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17歳のファザー・コンプレックス

ひとまずジョルノは瞬きをしてみることにした。
シャッターを切るようにぱちぱちぱちと、3度、4度。コマ送りに映し出される映像は何度瞬こうが変わることはなかったので、今度は軽く自らの頭を小突いてみる。寝起きの脳がぐらりと揺れた。一拍遅れてじわりと忍び寄るような吐き気がやってきた。秀麗な顔を不穏に顰め、ジョルノは利き手の掌で目元覆った。
そして、深い溜息である。
メランコリックを通り越して絶望的、どこまでも重々しい二酸化炭素の塊は、白い靄となって冬の部屋に霧散した。

「…………」

ジョルノの白い裸体が毛布とシーツの隙間から這い出して、きい、とスプリングが小さく鳴る。
途端に全身が粟立った。暖房のタイマーをかけ忘れた朝の部屋は、窓の外の通りと比べても遜色がない程に冷えていた。現在彼が申し訳程度に身に着けている黒い下着と、何故か片方だけが土踏まずの辺りにしがみ付くように引っ掛かっている靴下だけでは、到底太刀打ちできる気温ではない。
それでもジョルノに躊躇はない。身震いはなく、またベッドサイドのブランケットに目もくれず、敢然と冬の大気を突っ切ってゆく。パンツ一枚のジョルノが辿り着いたのは、ベッドから数歩離れた位置にあるローテーブルだった。うっすら埃の積もったガラスの上には、ぽんとそれだけ、充電器の刺さった携帯電話が置かれている。
コネクタを抜き、手に取った。アドレス帳から連絡先を呼び出して、受話口を耳に押し付けた。単調な呼び出し音を無感動に聞きながら、ジョルノは今しがた脱出してきたベッドの端に腰を下ろしす。そしてもう一度、ふぅぅっっと地獄の底からやってきたような溜息を吐いたところで、呼び出し音がぶちりと途切れたのだった。ジョルノは大きく息を吸った。

「おはようミスタ、朝早くにすみません、ちょっと確認したいことがあって――いえ、その件はもう大丈夫です、ありがとうございます。ええとですね、物凄く私的なことなので君に話すのもどうかとは思ったのですが、こういうことで頼りになりそうなのって君しか思い付かなくて――ああ、ありがとう、本当に君は頼もしい。
それじゃあその、君の思ったことをそのまま答えて欲しいのですが――ええと、ぼくさっき起きたばっかりなんですけど、なんかパンツ1枚しか履いてなかったんですね。どれだけ考えても脱いだ記憶はないし、そもそも昨日家に帰ってからの記憶も――いえ、いえ、パン1は本題ではありません。ここからです。

……そのですね。その、ほぼ全裸のぼくの隣にですね、似たような格好をした人が寝ていたわけですよ。しかもなんかこう、ぼくにぎゅーっとしがみ付くみたいに抱きついて。加えて、あの、首の所に虫刺されであって欲しい痕跡がいくつか付いちゃってるんですけど、君これどう思います?」

カチ、と音を立てながら、掛け時計の短針と長針が重なった。

『……そりゃあお前よぉーー、ゆうべは おたのしみでし』
「あ、もういい、もういいですやっぱりそうですよねそれしかないですよねうわあああ」

ぼふん。
勢いよく背中から倒れ込んだジョルノの体を、よれたシーツは微かな埃を巻き上げながら受け止めた。その少し上方では、巨大な大福のように丸まった毛布の塊の中核が、寝息と共にうりぃーとむずがるような呻き声を上げていた。




