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ベッドの上の魔物

寝室へと続くドアのノブに手を掛けた瞬間に、じん、と首の付け根が熱くなった。丁度、左側。そこには生まれた時からずっと、星形の痣が我が物顔で居座っている。普段はなんてことのない痣なのだが、今このドアの向こう側にいるのだろう存在が近くにいる時だけは、うっとおしい程の自己主張をするのだった。

気付かないふりをしていれば大人しく帰ってくれるのだろうか、とは毎回思うことであるのだが、未だに実行に移せた試しはなかった。結局どうあってもあの人を放っておくことの出来ないぼくは、どこかがイカれてしまっているのかもしれない。しかしドアの向こうにいるのは気合も年期も入ったイカレ野郎であるわけなので、息子であるぼくもそうだとしてもおかしくはないのだろう。つまりは遺伝である。責任の所在は父にあるのだった。
重苦しい溜息を吐きながら、部屋の中へと侵入する。ここはぼくの部屋なので、本来ならば侵入よりも帰宅の方が正しい。ただあの父は、寝そべったその場所を自らの玉座に変えてしまうという、真に馬鹿馬鹿しくも恐ろしい能力、あるいは魔力というものを持っている。父の気配で満たされた空間は、最早異次元だ。
それは今日も変わらない。人の寝室を自分の空間に作り替えた化け物は、窓際のベッドの上で、呑気に本を読んでいた。

「また家出ですか?この前来たばかりなのに」
「そう日も置かずこの父に会えて嬉しいだろう、ハルノ?」
「……また勝手に人の本棚漁って」

父の寄りかかった窓からは、中天に懸る月が覗いていた。まるでこの異形の麗人を称えるがごとく、巨大な満月である。
青白い光を背負った父は怖気がするほど美しかった。その美貌を見る度に、ああやっぱりこの人はぼくとは違う生き物なのだなと、何度も感じずにはいられない。
「わたしに読ませるためにせっせと増やしているのだろう?ならばしかと読破してやるのが礼儀というものではないか」
「いつ来ても変わり映えのしない本棚だとか、駄々を捏ねたのはあなたでしょうが」
「つまりお前はわたしを喜ばせようとしているわけだ。いじらしいな、息子よ」
「親孝行とかじゃあないですよ。駄々っ子にお菓子を与えるようなものです」
ベッドの上に広がる本を適当に積んで、空いたスペースに腰かける。スプリングの反動で数冊が下に落ちてしまったが、それを拾ってやる義理などはない。無視をした。
ぼくにはぼくの主張もあるのだが、やっぱり行き着く所、この本たちは父を喜ばせるために買い揃えたものなのだった。だからこれは父のものだ。自分のものは、自分で拾うべきなのである。それを大事に思うのなら。
「おっと」
音に反応した父が、ずるずるとベッドの上を這ってゆく。そうして手を伸ばし、拾い上げた本の3冊ばかりを山のてっぺんに積み上げた。
「殊勝なこともできるんですね」
「こうした方がお前は喜ぶのだろう?」
「ニヤニヤしないでください」
「ニヤけているのはお前だよ」
父は、人(人間の形をして、人間的な知性を持っているという意味で)として当たり前の行動をしただけだ。だから本を拾ってくれて嬉しいなんて、そんなことを思う必要はない。
少々弛み気味だった表情筋に力を入れてみれば、父の嫌な笑顔は余計に深まったのだった。無視だ、無視。こんな話題、続けるだけ無駄なのだ。
「それで、今度の原因はなんなんです。大方あなたに問題があるんですから、早い内に謝っておくのをお勧めしますよ」
「別に喧嘩などしていない。今回は旅行だ」
「旅行?あなた一人で?」
「いいや、奴も来ている」
「へぇ。珍しいこともあるものですね」
月の懸る窓際へ戻った父を見てみると、その顔はぼくの知るいつもの父よりもほんの少しだけ、優しげであるようだった。なんだか人間臭くて、彼には似合わない。あなたは性根の悪さを隠さない顔をしている時が一番綺麗ですよ、と思ったが、言わないでおくことにする。このぼくの胸の内にある、彼の恋人へのちょっとした嫉妬心。彼自身に知られてしまうことは、これ以上ない屈辱である。
「いつまでこっちに?」
「5日ほど、と言っていたが、お前の所に顔を出せるのは今日だけだ。明日にはまた移動するらしいのでな」
「そう、ですか」
「寂しかろう?ハルノも可哀想になぁ。せっかくこの父に会えたというに」
「安心してください。ぼくもとっくに、親が恋しいって年は通り越してますし」
「ハルノ」
「なんです」
「おいで。通り過ぎた年月の分も、この父が構ってやろうではないか」
口の端を上げただけの、挑発するような笑顔は艶めかしかった。こんな表情にどきりと胸が高鳴るたび、果てしないやるせなさがぼくを刺し貫くのだった。

