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3X歳の沼さらい

『――もしもし、突然すみません承太郎さん。あの、今あの人と一緒ですか?』
「いいや、まだ飛行機が来ていない。車の中で待ってるところだ」
『ああ、道理で繋がらないわけだ』
「急ぎの用事か?」
『そう急ぐわけでもないんですけれど、その、父がですね。こっちで買った服をがさっと置き忘れていっちゃったみたいなので。今度来るときにでも持たせればいいかなぁと思ったんですけど、よくよく考えてみればあの人、平気で半年顔見せなかったりするでしょう。だから送ってあげようかな、と思ったところで、これまたよくよく考えてみればそちらの住所を知らなかったな、なんてことに気付いてしまって』
「ああ……毎度毎度すまないな。あいつが着いたら住所メールで送るように言っておく。よろしく頼む、ジョルノ君」
『こちらこそ、よろしくお願いしますね。まったく、ろくでもない父親です。承太郎さんにも迷惑を掛け通しなんでしょう?いい加減、嫌になってきませんか』
「まったく腹が立たねーっつったら嘘になるが、まあ、好きで面倒見てるようなもんだからな、こっちにしても」
『これまたさらっとのろけてみせるものですね』
「横から聞いて調子に乗る奴もいねーからな」
『本人がいない所でなら、どれだけだってのろけてやれるんだぜって奴ですか?うわーうわー。ごちそうさまですー』
「引くなよ」
『引いてなんてないですよーまたまたー、なんてまあ、冗談は置いておいて。父があなたの重荷になっていないようなら、なによりです』
「あいつとなにかあったのか、ジョルノ君?」
『へ?』
「いや、なんとなくそう思っただけだ。何もないならそれで構わないんだが」
『……うぅん、そうですねぇ。それじゃあ1つ、ちょっとしたお願いをしてみてもいいですか?』
「俺にできることならな」
『あの人、ぼくにくれません?』
「……、」
『なぁんて。冗談ですよ、冗談。ほら、せっかく嘘をついても許される日ですから、ちょっとくらいはね』
「ジョルノ君」
『いりませんよ、あんな人。ぼくには荷が重すぎます。だからまあ、その……あんなでも、ぼくの親であるわけですし。それなりに、大事にはしてやって下さいね。それじゃあ』
「…………」




疎らな人の波の中、DIOの豪奢なブロンドが頭1つ分飛び出している。きょろきょろと頭を振るたびに柔らかな毛先が揺れ、やがて俺の姿を認めるやいなや、造りもの染みた白皙の美貌をいかにも俗っぽい、にやりとした笑顔に歪めたのだった。
そうして少々歩調を早めながら、一直線にこちらへ向かってくる。基本的には不遜も不遜、人の神経を逆立てることだけは誰よりも上手くやってのける男であるはずなのに、時たまちらつかせる些細な可愛げがたまらない。今だってそうだ、くそ、嬉しそうな顔しやがって。
「出迎えご苦労!」
真正面に立ったDIOは、ずいと手にした荷物を差し出した。自分のものは自分で運べ――と文句をつけてやる代わりに、溜息を1つ。奴の我儘放題な体質が極まる所まで極まってしまったのは、偏に俺が奴の気を引きたい一心で『これでもか』と甘やかしてきてしまった結果なのだった。俺も馬鹿な子供だった。我がことながら、青い、青い、青いことこの上ない。今にしてみれば分かるのだ。一々そうやってこいつの気を引くような真似をしなくたって、自分の意志で俺の元に留まることを選んだこいつはそもそも俺しか見ちゃいなかったのだと。
DIOは重い荷物を俺に押し付けるだけ押し付けて、さっさと出入り口へと向かってゆく。やれやれだ、と心中で呟きつつ、薄いコートに包まれた背を追った。隣に並んで立ってみれば、DIOはちらりとこちらを向く。相変わらず、上機嫌に笑っている。
「今回の旅行も中々良いものだったぞ。ハルノが期待以上の甲斐性を見せてくれたものだからな、ふふふ」
「なにさせたんだよお前」
「『お前の選んだ服を着てみたいものだな、この父は』とちょっとばかし『おねだり』をしてみたのだ。したらばその日の晩に、このDIOの滞在する部屋に大量の紙袋が届いたというわけだ。忙しくて選びに行く暇がなかったとかで、わたしの好きそうなブランドの品を片っ端から届けさせたのだと。なんとも甲斐性のある男だと思わんか、わたしの息子は」
「立派な息子にたかってんじゃあねーよ」
「うりっ!?」
揃えた人差し指と中指の先で奴の額を小突いてやれば、金の髪を揺らしながら奴の頭がのけ反った。
「嫉妬か、嫉妬であるのだな、承太郎?お前は大掛かりなことをこのDIOにはしてやれんから、さらっとそれをできてしまうハルノという男にしょうもないジェラシーを!ふふふん、お前にもまだまだ可愛げというものがあるんじゃあないか。感心感心」
なにやら勝手に喜びを深めているようである。無性にいらっとしたので、もう一度デコに一発食らわせてやった。頭をのけぞらせながらも、DIOはにやにやと笑っている。

