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日曜日

「――なぜそうも、お前たちは仲良くすることができんのだろうなぁ。お前たち2人とも、このDIOに心底やられちまってるーなんてところはそっくりであるというのに。――ん?なにをそんなにがなっているのだ息子2号よ。ん?んん?……いやぁ、まあ確かにそりゃあ、プッチに比べればお前はまだ信心が足らんというか、なんというか、ううん、まあ安易に『そっくり』と評してしまうのは何か違ったかなーという気もせんでもないのだがー。
でもお前、近くにリキエルなりウンガロなりがいるであろう?聞いてみればいい、己はファザコンであるのか否であるのかと!どうせ応と即答されるに決まっていている、このさくらまんじゅうを賭けてもいい――ん、そうなのか?2人とも?ふむ、ふむ。
ん、ああ、まあ、あれらも何年か前までは酷い暮らしをしていたと聞いていたものだからな。こう――朝からバイクを走らせに行ったりだとか、目当ての本の為に朝から店を巡るのだとか――そういう、なんともまあ平和な時間の過ごし方をしているのだという事実は、中々に喜ばしいことであるのではないのかと――おい、お前はこの父をなんだと思っているのだ。わたしにだってなぁ、ちゃんとあるのだぞ。父性とか、親心だとかいうものが!ま、なけなしのものであることは認めないでもないのだが。
――うむ、うん、ああ、案外お前も、このDIOのことを理解しているのだなぁ、ふふふ。確かに一過性の好奇心であるということも、否定はしないさ。ただ向こう何十年かはお前たちに飽きる気はしないので、そこら辺は大いに安心して構わないのだぞ、我が息子よ。
うぅむ、というかだなぁ。どうにも他の2人は有意義な余暇を過ごしているようであるが、お前はどうなのだ?やることないのかお前?――だぁから何故お前はそうも、一々きゃんきゃんとがなりたてるのだー。もう反抗期とかいう年齢ではないのだろうにー」

片手に携帯電話を携えたDIOが、布団と畳の間をごろごろと転がりながら行き来している。
そんな光景を肩越しに見やり、3秒ほどたった辺りで慌ててモニターへと向き直った。迂闊に目を合わせようものならば、奴は電話を放り出して構え構えと俺に纏わりついてくるのだろう。
正直に言えば、あいつのどうしようもなくわがままな性質は嫌いではなかった。やれやれだ、という気持ちに嘘はなかったが、あれを持ってこいこれを買えどこそこまで連れて行け、といったわがままの数々に付き合ってやるのも悪い気はしないのだ。ただ今この時ばっかりは、冗談抜きでやらなければならないことが多すぎる。いや、あいつがなんだかんだ大人しくしてくれていた最初の2日のおかげでそろそろ目途がつけられそうになっているのだが、あと一息のところで完全に行き詰ってしまっているのだ。こんなどん詰まり状態で奴に構ってやれる余裕などはなく、また物理的にも時間がない。締切の2文字はすっかり俺の眼前まで迫っている。だから多少の罪悪感を抱えながらも、俺はひたすらにキーを叩き続けるしかないのだった。

「ふふふ、なんともまあ、からかい甲斐のある息子であるのだろうなぁ、お前という奴は」

ゆるゆるとした、なんだか妙に嬉しそうな声が気になって、こっそり背後を盗み見る。仰向けになったDIOの横顔は弾む声音に見合った、楽しげな微笑に綻んでいた。
「……」
これまた正直に言ってしまえば――DIOが俺ではない相手との接触であんな、無防備であるとすら言える表情を浮かべることには、複雑な気分を抱かずにはいられなかった。
なんということはない、ありきたりな嫉妬である。きっと『俺はあの気難しい吸血鬼が心を開いてくれるようになるまでの数年を辛抱強く待てたんだぜ』なんてつまらない自負があるからだ。俺こそが誰よりも、あいつという男のことを理解しているのだぞと、つまらないことを誇りたがっている部分がある。あいつの子供にまでそんなどうしようもなさを発動させてしまっている辺りがもう、救いようがないとしか言いようがない。
勿論こんな思春期のガキのような心境を外に漏らしたことはなく、渦中のDIOだって気付いちゃいないに違いなかった。だから寝取られるだとかなんだとか、つまらないことをして人の気を引きたがるのだ、あの馬鹿は。俺がどれだけ傾倒しちまってるのかってことも知らないで、あの馬鹿は。言葉にしようともしないことを察してくれ、なんてのは都合のいい傲慢であると言われちまえば、反論のしようもないのだが。

