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夢がとける

「仲のいい兄弟だねって言われたんだ」
「僕と君が?」
「僕と君が」

訝しげに僕を見上げたディオはしかし、一瞬後にはよく見慣れた皮肉気な笑みを浮かべていた。口の端を片側だけ持ち上げた、どこかに品性を置き去りにしてきてしまった表情だ。僕にしか見せない。僕の前でしか、ディオはこんな顔をしない。
決して見ていて気持ちのいい表情ではなかった。なのに「僕だけにこんな顔を見せてくれる」事実にどうしたことか、胸のざわつきが止まらない。
――せっかくの綺麗な顔を歪めてしまって、もったいないなぁ、と思っていた頃もあったはずなのに。
いつの間にかそんな顔すらも、僕の目にはどうしようもなく美しい情景だと認識されてしまっていた。日を追うごとに恐ろしい背徳感が僕の自意識を揺るがしてゆく。ディオの顔が歪むたびに背筋を鋭い爪に引っ掻かれたような心地になり、体がほてって仕方がないのだ、はしたなくも。兄弟、の間には、決してそんな感情は生まれない。

「ああ、きっと昨日の僕と君を見ていた奴だな」
「昨日?」
「帰り道さ。忘れてしまったのか?」
「……ああ!じゃ、じゃあ君は、人が見ているのを知っていて、あえて!あえてあんなことを仕掛けてきたというのか!?」
「そんなたいそれたことをしたわけでもないだろうに。僕らはただこうやって――」

片手は僕のタイに掛けたまま――薄情にタイを手離したもう片方の掌で、ディオは僕の右手を持ち上げた。見せつけるように指を絡ませながら。

「手を繋いでいただけじゃあないか」

そして、指の背に柔らかなキスをする。ただ触れるだけの、可愛らしいキスだった。けれど僕を見上げる彼の視線は鋭い。あからさまに挑発をしている。

「それはそうだけど、でもやっぱりあんな人目に付くところでするには相応しくない行為だったんだよ」
「つまらない独占欲さ」

ディオは僕の声など聞いていなかった。狼狽する僕の姿に傲慢な歓びを示し、タイに掛かっていた方の手を僕の首に絡めてくる。見捨てられたかのようなみすぼらしさで、青いタイが首元から滑っていった。

「君と僕の仲をひけらかしたくなった。衝動的に。さすがに往来でキスを仕掛けるのはちょっと、やりすぎかなと思ったのでね。だから手で我慢してやったんだよ、ジョジョ。迷惑だったかい?」

そんなものは嘘だ。ディオは僕を困らせて優越感に浸っているだけなのだ。知っている。

「いや――彼は別に、僕らの仲を邪推している様子はなかったし。まあちょっとばかりからかわれはしたけれど」
「なんだ、からかわれてしまったのか、君」
「そうだよ、まったく。君が気まぐれを起こすものだから」
「何を言われたんだ?」
「……あんまりべたべたしてるといつまでたっても兄弟離れができないぞって」
「これは傑作だ!」
「わっ」

ぐい、と首に強い力がかかる。視界が揺れて、気付いた時には目と鼻の先にディオの秀麗な顔があった。
息遣いさえも生々しく感じ取れる距離に、ディオがいる。冴え冴えとした青色の双眸に、甘い陶酔が塗りたくられている。

「僕らが離れ離れになるなんてなぁ?そんな日が来るものか。そうだろ、ジョジョ?」

ディオが――決して本心からこんなことを言っているわけではないと、知っていて。
それでも胸がざわついて、ディオの白い喉元に噛み付きたくなる衝動に襲われる。つまらない独占欲だ。彼の体に僕の痕跡を残したいとか、そんな、他愛もない。

「それでジョジョ。君はどうして今、こんな話をした?」
「どうしてって、それは、ちょうど今思い出したから」
「今。今その話を思い出して、実際僕に話したってことはつまり――」
「ん、」

不意に唇が塞がれた。準備ができていなかったので、一度顔をそむけて空気を取り入れようと試みたものの、後頭部をがちりと押さえつけるディオの手はそれを許しちゃくれなかった。下から掬い上げられるような激しい口付けに、ぼうっと意識が遠くなる。むず痒い快感が僕の意識をさらってゆくのだ。いつもそうだった。ディオから仕掛けられるキスはいつだって容赦がない。