「このDIOの気を引きたくば、一先ずは1年ほどの休暇を取ってくればいい。それだけでこのDIOは、お前にあんなことやこんなことをしてやろうって気になるくらいには、喜んでやるのだぞ。ふふふ、承太郎よー」

わざとらしく小首を傾げながら、DIOが横から俺の顔を覗きこんでくる。一瞬押し退ける動作に躊躇が挟まってしまったのは、『承太郎という男はDIOという吸血鬼に心底惚れ込んでいる』ということを欠片も疑っちゃいない、得意満面な笑顔が愛しかったからだ。約半月ぶりに顔を合わせたのだ、というそれだけの事実が、妙な感傷を刺激してならないのだった。
しかし、半月。半月。半月の間離れていた理由を思い出してみれば、芋蔓式に掘り起こされるのはほんの十数分前のこと、ジョルノ・ジョバァーナという少年との通話中に流れた如何ともしがたい気まずい空気、その瞬間に抱いた彼への深い、罪悪感のようなものである。
「んん?どうした、人の顔をじっと見て。まさかその気になったのか、承太郎?」
「アホか」
「ケチくさい男だな」
DIOの軽口に付き合ってやる気力もない。湧き出て止まらないのは足元から魂が抜けてゆくような脱力と、そこから生じる深い深い、腹の底からやってきた溜息だ。
「なんぞこのDIOに、気に入らんことがあるとでもいうのか」
「お前のせいで俺は、心底しょうもねぇ男になっちまったものだなと」
隣のDIOは、怪訝そうに眉を寄せた。
「元からお前は、しょうもない人間風情でしかないだろうが。今更何を、もったいつけて」
「わからねーならいい」
「教えろ」
「いいって言ってんだろ」
「気になるのだ」
「自分でみつけるこった」
「……なにを急に、へそを曲げておるのだ。承太郎め」
ふい、と顔を反らしたDIOの口は、不満気に尖っていた。そうした表情にさえも抱く愛しさは、いつだって俺にじわっとした幸福感を与えてくれるものだった。しかし今だけは、ジョルノ君への罪悪感の燃料にしかなりやしない。絶賛爆発中なのである。
重ねてはあ、と息を吐きながら、すっかりふて腐れてしまった奴の頭をがしがしと撫でてみる。跳ねるようにこちらを向いたDIOの顔は、どうにも俺が情緒不安定になっていることを察したのだろう、いよいよぽかんと呆けた表情に緩んでいた。
「らしくないじゃあないか、承太郎。そんなにわたしが恋しかったのか?」
「ちげーよ、馬鹿」
「言わんと分からんぞ」
「わざわざ言うようなことでもねぇ」