「そういえばつい昨日、以前お前の部屋から発見した本を手本に『寝取られ』なるものを実践しようと試みたのだが――んん?……いや、自分のじゃあないと言われてもなぁ、お前の布団の中から見つけたものであるのだし。読んだのだろう?まあそんなことはどうでもよくて――いやだから、そういうのはどうでもいいと言っているだろうに。そんなこと言ってたって、お前は結局絆されてしまうのだ。ちょろい男だからなぁ、ふふふふふ」
「……、」

脳裏に蘇ったのは――つい昨日、帰ってくるなり俺の隣に座り込んだDIOの、しおらしく伏せられた目元がうっすら赤く染まっていた情景だ。
『お前は、嫌なのか』
『なにがだ』
ぼそぼそと呟きながら立てた膝の間に顔を埋めたDIOは、俺が横目で見やっていることに気付いていない様子だった。
『わたしがお前ではないものに目をやるのは、嫌なのか』
『……いい気は、しねぇなぁ』
『そうなのか』
『そうなんだ』
うっかり『嫌を通り越してすげー嫉妬する』なんて文句が漏れかかって、慌てて俺は口を噤んだ。惰弱でしかないこんな感情などは、終生吐き散らすことはなく墓の中まで持っていくべきなのである。でなければ、DIOの前では一丁前の男としての格好をつけていたいなんていう、これまたつまらない見栄を張ることができなくなってしまう。
『ま――元はと言えば、わたしをないがしろにする承太郎が悪いのだが、まあ……お前がそういうのなら、貞淑ぶってみるのも悪くはないのかもしれないな、承太郎』
ぽつぽつ喋りながら、伏せった頭がゆっくりと傾いた。DIOが俺の方を向こうとしていたのだ。目が合う前にモニターへと向き直り、表示された文字列に目を走らせた。頬に痛いほどの視線を感じていたが、振り向いてやるわけにはいかなかった。
普段からそう、盛っているわけではない。ただ昨晩ばっかりは、勢い任せに『どれだけ自分が想われているのか』ということを知らしめさせてやりたくなる気分になっていた。『寝取られてやる』だとか、馬鹿なことを言うものだから。花京院を相手になにがどうなるとは思っていないし、なんだかんだでDIOは俺しか見ていないことを知ってはいたが、それでも具体的なワードを出されてしまうと少々過敏にもなるものだ。
それをするだけの時間がなかったというのは、ありがたい幸運である。きっと一旦吐き出してしまおうもうものならば、俺はあいつを壊してしまうまで止まることができなくなってしまうのだろう。あいつを抱き潰してしまう、なんて真似だけは、決してしたくはないことだ。基本的には、あいつを大事にしたいと思っている。

『もっと喜べよ、承太郎。このDIOがお前に操立てをしてやろうと言っているのだぞ。この果報者め。おい、おぉい、承太郎よー』
うっせー正直死ぬほど嬉しかったわこの野郎。


「――とにかくまあ実践をしてみて、相手の腹の上に乗っかるところまでは行きつけたのだ。だというのに、土壇場で鳴り響くまぬけもまぬけな着信音!相手はよりにもよって承太郎!しかもなにやら笑っちまうほど真剣な声で帰ってこいとかぬかしやがるッ!――ので、慈悲深いわたしはすぐさま花京院を――ああ、寝取らせようと思った男のことな。花京院を放り捨て、すぐさま希望通りに『帰ってやった』というわけだ。どうだ、いじらしかろう?承太郎が、どうしても嫌だと言うものだからなー、ふふふ。ま、つまるところは結局、このDIOにも多少の慈悲や情けがあったということなのだな。自分でもおかしくてたまらんが、たまにはこういうのも悪くはない」

もっと言えもっとのろけろ。
頼むからそろそろ別の話題に行ってくれ仕事に集中できなくなる。――2つの気持ちが入り混じって、なんだか酷く落ち着かない。
調子こいた物言いが、あいつなりの羞恥心の現れだということは分かっていた。背中に刺さる視線の甘ったるさや、そこに込められた期待だって分かっている。分かっちゃいるのだが、ここで振り返ってしまえばきっと本格的に、俺は締切の2文字に押し潰される羽目になってしまうのだろう。しかし、けれどもしかし、これ以上あいつの視線を無視するのは――

「悪くはない、が――うぅん、ひとつ心残りがあってだなぁ。うん、そのな、せっかくの機会ではないか。だから――『ああんじょーたろぉのよりきもちいいぃぃvすきぃvこのちんぽすきぃvもっとしてぇvもっとvもっとぉvどなてろぉvv』――みたいなことを、言ってみたかったなぁと。あの教本のように」

――貞淑。貞淑とは。その2文字に込められた意味というものは。

「…………」
これ以上はもう限界だった。さっきからDIOのことばかりを考えてしまっているせいで、手はすっかり止まってしまっている。
お前。お前、おいDIOよ。俺が誰の為に土日も返上してかったかったとキーを叩き、何度も読んだ文献を何度も何度も舐めまわすように読み込んでいるのか分かっているのか、お前は、お前は――ああもうまったく、まったく!なにがああんvだ馬鹿野郎!





