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まどろみから覚め切らないうちに、なにやら鬼の形相をしたDIOにベッドから蹴り落とされた。
いくら春先であるとはいえ、朝の部屋は肌を刺すような冷気で満ちている。そんな中にパンツ一枚で放り出される心細さと言ったらない。三十路を目前に控えた身には、ちと辛い。ちゃんと服を着て寝ろと言われればそれまでの話なのだが、それだって本を正せば夜通しこの吸血鬼に付き合わされた結果、精も根も尽き果てたが為に服を着る余力がなかったからなのであって――いいや、いや、そんなのはどうでもいいことだ。駄目だ、本当に眠い。頭が回らん。こいつなんでこんなに機嫌を悪くしてるんだ?
「DIO、どうしたお前」
「……」
「だんまりはやめろ」
「……」
「おい」
無言を貫くDIOはどすんと音を立ながらベッドを去り、リビングへと向かってゆく。訳の分からんきっかけですぐに機嫌を悪くしやがる奴ではあるが、今日のは何か、普段の癇癪とは違っているように見えた。見えた――のだが、あいつの一挙一動に身を任せていたら体が持たないので、あいつと長く付き合っていこうと思うなら適当に流すということも必要なのだ。
なのだ、が。
「…………」
適当な服をあらかた身に着けたところで、はたと『リビングのカーテンが引かれていない可能性』について思い当たる。気を付けてはいるが、たまにやってしまうのだ。今まで実害が出たことはないが、いつ何が起こるかなんて分かったものではない。
慌ててリビングへ繋がるドアを蹴破った。蝶番の軋む音を背に踏み込んだリビングでは――DIOが、ソファーの上で伸びていた。だれーん、といった調子で俯せになり、まるで死体のような様相で。カーテンはちゃんと引かれていた。
「……おい、DIO」
多少の脱力感と共に、DIOの横たわるソファーの隣に立つ。顔を傾けたDIOは、おざなりな視線で俺を見た。
「この前買ってやらなかった、なんか馬鹿高い本。やっぱりあれが欲しかったって、拗ねてんのか」
「…………」
「それともあれか、お前が隠してたワイン。あれ飲んじまったの、まだ怒ってんのか」
「…………」
「……血、飲むか?」
「…………」
「っ、!?」
全身から漂うぼんやりとした雰囲気からは思いもよらない俊敏さで、DIOの指先が俺の首筋にめり込んだ。そうして無遠慮に、人の血を啜ってゆく。普段よりも大量に吸い取られている感覚があった。思わず手を振り払おうとしたところで、DIOの指先はのろのろと引っ込んでゆく。指が抜き取られた拍子にたたらを踏んだ。いつものDIOなら鬼の首を取ったように俺を指さして笑い転げる場面であるのだが、DIOは据わり切った目で俺を見るだけで、言葉を発しようとしなかった。
いい加減そんな奴の相手をしているのも面倒になって、リビングを去る。そして辿り着いたキッチンで、適当な朝食をこしらえた。湯気の立つ食料と共に帰還したリビングでは、尚も死体のごときDIOがソファーの上に乗っている。そしてやはり、どこか恨みがましげな目で俺を見るのである。
「……言いたいことがあるなら、言ってくれなきゃあ分からねーぞ」
「……」
「変な夢でも見たのかよ」
ぴくりと体を強張らせたDIOが、少しだけ体を傾けた。梳かしてもない髪があちこちに跳ねている。目元には濃い隈が浮いていた。こうして見てみれば、どことなく憔悴しているような様子である。その理由に思い当たるものなど何もなくて、箸を銜えながら首を傾げる俺を余所に、DIOは淡々とした声で喋り出した。
「――例えばの話だ。例えばお前が死んだ後、わたしはお前との生活を過去のものとして葬り去り、お前ではない人間と愛情を育むとする。お前はそれを許せるのか」
「いやなんの話だよ。訳が分からんにも程がある」
そりゃあ、俺はこいつよりも先に死んじまうのだろうが。それはまだまだ先のことだろう。
「いいから答えろ。お前はそれでもいいと思えるのか。自らが死んだ後のわたしには、全く興味を抱けないのか」
言いなりになるは癪ではあるが、俺が答えないことにはこの大した中身のなさそうな会話が終わりそうにないようなので「俺ではない人間と愛情を育むDIO」なるものを想像してみ――ようと思ったが、やめにした。なんつーかもう、吐き気が止まらん。
「――嫌、かもな」
ほう、とDIOが声を上げる。明らかに機嫌が上向きだした、弾むような声である。DIOの望む答えをDIOの望むままに言ってしまったのだろう。気恥ずかしさと苛立ちが入り混じり、こめかみの辺りが重くなる。
「それではお前は、わたしが永遠にお前だけのわたしであることを望むというのだな」
「……そこまで重いことを言った覚えはねぇんだが」
「ふふん、そうかそうか、ふふふ」
すっかり上機嫌になって足をばたつかせるこのアホには、俺の声なんか聞こえちゃあいないのだろう。馬鹿馬鹿しくなって、味噌汁を啜った。そうしてる間にもDIOはうりうりと嬉しげな声を上げている。
「……、」
俺は――どうやらこの吸血鬼に心底やられちまっているようなので、例え俺が死んだあとであっても他の誰かのものになる、なんてのは想像したくもない程に「嫌」なことだった。
けれど、永遠。永遠、という2文字を突きつけられてしまえば、俺にはこいつを縛る資格はないんじゃあないかって気分になる。
永遠、とは、想像もつかないくらい長い時間のことだ。死のないこの男は、それだけの時間を生きてゆく。それは、1人で歩むにはあまりに酷な道程ではないのか。俺だけのDIOでいろ、ということは、こいつに永遠の孤独を敷くことと同じ意味になるのではないか。