――親が恋しいのだろう年頃の少年に、たった1人の父親を引き渡すことに首を縦に振れず、あまつさえ妙な嫉妬心さえも抱いている。

「言えるか、馬鹿馬鹿しい」
言葉になどできたものではなかった。そんな感情を抱いてしまっていることからして、どうしようもなく惨めな気分になってならないのだ。言えたものか。この口からなど、言えたものか。
「言うつもりのないことなど、思わせぶりにちらつかせるものではない」
「忘れてくれ」
「忘れるぞ。本当に忘れるからな。後からどうして察してくれなかったんだ、とか言われても、知ったこっちゃないのだからな、このDIOは」
つまらなそうに吐き捨てたDIOは、さっさと前へ前へと進んでゆく。すぐさまその隣に並ぼうかと試みて、しかし次の瞬間胸を差した気後れに、俺は二の足を踏んでいた。らしくはない。自覚ができるほど、らしくはない。以前DIOはワインを傾けながら『恋慕というものは人をろくでもない生き物へと堕落させてしまうのだそうだ』と零していたものだったが、今まさに俺こそが、その言葉を体現している真っ最中なのだった。
「…………、」
咄嗟にDIOの背を追う気概がなければ、息子に引き渡すことも出来やしない。きっとDIOと出会ったばかりの頃、ぎりぎり10代であった俺ならば、迷うことなくあの広い背を追っていた。そして強引に振り向かせ、てめーはなにがあっても俺の傍を離れるなだとか、若さに任せた身勝手を押し付けるのだ。しかしそれをするには、俺にも色んなことがありすぎた。半端に年を食ってしまった。いつまでも、初めてあいつと情を通じた頃の俺でいるわけにはいかなかったのだ。

「――何をしているのだ、承太郎!わたし1人だけを先に行かせてどうするつもりだ!お前がどこに車を止めているのかなんて、わたしは知らんぞ!早くわたしをつれていけ!」

なのに――DIOは変わらない。
見た目はずっと綺麗なまま。中身もずっと、ろくでもない奴のまま。変わらずずっと俺の隣に留まり続け、いつだって強引に俺を引っ張り回そうとするのである。
少々、自分だけが変わってしまうことを寂しく思った。しかしそれ以上に、出会った時から変わらずにいてくれるこの男の在りように、果てしない安心感を抱いてしまうのも事実なのだった。

「――ああ、今行くぜ、DIO」

そう答えて1歩、2歩目を踏み出す前に、DIOは進路を逆走して俺の隣に並び立った。そして無遠慮に、俺の腕を掴み上げるのだ。
「お前は余裕をかまし過ぎなのだ。いつだってわたしがお前を待っていると思ったら大違いなのだからな、承太郎め」
「でも、待っててくれるんだろう」
「……ああクソそうだッ、死ぬほど不愉快なことに!お前が何があってもこのDIOを手放そうとしない男だと知っているから、こうしてちょっとばかし献身的な自分でいることも許容してやっているのだぞ。まったく、お前という男は!まったく!」
「お前のそういうところは、結構好きだ」
「嫌いな所などないくせに!」
俺の腕を引くDIOは、ひたすら前へと進んでゆく。そうしたDIOの歩みは『車止めてるのは5列ほど向こうだ』と言ってやるまで一瞬たりとも止まらなかったのだった。そういうことはもっと早く言うものだ、と。そうだといえばそうだし、理不尽と言えば理不尽な叱責を受けたことは言うまでもない。方向転換をしても、DIOは俺の手を離そうとしなかった。ああこれが好きなのだなと思う。心から。




『――え、ええ、じょ、承太郎さん?あなたあんな冗談に、そこまで本気で悩んでくれたんですか?なんかすみません。ええ、ええ本当に。いやその、まああの人の面倒見るのも悪くはないかなって気持ちもあるといえばあるんですけれど、荷が重いっていうのの方が本音だというか、その、ぼくも稼業が稼業なんで、あんな手のかかる人がいちゃあちょっと邪魔になると言いますか――はい。もう、本当に。今くらいの、2、3カ月に何日か会えるかなってくらいが丁度なんだと思いますよ。去年あたりのぼくならまた、違ったことを言ってたのかもしれませんけれどね――あはは。まあぼくもぼくでちょっとずつ、あの人とのことに折り合いをつけているのだということです。――はい、わざわざありがとうございます。それじゃあまた。あ、父の荷物は昨日の内に発送しておきましたからね。ええ、それじゃ』






年食うにつれて葛藤の方向も内に内に向かっていくんじゃないのかなーみたいな、なんか着実にいい方向にも駄目な方向にも大人になってっちゃう承太郎にときめきます。そして安定の我儘大王なDIO様


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