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キスがしたいだけだった

「おはよう、ジョジョ。ほら、早く朝食を終わらせてしまえよ。あと少しだけ待っててやるから」
「な、なんで起こしてくれなかったんだよ!ああっ、これじゃあ半分も食べれないぞ!」
「半分も食べれば充分だろうに。ほらジョジョ、急いだ急いだ!」
「急かさないでくれよー!」

そうして笑いあうぼくたちは親友、あるいは兄弟そのものだった。この友情にどこか空しいものを感じることもあるけれど、友人としての彼を、ぼくは好いているのだと思う。
しかしその関係は、緩やかに逸脱を続けている。それでもある程度の均衡は取れているはずだけれど――なんだか最近は、崖の先に立たされているような気がしてならないのだった。

ディオよ。ぼくを、君の親友、のままでいさせてくれ。
これ以上逸脱してしまっては、きっと、ぼくはぼくでなくなってしまうんだ。





不意にぼくの意識を掻っ攫っていったのは、ディオの赤い、グロテスクなまでに艶やかな唇だった。
「ふぅ……ん……」
真っ赤に充血した唇は自らの指先を食んでいた。甘噛みをしていたのだろう、色素の薄い指先がほんのりと、いじらしい赤色に染まっている。その光景はクリームの上から蜂蜜を垂らしたように、過剰に甘い。喉の奥が熱くなる。
ディオの唇の色なんて、特別に意識したことなどなかったはずなのに。一度意識の内側に入れてしまえばもうどうにも気になって仕方がないもので、もっと近くで見たいとか、触りたいとか、キスをしたい、だとか――即物的な衝動に、なけなしの理性を剥ぎ取られてゆくのが分かる。

てらてらと光る赤い唇。淫猥な赤色。濡れた舌もまた赤く――

「だめだ」
「んむっ」

生暖かい感触が口の周りを覆っている。ディオの掌だ。拒絶も顕な掌が、ぼくの接近を食止めようとしている。気付けばディオの顔がさっきよりもずっと近くにあった。この掌さえなかったなら、今頃キスを交わしていたのだろう距離に。
「なぜ、」
掌に唇を押し当てたまま、至近距離でディオの碧眼を見下ろした。キスをしたかったのだ、という未練がましさに声が篭ってしまっている。
「君がしたがるからだ」
そんなぼくを見上げるディオはにんまりと口の端を吊り上げている。ぼくを小馬鹿にするように。ディオのそうした、どこかサディスティックな表情はぼくの中には行き場のないフラストレーションを溜めてゆき、こうして愛し合う人たちの真似をするように体を繋げることである程度解消してきたわけではあるが、その手段である行為の最中にこんな顔を見せられてはたまったものではなかった。下腹部に電撃にも似た刺激が走る。思わず声が漏れた。耳元を、ディオの漏らすくすくす笑いが通過してゆく。
「なんで君はそう、意地悪なことを言うんだい」
「意味なんてないさ」
「意味がないのならいいじゃあないか」
「意味はないけど嫌なんだよ。これ以上の理由があるっていうのか?」
「ディオっ」
「大体今更口なんてそんな、もうぼくらも子供じゃあないんだから。現に今ももっと深い所で繋がってるんだぜ、ジョジョ?ほら、」
「っ、」
戯れのような締め付けに喉が鳴った。背筋を駆け抜けた強烈な快感は「気持ちが良い」なんて温い言葉に収まり切るものではなく、ディオが気まぐれに与えるそれをありがたく拝領するだけの下僕にでもなってしまった気分になる。
そのたびに少しだけ、このままディオに傅いて彼の白い足を舐めるだけの存在になるのも幸せなことなのではないかと思ってしまうのだ。本当に少しだけ。
ただぼくがそういった快感をやり過ごすべく唇を噛んでいる時は、仕掛けてきたはずのディオも深く感じ入っている様子で長い睫を震わせているのだった。
今もそうだ。赤みの深まった目元を涙で濡らしていて、それでも「ジョジョの優位に立つ自分」を取り繕おうと勝気に唇を吊り上げている。
おかげでぼくは敗北感に打ちのめされることもなく、彼の足を舐めずにいられるのかもしれない。その姿はどう見たって支配者のそれではなく、暴風に怯える虚勢張りだ。

