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土曜日

・一瞬キス程度の花DIO描写入ります





前触れなくインターホンが鳴ったのは、午後10時を回っていくらかたった頃合いだった。途端にさっと脳裏を過っていった名前があり、ぼくはコントローラーを握りしめたまま硬直した。どうしよう、出たくない。絶対あいつだ、出たくない。けれど出なかったら出なかったで、玄関の扉は無残にぶち破られてしまうのだろう。そういうことを、平気でする。あいつはそういう奴なのだ。
ぼくの葛藤を嘲笑うかのように、インターホンは再び鳴る。単調な呼び出し音は、ぼくに突き付けられた最後通牒のようにしか聞こえない。結局ぼくは、やれやれだ、なんて承太郎の口癖を内心で呟きながら、本当は行きたくないけれど、ほんっとうに出たくはないけれど、薄暗い玄関へ向かい、数秒の躊躇の後に鍵を開けた。そしてノブを捻り、やはり数秒の躊躇を経て、玄関よりも一段暗いマンションの廊下へと首を出す。

果たしてそこには――人っ子1人見当たらない、ぼんやりとした薄闇が広がっているだけだった。

「……あれ」
どうせ、DIOが来たのだろうと思っていた。基本的にとても暇である吸血鬼が、現在の住まいから3駅離れたぼくの部屋を来訪(という名の襲撃)するのはそう珍しいことではない。3日続けてくることもあれば、何ヶ月も姿を見せないなんてこともある辺りが、実にあいつらしかったりするのだが。
いたずらに呼び鈴を鳴らされるには、少々気味の悪い時間である。しかしどれだけ見渡したって周辺に人影はなく、夜の廊下には耳が痛くなるような静寂があるのみだ。首を捻りながら、ドアを閉める。一体なんだったのだろう。得心がいかないまま戻ったリビングには、変わらずゲームのBGMが響いている。エアコンはこうこうと音を立てていて、飲みかけだったジュースのペットボトルはすっかり空になっていた。――空になっていた?

「花京院。これ前にやっていたのと違うだろう」
「帰れ!」
「開口一番何を言う」

ペットボトルに3分の1ほど残っていたジュースはすっかり飲み干され、食べかけのピザは記憶にあるよりも随分と面積が減っていた。もしゃもしゃとピザを頬張りながらゲーム画面を眺める寛ぎっぷりたるや、さながら家主の貫録である。
「スタンドか。わざわざ時間を止めて人の部屋に侵入をしたっていうのか、君って奴は」
「何度わたしが来てやったって、貴様は追い返そうとするばかりだろう。ならば、とわたしは考えた。貴様が動けんうちにさっさと中に入ってやれと」
「……」
「どうした花京院。続きをせんのか、続き。この前やっていたのはもっとこう、でかくでがしょんがしょんしたメカばかりであったが。これはこれで、なんというかころころとしていて、中々に愛らしいものなのだな」
「……勝手に人のピザ食べるなよ」
「出しっぱなしにしていた貴様が悪い」
呆れて物も言えない、とはこのことである。付き合ってるうちに一々まともに相手をするのが馬鹿らしくなってくるぜ、とは誰よりもDIOに振り回されているのだろう承太郎の言であるが、なんとなく理解できるようになってしまったことが悲しかった。君も物好きだなぁ、と承太郎を笑い飛ばしたぼくなどは、いつの間にかこの吸血鬼に殺されてしまっていたのである。望んで縁を繋いでいるわけではないが、積極的に縁を切ろうともしていない。そんなぼくだって、とっくに物好きの称号を賜る資格を得てしまっているのだった。
「言っておくけど、君と違ってぼくには仕事があるんだからな。疲れてるんだ。もう少ししたら寝るつもりだから、いつまでも構ってやれないぞ」
「どいつもこいつも仕事仕事とまあ、面白みのない言葉ばかりを口にする」
「それが人間ってものなんだ」
黙り込んだDIOは、膝に頬杖をついた。そしてぶすったれた顔をして、じとりとぼくを睨んでいる。
「言いたいことがあるなら言ってくれ。ぼくは承太郎じゃあないんだから」
「それじゃあ単刀直入に言うが、花京院。承太郎からわたしを寝取るのだ」
「……なんだって?」
「承太郎からこのDIOを寝取れと言っているのだ、花京院!」
「やなこった!」
「なんだと!」
言われた言葉の意味は分かるが、DIOの真意は分からない。ただどうしようもなくろくでもない欲求を突きつけられているのは確かだった。
「このDIOの『お願い』をはね付けるというのか、花京院!」
カーペットに両手をついて前傾姿勢になったDIOが、掬い上げるようにぼくの顔を見上げている。赤い瞳は剣呑に細まって、金の睫毛は苛立たしげに何度もぱしぱし瞬いた。まるで野生の猛禽類である。『お願い』なんて可愛らしいものではなく、こんなの立派な『恫喝』だ。
「君たちの喧嘩には金輪際巻き込んでくれるなって、この前のプリン戦争の時に言っただろ!君を承太郎から寝取れだって?冗談じゃあないぞ、そんな、禍根しか残らないようなことを!一体誰が好き好んで!」
「だって貴様、あれだろ花京院、初めてわたしと顔を合わせたときにはげーげーとみっともなくゲロを吐き散らしたものではあるが、逃げようとはしなかったし、何やらうっとりとわたしを見つめていたではないか。そして結局はわたしの手を取った!ゲロに塗れた手で恭しく!正直になっちまえよぉ、花京院。正直結構ぐらっときていたのだろ?このDIOに?」
「あれは山の中で熊に遭遇したら「逃げなきゃ!」とは分かってても身動きが取れなくなってしまうことと同じなんだ!」
「貴様花京院、このDIOを熊に例えるか!」
「熊の方が億倍可愛いさ!ていうかさっきからなんだよ、花京院花京院うるさいな!そう気安く人の名前を呼ばないでくれないか!」
「仕方なかろう。貴様のファーストネームを知らんのだ」
「……え、嘘だろ?」
「ええと、花京院花とか、そういう?」
「かすりもしていないッ!」
酷く腹が立った。もう何がむかつくって、このそろそろ縁も腐れてきた男に名前を忘れられて(名乗った覚えがあれば、呼ばれた記憶もある)しまったことが、ショックだ、もっと言えば若干寂しいとすら思ってしまったぼく自身についてである。
こんなのに名前を覚えていられたって、ろくなことになりはしないと分かっている。それでも――とても認めたくないことではあるが、ぼくにはこの薄情な男を「めんどくさい友人」として扱っている節がある。友人。友人だ。そりゃあないがしろにされてしまえば、腹も立つし悲しくも思う。人間ですらない相手に抱くにはあまりに不毛な感情である。それがまた、ぼくの苛立ちを煽ってならないのだった。
「かきょういんはな、ってなんだよそれ、やっつけすぎるだろう……」
フルマラソンをさせられたかのような疲労感に、全身が重くなっている。DIOとのつまらない言い合いはいつだってこうなのだ。どこまでいっても不毛も不毛、実りなどがあった試しがない。
ついさっきまでは同じくらい声を張り上げていた筈のDIOは、いつの間にか静かに口を噤み、すっと細まった双眸でぼくを見つめていた。射抜くような吸血鬼の視線に、ぼくは思わず息を飲んだ。それが合図であったかのように、DIOの顔がふっと微笑の形に綻んだ。そしてずい、と身を乗り出してくる。睫毛の本数も数えることができそうな距離で、DIOは尚もにんまりと、いやらしく、赤い唇を吊り上げた。

