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通い慣れた廊下を行く足は次第に勢いを増し、最終的には小走りになって、俺はDIOの部屋を目指していた。特別に何があったというわけではない。ただざわざわと胸の内がさざめいて、無性にDIOに会いたいなと、気が急いてならなかったのだ。
短い道程の中で、脳裏に様々な記憶が蘇る。DIOとこの建物で再会をした時のこと。少し飛んで、DIOが記憶障害を発症してしまってからのこと。その間にあったはずの、DIOとのとりとめのない日常の記憶は、思い出すことができなかった。一々つぶさに覚えているわけでもない、平坦な日常の記憶。その時間に帰りたいと願ったのは、1度や2度の話ではない。
辿り着いた小部屋の扉を蹴破るように、俺はDIOの部屋に転がり込んだ。ドアを開けた瞬間に目に入るベッドでは、DIOがこちらに背を向けて寝転んでいた。うっすらと聞こえてくるあいつの寝息はとても穏やかなものだった。
俺は酷く安心して、いつもそうしてきたように、DIOの足元に腰を落ち着けた。この場所でDIOの目覚めを待ちながら、やがてぐずぐずと目を擦り出すあいつにおはようの一言を投げかけてやるのだ。それが俺の、日課なのである。DIOが望んだことだ。煩わしいと思ったことは、一度もない。
「DIO」
呼びかけながら、腕を伸ばして髪を梳いた。以前は眠っている最中でも、下手に触れようものならぱっと目を覚まして不満を訴えてきたものである。しかしこの所は髪どころか頬や唇に触ったって、睫毛の一本すらも動かしやしないのだった。俺との接触に慣れてくれたのだとすれば、これ以上嬉しいと感じることはない。しかし結局は、DIOは記憶の減耗と共に気力を失くし、自分を取り巻く世界への反応が鈍くなっているというだけだというのが実情だ。

起きろ、起きてくれ。
容赦なく俺の手を跳ね除けながら、気安く触るな無礼者と。拗ねた顔で、俺のことを罵ってはくれないか。

自分でも気持ち悪いとすら感じる切実さで以て、俺は飽きず、何度も何度もDIOの髪を梳き続けるのだ。いつだってDIOはぼんやりと俺を見上げるだけで、近頃は名前を尋ねてくることもなくなった。苦しいと、やるせないと、思わないわけがない。しかしそれでもよかった。だって生きている。DIOという男がここに居る。それでいい。それだけで俺は、救われている。そうとでも思わなければ、こんなのやってられるわけが

「軽々しく触れるなよ、無礼者」

静かな部屋に、ぱし、と乾いた音が、水面を打つ雫のように落とされた。一拍を置いて、じん、とした痺れが手の甲に走る。俺の手を跳ね除けた病的に白い手が、窒素と戯れるようにぷらぷらと中空で揺れている。
言葉が詰まる。息も詰まる。心臓の音だけが、馬鹿みたいに姦しい。
寝返りを打って俺の方を向いたDIOが、ひたすら硬直をするばかりの俺を鼻で笑った。人を心底馬鹿にしている、嫌な表情だった。しかし真っ白になってしまった頭には苛立ちも何もなく、やはり俺は硬直をしたままただただじっと、笑うDIOを見下ろした。

「なんともまあ、酷い馬鹿の面であることだろうな、承太郎よ」

承太郎。承太郎。DIOが事も無げに呼びつけたそれは、確かに俺の名前であったのだ。

「んん?どうした承太郎?驚いて声も出んのか、お前ともあろう者が?わたしが呆けている内に、随分と可愛らしい男になってしまったものだ」
「も――もう一度だ」
「承太郎?」
「もう一度」
「……承太郎」
「もういっちょ」
「嫌だ馬鹿馬鹿しい」
サービスなどしてやるのではなかった。尖った口先でそんなことを呟きながら、DIOは再びごろりと俺に背を向ける。慌てて俺は奴の肩を引き倒し、無理矢理仰向けにさせた体の上に覆い被さった。DIOはその顔にありありと不満を滲ませ、じとりと細まった両目で俺を睨みつけている。あまりにも、小憎らしい表情である。その小憎らしさこそが愛おしくてならなくて、俺は衝動的に、生白い首筋に鼻先を埋めていた。
「……やれやれだな、承太郎」
呆れたような呟きが耳を掠めてゆく。愛おしいを通し越してたまらない気分になり、俺はひたすらDIOの首元でかぶりを振った。くすぐったい、と零すDIOの声は楽し気で、その内負けじと、大きな掌でがしがし俺の後頭部を撫で擦りだすのだった。