「馬鹿なことを言っていないで早く動けよ、ジョジョ。出したいんだろ?ぼくの中で。こんなに膨らませて……だらしない奴だなぁ、まったく」

上擦った声だった。抑えきれない期待の滲んだその声は「早く動いて欲しい」と懇願しているようにしか聞こえない。中に埋まっているものの大きさを確認するように締め付けた瞬間、涎を垂らさんばかりに口元がいやらしく緩んだことに自覚はあるのだろうか。出来すぎた美貌がどこまでも俗っぽい欲望に歪んでいることを。
「ん……あっ、あ、んぁ、ふ、あ、ああ……」
体内を犯されて声を上げるディオは、普段の彼を知っていれば知っているだけ眩暈を覚えるほどに従順だった。ぼくに従順、というよりは与えられる快楽を従順に享受しているだけなのだろうけど、結局ぼくに与えられたもので彼のかんばせや体はとろとろに蕩けてしまっている。と、思えば堪らない分にもなるもので、すこしばかり得意な気分になりながら、続けて彼を責め立てた。
「あひっ、ぁ、ああ、んっ、いいっ……じょじょぉ、そこ……!んぁ、そ 、そこっ、だ……!もっと、もっと、ぁ、あ……!」
切なげに伏せった睫。涙に濡れる真っ赤な頬。そして、唾液と卑猥な声を垂れ流すばかりの赤い唇。
あまりにも動物的で知性の欠片もないくせに、それでも彼の美しさは損なわれない。いいや、美しいからこそ蕩けきった表情のいやらしさが際立つのだ。絶景だった。快感に打ち震えるディオはいつだって。
そんな彼を見下ろすぼくは、はたしてどんな顔をしているのだろう。もしかするとディオも言葉にはしないだけで、だらしなく顔を崩すぼくを見上げながら優越感に浸っているのかもしれない。
「あ゛っ、あァん、ひぃ、っ、っ!!」
ぼくだけが知っている――わけではないのだろうけど、この屋敷に来てからはぼくにしか見せていないのだろう、ディオの嬌態。いかれている。そんな彼に溺れるぼくだって、きっと。

