっても許される年頃であるのだった。
そういう、まったく「らしくはない」己を承太郎は恥じた。それでも期待を引込めることはできなかった。そこで自分から用意する、という発想が出ない辺りだけは、実に承太郎という男であるのだが。

「机の上だ」

顔を上げたDIOが、ばきばきに割れた承太郎の腹筋へ衣服越しにキスをする。承太郎は、ごくりと一度、唾を飲んだ。
「DIO、お前、マジか。マジなのか」
「マジもマジの大マジであるぞ、承太郎。今のところ、このDIOが一等に「あいしてやっている」のは他でもない貴様なのだし、それに貴様も、らしくはない期待をする程にわたしに入れ込んでいるようだからな。たまには施しの1つでもしてやろうというわけだ。ほら、貴様に拗ねられると困るのでな、その、ほら、食事とか、その辺が色々とな。ふふん、どうだ、いじらしかろう?心臓と下半身の辺りがきゅううんっとしたろ、承太郎?」
「うるせーぞ穀潰し」
「何を言おうが照れ隠しにしか聞こえんなぁ!」
事実照れ隠しである。急に口数の多くなったDIOの、こちらもまったく「らしくはない」恥じらいにも気付かずに、承太郎は平静を装って立ち上がった。

期待をするな、期待をするな、あれは人を誑かす魔物である、どうせぬか喜びをさせるだけさせておいて、昨日食べたカレーのルーがどんと置いてあるに決まっている――

そして妙な予防線を張りながら、DIOの読み散らかした本が散乱する勉強机へ目を向ける。
はたしてそこには――

「カ……カレーじゃあねぇ、だと……?」
「何故そこでカレーが出てくるのだ」

大粒のチョコレートの塊が――いわゆるトリュフと呼ばれる形態のチョコレートの3つばかりが、可愛らしい箱の中央に鎮座している光景が待ち受けていたのであった。

「ふふふふどうだどうだ嬉しかろう、わたしから貴様へのバレンタインチョコなるものであるぞ、承太郎」
「これもしかしてあれか、手作りか」
「ふむ?見て分かるものなのか?」
「包装のちゃっちさがいかにも手作りだ。つーかなんだこれ、ちいとばっかし箱がでけぇだろう。すっかすかじゃあねぇか」
「憎まれ口をたたかずともよいのだぞ、承太郎。ここにはわたしと貴様しかおらんのだから、存分に喜べばいい」
聞いたことのないような、優しげなDIOの声音である。承太郎ははっとして、両手の間に収めた箱から畳に転がるDIOへと視線を移した。仰向けになったDIOは相変わらず枕を腹の上に抱えたまま、いやらしく歪んだ両目で承太郎を見ている。露わになった前髪の生え際が、無性に愛しかった。
「どうだ、嬉しかろう。これがわたしの「あい」であるのだぞ、承太郎よ」
「DIO――お前、」

「ま、チョコレート本体を作ったのはホリィであるのだがなー」

歌うように呟いて、DIOはごろりと寝返りを打った。承太郎に向けられた背中には、くっきりと畳の痕がついていた。

「――……おいDIO、おい。ちょっとてめー、おい、こっち向け」
「今はこっち側を向いていたい気分なのだ――ぁあ!?」
「やっぱりか!やっぱりぬか喜びじゃあねぇかこの野郎!!」
「何をする貴様!!」
承太郎は、DIOの頭のすぐ上に膝をつく。そしてもぞもぞとするばかりで一向に承太郎を見ようとしないDIOの首を強引に引き寄せて、自分の方へと向かせたのだった。

「こんなもん何が『わたしから貴様へのバレンタインチョコなるもの』だってんだ!お袋から俺へのチョコじゃあねぇか!つーか冷蔵庫にもあいつから俺宛のチョコが入ってたんだが、まさかこれまったく同じ奴なんじゃあねぇだろうな!?」
「同じで何の問題があるというのだ!冷蔵庫にあるのは『ホリィが承太郎へ贈ったチョコレート』、そしてここにあるのは『わたしからのバレンタインチョコレートを期待している承太郎の為に、ホリィが作ったものをわたしが手ずから箱に詰めてやったチョコレート、承太郎の為にこのDIOが!』、略して『わたしから承太郎へのバレンタインチョコレート』だッ!買ってきたものよりも断然美味だったぞ!6つあったうちの3つを食べたわたしが言うのだから間違いはない!」
「なんでてめーが食っちまうんだよ!」
「やめろ髪が乱れる!」
「元々わっしゃわしゃじゃあねぇかクソッ!」

