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2X歳の同じ轍

ふかふかの羽毛布団は暖かかった。しかし背中に何か、ひんやりとした感触がべったりと張り付いている。
釈然としないままにヴェルサスは目を開けた。どうにも不可解な目覚めは決して爽やかなものではなく、朝一番から彼の眉間には深い皺が寄っている。しかしちら、と首を傾げた先、ぼやけた視界に映し出された光景の破壊力たるやたちまちその皺を伸ばし、それどころか半ば微睡んでいた彼の意識を一瞬にして覚醒させてしまう勢いであったので、なんだかもう、爽やかだとかそうではないだとか。そういった日常の所感などは木っ端微塵に吹き飛んでしまうのだった。
「う……うわぁぁぁぁ!?」
「うるさい」
「へぶっ」
ヴェルサスが裏返った悲鳴を上げた途端、間髪入れずに飛んできた掌は彼の頬をしたたかに打ち付けた。背後を見やっていた顔は強引に正面方向へ戻されて、首周りがみしみしと嫌な音を立てている。
「わたしは、今から眠るのだ。しばらく静かにしていなさい」
「静かに寝てぇんなら自分の部屋行きゃいいだろうが!」
「嫌だ。ここがいい」
「……おい苦しいぞ」
「貧弱貧弱ゥ……」
半分夢の世界に落ちかかっている声音はどうにも甘えたような響きを纏っていて、同じく甘えるように腹回りに回された白い腕も含め、どうにもヴェルサスは邪険にすることができないのであった。
――いつのまにか人のベッドに潜り込んでいたのは父である。まるで恋人に甘えるようにすり寄ってくる様子には、いくらか男心が擽られないでもない。だがこれは父である。これが可愛らしい女の子であればまだ胸も高鳴るシチュエーションであったのだろうに、どうあがこうとも背後にいるのは父親なのであった。
残念である、非常に残念である。――と、思わなければ、いけないのである。ヴェルサスがこの父に抱く愛情めいたものは、どうにも親を慕う気持ちからは逸脱をしているようで、しかしはっきりとした形は分からない。それでも決して自分を幸せにする感情ではないということくらいは分かるので、彼はただ唇を噛みしめ、何も知らない振りを決め込むしかない。
「なんで俺の部屋なんだよ。別にいいだろ、ここじゃなくても」
「ここが一番だからな」
「……だから、なんで」
「一番…………日当たりが悪い」
「……」
一体自分は、何を期待していたというのか。
脱力に沈むヴェルサスの背に抱きついたまま、やがて父である吸血鬼は穏やかな寝息を立て始めたのだった。