とにかくミスタは体を起こしてみることにした。
睡眠時間1時間足らずの体は鉛のように重かったが、すっかり冴えてしまった頭がむずむずとして横になっているのが落ち着かない。たった今まで横たわっていたソファーの背凭れに寄りかかると、力の入らない体がずり、と前方へと滑っていった。ソファーの前に設置したローテーブルの縁に足の指を引っ掛けて、とりあえずの姿勢を固定する。
「おぉい、おーい、ジョルノ?お前生きてるよなぁー?まさかショック死とかしちゃいねーだろーなぁ、おい?」
『むしろしにたい』
「勘弁してくれよボス!」
今朝のジョルノの様子はあまりにも「らしくない」。ミスタの困惑は深まってゆく一方である。
とにかく我らがボスが酷く打ちひしがれているのだろうことは確かであるので、ここは気の利いたフォローの1つでもくれてやらねばと、ちょっとした使命感を胸にミスタは続けた。
「別によぉー、一組織のボスだからってんなことまで自制しなくちゃならねぇわけねーっつうか、むしろ女の1人や2人侍らすくらいがちょうどいいんじゃね、箔とかもつくんじゃねっつーか、まあほらあれだ、お前もそろそろ17とか、割と遊び対盛りの年頃じゃあねぇか。ボスになってからギャング一本で生活犠牲にして働いてきてたわけだしなぁ、たまにゃいい思いしたって誰も咎めやしねぇよ、マジで。俺だってお前みたいな年の頃にはそりゃもう――」
『そういうことではないんです』
「……あ、そう?」
だったらどういうことなのだ。呆れたように仰け反ったミスタの首がぽきりと小さな音を立てた。
『そのですね。その。憎からず想っていた相手だったわけです』
「ふぅん?ああだから、記憶ぶっ飛ぶようなあれじゃあなくて、ちゃんとリードしてやりたかったとか?」
『そういうんでもないんです』
(だからどういうことなんだよ!?)
あまりにも要領の得ないジョルノの語り口は、それはもう大いにミスタを苛立たせるのだった。
きっと相手がジョルノでなければ、ここいらで「多分俺じゃあお前の力にゃなれねーよ頑張れ応援してるそれじゃあまたな、別に顛末とか教えてくれなくてもいいからな!」とでも捲し立てて通話を切ってしまっていたのだろう。割り切りがいいというか、存外淡白な男なのである。
しかし現在電話を隔てた向こう側にいるジョルノは共に視線を潜り抜けた戦友であり、この数年間唯一の「ボス」として担ぎ続けてきた男だった。それに先ほども本人に言った通り、「普遍的な思春期の少年」としての時間を犠牲にし、身を粉にして働く彼の生活を気にかけていたのも確かなのである。その道を選んだのは他でもないジョルノ自身であるのだが、誰よりも長く、そして近くで彼を見ていれば、情の1つや2つも湧こうというものだ。

ミスタはテーブルの上に飲みさしで放置していたアルミ缶を手繰り寄せた。
傾ければ、温くなった甘い液体がぬめるように、渇いた口を潤してゆく。

そうしてミスタは、ジョルノの言葉を待った。
きっと最初から、ジョルノは助言もフォローなども欲してはいなかったのだ。ここは聞き役に徹するのが最善であるのだろう。缶の中身を、もうひと口。二口。三口目を喉を鳴らしながら嚥下ところで、受話口の向こうの空気が揺れた。
『なんていうか、ですね。その、想っているっていうのは、そういうことをしたいわけじゃあなくて、ただ一緒にいてくれるだけでいいとか、ぼくのことを忘れずにいてくれたらいいだとか、そんなものだと思っていたわけです。自分ではね』
「うお、なんだそれすっげー健気」
『でしょう。なんか自分でも引いちゃうくらい健気なんですよね、あの人に対するぼくって。馬鹿だ馬鹿だとは思えども、こういう片思いみたいなことをしてる自分っていうのがどうにもおかしくて、ちょっと楽しんでたところもあったんですよ。それで満足だって。これでいいんだって。今思えば自分に言い聞かせてただけなんですけどね』
「あー。あーそっか、そっか。お前よぉー、うっかり気付いちまったんだなぁ。だからすっげー焦って、もうどうしよぉーってなってるっつーわけだ」
『あはは、正解です。案外ぼくも、どうしようもない男だったみたいです』
「はは、意外だわ、すっげー意外」
空になった缶を放り投げ、ミスタはソファーの上に転がった。