手作り、という単語に拘れば拘るほど、自分が酷く矮小というか、DIOに小馬鹿にされるような子供になってしまうことは分かっていた。
分かってはいるのだが、一瞬でも「あのDIOが自分の為に労力を惜しまず手作りをしてくれた」と思ってしまったことと、結局はそれが食べ慣れた母親お手製の品だった、というコンボは承太郎に行き場のない苛立ちを与えるばかりなのだった。
「……大体お前、どうせ今日も暇だったんだろうが。あいつなら誘うだろ、一緒に作ろうとかなんとか。お前なにしてたんだ」
「貞夫と競馬を見ていた」
「また競馬かよ。すっかり嵌っちまって――貞夫?あいつ帰ってきてたのか?」
「先週からホリィがそわそわしていたではないか」
気付かなかった、と思うと同時に、承太郎はひびのような皺が入った眉間へと手をやった。
あの母のことだから、おそらく父が帰ってくる旨などは連絡があった日に話していたのだろう。そして息子とその恋人のようなものの前でも、憚ることなく浮かれていたのだろう。思い返してみれば、確かに先週あたりから家の空気が浮ついていたような気がしないでもない。
気付かなかった。承太郎は溜息をつく。
承太郎の頭の中から「父の帰還」というイベントがまるっと抜けてしまっていたのは、偏に承太郎も本日バレンタインへの期待と自己嫌悪の狭間で揺れに揺れ、人知れずそわそわしていたからに他ならないのであった。
「今夜はデートだそうだ。貴様のことをとても気に掛けていたようだったが、まああれも母である前に女であるのだし、偶には遊んだところで罰なども当たるまい」
「……夕食の準備くらい、自分でできるっつーんだ……」
「承太郎?」
瞬間的な怒りが過ぎ去ったのちに残ったものは、果てのない脱力である。DIOの上に覆い被さるように伏せった承太郎は、薄いインナーに包まれた腹部に額を押し付けた。
「……そんなに手作りがよかったのか?そこまで落ち込まれてしまうと、わたしもさすがに若干引くぞ」
「そういうこっちゃねぇんだよ。なんつーかなぁ……なんで俺はこんなろくでもねー奴に必死になってんだとか、それでも手放せねーってのはもう、なんかの病気なんかじゃあねぇのかよとか、てめーのことを考え出すときりがない上に、なんか妙に疲れちまうんだよ、この野郎」
「その病の名を知っているか、承太郎?「あい」というのだそうだ。ふふ、なんとも陳腐な男だな、お前という奴も。忌々しいスタンドを振りかざしてみたところで、そこらを歩く阿呆面をした学生と変わらんのではないか」
「その陳腐な男に纏わりついてきやがるてめーはなんだってんだ」
「だからそれも、「あい」なのだろう?おお、なんと安っぽい!迂闊に口に出すものではないな、頭が腐ってしまう」
承太郎は体を起こし、畳に両手をついた。腕の間にはDIOがいる。承太郎の影の中にすっぽりと収まってしまったDIOが、室内灯の明かりが届かない場所で、ひっそりと頬を染めている。つられるように、承太郎の頬にも赤みが差した。
そしてそのまま数秒間、睨み合うように見つめ合ったのちに、承太郎は上を向いたDIOの唇へとキスをした。啄むたびに鳴るリップ音が滑稽なまでにいじらしく、とても、愛おしかった。
「……そうだな、肩透かしを食らって腹を立てている承太郎の為に、このDIOが一肌脱いでやるとするか」
「今からなんか作るつもりか?」
「そんな面倒なことなどするものか。いいか、承太郎。今夜は、ホリィも貞夫もいない。ここの家にいるのは、わたしとお前だけなのだ」
「……そりゃあつまり、――っ!?」
さながらジェットコースターのような重力に襲われると同時に、一瞬だけ視界が眩む。畳へと強かに後頭部を打ち付けられた衝撃に、目が回ってしまったのだ。
視界が開けたと同時に、承太郎の腹部がとんでもない圧迫感に強張った。力づくで承太郎を引き倒した吸血鬼が、体重がかかってしまう、なんて遠慮をする素振りもなく、尊大な調子で承太郎の腹の上に乗っかっていたのである。
DIOが2度、3度、自らの陰茎を跨った腹に擦り合わせる。にやりと歪んだ赤い唇からは、鋭い牙が覗いていた。承太郎を丸呑みにしてしまわんばかりの、挑発的な表情である。なのに生白いの頬は先程までの恥じらいの色に染まったままであるというのだから、承太郎の脳はぐらりと揺れるばかりであった。魔性と純真の狭間に立つDIOは、例えようもなくいやらしかった。

「3月14日には3倍にして返すのだぞ、承太郎」

4倍でも5倍でもいいが、と嘯く赤い唇へ、承太郎は噛み付くようなキスをした。





ざばん、と薄緑色の水面が揺れた。浴槽の底へ底へと沈んでゆこうとするDIOの体を咄嗟に抱きとめて、承太郎は何度目かも分からない溜息をついた。

『――あ~~ッッ!!承太郎、そこっ、そこだ、そこ、もっとっあっ、あっ、あァ、こ、これぇ、これだ、これっ、ひ、あ、あ――!!』

「んん……承太郎、もっと下だ、下……もっと、前髪の辺り……」
「……」
「うむ、そうだ、そこだ、そこ……それでいい……」

『っ、貴様は何をっ、このDIOの許可なく射精しているのだド早漏!立派なのは見てくれだけか!なんと耐え性のないッ!ほら早く勃てろよこのだらしないペニスを、早く、早くッ!腑抜けたペニスなどただの肉だッ!こんな根性もクソもないものでわたしが満足できるわけがないことくらい分かっているだろう、承太郎ッ!!』