「ディオ、っ……!」

自分の呼吸の音に彼の声がかき消されてしまわないように、と努めて息を殺そうと試みながら、しかしまったく達成できずに漏れて行くばかりの熱い息が、ディオの頬を擽っている。思わずそこを撫でた。柔らかな頬。溶けそうに熱い。
「ん、……ジョジョ、ジョジョ……」
「ああ……ちゃんと、出してあげるから……そう急かさな、いたっ!」
「ぼくがっ……ん、……ぼくが、出させてやるんだろう、がっ!このまぬけっ、ひっ!?あ、あ、やっ、ジョジョっ、このっ、ふぁ、ぁ……じょ……じょじょぉっ!」
明確な悪意を持ってぼくの背を引っ掻く指先に、応戦するべくディオの体を突き上げた。熱い肉に包まれているだけでも夢見心地になってしまうというのに、そこに激しく性器を擦り付けて得られる快感といったら言葉では言い表せそうにもない。瞬きのたびに瞼の裏が白くなる。絶頂が、すぐそこまできているのだ。
「あっ、く……!ディオ、だすよ、ディオ……!」
ディオの白い背を抱き締める。首筋に顔を埋め、力の限り目を瞑った。視覚など要らないのだ。抱きしめた体の熱や、鼓膜を擽る熱い息だけでもどうにかなってしまいそうなのに。ディオの顔を見ながら絶頂を迎えようものならば、ぼくの心臓は爆発してしまうのではないかとか、また現実味のない妄想を――
「――ああ、あっ、ァ、ア… …!!!」
一際高いディオの嬌声に全身が震えた。一拍を置いて、昂ぶってゆくばかりだった神経が嘘のように脱力してゆく。ディオの中に熱を吐き出したのだ。似たようなタイミングでディオも達したようで、白い腹が彼自身の吐き出した白濁で汚れていた。
「……はぁー……はー……は、ひ……」
「……よかったよ、ディオ、とても……」
「ふん……あたりまえだ……」
どさ、と重い音を立て、ディオの裸体はシーツに沈んだ。彼の手が離れた背がいやにすーすーとしている。
「はぁ……は……」
悪態もそこそこに、ディオは会話を打ち切った。彼の上に重なるようにベッドに突っ伏しても文句は飛んでこない。ぴくりとも動かずに、荒い呼吸だけを繰り返している。ぽってりとした唇。やはり赤い。
――誘うように赤い。
「……だからだめだと言っているだろうが」
「むっ」
覚えのある感触が口周りを覆っていた。ディオの掌。近くにはやはりディオの、今度はなにか呆れている様子の顔がある。懲りずにぼくは彼にキスを迫り、再び彼に防がれてしまったのだろう。その一瞬の記憶だけが焼き切れてしまっているために、どうにも他人事だ。
「……何故そこまで嫌がることがあるんだい、ディオ」
「ぼくとしては何故君がそこまでキスをしたがるのか理解ができないんだが……ほら、言っただろう。君がしたがるから嫌なんだ、って」
「本当に、それだけ?」
「それだけだとも」
白い掌が口元から剥がれ、今度はぼくの頬を包み込む。正面から向かい合ったディオは、やはり意地悪に笑んでいた。冷たい顔だ。酷薄であるが故のインモラルな美しさを湛えている。
対外的には「優秀な好青年」である所のディオに、こんな一面があることを知っているのはぼくだけだ。だというのに彼の唇の味だけは未だ味わったことがない、というのも、気付いてみればおかしな話だった。ディオの体に、まだぼくが触れたことのない箇所があっただなんて。

「何故君の望むものを望むままに与えてやらなくちゃあならないんだ。君の下僕になったつもりはないぜ、このディオは」

相変わらず――気の強い人である。
ディオのかたくなさに白旗を上げ、彼の隣へ寝転んだ。先に転がっていたディオが、頬へのキスでぼくを出迎える。
ディオは、ずるい。
思わず苦笑を零せば、ぼくを悩ませるばかりの「弟」は、昔の少女めいた面影を彷彿させるいたずらな顔で笑い返してきたのだった。