『――つぅことが2日にいっぺんはあんだけどよォ、お前どう思うよこれ』
「たまにはいいんじゃないですか、親子の触れ合いみたいのも」
『なんだそのすっげぇ他人事みてぇな言い方』
「実際他人事です」
穏やかな昼下がりである。自分好みに砂糖とミルクをぶち込んだ紅茶は大変に美味であったし、小春日の差す窓辺の居心地の良さと言ったらなかった。これで傍らにどっさりと積まれた書類がなかったなら、そして同い年の兄弟からの愚痴電話なんてものを取らなかったならば、気分はすこぶる爽快であったのだろう。
見果てぬ安息日に思いを馳せ、ジョルノはメランコリックな溜息を吐いた。そこにはなんだかんだで兄弟を無碍にはできない、己の甘さへの呆れも多分に含まれている。
『つーかあいつ、もう半月ちょいこっちに居座ってんだぜ。まだ帰る素振りもねぇし』
「それについては謝りますよ。ぼくの都合でそっちに丸投げしたみたいなものですし」
『それは別に、お前の責任とかじゃなくね?丸投げもくそもあいつが勝手にふらふらしてるだけだしな。ただなんつーか』
「なにか困ったことでも?」
『この半月神父が馬鹿みてぇに上機嫌ですこぶるうざい』
「あー」
容易に脳裏に浮かびあがった光景は、ジョルノにとってはたいそう不愉快なものであったので、瞬時に紅茶を啜って打ち消した。ジョルノは決してかの神父を好いてはいなかったし、それは向こうも同じなのだろうと思っている。実際それは正解で、もしかすると普段から神父と反発し合っているヴェルサスよりも、その間に横たわる溝は深いものであるのかもしれない。
それとなく弟たちの様子を見てくれていることには恩義を感じないでもなかったが、ともかくジョルノはかの神父の人間性がどうしても好きになれないのだ。その上父の親友だと嘯いて、やたらと親密な付き合いをしているのも気に食わない。つまり、神父への嫌悪感の5割は嫉妬である。しかし自分は自分なりにあの父を大事にしているつもりなのだから、おかしな男が近づくことを不快に思って何の文句があるというのだ。
「ま、そろそろ父と同居している方が迎えにくる頃合いですから。もう少しの我慢ですよ」
『あー、なんかの学者だとかいう』
「会ったことないんですか?」
『ねーよ。いつもふらっと来たと思ったら、気付いた時には帰ってっし。あんなんと好き好んで同居してる上にわざわざ迎えに来るとかよぉ、どーせその同居人とかいうのも飛んだ奴なんだろうなぁ』
「少なくとも父よりはずっとまともな方ですよ。まっとうな仕事に就いて、成功もしてますし」
けれどあの父との人生を自らの意志で選んでしまったという意味では、とんでもない物好きで、頭のどこかが飛んだ人ではあるのだろうと、密かにジョルノは思っている。
『……今だから言うけどよォ。俺初めて顔合わせてから1年ちょっとくらい、あいつが父親だって知らなかったんだよ』
「はあ?なんだそれ。なんだと思ってたんですか?」
『てっきり神父の愛人かなんかかと……』
「やめてくださいそういうの本当に」
『だってそんなん、誰も言わなかったし。んな頻繁にこっちくるわけでもなかったし。もうこの、ある日突然リキエルがすっげー勇気振り絞った的な雰囲気で「と、とうさん!」ってあいつのこと呼んだ時の果てしねぇ衝撃!漫画読みながらこっち見もしねぇで「知らなかったとか(笑)」とかぼそっと呟きやがったウンガロのこづらにくさ!なんつーか、もうなんなんだよくっそ!うっかりときめいちまった俺の純情返せっつーんだよ、なぁ!?』
「なあ、とか言われても。ていうか君、父親だって知っても未だにあの人にときめいてるじゃないですか」
『べべ別にそんなことねーし』
「いつだったかはなんか、あの人がやたら薄着で家中うろうろしてて目のやり場に困るとか、そんなことを2時間ばかりぶつくさ愚痴ってませんでしたっけ?」
『目のやり場に困るっつーだけだよ!別にときめいてなんかねーよ!』
「うわぁ」
『引いてんじゃあねぇぞこら』
カップに残った紅茶を飲み干すと、底には溶かしきれなかった砂糖が溜まっていた。角砂糖であった頃は多少の愛嬌のある姿をしていた白い塊も、中途半端に色を吸って崩されてしまえばどうにも打ち捨てられたとか、そんな寂れた印象しか残っていない。その不格好な滑稽さがどうにも自分に、そして電話口の向こうの兄弟にも重なって、ジョルノは思わず苦笑した。うわぁ、とは言ってみたものの、ヴェルサスがあの父に抱いてしまったよこしまな感情は、ジョルノにも思い当たる節があるのだった。
「そうですねぇ。思うに、あの化け物にどうしようもなく惹かれてしまう人間というものが、この世にはいくらか存在するのでしょう。あの神父なんかはその典型例ですし、ぼくや君にもその素養が備わってしまっていたというだけのことです。だからあんまり思い悩まない方がいいですよ。深みに嵌ったらおしまいです。あの神父のように戻ってこれなくなる」
『え?お前もそうなの?』
「まあ、昔はそれなりに」
『うわあ。うわあ』
「2回も言うな」
君も同類でしょうに、と付け加え、ジョルノは足を組み替えた。窓から差す柔らかな日差しは相変わらず、どこまでも穏やかだ。
「あんな訳の分からない色気を垂れ流しにした化け物と遭遇して、君は混乱しているだけですよ。何年か前のぼくみたいに」
『釈然としねぇなぁ。だって多分、俺らだけなんだぜ。リキエルは「昨日父さん後ろに乗せて高速ぶっちぎってきたんだぜ!」とか無邪気に喜んでるし、ウンガロなんかはよくベッドなりソファーなりで一緒にごろごろしながら本読んでるし。なんかこう……普通ってのはよく分かんねぇけど、まあなんか、世間一般でいうところの普通の親子みたいに』
「だから、素養の問題でしょう。人類のみんながみんな、大福が好きだってわけでもないのと同じことですよ」
『いやダイフクとか知らねーし……なにそれ食い物?』
実際は大福のように可愛らしいわけでも、甘いわけでもない人物であるのだが。
「そろそろ満足しましたか?ぼくも暇ではないので、いい加減切りますよ」
『なんだよ付き合いわりぃなぁ』
「これだけ付き合ってやってるのに付き合い悪いとかどれだけ図々しい――」
『うわあああ!?』
「っ、ヴェルサス!?」
突如、電話口から飛び込んできたのは劈くような、野太いヴェルサスの悲鳴である。ジョルノは思わず立ち上がり、何度かその名を呼びかけた。向こう側からはなにか言い争うような声が聞こえるのだが、肝心のヴェルサスが自分の呼びかけに答える様子はない。焦燥も露わに一度、とりわけ大きな声で兄弟の名を呼んでみると――