「……おい承太郎、そこ、もっとだ……まだ少々、痒い……ん、そう、そう……ふふふ、やればできるんじゃあないか……」
「…………」

『あぁ、あ、ああんっ、ひぃッ、い、イイ……!こ、こんなッ、こんなぁあっ、あああっ、す、すごいぃ、じょぉたろ、じょーたろぉ、すごい、すごいなぁ、お前……!こんなに奥までッ、あ、ああっ、も、もうだめだっ、わ、わたし、もうじょーたろぉじゃあないとぉ、ひっ、も、もう、だめぇ、あっ、あっ、あっでっ、でる、承太郎……!あぁっ、あ、あああ――~~!!』

「――……なあ、DIOよぉ」
「ん、どうした」
「今日のあれっつーつのはつまり、チョコが用意できないお前が代わりにお前本体を俺に寄越してきた、ってことなんだよな?」
「んん?それが、どうしたというのだ」
「てめー、最初の方に『今日は好きにしていい』とか言ってたよな?」
「……言ったか?」
「言ってたんだよ。でもなんつーか、結局いつも通り――っつーか、むしろいつも以上にてめーばっかりが好き放題しやがって、なんか俺の方が色んなもんを持って行かれた気分なんだが、これでも来月には3倍返しとかしなきゃあならねぇのか?」
「それはもちろん――いや、おい承太郎、話す前に泡を落とせ。目に入りそうで落ち着かん」
「……目ぇ瞑ってろよ」
「んー」
冷えたタイルの上にしゃがみ込んだ承太郎は、満杯まで張った浴槽の中から上半身だけを突き出したDIOの頭にシャワーをかけ、良く泡立ったシャンプーを丁寧に落としてゆく。傍から見れば従者同然の己の姿はどう考えったって滑稽である。承太郎の憂鬱は深まってゆくばかりであった。
「もういいぞ、顔上げろ」
「……うむ、ご苦労」
ゆっくりと首を持ち上げたDIOは濡れた髪を掻き上げながら、承太郎へ笑いかけた。くったりと力の抜けた笑顔である。どうにも無防備で、邪気がない。こんなものに騙されちゃあいけねぇ、とは思えども、緩やかに加速してゆく脈拍を止めることはできなかった。
承太郎は溜息の代わりに舌打ちを漏らした。微笑みを湛えたDIOは、承太郎の頬に両掌を張り付けた。

「口では何と言ったって、わたしの中に出してしまった時点で貴様の負けであるのだぞ、承太郎。いい思いをしたのだろ?ふふ、来月が楽しみだな」

可憐ぶった表情を浮かべながら言うことがこれである。これがDIOという男なのであった。
諸々の諦めと共に、承太郎は赤い唇を啄んだ。応えるようにDIOも顔を傾けて、口付けはじりじりと深いものになってゆく。どちらのものとも分からない唾液が口の端から溢れだした頃に、自然と唇同士は離れていった。尚も承太郎の渋面は崩れない。DIOは、声をあげて笑った。

「ふふふ、こういうのはな、承太郎。往々にして、突っ込んだ方が不利になるものなのだ。理不尽な思いをしたくないのなら、精々慎重になることだな。ま、年頃の若造には無茶な話かもしれんが」

むにむにと頬を押し潰すDIOの両手が憎らしかった。というかもう、DIOという存在そのものが憎らしくてたまらなかった。そうは思えども――

『あ、あい、してるっ、じょうたろう、ァ、あっ、じょお、たろぉ、ふ、ふふっ、このDIOはッ、承太郎を、あいしているッ!』

半狂乱でそう喚き散らしたDIOのことを、この世の何よりも愛おしいのだ、と思ってしまった感情もまた、承太郎の内から生まれたものなのであった。
あい、とはやはり、性質の悪い病である。そしてその時々で在りようが簡単に変わってしまう、物凄く陳腐なものである。けれどそんな感情自体も愛おしいと思ってしまうのだから、ここまでくればもう、腹を括ってその病と付き合っていかねばならぬのだ。
承太郎はDIOの手を振り払う。そして承太郎の動向を探るようににやにやと笑う端正な顔を引き寄せて、一際深い口付けを与えたのだった。


「情熱的じゃあないか、承太郎?もう一回するか?」
「……これ以上3倍返しの内容が増えると困るんだが」
「明日からひと月貯め込めば、ホワイトデーに腹上死、だとか間抜けな事態にならずに済むかもしれんぞ、承太郎」
「どんだけ搾り取るつもりだよお前……」








DIO様は期待させるのも裏切るのも上手いはずという偏見
分かってるのに一々ぬか喜びしてしまって結局やれやれ(沈)ってなる承太郎マジ男子高校生


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