ふにふに。ふに。ふに。

心地よい弾力を持つその箇所を一心不乱に指先で弄って、それでも満足がいかないと欲求不満に眉根を寄せるのがこのところの、ディオとの情交を終えた後のぼくであった。2本。揃えた指を押し当てる。なるほど疑似的なキスに見えないこともなかったが、やはりそれは到底キスなどではありえないので、本物のキスへの欲求は募ってゆくばかりである。
仰向けに寝転んだディオは穏やかな寝息を立てている――ものの、さっきから口の端がぴくぴくと震えているところを見るに、狸寝入りを決め込んでいるのだろう。
失敗すると分かっていてキスを一度、仕掛けてみる。赤い唇、柔らかな。そこを目指して落ちてゆく唇はしかし、
むに。と。
不意に上を向いた白磁の頬へ不時着したのだった。
「……随分タイミングよく寝返りを打つんだなぁ、君は」
「ふふ、なんのことだ?」
目を瞑ったままに寄越された笑みがなんだか癪だったので、ちょっとした仕返しも込めて3つの黒子が並ぶ耳朶を食んでみた。微かにディオの頭が揺れ、鼻先を掠めてゆく細い金髪の感触がこそばゆい。
「そんなにしたいのなら無理矢理にすればいいじゃあないか。君の馬鹿力ならできるだろ?」
「それは――確かに、できるとは思うけれど……でもそれはなにか、違うような気がして……」
「ぼくと甘いキスがしたいって?恋人同士のように?」
いつの間にか伸びてきていたディオの指先がぼくの頭を撫で、かと思えば髪を引っ張り乱暴にぼくを引き剥がしに掛かってくる。地肌の痛みに耐えきれずにシーツに突っ張った腕で上半身を持ち上げてみれば、腕の間でディオがにやにやと笑っていた。
「ほら、やってみろよ。今度は邪魔をしないから」
「……どうせぼくが触れる直前で、また都合よく寝返りを打つんだろう?」
「おいおい、誕生日ケーキを用意して貰えなかった子供みたいな顔をするなよな。ぼくが悪者みたいじゃあないか。あんなにしたがっていたキスをさせてやるって言ってるってのに。さあほら、ジョジョ。こっち」
可憐ぶって小首を傾げたディオは、真っ白な人差し指で自らの唇を指し示した。その赤い唇にはやはり、ぼくを惹きつけてやまない官能の毒が塗りたくられている。どくり、と心臓が跳ねた。
ぼくはそこへ、表面の薄皮が触れるか触れないかという所まで接近し――けれど結局、土壇場で顔を上げてしまったのだった。
「……ジョジョ?」
ディオの青い瞳が真ん丸になっている。不思議そうな表情がなんだか無防備で可愛らしい。「可愛い」なんて言葉が当てはまる相手ではないことを、誰よりもぼくは知っているはずなのに。気恥ずかしさを誤魔化すように、汗ばんだ額に張り付いた金髪を梳いてみると、見る見る間に彼の顔は不機嫌に染まっていった。
「あんなにしたがっていたくせに」
赤い唇が尖っている。そんな子供じみた仕草も艶めかしくて、思わず視線を彼の胸元へと落した。頬が熱い。
「多分、君の情けで与えられたものじゃあ意味がないんだ」
「……ふぅん。やっぱり君も大概、負けず嫌いな奴なんだな」
「そうかな?」
「そうだろう。無理に奪うのが嫌なら施されるのも嫌。つまり君は、同意の上でぼくとキスをしたいってことだ。それって奪い取ろうとするよりも傲慢なことなんじゃあないのか?ぼくの心が欲しいって言ってるのと同じだぜ、ジョジョ」
「それは――傲慢なことなんだろうか」
「そうだとも」
すっと伸びてきたディオの指先に、顎を掴まれる。強制的に顔を上げさせられた先にはディオの白面が待っていて、ぼくを挑発するように舌なめずりをしている。

「自分の心は寄越さないくせにぼくのだけは欲しいなんて、ひどい横暴だとは思わないか。紳士が聞いて呆れるなぁ、ジョナサン・ジョースター?」

肯定も否定も出来ないままに、ぼくは硬直した。
言いたいことは分からなくもないけれど、ディオに、他でもないこのディオにそれを言われるのは酷く心外だというか――ぼくがどれだけ仲良くしたいと思っていても、妙な距離を作りたがるのはいつだって君だろうに、ディオ、ディオ、

「さ、いい加減寝るぞ。寝坊しても起こしてやらないんだからな」
意中の人に袖にされ続ける男性というものは、皆が皆、胸に塞がらない空洞を抱えているのだろうか。丁度今の僕のように。
いや、意中、というのは違うような気はするけども。しかし発端が純粋な好意ではないのだとしても、ぼくがディオに抱く感情とは既に恋と呼んでもいいものになってしまっている気がしないでもないような――いいや――そもそも恋とは。恋。恋とは、一体。

「なあディオ。恋って一体、なんだと思う?」
「青春の浪費」
「そんな、薄情な」
「なら君は君でロマンスに溢れた答えを見つければいいじゃあないか。寝かせてくれよ、ジョジョ。疲れてるんだ」