『――や、やめろ承太郎ッ!!あんなの冗談ではないかっ、そのくらい分かるだろうこの野郎!やめろ!このDIOを荷物のように扱うんじゃあないこの馬鹿!馬鹿!』
『馬鹿はどっちだっつーんだよああ!?人がしたくもねー仕事してる後ろで、頭の沸いたことを!』
『あ!もしやむらっとしたのだな承太郎!?ならば致し方ない、このDIOが責任を持って――』
『時間がねーんだっつってんだろうがオラァ!』
『うぐあぁ!?』

電話の向こう、はるか遠くの日本ではなにやらちょっとした修羅場が繰り広げられているらしいのだが、俺の内心だって大変な具合に荒れている今現在、ぎゃあぎゃあと喚きたてる父親を慮ってやることはできそうにない。
いいや――そもそも俺がこんな、心臓が破裂しちまいそうな衝撃に身動きが取れなくなっているのは当の父親のせいなのだ。俺には奴を心配してやる義理などない、むしろ妙なことを言ってごめんなさいと謝ってほしい所である――

(『――あぁんvどなてろぉv』)

「……うわあああああ……!!」
いいや――いいやもうなんていうか、謝られたってなにがどうなるわけでもない。やたらわざとらしかったとはいえ、あいつの喘ぎ声なんてものを聞いてしまった事実は消せやしないし、これでもかと甘ったるく呼ばれた自分の名前に興奮してしまったのもどうしようもなく現実の出来事なのだった。
なにが親心だ、なにが父性だふざけんな。まっとうな父親が我が子にあんな声を聞かせるものか、なにが父親だええいくそ――そんなのに興奮しちまってる俺だってそりゃあ、まっとうな息子ではないのだろうが、まっとうではない父親からまっとうな息子が生まれるわけがないだろうがくそッ、あのくそ親父とくれば、どこまでいってもろくでもない!
『……おい息子よ。足首を引っ掴まれた挙句部屋から放り出されてしまったのだが、どう思う。あの者も酷いことをすると思わんか』
「酷いのはお前だよばぁーか!!」
『ぬっ!?父親相手になんという口のきき方だ!』
「なにが父親だバーカバーカ!人の部屋漁りやがるわ変な声を聞かせやがるわ!もう切るからな!もう2度と部屋になんか入れてやらねーぞクソ親父!」
『おいまてヴェ、』
通話を切って携帯を放り出す。そして枕に顔を埋めてみる――ものの、頭の中では吐きそうな程に甘ったるい父親の声が鳴り響き、ちっともまったく落ち着かない。うっかり催してしまった劣情だけではなく、ドナテロ。ドナテロ。あいつ俺の名前知ってたんだなぁとか、きっと俺とあいつが普通の親子だったなら抱くこともなかっただろう喜びに、胸の奥が熱くなって仕方がないのだ。
「……」
シーツの上を這いずって、投げ捨てた携帯電話の元へと辿り着く。番号を呼び出して受話器を耳にあて、そういえばこっちとあっちの時差ってのはどんなもんだっけ、と一瞬思ったものの、相手は別に今更気を遣わなければならない奴ではないので問題ない。

『――またですか、ヴェルサス。今度はあの人と何があったんです?半裸で乗っかられでもしたんですか?』

おやつタイムなので手短にお願いしますね、と吐き捨てた同い年の兄の声はあまりにもおざなりだったが、ろくでもない父についての愚痴を受け止めてくれる相手など、地上にこの兄しか存在しないのである。

「なんかあいつ、俺の名前知ってたみたいなんだけど」
『へえ。そういえば君、なに・ヴェルサスって言うんでしたっけ?』
「……そういうところ、あいつそっくりだよなぁ、お前」
『なんです不愉快な』







一々言葉にしたくはないけどもうもんのすごいべた惚れな承太郎とかいいと思うんですよ!


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