ここに居るのはDIOだった。18歳の俺が恋をしたDIOだった。

多大な名残惜しさと共に顔を上げると、にんまりと細まったDIOの両目と視線がかち合った。両手で俺の髪を掻き混ぜながら、小首を傾げて笑っている。
「思い出したのか」
「まあな」
「雲の上から飛び降りても五体満足でいられるような奇跡でも起きない限り、ありえねぇことだと聞かされてたんだが」
「奇跡?またつまらない言葉を持ち出してきたものだな」
くい、と髪を引かれ、地肌に鈍い痛みが走る。ねだられるがまま、俺は奴にキスをした。わざとらしいリップ音と共に離れたDIOは、ご苦労、と言わんばかりのやたらに偉そうな表情を浮かべている。そんな顔すらも懐かしく、愛おしく、本来なら抱いて然るべきはずの苛立ちなどはどこか遠くへ飛んで行って帰ってこない。金の髪に指先を突っ込むと、DIOは擽ったそうに笑みを深めた。
「この世に奇跡などというものはない。なるべくしてなることしか起こらないようになっている、そういうものだ。だからこれもまあ、わたしが強く望んだ結果のことなのだろうな」
「望んだって?お前が、何を」
「あまりそう、期待でいっぱいな面をするなよ、承太郎。ぎたぎたに裏切ってやりたくなる」
「おい、DIO」
「分かっているくせに」
DIOの掌が俺の後頭部を押さえつけに掛かってくる。引き寄せられた先で、されるがままにキスをした。近すぎる距離で俺を見つめる赤い瞳が、物言いたげに細まっている。うっすらと色付く目尻にはあからさま羞恥が浮いていた。
俺は、ああ分かる、言葉にしなくたってちゃんと分かっていると、DIOの真似をして視線で訴えながら、舌を奴の口内に突っ込んだ。
白い頬を両手で拘束ながら、ひたすら舌を絡める、絡める、熱い口内の隅々までを愛撫して、合間合間に髪を梳く。やがて赤い瞳の上には涙の膜が盛り上がり、けれどDIOは決して俺から目を反らそうとしなかった。やはり、目で訴えている。
愛しているのだと。
いつか伝えそびれたことを悔やんでいた、その一言を。

「――承太郎」

唇が離れた隙に、DIOが荒い息を零しながら俺を呼ぶ。
ああなんだ。
俺も途切れ途切れにそう答えれば、泣きそうに目を細め、それでも笑って見せる吸血鬼は両手でそっと、俺の耳を包み込みながら囁いた。

「きっと、これが最後だぞ。明日からはもう少し、酷くなる。そういう予感がする」

DIOの掌の内でざわざわと耳鳴りを催しながら、それでもごくごく健康であるこの両耳は外界の音をひとつ残らず拾ってみせる。DIOの小さな、小さな、口の中で呟いたような囁きも例外ではない。
この男は以前、自分の記憶が本格的におかしくなる気配を敏感に感じ取り、実際それは的中した。だからきっと明日からは、こいつが言う通り『もう少し酷くなる』。そういう未来が、目と鼻の先にまで迫っているのだ。

「それでもお前は、わたしの傍にいるのだろ。ふふふ、わたしこそが、お前の世界であるものだから。今更離れられるわけがない、そうだろう、承太郎?」

泣きそうな面をしているくせに、尊大も尊大。俺の感情の所在を傲慢に断定してみせるこの男こそが、確かに俺がどうしようもなく惚れてしまっていて、今更離れられようもない程に俺の『世界』となってしまっているDIOという男なのだった。変わっていない。まったく変わっていない。記憶を失くしたDIOも横柄な所はちっとも変っていなかったが、すべてを思い出したDIOというものはその軽く10倍は横柄で、小憎らしくて、可愛げがない。このどうしようもない可愛げのなさこそが、心臓が破裂しそうなほどに愛おしい
衝動に任せるがまま、俺は掴み上げたDIOの両手首をシーツの上に押し付けた。一瞬だけ驚いた面をしたDIOは、しかし俺の両手がかすかに震えていることを察するやいなや、ふんと鼻を鳴らして笑った。一々腹の立つ男である。そんなどうしようもない性悪と、3度目のキスをした。

「DIO――愛している、」

そして離れながら、そんなことを囁いてみる。今度は「仕方のない奴」とでも言わんばかりに大人ぶった笑みを浮かべたDIOは、そっと目を伏せたのだった。
赤い目尻を流れた涙は決して幻などではない。