ぼくとディオの関係は、そんな薄情な一言でまとめてしまうにはあまりに情念が入り混じってしまっているのでは、と思うけれど。
なんというか、その是非は別にして、青春を浪費している感覚というのは分かる気がする。やはりこれは恋なのだろうか。どうにもしっくりこない。
そのうちぼくは考えることを放棄して、ディオの隣で眠りに就いた。









――その光景を目にした瞬間溢れかえった言葉たちに、ぼくの頭は決壊しそうになってしまった。
それはぼくの親友だ、とか、大切な義弟だ、触るんじゃあない、とか。
つまりはディオに覆い被さる男への牽制が堰を切ったように溢れてきて、けれど現実ぼくは指先1つを動かすことすらできてきない。視覚だけが鋭敏になって、それ以外の働きがまったく停止してしまっている。

夕暮れの校舎の裏――ぼくらに負けず劣らず体格の良い男の腕で、ディオの背が壁に押さえつけられていた。2人の距離はいやに近かった。それは、そうだ。彼らはキスをしているのだから。

明らかに無理矢理だった。ディオは両腕共を拘束されて、無遠慮に突き込まれた男の膝で股を割られている。ばたばたともがく様子がいかにも哀れで、頼りなかった。のしかかる男の横暴さといったらない。
いやもしかすると、ディオとのセックスに溺れている時のぼくも、傍から見ればあの男と変わりがないのかもしれない――いいや、いや。とにかく今はディオを助け出さなければならなくて、

「!」

と、漸くやらなければいけないことを見つけた瞬間に、視線の先で鈍い音が鳴った。ディオが繰り出した頭突きが男の眉間に入ったのだった。よろけた男がたたらを踏む。その隙を逃さずに、ディオは男の鳩尾を爪先で蹴り上げた。
「あ……」
思い出したように稼働した声帯から、気の抜けた声が漏れてくる。安堵とも呆れともつかない声だった。
耳ざとく聞きつけたのだろうディオが、こちらを一瞥した。目が合うやいなや、怒りも顕な足取りでぼくの元へと向かってくる。そう、怒っている。ディオの顔には、この数年で一番に厳しいしかめっ面が張り付いている。
「帰るぞ、ジョジョ」
「あ、ああ。ディオ、その」
「なんだ」
「へ――平気、かい?」
「平気だよ。ぼくに外傷はあるか?ないだろう?キスをされただけだ、なんともない」
なんともない、なんて思っている人が、そんな顔をするものか。吐き捨てた言葉は屈辱だ、と言っているようにしか聞こえない。