『誰かと思えばわたしの入国を拒否したハルノではないか』
「……うわあ」
『何故そうもお前たちは、この父が名前を呼ぶとそう、残念そうな反応をするのだろうなぁ』
「あなたがろくでもないことしか言わないからです」
受話器越しであるので少々違和感はあるものの、間違いようのない父の声が聞き慣れた鷹揚な調子で返ってきたのであった。

入国を拒否した、というのは半月前のことである。結局大した事態にはならなかったものの、あの頃は少々きな臭い雰囲気に組織が浮ついていた時期であったので、暫くこっちに滞在したいという父の要望を断ったのだった。大事な時期に父が傍にいては邪魔だ、という事情はあったし、あまり構ってやれない時に父を1人で置いておくのは心配だった、といった思いもあった。結局父はアメリカへ向かったわけではあるが、そのせいでヴェルサスが煩悶する羽目になっているわけであるので、ジョルノは多少の罪悪感を感じている。もちろん父にではなく、ヴェルサスに。
「切りますよ。今度こっちに来る時には大福でも買ってきてくださいね。それじゃあ」
『ハルノ』
「なんですか」
『ふふ、愛しているぞ。またな』
「はいはい。あまり彼を困らせないで下さいよ。気の毒です」
父の返答が来る前に通話を切る。そしてどさりと椅子に腰を下ろすと、窓の外の青空に向かって苦笑を零したのだった。

――あの父は口で言う程自分たちを愛しているわけではないし、父親であるという自覚なんてものはない。それでも人間を逸脱してしまった化け物なりに、自分たちを想ってくれているのは知っている。