「やはりお前は、諦めの悪い未練がましい男でいるくらいが丁度いい。妙な潔さなどくそくらえだッ!」

けらけらと笑う顔を、ああ可愛いなぁ、俺はこれが好きなんだなぁ、と思う。それこそ永遠に、こんな顔を見せるのは俺だけであった欲しいなんて思うほどに。
しかし孤独な永遠を生きさせるくらいならば、せめて俺と同じほどにこいつを愛せる相手と幸せになってくれる方がずっといい、なんて気もしている。本当は嫌だが、嫌で嫌で仕方がないのだが。それでも――こうやって笑うこともなくなるような孤独に身を置かせるよりは、億倍、マシだ。
「1世紀だ」
「……は?」
「別に、寂しいっていうなら誰と何をしても構わん。それでもせめて1世紀は、じっと俺の喪に服してくれよ。それだけの時間を俺に寄越してくれるってんなら――」
「~~っ、たった、それだけか!」
「はあ?」
「それだけの時間で満足なのか、まったく、まったくもう、なんともまあ安上がりな男!わたしにはその程度の価値しかないとでも言うつもりなのか、承太郎め!」
「……別に満足とは言ってねーよ」
「……はあ?」
赤い瞳がぱちくりと、子供のようなあどけなさで瞬いた。こうやって無防備な姿を見せられるたびに、たまらない気分になる。主に愛しさとかいった、どうにも照れくさい感情によって。
ああ、くそ。たった1世紀の独占なんかで、満足などできるものか。
「永遠に俺だけのお前でいろ、なんて言うのはちょっとばかし心苦しいってだけなんだぜ。俺がそんなこと言ったばかりにお前がしんどい思いをしてしまうってなら、多分俺は、死んでも気に病み続けるぞ。お前なんかを大事に思えばこそ、言えないことの1つや2つもあるってもんだ」
「なら、本当は」
「まあ――そういうことだ」
どうにも照れくさくてたまらない。食べかけのサラダを咀嚼するも、射抜くようなDIOの視線が気になって、ドレッシングの味が分からない。むず痒い羞恥心を飲み込むことも出来ず、口が動くがままに、俺は喋った。
「つーか、なんだよ永遠、永遠、って。そんなに俺と居たいんだってなら、お前にゃ手っ取り早い方法があるだろうに」
「この愚か者。吸血鬼になってしまえば、お前は2つだけしかない長所の半分を失ってしまうのだぞ。わたしは人間であるお前に、わたしを想わせ続けさせたいのだ」
「……嫌な予感しかしねーが、その俺の長所ってのは」
「血が大変美味なことと下半身が逞し」
「いい。もういいやめてくれ」
朝から人を大変残念な気分にさせてくれる奴である。
「決めたぞ承太郎。わたしは永遠に、お前だけのわたしでいることにする。貞淑結構ではないか。ちょいとばかしに不自由を我慢するだけで、死した後もお前を気に病ませ続けることができるというのなら安いものだ。ふふ、このDIOはお前だけを想い続けて、永遠を生きるのだ」
「へえそうかい」
「む。なんだそのやたらに薄い反応は。もっと喜んでも良かろうに」
「お前にゃ無理だ。このシャウエッセンを賭けてもいい」
ウインナーの一本にフォークを突き立てれば、ぷし、と食欲をそそる音が鳴る。DIOへ向かって突きつけてやれば、吸血鬼は間髪入れずにソファーから滑り下り、焦げ目のついたウインナーの端を齧り取ったのだった。
「ふふ、前払いを貰ってしまったなぁ。せいぜい貞淑ぶって、『一生』お前だけを想ってやるさ。嬉しかろう、承太郎?このDIOにこうまで想われる人間は、お前が最初で最後だというわけだ」
横暴だ、馬鹿馬鹿しい、あまりにも胡散臭い。
それでも嬉しい、と思ってしまったのは、確かである。
「おいDIO、こっち来い」
「ん?」
「抱きしめてやるから来いって言ってるんだ」
「ふ――ふふ、そうかそうか、お前はとことんまでに、このわたしを愛しているのだなぁ」
「うるせーよ。人のこと言えねぇだろ、お前も」
どうせ「お前が抱きしめに来るべきだ」とかなんとか言われる気がしていたのだが、DIOは驚くほど従順に俺の隣にやってきた。絨毯の上にぺたりと腰を下ろし、今か今かと期待を込めた目で俺を見るのである。少々尻込みしながらも、予定通りに抱きしめた。体温のないはずの体はしかし、こうしている間だけは体中を満たす温もりを与えてくれる。まるで雪解けの春にも似た、安堵を伴った温もりを。

じきに春がやってくる。
昼の桜を見せてやることができないのは残念だが、夜桜の見物も中々乙なものである。そういえば去年、来年は見るだけではなく桜の下で酒盛りをしよう、と約束をしていたはずだ。DIOが覚えているかは分からないが、一先ずあいつに文句を言われないような酒だけは用意しておこうと思う。


DIOと迎える新しい季節に浮かれている。
そういう自分がやっぱりどうにも照れくさく、羞恥心を誤魔化すべく、俺は背骨を圧し折っちまう勢いでDIOの体を抱きしめた。うりぃ、と唸るDIOの声は、なんだか妙に幸せそうだ。








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