「のりあき」

そうして陶酔も甚だしい声色で、ぼくの名前を呼んだのである。
やっぱり知ってたんじゃあないか、この野郎――そう、吐き捨ててやりたいものであるが、どうしたことか、喉が詰まって声が出ない。口先が戦慄いて、生ぬるい息ばかりが舌先を滑ってゆく。
DIOが、微笑を湛えたままに小首を傾げた。真っ赤なマニキュアに彩られた指先を、そっとぼくの頬に這わせだす。赤い爪の先には、同じく赤い、赤い唇から吐き出された陶酔とまったく同じ、甘い毒が塗りたくられていた。

「では、このわたしは?貴様が熊に例えた10数年昔のわたしなどは、承太郎とかいうクソ生意気な小僧に殺されてしまったのだ。このわたしにはもう、飢えを凌ぐために手当たり次第の人間を食い散らかす必要なんてものはない。今のところは、そうしなくてもいい生活に満足しているものだからな。今のところはな。なあ花京院、そういうわたしは?今貴様の目の前にいる、丹念に研いだ爪をすっかり剥がされてしまったこのDIOは?貴様の目にはどう映るのだ、花京院典明よ」

とん、と肩を押されたと思ったら、いつの間にか、ぼくはDIOを見上げていた。
蠱惑的に歪んだ美貌が逆光に翳っている。初めて顔を合わせたときも、こいつはこんな顔をしていた。これからお前を誑かしてやろう、なんて見え見えの悪意が滲んだ表情は、呆れてしまうくらいあざといものだ。同じだ、まったく一緒。こんな奴の手を取ったって骨までしゃぶられて捨てられるだけだと分かっていても、それでも手を伸ばさなきゃいられない気分にさせられる所まで、何から何までが10数年前の再現である。
結局――どれだけ承太郎の元で本人曰く「生温い」日常を過ごそうが、この吸血鬼の本質的な部分は全く変わっちゃいなかったのだということだ。息をするように人を誑かす。飽きればさっさと捨ててしまう。そういう奴なのである。この男に与えられた美貌というものは、内面のどうしようもない醜悪さを覆い隠すためのものなのだろう、という気がしている。
けれど、
「君は――」
醜い所が、とても綺麗だよ、なんて。
それこそ陶酔でしかない台詞を口が動くままに吐き出しながら、ぼくはそっと、彼の額に張り付く金色の前髪を――