ジョルノはカップの底に沈殿する砂糖ごと、紅茶をくいと飲み干した。舌先が痺れるような砂糖の甘さは、父の寄越す軽々しい愛の言葉によく似ている。




「重い上に冷たいんだよ離れろコラァ!!」
「そうだ、わたしの肌はたいそう冷えている。だからお前が暖めるのだ息子2号よ!」
「どう頑張っても暖まらねー体だってのは知ってんだからな!毎朝毎朝人の布団冷やしやがって!」
「本当に可愛げがないのだなぁ、お前という奴はー」
「~~おまけにくすぐってぇんだよこの野郎ォォ!」
「ふははは無駄無駄ァ!」
ベッドの端に座っていたヴェルサスを押し倒し、そのまま伸し掛かるように馬乗りになった父はそれはもう横暴に、金髪の群生する頭を息子の首筋へと押し付けるのだった。
細い毛先の刺さる感触がむず痒かった。そしてそれ以上に、耳元や首筋を掠めてゆく父の吐息が妙に甘ったるく、ヴェルサスの劣情だとかをやんわりと刺激してゆくのである。そうだ、劣情だ。そんなものを実父相手に抱いてしまう情けなさといったらない。やがてそれは父への怒りへとスライドし、脳裏に蘇る諸々の鬱憤を晴らすべく、ヴェルサスは父の髪を渾身の力で引っ張った。
「痛いぞ。酷いことをするではないか」
「酷いのはあんただろうが!重ぇわ冷てぇわくすっぐってぇわ、挙句なんかいい匂いさせやがって――いや待て、ちょっと待て。最後のはなんかの間違いだ今すぐ忘れろ忘れてくれ」
「つまりぐらっときたのだろ?いい思いができてよかったなぁと、素直に喜んでおけばよかろうに」
「きてねーし嬉しくもねー!」
「顔が赤いぞ息子2号」
乱れた髪をそのままに、父はゆっくりと上半身を持ち上げる。ヴェルサスの顔のすぐ隣に掌をつき、赤くなった息子の顔を覗き込むのだ。逆光に翳る父の美貌はどこか退廃的で、我が子をインモラルな世界へ誘う魔性を湛えていた。しかしなんだかんだで「父親」という役割を楽しんでいるこの男が、本当にそういう行いをすることはないのだと、ヴェルサスは知っている。
分かっては――いるのだが。
それでも到底「父親」には見えないこの男にうっかり惹かれてしまう気持ちは止めようがなく、そんなヴェルサスの内心を見通した上でこうした振る舞いをする男への嫌悪感もまた、留まるところを知らずに湧き上がってくるのだった。
「……なんでもぉ、あんたはそう、俺にばっかこんなことするんだよぉ……」
「わたしはわたしなりに、お前を喜ばせてやろうと気を回してやっているつもりなのだがなぁ」
「……でホントん所は?」
「まあ一番はわたしが楽しいからなのだが。お前すぐに赤くなるし」
「このろくでなし!性悪!」
「おいおい、何故わたしが恨まれねばならんのだ。正直お前好きであろう?こういうの」
「好きだから困ってんじゃあねぇかよぉ!」
「素直で結構!」
「だぁから重いっつってんだろうがよー……」
父親が再び折り重なるように、ヴェルサスの腹の上へと倒れ込んでくる。しかし今度は息子の首筋ではなくシーツに鼻先を埋め、眠たげな欠伸を漏らしたのだった。瞬間的に胸を刺した寂しさというか、どうにも残念な気分を、ヴェルサスは唾液と共に飲み下す。
「しばらく寝るぞ。うっかり早起きをしてしまって眠いのだ」
「わざわざここまで寝に来たってのかよ」
「そうだ。ここがいい」
「そりゃー日当たりが悪いですからねぇ」
「それにお前がいるからな」
「……は、はぁ?」
「なんてな。ではおやすみ」
「お、おい、ちょっ、だから重いってんだろ、そのまま寝んなクソ親父!」
寝付きのいい父は、既に穏やかな寝息を立てていた。無理矢理押し退けることも、頬の紅潮を押さえることもできないままに、ヴェルサスは夕暮れのひと時を無為に過ごす羽目になったのだった。







なんやかんやでDIO様へのもやもやに折り合いを付けられたジョルノと、全く同じ道を通ろうとしているヴェルサス


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