「……きょうだい、は、こんなことをするべきではないとでも?今更、」

――暴力的なまでにエロティックな表情で、ディオは、自らの唇を舐めた。今の今まで、僕を食らい尽くさんとばかりに押し付けていた唇を。

「ただ――周りからそう見えるんだってことが不思議だっただけだよ。君なら共感してくれるだろうと思って、それで」

気味が悪い程落ち着いた声が口先をついてゆく。ただ言葉尻は震えていて、激してゆく感情を必死に抑え込もうとしている滑稽さがあった。ディオはそんな僕をどう思っているのだろうか。笑っている。口の端を吊り上げて。

「分かるよ、ジョジョ」

ディオの指先が僕の髪を引く。ディオが、僕を急かしている。上気した頬が艶めかしい。
そうして僕はディオの背を抱き寄せた。餌を与えられた犬のごとく、性急に。






汗が輪郭を伝って流れてゆく。顎先からはじき出された水滴はディオの胸元へ到達し、しかし次の瞬間にはディオの流したそれと混ざって正体を失くしてしまう。
焦燥感、のようなものを感じた。
混ざり合った水滴同士に嫉妬をしたのかもしれない。僕と彼は何度体を重ねても混ざり合うことはできないのに、ただの一滴たちは、こうも容易く同一の存在になってしまえる。
別に――ディオと、物理的に一つになってしまいたいとか、そういう倒錯的な願望があるわけでもないのだが。
ただなんとはなしに、羨ましく思ってしまうのだ。一つなってしまったかのような幻想を得られるほどに、深く想い合いながら寄り添う相手と出会えることとは、何よりもの幸福ではないのかと。ディオとこんな関係になってから、何かにつけてそう思う。

「……おい、ジョジョ」
「いたっ」
「なにを、ぼんやりとしている、んだっ、このまぬけ!」
「ちょ、ディ、ディオっ!謝るから蹴らないでおくれよ!」

背中に硬いものが叩きつけられる衝撃で我に返る。はっと視線を持ち上げてみれば、口を尖らせたディオが鋭く僕を睨んでいた。
しかし目元は泣いた後のように赤くなっていて、なんというか、今の彼の視線は男のふしだらな気分を煽るものでしかない。

「っ!?こ、このっ……!」
「ご、ごめんよ、ディオ」
「たっ、ただでさえでかいものを、お前はっ……!んっ……」

息を詰める表情も当然のようにいやらしく、僕の熱は煽られてゆくばかりである。次の文句が飛び出す前に、ディオの赤い唇に噛み付いた。もごもごと声にならない文句を言っている。口を離した途端に聞くに堪えない罵倒が飛び出してくるに違いない。けれど彼の罵倒が飛び出してくる前に封じてしまう術を、今の僕は知っている。ベッドの上でしか通用しない手ではあるものの。

「ん、んっ……!?っ、はふ、ぁ、はぁ、あ、っ、ひっ……!」

止まっていた律動を再開させる。それだけでディオは綺麗な顔を蕩けさせて、はしたない嬌声を漏らすのだ。

「あ、ァあ、っ、は、っぅあ、あっ」

彼の艶やかな、黄金色の髪。シーツの上に広がっている。汗ばんだ肌に、張り付いている。
乱れた髪を梳いてやりながら、すっかり真っ赤になってしまった顔のあちこちにキスをした。熱い肌だった。僕を締め付ける箇所も熱い。どこもかしこも熱くなってしまったディオを抱くたびに、僕は何だか泣きたいような心地になって、なのに体の熱は昂るばかりなのがやるせない。
ディオが愛しいとか、そんなんじゃないんだ。きっと僕は彼にそんな感情を抱いちゃいない。――いいや、全くないってことはないのだろうけれど。どこかにそんな感情がある気もする。しかし僕が自覚する、ディオへと向かっている僕の感情とは、決してそんなに綺麗なものではないはずだ。
至純の愛など。愛などは、ここには決して。

「はー、ァっ、あ、んぁ……ふふ……ジョジョぉ……」
「ん……なんだい、ディオ」
「ものすごい顔、を……して、いるなぁ……ぁは……」
「君だって、」
「んぅ……」

淫蕩に歪む唇へ、再びキスを仕掛けてみる。深く、深く。さっき僕が仕掛けたものよりも、少し前にディオが仕掛けてきたそれよりも、ずっと深く。絡まり合う舌の感触に腰が震える。
ディオの足を抱え直しながら、律動を少し、緩慢なものにする。僕に食らいついて離さない彼の内壁を、余す所なく撫で上げるように。