――ぴるるるる、ぴるるるる、

かき分けようとしたところで、テーブルの上に置きっぱなしになっていた携帯電話が鳴り出した。部屋中に満ちていたねばっこい雰囲気が、一瞬にして霧散する。
「……なんだこの、間抜けな音は」
「……どんな着信音を設定していようが、君には関係ないじゃあないか」
それとなく手を伸ばし、携帯電話を手繰り寄せた。DIOからの妨害はない。つまるところ、ぼくとDIOの間に何かが起こりそうになったって、それは気の抜けた着メロ1つでご破算になってしまう程度のものでしかなかったというわけだ。そりゃそうだよな、こいつはぼくのことなんてなんとも思ってないんだし。ぼくだって、こんなのとどうにかなりたいなんてまったく思っちゃいないのだ。
適度な距離感を再認識して、安心する。そしてふう、と軽く息を吐き出しながら、通話ボタンを押した。
「もしもし」
『……こんな時間にすまねぇが』
受話口の向こうから流れてきたのは、あまりにも重々しい承太郎の声だった。妙に疲労が滲んでいるのが気になりはしたものの、彼だって立派な社会人であるわけなので、DIOの世話とは別の苦労に背中を丸めることもあるのだろう。せめて「花京院に迷惑をかけてしまった」なんて余計な気回しだけはさせないように、ぼくは努めて明るい声で返答した。
「ああ、うん、うん、君が気にすることはない。どうせ今回だって、DIOが分からないことを言いだしたんだろ」
「なんだと貴様」
「ちょっとDIOうるさ、あ、こら!」
承太郎が答える前に、DIOが上から電話をかっ攫ってゆく。苛々とした顔であさっての方向を睨みつける吸血鬼は、組み敷いたぼくのことなどはすっかり忘れてしまっているようだった。
「承太郎か、承太郎だな?ふふふん、どうだどうだこの野郎。お前がどっかに行ってろとか言うものだから、わたしは花京院の家を訪れた!そしてこのまま、花京院にお前から寝取られてやろうと思っているッ!なんでも世の中には、愛しい恋人が自分ではない男に善がらされている光景を見て興奮をするのだ、という趣向があるらしいではないか。わたしには理解できんのだが、お前はちょっとむっつりな所もあるのだし、もしかすると隠された性癖に目覚めることができるかもしれんぞ承太郎。それともなにか、悔しいか?だとすればそれは、お前の怠慢が招いた結果であるッ!もう4日もお前はこのDIOをないがしろにして、つまらん論文にかまけてばかりいるものだから――」
『馬鹿言ってねーで早く帰ってこいよ、馬鹿野郎』
せいぜいゲームのBGMとエアコンの作動音が鳴るだけの、静かな部屋での出来事だ。承太郎がたった一言だけ零した言葉は、受話口から離れたぼくの耳にまで届いてくる。とても真剣な声だった。向こう側にいる承太郎の、一見すれば怒っているかのような真摯な表情を思い浮かべられる程の。
DIOの脳裏にはもっと鮮明な承太郎の姿が映し出されているに違いない。その証拠に、数秒の沈黙ののちにDIOはぷちりと通話を切った。そして人の電話をぽいとぞんざいに放り捨てる。抗議の声を上げる前に、顰め面の吸血鬼はぼくの上に倒れ込んだ。物凄く、重い。
「なんだ、あの物の言い方は。まるで人を、駄々っ子かなにかのように」
「実際構って貰えなくて駄々こねてるだけなんだろ。本当にぼくとどうにかする気なんかなかったくせに」
「したかったのか、貴様」
「冗談じゃあない。重いよ、どいてくれ」
「なんと貧弱な」
のっそりとDIOが体を起こす。横たわったままでいると、また妙な気まぐれを起こしたDIOに酷い目に合わされないとも限らないので、ぼくも急いで両腕を突っ張り跳ね起き――ようとしていたのに、背中がほんの3センチほど浮いたところであえなくそれは阻まれてしまう。
――DIOだ。すっかり油断していたぼくの隙を突き、さっと両手で頬を包んできたDIOが、噛み付くようなキスを仕掛けてきたのである。
「な、なにするんだよ、いきなりっ」
「このまますごすごと帰ってやるというもの、中々に癪な話だろう。だから、ちょっとだけ。承太郎の知らないところで、少しだけ、花京院に『寝取られて』みることにした。ふふふ、承太郎には言うんじゃあないぞ。わたしと貴様だけの秘密なのだからな、花京院」
「最悪だ……」
手の甲で唇を拭うぼくを見て、DIOはけらけらと笑っている。承太郎であったなら、こんな場面ではこいつの額をぺしりと叩いたりもするのだろう。しかしぼくにそんな勇気はない。なのでぼくはまったくありがたくもない『2人だけの秘密』を拝領し、友人である承太郎にちょっとばかりの後ろ暗さを抱く他にないのである。

「ではな、花京院。帰る」

――二度と来るな!

薄情に翻った背中へと、使い古した文句を投げつけた。もしかしたらとんでもない悪魔でもあるのかもしれない吸血鬼は、ぼくを一瞥することもなく、さっと窓の外へと消えていった。







自分ではゲームやらないくせに横で見ててストーリーとかはばっちり把握してる系のDIO様


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