熱い媚肉の締め付けに、息は乱れる一方だった。ろくに突き上げることも出来ず、ただただ締め上げられる快感に浸る俺を、DIOはにやにやと見上げている。こいつだって額には汗を浮かべているし、頬は真っ赤になっているものだったが、年の功というべきか、俺を小馬鹿にしながら頭さえ撫でくる余裕を未だ、失っていはいないようだった。
「そんなに気持ちが良いのか、承太郎?」
そんなことを言いながら、わざとらしく締めてくる。痛みすらも伴った快感に、いよいよ情けない声が漏れた。DIOもとうとう、声を上げて笑い出している。少々、どころではなく果てしなく腹が立ったので、砕けかけている腰を叱咤して、奥深くまで突っ込んでいた陰茎を勢いよく引き抜いた。
「――ひぃっ!?」
目を白黒させたDIOが頓狂な声を上げる。してやったりである。そして追撃を掛けるべく、DIOの息が整わないうちにひくひくと収縮するそこへ、再び陰茎を突き入れた。
「あぁあっ、や、は、はひっ、ま、まてっ、ぁ、あ」
「待って欲しかったら、あれだな……ほら、ごめんなさい、だ、DIO」
「な、なぜわたしがッ、っ、じょ、承太郎なぞに謝らねば、ならん、のだっ!」
「腹の立つ顔で、笑ったッ」
「まぬけを晒したお前が悪っ、や、ひ、ひぃっ、あ、あ゛、あぁっ」
漸く見つけた奴の前立腺をこれでもか、と先端で突いてやれば、白い体は大仰に反っくり返り、わなわなと震える赤い唇からは涙交じりの嬌声ばかりが漏れだした。収縮の止まらない後孔は咥え込んだそれを追い出すつもりか、はたまたもっと奥へ誘おうとしているのかは知らないが、やたらにきゅんきゅんと締め上げてくるものだから、俺の腰は本格的に砕けてしまいそうになっている。それでもとにかくもう、DIOを泣かせたくて泣かせたくて仕方がなかったので、負けじと腰を打ち付けた。
「じょっ、ぁ、あっ、あ、あっ、い、いや、そこ、いやだっ、いや、いやっ」
「だから、ごめんなさいだ、つってんだろうが、DIOっ」
「そ、それも、いやだっ!」
「ああ……そうかい、」
「ひっ~~!やっ、いやぁっ、あ、あ、ひぃ」
引き締まった腰を掴み上げる。浮いた腰をしっかり固定しながら奥の奥を突くと、DIOは目を見開いて身悶えた。金の睫毛の先から透明な涙が散る。
「じょ、じょうたろ、あっ、あ、お、お前の、で、でかいぃっ、や、あ、あっ」
「……そりゃあ、どーも」
「こ、こんなのもう、もう、苦しい、承太郎、じょうたろぉぉ!」
「分かるだろ、DIO?」
「は、……?」
「ごめんなさい、だ!」
「~~じょ、承太郎のあほっ!きょこん!馬!あほっ、まぬけ、あっ、あ゛ひ、あ、ァ……!」
最早ぼろ泣きである。なのにDIOを苛めて倒してやりたい、なんて衝動は勢力を増せど衰えることはなく、俺はとうとうDIOの上に倒れ込みながらも掴んだ腰だけは離さずに、ひたすら奥を、奥を、突き上げた。気持ちが良い。このまま死んでも悔いはないってくらいに、気持ちが良い。至近距離から耳に叩きつけられるDIOの、やりすぎだって程に甘い嬌声が、これ以上メーターが上がりようのないはずの興奮をどこまでも煽ってならないのだ。
「じょ、じょぉ、たろぉ」
「ああ、どうした、DIO」
「ご……ご、ご、ご、ご、ご、ごぉ……」
「……おいDIO、なんか変な効果音みたいになってるぞ」
「ぅ、うぅぅう……!!」
顔を上げてみれば、そこにはなにやら物凄い葛藤をしているらしき表情をしたDIOがいた。もしかするとこいつは俺に謝りたくない、というよりも、そもそも『ごめんなさい』の一言をその口で紡ぐこと自体をとんでもない屈辱だと思っているのかもしれない。なにせ良心や思いやりといった感情の欠落を、山よりも高いプライドと見栄で補填しているような男なのである。
馬鹿馬鹿しいとは思えども、赤い顔でうーうーと唸っている姿を見ていれば、なんだか自分がとんでもない悪者であるかのような気分にもなってしまうものだ。一先ず俺は汗ばんだ金髪を軽く梳き、すっかり熱っぽくなっている頬にキスをした。それから苛めて悪かったと。一言そう謝ってやろうと思ったところでDIOは、
「ご……ごめん、なさいぃぃ……!!~~これで、満足かっ!承太郎め、承太郎めぇぇ!!」