父の言動から、父性愛だとかを感じたことは一度もなかった。
そもそもこの人には人の親になる素養がないのだろう。彼なりにぼくを可愛がっているようではあるが、それは犬の顎の下を撫でるようなものでしかない。と、どうにも彼が嫌いらしい犬で例えてみることで、一先ず溜飲を下げておくことにする。ぼくだけがこの人の一挙一動に気を取られてばかりだなんて、そんなの絶対におかしい。不公平だ。

「じゃあ膝、借りますね」
「ハルノは子供だな」
「子供ですよ。あなたの」

ただ――それでも親は親だった。こんな父親ではあるが、ぼくと血の繋がった、ぼくと同じ髪の色をした肉親がこの世のどこかに生きているというだけで、不思議と救われたような気分になる。
本当にろくでもないし、本当の意味でひとでなしな男ではあるのだが。硬い膝と頭を撫でる掌の感触に、泣きたくなるような安堵を催してしまうのだった。

「やはりなんとなくわたしに似ているな、お前」
「ぼくもあと何年かしたら、あなたみたいになってしまうんですかね」
「ん?なにか棘を感じるぞ」
「だってあなた、顔に性悪って書いてありますから。そうはなりたくないなぁと」
「それはお前がわたしに抱くイメージが、この目に映っているだけだ。性悪なぁ。父親相手に言うではないか、息子よ」
「ちょ、やめて下さい目が乾くっ」
「ふふん、目の色は全く違うのだな」
「当たり前でしょう、ぼくは人間です」
無遠慮に人の下瞼を引き下げる指先の白さは、決して人間の色彩ではない。爛々と輝く瞳の赤色だって。やはりぼくと父は、どこまで行っても違う生き物なのだ。その事実に心の底が冷えるような悲しみを感じるのは、決しておかしなことではないのだろう。この父とは違い、ぼくには家族への情というものがあるのだから。

いずれぼくは彼を追い越して、この世からいなくなる。ぼくだけではない、彼の恋人だって。このろくでもない父が家出をするたびに迎えにくる空条博士とて、この人をあの世へは連れて行けやしない。

「ああ、しかし。人間をやめる前は、お前と似たような色の目だったような気もするな」

額に押し当てられた掌の冷たさに、わけもなく泣きたくなりながら唇を噛んだ。
こんなどうしようもない憂鬱なんて、この聡い父は察しているだろうに。彼は微笑を湛えた美貌でじっと、ぼくを見下ろすだけなのだ。
「わたしが憎いか、ハルノ」
「どうして今更、そういうことを聞くんです」
「そういう目でわたしを見ている」
「怒ってるだけです。ほんの、すこぅしだけ」
「何故?」
「あなたが美しすぎるから」
ぼくの口から滑り出した言葉に、父は一瞬瞠目した。そして目を泳がせて、なにやら逡巡をしている。
「ひょっとしてわたしは口説かれているのだろうか?」
「父親なんか口説いてどうするっていうんです」
「だって、分からんぞ。わたしが美しいからと言って、何故お前が腹を立てることがある」
「それは――」
その化け物じみた美貌を見る度にあなたが人間ではないことを思い知らされて、ぼくはどうにもならない心配を――1人残されたあなたがどう生きていくのだろうかとか、本当に下らない心配をしてしまうのです。だからあなたのその、呪いのように美しい顔を忌まわしく思うのだ。
なんて、言えるかそんなこと。恥ずかしい。
「……あなたはどうだったんですか」
「わたし?」
「あなたの、父親。ぼくの祖父ですか。嫌ったりしてました?」
「だから殺した」
「へ?」

そうして笑った父のかんばせは、これまで見てきたどの瞬間よりも美しく輝いているように見えた。

「ふふ、嫌いだって?その程度の言葉で片付けろだなんて、無理を言うなよ。ふふふ」

いつの間にか――月が、立ち込めた雲に翳っている。代わりをするように、三日月の形に吊り上った父の唇が、ぼんやりと薄闇に浮かんでいた。
三日月が降ってくる。ぼくの額へそっと触れる。その色の毒々しさからは想像のつかない、柔らかな接触だった。

「もう、夜も深まっているようだが。お前はまだ寝ないのか?」

唐突にそんなことを言い出した父は、2度3度とぼくの顔中にキスをする。つい数秒前までの、冷たく張りつめた空気を払拭するように。
話したくないのだろう。自らの父のことを。ならばぼくも聞かない。知る必要もないことだ。

「まあ、眠いと言ったら眠いんですけどね。でもせっかくあなたが来ていることですし、今夜くらいは起きててあげますよ。構ってほしいんでしょう?」
「わたしがお前を構ってやるのだぞ、ハルノ」
「はいはい」
父の金髪に指先を絡め、白磁の頬へキスをした。やはりそこに体温はない。けれどぼくが触れた箇所だけは、微かに熱が宿ったような気がする。そう思いたいだけなのかもしれないが。








ファザコン気味な自分にやれやれと思いつつDIO様に甘えたり甘やかしたりするジョルノとか可愛いんじゃなかろうかと思います


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