「ん……む、んん……」
「はぁ……どうだい、ディオ……?」
「いい……とても……ぁ……」

彼の腕が緩慢に持ち上がる。意図を察し、僕はその腕を自らの背へと導いた。触れ合う面積が広くなって、共有する熱も量を増す。――現実が揺れている。
体を重ねれば重ねるほどに、熱の許容量が増している気配があった。一昨日よりも昨日。昨日よりも今日。揺れ幅は酷くなり、僕は自分を見失いそうになる。このままどんどん溶け合うように熱くなって、僕は、僕と彼は、一体どうなってしまうのだろう。僕とディオの関係は、一体どこに辿り付くというのだろうか。それともこの行為に溺れているのは僕だけなのか。それは悔しいことだと思う、とても。許せないとすら、ああ――僕は、ディオを――この美しい「おとうと」に、何を望んで

「――にいさん」
「……ディオ?何を言っている?」

僕の内心を見透かすように、ディオは僕の後頭部を撫でた。僕をなだめようとしているようでもある。
しかし、歌うように呟いた呼称に篭められた悪意とくれば。

「ふふ、とても、きもちいいよ、にいさん、の、」
「――よして、くれ!」
「ああぁっ」

ディオは笑っていた、尚も。父や友人に見せる上品ぶった表情でも、僕だけに見せる意地悪な笑顔でもなく、ただただいやらしい笑い方を。淫乱という言葉をその身で体現するように。
僕が彼との関係に酷い背徳感を感じていることを知っていて。それでも断ち切ることの出来ない僕を嘲るように、彼は背徳を煽るのだ。にいさんだなんて。僕を兄弟だと思ったことなどないくせに。

「あっあ!!ジョジョっ、すごい……!ぁ、ぅあ、あ、ああっ!!」
「~~っ、もう喋るな、ディオ……!」
「ぁ、ひぃっ、んんっ」
「――その顔を、よしてくれっ!!」

なら見なければいい。彼の首元にでも顔を埋めて。
なのにできない、できないのだ。ただ愚鈍に見下ろし続けている。笑みを深めてゆくディオの顔を。僕に犯されながら、それでも笑う彼の美貌に、ぼくはすっかり魅入られて。

「にいさぁん」
「ディオ……!!」
「ぁ、ぁふ、ふ……なんだよ、ジョジョぉ……ぼくらは仲の良い、きょうだい、じゃあないのか?」
「僕は……ぼくは、知っている!君はっ……君は、ぼくのことなど、決して……!」
「にいさん――ふふ、ジョジョ」

首にディオの両腕が巻きついた。どこか偏執的な拘束によって、いよいよ彼から目を離せなくなってしまう。

「そうやってお前はこのディオを見ていればいいんだ」

ディオの本心が――分からない。
僕らが想いあっての関係ではないことなど、君も良く知っているだろう。何故君は僕に執着するんだ。何故僕を、こうも惑わせるのだ。自尊心を満たすため?そんなことの為に、君は同じ男である僕に体を許すのか?

いいや――ちがう、違うだろう。彼にとっての男は僕だけではない――ディオがその体をどう使って生きてきたかということを、僕は知っているじゃないか。

「あぁっ!?」

彼の腕を無理に引き剥がし、熱くなった体をひっくり返す。ここ1年ほどで背丈は追いつかれつつあるが、まだ僕の方が、体格では勝っていた。
惜しげなく晒された白い背中。普段の彼を思えば嘘のように無防備で、それを組み敷く優越感と抱き締めてやりたくなる庇護欲を同時に擽られる。しかしそれ以上に僕の内心を占めたのは、この光景を目にした事のある僕以外の男への、激しい嫉妬心だ。愛してもいない相手のことで、顔も知らない男達に嫉妬をしている。そして同時に、このどうしようもない激情を僕に与えたディオへの苛立ちが、僕の人間性を曖昧にさせる。

「あ、ぁぐっ、ひ」

ディオ。ああ、ディオ、ディオよ、

「――あああっ、あ、も、もうっ、はぁ……!ジョジョっ、ジョジョ……!!」

どうして君は、僕の人生に現れた?






今でも忘れられないのは、初めてこの行為に及んだときに交わした言葉だ。いや、僕はただ聞いているだけだった。ロンドンでの生活で彼が味わった思いに共感してやれなかったし、かけてやれる言葉もなかった。不憫だと。ただそれだけを、強く思った。馬鹿正直に彼に伝える真似はしない。プライドの高い彼が、気をよくするはずがないのだ。そのくらいのことは分かっていた。

『死んで花が咲くのか、実が生るものか』

僕の吐き出した精液で口元を汚した彼は、それまでに見たことのない顔をしていた。それからもあの顔を見てはいない。
忌々しげな顔。自分以外の全てを呪ってすらいるような。なのに母の温もりを乞うている子供のようでもあって、酷く頼りない。
僕は動揺した。いくら「仲良く」付き合っている相手であっても、僕らの間には絶えず壁があったはずなのに。それでよかったはずなのに、あの瞬間僕は、それを打ち壊してしまいたくなったのだ。彼を抱き締めるために。同情だとしても、本心から。