――その屈辱は、君がいつかエリナ・ペンドルトンに与えたものだ。とは、とても言い出すことができなかった。

ぼくらの仲がまったく上手くいっていなかった頃の話だ。なんとなく、タブーになっている。あんなこともあったよなと、ディオと語り合ったことは一度もない。
「最悪だ。舌突っ込みやがって、あの男」
「彼は誰だ?」
「クラブの先輩さ。君も知ってる」
男の顔は見えなかったが、なんとなく思い浮かんだ人物はいた。よくディオを構いたがる先輩だ。確かに先ほどの男と、背格好は一致するかもしれない。
「ぼくに恋をしているんだとさ。下らない」
「恋、」
「ああそうだとも、あの男はこのディオに青春の浪費を強いたのだ。自分は君を好きなのだから君も自分を好きになって欲しいだなんて、本気でそんな横暴がまかり通ると思っていたのか、あの男は?名前を知っているだけの他人にぼくの時間を食い潰されてたまるものか、ああ、くそ、腹の立つ」
隣を歩くディオは苛立ちも露わに親指の爪を噛んでいる。白い指を、ぼくではない他人に犯された唇で、食んでいる。
「酷いことをするものだね。君を好いているというのなら、なおさら」
すらすらと口を衝いて出た言葉はどこか薄っぺらい。声音にも妙な素っ気なさが滲んでいた。
ディオの足が止まる。自分でも何かおかしい、と思う程の素っ気なさだったのだ。ディオにも何か感じるものがあったようで、まじまじとぼくの顔を見つめている。不機嫌そうに座った目などは普段の半分ほどの大きさしかないというのに、そんな表情すら美しいだなんてまったく、狂ってる。
「君は、しなかったのにな。無理矢理になんて」
「そう――だね。それがどうかしたのかい?」
「別に。やっぱりジョジョは甘ちゃんなんだなぁと思っただけだ」
「なんだか思ったより元気そうだなぁ、君」
「元気も何も、なんともないって言っただろ。さあ早く帰ろう、ジョジョ。呼びに来てくれたんだろ?」
「ああ、うん。そうだね、早く、暗くなる前に」
山の端に消えかかった太陽は、それでも爛々と輝いている。燃えるような夕映えの中心で、ディオは意地悪に笑った。
「君の腹が鳴っちまうものな」
「そりゃあ、今日もたくさん動いたからね」
「前から言おうと思ってたんだが、君最近食い意地が張りすぎてないか?だからそんなに図体がでかくなっていく一方なんだ」
「はは、そんなこと言って。ディオがぼくと同じだけ食べてるってことくらい、知ってるんだよ」
「街中で腹を鳴らしたことなんてないぞ、ぼくは」
金の髪が翻る。夕焼けの中を泳ぐ金色。憎らしい程神々しい。
じわじわ、と胸を巣食う衝動を振り切るように、ぼくは先を行くディオを追った。こんな平和なやり取りをいつまで交わせるのだろうかと、胸に抱えた爆弾に不安を抱きながら。

だって甘ちゃんなどではないのだ。ディオへの利己的な感情に煩悶するときのぼくは、決して。
無理矢理キスするのを躊躇っている理由だなんて、それじゃあぼくだけがディオに焦がれているみたいで悔しいって、それだけだ。キスをしてもいいと「許可をもらう」なんてことは以ての外である。
ディオに負けるのは、悔しい。ディオ程ではないにしろ、ぼくにだって周囲への対抗心みたいなものは持っていた。ささやかだけれど、人並みのハイティーン程度には。

――ああ、もしかするとぼくは、ディオにキスがしたいのではなく、ディオからのキスを欲しがっているのだな。
だからディオの唇を無理矢理に奪った男に対し、あまり怒りというものを抱いていないのだ。あれくらいのこと、ぼくならいつだってできるのだから。

だというのに、何故こうも心が荒む?
あの光景を思い起こすたびに深まってゆく胸中の暗雲は、一体どこからやってきたものなんだ?





苦し気な嬌声が鼓膜を震わせるたびに背筋を罪悪感が駆け抜けて、なのに同じくらい、もしかしたらそれ以上の興奮と歓びを感じてしまうものだから、なんだか死にたい気持ちになりながらも、ディオを凌辱する動きを止めることはできないのだった。
「ひぐっ、ん、ふぅ、ぅ……ぁ、は……」
仄かな光源に照らされた彼の背は、新雪のごとく白く、美しかった。小さな羽のように浮き出た肩甲骨が艶めかしい。引き締まった体のラインなどは、言うまでもなく卑猥だった。
「っ、あ゛、っ、ぅ、っ~~……!!」
精神に吹き荒ぶ暴風にせっつかれるがまま、ディオの体を抉る、えぐる、これまでこの体に触れた誰よりも奥深くまで、ひたすらに。そしてその動作に没頭すればするほど、右手、ディオの首を上から押さえつける手に集まる力たちも、勢いを増していった。