『ほんと――そういうことを思っちゃいけない人なのになぁ』

隠すことのない切なさの滲んだジョルノの声を聞きながら、ミスタは微睡むように目を閉じる。
瞼の裏にぼうっと浮かび上がったジョルノは、困ったように笑っていた。途方に暮れた迷子のような、ジョルノにしては年不相応に幼い表情である。
むろんミスタは、そんな顔をするジョルノを見たことはなかった。だから思い浮かべた映像などは妄想でしかないのだが、なんとなく本当に、そうした顔をしているような気がしている。
『本当にそういうことをしてしまったのだとしたら、ホント死にたいって思いますし。罪悪感で死ねるって程度には、ぼくだって人並みの倫理観を持ってるつもりですし。
でも心のどこかにそういう感情があって、なにかの拍子に出てくるほど耐え性のないものだっていうなら、こんなのもう絶望するしかないですよ。あーあーまったく。なんでこんな、普通に生きてたらしなくてもいい葛藤なんかしてるんでしょうねぇーこんちくしょう』
「それもしかすっとよぉー、略奪愛とか、そういう?」
『略奪。……うーん、まあそうっちゃあそうなんですけど、もっと別の、もうどうにもならない問題があってですね』
「どんなだよ?」
『父親です』
「……は?」
『だから、朝起きたら父親、ぼくの父がですね、全裸同然の格好で寝ていたわけですよ。ぼくの隣で。一応パンツ履いてるみたいなんですけど、こんな紐のTバックなんて履いてない方がよっぽど健全なんじゃあないかって類の下着です』
「え、ちょっと待って、待てよおい、ん、んん?」
2度寝の世界へと旅立ちかけていたミスタの意識はしかし、電池を入れ替えたばかりのシェーバーのごとく覚醒した。跳ねるように起き上る。足元でアルミ缶がばき、と音を立てながら潰された。
「――母親じゃあなくて!?」
『え、そこですか?』
「ああいや、いや、問題はそういうこっちゃないんだよな!かーちゃんでも余裕でアウトだよこんなもん!つーか父って!父親ってお前!Tバックってお前!」
『冗談ですよ』
「はあ!?」
『こんなの真に受けないでくださいよ。冗談ですってば』
「……なんつー性質の悪い!」
『えへへ、すみません。まあすごい下着履いた父親がいるのは本当ですけど』
(知るか!!)
心の中で吠えながら、ミスタは脱力した。再び背もたれに寄りかかれば、重くなった体はずりずりと重力の方向へ引っ張られてゆく。最早足で支える気力もない。
「……で、ほんとのところは?」
『実はその相手っていうのが、人間を食い物にする吸血鬼でしてね。ぼくは罪のない人々を犠牲にしてきたその人への嫌悪感と、そうしなければ生きてゆけなかったその人への憐憫の間で酷く揺れたりなんだりしているわけなのです』
「そういうのマジもういいから……」
『そうですか?ま、なんにせよありがとうございます、ミスタ。君のおかげで、ちょっとばかり調子を取り戻せたみたいだ』
「そりゃあよかった光栄ですよぉー我らがドン・パッショーネッ!」
『はは、そう怒らないで。ちょっとした照れ隠しです。これまで自分についての問題は自分で解決するものだと思ってたし、実際そうしてきたつもりなんですけど、たまにはこうやって人に聞いてもらうのもいいものだなって、なんだか感動してるんですよ。
だから本当に、ありがとうミスタ。君がいてくれてよかったです。それじゃあまた後で』
「……大袈裟だってーの、ったくよぉー」
携帯電話を放り出し、ミスタはソファーではなく絨毯の上に寝転がる。暖房の利いた部屋は、隅から隅までが心地よい温もりに満ちていた。