『俺は俺が死んだあとに咲いた花や実になど興味がないのだ。そんなものに意味などない、無駄だ、無駄。生きていなければ、そんなものは』

切なげに伏せった睫毛の陰影。髪をかき上げる指の頼りない白さ。目の奥に焼きついて離れない。

『なあジョジョ、生きるためだと思えばこんなもの、いくらでも咥えられるんだぜ。金の生る木だと思えば愛おしくすらもある。ジョジョ、お前には分からないんだろうな、ジョジョ、俺のことなんか、お前にはちっとも、爪の先ほどの理解すら』

思わず彼の頬へと手を伸ばした。僕の掌にすっぽりと収まってしまう柔らかな頬。

『なんて顔をしているんだよ、まぬけ。……つまらない話をしてしまったな。さっさと忘れろよ、ジョジョ』

ディオには悪いが、多分この記憶だけは一生忘れない気がしている。最後に見せたばつの悪そうな顔が嘘のように可憐だったことも、取り繕ったように「君」と呼ばれるより「お前」と呼ばれることのほうが嬉しいな、と思ったことも。あの日のことは何一つ忘れちゃいない。
覚えているからこそ――ディオを知る男達に嫉妬をするのだ。きっとあの日のあの瞬間だけは、ディオに恋をしていた。自分ではそう思っている。





「……君は……あれだな。回数を重ねるごとに、抱き方が酷くなる」
「そ、そう、かな。最中のことはあまり覚えていなくて」
「ふぅん。じゃあ僕が「にいさぁん」とか呼んだ瞬間にみっともないほどこれを膨らませたことも?」
「わああどこを触っているんだ君は!」
「なんだその生娘みたいな反応は!気色悪い!」

布団の中でごそごそと、ささやかな戦争が繰り広げられる。僕の股間に向かって伸びてくる手を強引に拘束し、争いは晴れてめでたく終結した。ディオがぶすったれた顔で僕を見ている。子供染みた表情なのに、事後の気だるい雰囲気を纏った彼はなんというか、物凄く色っぽい。

「まあ、書斎で抱かれたときよりはましかもな」
「へ?いやあれは君が誘ったんだろう」
「そんなわけあるか!君のタイがみっともなく曲がっていたのを直してやっただけなんだがなっ」
「ええ~……いやでもそれは、いちいち思わせぶりな君が」
「君は脆い理性をどうにかしてからそれを言ってくれ」

事後の会話はいつだって和やかだった。もしかすると普段、外で「仲のいい兄弟」のように付き合っているときよりも、この瞬間僕と彼はよほど「友人」であるのかもしれない。
――ああ駄目だ、もう上手く頭が働かないぞ。こんな状態では、色んな感情がない交ぜになった彼と僕の関係を上手く言える気がしない。いい加減、僕たちの関係を据わりのいい言葉に落とし込んでしまいたいのに。彼と心を許し合えているようないる、かのような時間だからこそ、早くその言葉を見つけて安心してしまいたくてたまらないのに。彼の顔を見ていると色々なことがあやふやになって、事後にはいつも、大変なもどかしさを味わう羽目になる。

「ああ……でも今日は、君の顔が見えなかった。そういう意味では最悪だった」
「顔?そんなものが見たかったのかい、君」
「僕はな、ジョジョ」

拘束から逃れた彼の手が、ゆっくりと僕へと向かっている。その先にあるのは僕の顔だ。白い指先が頬の上で踊っている。なんだかむずむずとくすぐったくて、笑い混じりに静止をかけた。すると彼もおどけるように笑みを漏らし、僕の輪郭をなぞってゆく。

「――案外嫌いじゃないんだ、お前の顔」



きっとあれは、初めて彼が僕に寄越した睦言だった。息を吸うように嘘をつく彼の、中々見せてはくれない本心の一つだったのではと思っている。
いつか恋をした彼の、照れたような顔と重なって仕方がなかった。あのときの彼は本心しか言っていなかった。そう確信している。ので、今回もそうだったらいいなぁとか、彼に聞いても教えちゃくれないので自分の中で決着を。

結局僕にとっての彼とはなんだったのだろう。僕の人生に現れた燃えるような金色。愛していたとはいえない、最後まで。愛されてもいなかった。
ただなにか、僕と彼との間でだけ通じ合える絆のようなものはあった気はしている。
いや、「あった」。
彼との間柄はどこまでも曖昧だったけれど、それくらいの絆はあって欲しい。なんだ、願望か。やっぱりディオについて考えても、答えなどは出やしない。