――なにをしているのだ、彼を殺すつもりでいるのか。

さっきから表情筋が引き攣っている。きっと恐怖に歪んだ表情を晒しながら、それでもぼくはディオの首を絞め続けているのだろう。早く離さなければと、なけなしの理性が訴えていた。それでも右手は離れない。偏執的に、ディオの生白い首へ張り付いてしまっている。
「あっ、ぁひ、ァ、あああっ」
「っ!?」
不意に、とんでもない締め付けに神経が逆立った。結合部がひくひくと、狂ったように蠢いている。そこから連なる内壁も、嬉しげに、食まされた欲望に絡みついている。
ふと視線を落としてみれば、ぐしゃぐしゃになったシーツの上に大量の白濁が散っていた。ディオが出したものだった。彼が後孔への刺激だけで絶頂を極められることは知っていたし、そうして迎えた絶頂は馬鹿になる程気持ちが良い、と語っていたことも覚えている。しかし彼がここまで早く、そして断続的な絶頂に震える姿を見るのは初めてのことだった。
「あ……ぁ……」
閉じることを忘れたディオの赤い唇。はくはくと震えながら、熱い息を吐き出している。途切れ途切れの甘い、どこまでも甘い嬌声と共に。
――暴風が吹き荒ぶ。ぼくの人間性が、また1つ、吹き飛ばされていってしまう。思わず目を閉じた。瞼の裏は、真っ黒だった。
「~~!!?あ、や、ちょ、ジョジョっ、まっ、待て、まだ、あ、あああっ、ぁ、あ……!!」
あれほど離し難かったディオの首から、いつの間にか掌は剥がれていた。気付けばもう片方の手と共に彼の腰を押さえ込んでいる。引き締まった腰は逃げることを許されず、ただただ凌辱になど耐えきれぬと、切なげに揺らめいた。
「だめっ、だめだ、じょじょぉ、まだ、ぁ、あっ」
「――っ、ごめん、」
「ゃっ、やめっ、ああひ、ひぅ、ぅぁ、ア……!」
「ディオっ……すまない、本当にっ……でも、ああディオ、ディオ……!!」
「ジョジョ、っ、じょじょぉ……あ……あァ……!」
鼻先を彼の後頭部に埋めると、甘い、甘い、喉が焼けるほどに甘いディオの香りに包まれる。狂ったような情交の中、この香りだけは今日の夕方までと変わらない。おかしくなっているのは、ぼくだけだった。ぼくだけだ。

一際深く、突き入れる。
あまり奥で出されると後始末が面倒だ、とか言いながら口を尖らせるディオの顔がぼんやりと浮かびあがり、それならぼくが全部やってあげるよと、いつかの会話を思い出しながら迎えた絶頂に、わけもなく泣きたくなった。

こんなに酷いことをしたかったわけではなかったのだ。
ぼくはただ、親友、である所のディオと日常を過ごし、時にはだらだらとセックスに興じてみたりもして――たまには、彼からキスをしてもらいたいなぁ、なんて。ぼくの起こしたよこしまは、それだけだ。それ以上のことは望んじゃあいない。
だってぼくらは、お互いの青春を浪費しあっている嫌いはあるけれど、決して恋人同士などではないのだから。
ぼくには、曰く「名前を知っているだけの他人」に唇を奪われてしまう隙を見せたディオを咎める資格などはなかった。罰を与えるように、こんな、一方的なセックスを強いる真似なども、決して――決して――


「――君の嵐は止んだのかい、」


仰向けに寝転んだディオが、無感動に呟いた。
薄く開かれた唇へ、ぼくは、触れるだけのキスをした。まるで許しを乞うているようだ、と思った。今更下らない対抗心などはなく、敗北感も、感じない。
もしぼくがディオの足を舐める日が来るのなら、きっと今と同じような気分になるのだろう。ディオだけで精神が埋め尽くされ、そのことを恥じながらも泣いて喜びたくなってしまうような、酷い気分に。

ああ、ぼくの嵐は未だ、止んではいないのだ。
せめて明日の朝までには通り過ぎていてほしい。そうでなければきっと、ディオとの友情が、終わってしまう。

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