差し当たってDIOはシーツの上を転がってみることにした。
体温のない吸血鬼であるDIOが一晩を過ごす寝台は、朝になってもひんやりと冷えたままであるのが常だった。しかし今朝は、ジョルノが一晩を過ごしていた一部分だけがほんのりと暖かい。そこへと鼻先を埋め、DIOはとろりと微笑んだ。
自分に父性などがあるとは全く思ってはいないのだが、どうやら我が子の体温を愛おしく思う程度の情は持ち合わせていたらしい。そうした感情を持つ自分というものがどうにもおかしくて、DIOは上機嫌にシーツに頬を擦り付けるのである。
「別に、なにもなかったが」
「――は?」
「だから、お前が思っているようなことは何もなかったのだと言っているのだ」
DIOはジョルノが通話を終えたタイミングを見計らって声を掛けた。どうやらDIOが目を覚ましていたことには気づいていなかったらしい。仰向けに寝そべっていたジョルノは、転がるように体を反転させた。
「い――いつから起きてたんです、あなた」
「ええと、何分ほど前だったかなぁ。お前の電話で言うところの、パン1は本題ではないとか、そういう」
「つまりほぼ全部聞いてたんだってことですね、クソッ!」
「おいおい、あまり汚い言葉を使うなよ」
「なにを父親ぶったことを!」
一晩包まっていた毛布の中から首だけを突きだして、DIOはジョルノに笑いかける。我が子が可愛くてたまらないとでも言わんばかりの、やたらに慈愛に溢れた笑顔だった。もちろんそんなものはジョルノを煽るための、仮初の父性でしかない。ジョルノが苛立ち紛れに繰り出したデコピンを食らうところまでを含め、DIOなりの息子とのコミュニケーションである。
「お前は、部屋を間違えたのだな。とっくに日付も変わってしまったような夜中に帰ってきたと思ったら、そのままシャワールームに直行したようで、しかしそれから10分も経たないうちにわたしの部屋へ転がり込んできた。その時のお前ときたらまあ、せっかくのわたしの遺伝子を台無しにする酷い面をしていたものだから、これは疲れているのだなぁと。無言でベッドにまで乗り込んできた狼藉を深い慈愛で以て受け入れて、この部屋で一晩――というか、数時間か。その程度の時間を過ごさせてやったというわけだ」
DIOは、互いに腹這いで向かい合った息子の髪へと手を伸ばした。適当にタオルで拭っただけの髪はぱさぱさと痛んでいて、お世辞にも手触りがいいとは言えない。それでもDIOは愛おしげに眼を細め、あちこちに跳ねる寝癖を撫でつけるようにジョルノの頭を撫でるのだ。
「じゃあ、ぼくがこんな格好をしているのは」
「服を着るのも億劫だったのではないか。なのに靴下を片方だけ履いていたのが大変まぬけで愉快だったぞ、ハルノ」
「……それじゃあ、あなたのその、いわゆるキスマーク的な痕跡は……?」
「的もなにも、見た通りのキスマークだろう?お前が付けた」
「…………もしかして、その、ぼくあれですか、寝ぼけながらあなたにちゅっちゅやっちゃったとか、そういう感じだったりするんですか」
「いぐざくとりぃー」
気だるげな吐息と共に呟きながら、DIOは仰向けになって天井を見た。視界の外ではううう、ともおおお、ともつかぬ唸り声を発するジョルノが、なにやらシーツの上でもんどりうっている。
「するか?もっとすごいこと」
「するか!」
「『そういうこと思っちゃいけない』、なんて言っちまうような感情を、他でもないこのDIOに抱いているのだろ?わたしは別に構わんぞ?」
「結構です。こんなの、時間が経てばどうってことなくなるものなんですから。いいですか、ぼくはですね、思春期ど真ん中の時期にあなたみたいな化け物と遭遇して、ちょっと混乱してるだけなんです。おまけに、ほら、この前見せてあげた写真。あんなの持ち歩くくらいちょっと、焦がれてたところもあった相手だったものですから。ファザコンが変な方向いっちゃってるだけで、いわばこんなのはバグなんです、バグ。未だ若輩者であるぼくの構造上の欠陥です。人間として成長するにしたがって、親恋しさなんてなにか別の、仕事だったり生き甲斐だったりで補填されていくものなんですよ」
「ばぐとかなにか、よく分からんが。つまりわたしはどうすればいいのだ?」
「なにもしないことに努めて下さい」
「ふふふ、それだけのことを伝える為に、よくもまあ長ったらしい理屈を並べたててみたものだ。お前の大いなる無駄に免じて受け入れてやろう。わたしは、お前が一匹の大人として自立するまで大人しくお前を見守っていることにする。これでいいのだな」
「お願いしますよ、本当に」
ぐだぐだと会話を交わす2人が、寝返りを打ったのはほぼ同時のことだった。再び腹這いになって向かい合い、片方は苦笑を漏らし、もう片方はにやけながら小首を傾げる。壁掛け時計の短針が、重い音と共に先へと進んだ。DIOにとっての「昼間」はとっくに終了しているのだ。片方の手で涙の滲む目元を拭いながら、もう片方の手でジョルノの頬を撫で、DIOは一際穏やかぶって微笑んだ。
「ま、『もしもの時』は大人にしかできない方法で親恋しさなるものを補填するといい。お前に付き合ってやるのはやぶさかじゃあないぞ、ハルノ」
「その時はその時でお願いしますよ。その前になんとかなるような気がするんですけどね。――まあでも、あなた本当は、口で言うほどぼくとそういうことしたいって思っちゃいないでしょう。結構楽しんでますもんね。なんていうんですか、こういう、親子ごっこ?みたいなの」
「ほう?欠陥を抱えた若輩者が、分かったような口を利くものだ」
「分からないなりに、理解していってるつもりです。ちょっとずつ、あなたのこと」
「そんなにわたしが好きなのか。可愛い奴」
「うるさいな」
気まずげに逸れてゆくジョルノの視線を、愛おしいと思った。ので、暖かな感情に突き動かされるままに、DIOはジョルノの口の端に触れるだけのキスを落としたのだった。

「――大人しくぼくを見守ってくれるって言ったじゃあないですか!あなたとくれば、舌の根も乾かないうちに!」
「うっかりわたしをときめかせたお前が悪いんじゃあないか、ハルノォ!」

時は既に、午前9時5分過ぎ。厚いカーテンで隔絶された一室は、未だDIOの世界であるらしい。








色々分かった上でジョルノをからかい倒しつつ行き着く所までは行こうとしないDIO様とかにもときめきます。素晴らしく傍迷惑な感じがこうね!


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