けれど、あの時僕は。僕と彼が仲の良い兄弟みたいだと言われたときに、本当にそうだったらよかったのになぁ、と反射的に感じたのだ。ちょっとばかりの切なさと共に。

そうだったなら、僕とディオはひとつになどならずとも、幸せになれるんじゃないかって。
泥のように眠るディオの隣で、こっそりとそんな夢を見た。







何故あの男と寝たのかと問われれば、そんなものは「心身ともにあいつを屈服させてやろうと思った」以外の理由はない。
あの頃俺とジョジョは、傍から見れば仲の良い親友同士だったのだろう。兄弟のようだ、と言った輩もいたような気がする。しかし実際のところ俺と奴の間に友情などは存在せず、家族愛なども以ての外だった。

『――ディオ!』

奴が快活な声で俺を呼ぶたびに、澄んだ瞳で笑いかけるたびに。どうしようもない衝動が胸で暴れ、情けなくも自らの正体を見失いかけたこともあった。
「呼びかけられることが嬉しかった」、「笑いかけられることが嬉しかった」、「気安く名前を呼ばれるのがいやだった」、「真面目くさった面を歪ませてやりたいと思った」。
相反する感情がぶつかりあい、本当にもう、どうしようもなくなってしまう。元凶であるあの男に抱いたのは憎しみに似た怒りだった。
だから抱かせた。汚してやろうと思った。今になってみれば、汚そうと思うなら俺が無理矢理に抱いてしまっても良かったような気がする。あれはそうされてもきっと、告げ口などはしないだろうし。恥ずべき事を告白できるような性質ではない。つまり俺にとっての性交とは、男に抱かれるのが当たり前になっていたということだ。なんともまあ、近視眼的な子供であったことだろう。我がことながら、馬鹿馬鹿しい。

――思い出したらなんだか腹が立ってきた。
そもそもそんな過去があったとして、何故それをあの男に告白した?同情を引いて罪悪感を抱かせるだけならば、日常の食事がどんなものであるかを教えてやるだけでもよかった。シェフが作ったご馳走で育ってきた奴はさぞ驚いただろうし、自分が美味しい料理を食べている間にもディオは、とか、筋違いの罪悪感を覚えるに違いない。

受け入れられたかったのだろうか。他でもないあの男に。下らない、馬鹿馬鹿しい。
結局あいつは最後まで俺を愛することはなかったし、そんなものは俺も同じだ。食い合い、征服をし合う為の性交だった。あの男が俺の中で果てるたびに俺は勝利を確信し、あの男は俺の中に自らを刻むことで勝利を得た。なんたる不毛。やはり若さとは愚かさに他ならない。

けれど――そうした行為の中で見せる、あいつの、ジョジョの顔だけは、好きだった。
長い眠りを経た今になっても好きなのだと、断言をしてやってもいい。

背徳感。罪悪感。俺への苛立ち。俺への申し訳なさ。俺の過去への嫉妬。そして何より、あの時だけに覗かせる俺への執着。あからさまな。全てが表情として現れていた。内心を隠すことすら出来ない、本当にどこまでも馬鹿正直な男だ。
愛しかった。きっとああしている瞬間だけは、俺はジョジョに恋をしていたのだな。今だから言えることだ。もうこんな感情に意味などないのだから。

昔俺を煩悶させるばかりだった「ジョジョ」は既にいない。俺と一つになった。この首に刻まれた継ぎ接ぎのような傷跡は、俺とジョジョに唯一残された繋がりだ。もうそれしか残っていない。後悔などは微塵もないが、なんだろう、今になって不思議な感慨が沸いてくる。あいつと寝ているときはこのまま一つに解け合ってしまうのではないかと下らない恐怖にかられたこともあったものだが、本当に一つになってしまえば、なんだこんなものかとしか言いようがない。


手にした塊を月に向かって掲げる。月光を浴びた髑髏。酷くみすぼらしい。

「随分とつまらない顔しかできなくなったものだなぁ、ジョジョ――ジョナサン、」

二つに分かれていたからこそ、俺たちは殺しあう羽目になった。なら一つでいることこそが俺たちの終着点で、幸福なのだとは思わないか。
――駄目だ、目覚めたばかりで頭がおかしなことになっている。一つでいるからこそなんて。そう思わなければやっていられないだなんて、どうにかしている。








物理的には2人で1つになったジョナディオだけど、精神的なあれではジョナサンが死ぬ直前の一瞬しか通じ合えなかった的なイメージがあります


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