本人的には精一杯ドスを聞かせているのだろう声で――しかし聞いてるこっちからすれば、甘えられているようにしか聞こえない、とろっとろにとろけてしまった声で以て、ようやっとひねり出した謝罪の言葉を口にしたのだった。
よくできました。もう、褒めてやりたくて仕方がない。わしゃわしゃと頭を撫でながら顔中にキスをすると、DIOは踵で俺の尻を蹴りつけた。
「で……なんで俺は、あんなにお前に謝らせたがってたんだっけか」
「わたしが知るか!」
こうしてとりとめのないやり取りを交わしながら、だらだらと時間を食い潰してゆくことが幸せだった。ただただそれだけのことである。零した言葉に、触れる指先に、どんな意味があるわけでもない。
悪い悪い、と苦笑を零しながら、駄目押しに一度、赤い唇へ触れるだけのキスをした。DIOは憮然としたままであるが、尻への攻撃をやめてくれたところを見るに一応は機嫌を直してくれたらしい。今度は努めて優しく奴の片足を抱え上げ、折り重なるようにベッドの上に倒れ込んだまま、ゆっくりと律動を再開させた。くち、と控えめな水音が鳴る。DIOは鼻から抜けるような吐息を漏らし、2本の腕を俺の首に絡ませた。
「あ……あ、ぅん……ん……」
「……いいか、DIO」
「ぁ、ん、ん……ん……こういうのは、わるくない……」
「そうか」
「あ、ぁ、あ……」
DIOは少々腰を浮かし、勃起した陰茎を俺の腹に押し付けた。そうして腰を揺すり出す姿は正視できないほどに淫猥で、俺はそれとなく目を反らし、涙で濡れたこめかみの辺りにキスをした。うっすら舌を伝う涙の味が、愛しかった。
「し、しかし、ほんとにでかいな、お前……」
「……何を、今更。初めてするんでもねぇだろう。前のことだって、覚えてるんだろうが」
「それはそうなのだが、なにやらちょいと、違和感が、ん、ぁ、あー……」
久々のセックスに死ぬほど興奮しちまってるだけだ。それくらい察してくれ。
「あ、あ、ん、ふふ……」
「……なぁにをにやにや、してやがるんだ。さっきまでぴーぴー泣いてたくせに」
「ふ、ふふ、いいや、なに……気持ちが良いものであるな、とな……」
「…………」
「ぁ、な、なにやらまた、硬くなったようであるが、承太郎っ」
「うるせーよ、馬鹿」
「あ、あ、あっ」
掴み上げたDIOの陰茎はすっかり濡れそぼり、今の今までそれが押し付けられていた腹がすーす―する。少しばかり早めてみた律動に合わせながら扱いてみると、張りつめたそこは硬度を増し、DIOは首を反らせて声を上げた。
「あ、じょ、じょたろっ、い、いい、とても、いいっ」
「っ、」
だらしなく弛緩した口で零した言葉を裏付けるかの如く、後孔が一際きゅんと切実に俺の陰茎を締め付けた。搾り取るような内壁の蠢きに、思考が理性が、遠くなる。DIOを慮ってスローペースになっていた筈の律動は徐々に勢いを取り戻し、気付いた時には再びベッドが激しく軋んでいた。
「あっ、は、あ、あっ、あ、ああ」
DIOからの文句はない。もう喚くだけの余裕もないのだろう。勃起させた陰茎からはしたなく先走りを漏らしながら、近い未来やってくる絶頂に怯えるように、ぎゅっと目を瞑っている。ぴくぴくと震える目蓋にキスをする。離れた途端におずおずと現れた赤い瞳はやっぱり涙に濡れていて、射抜くようにじっとじっと、俺の目を見つめ返すのだ。DIOの赤い瞳の中で、幸せに腑抜けた馬鹿な男が笑っている。
「ふ、ふへ、ふふ、ふ、これまたまあ、幸せそうに笑ってみるものであるのだなぁ、承太郎!」
「おかげさんで、なッ!」
「あああっ!!あ、はぁ、あはっ、ぁふ、ふふっ、じょう、たろうっ!」
絶頂に近付くにつれ、濃度を増してゆく甘い声。糖分過多で死んでしまうまでその声を聞いていたかったので、唇へのキスを我慢する。代わりに口の端を啄むたび、DIOは擽ったそうに顔を背けて逃げてゆく。そのたびに俺は執拗に追い回し、再び触れて、またもかぶりを振り出すDIOを簡単にとり逃してしまうのだ。
「は、はぁ、あっ、ふ、ふふ、い、いくぞ、承太郎っ、わ、わたしはもう、限界、だッ」
白い裸体がシーツの上で悶えている。耐え切れぬ、耐えきれぬ、と全身で訴えかけながら、救いを求めるようにじっとまっすぐ俺を見上げている。俺だけを、見つめている。

「承太郎、承太郎――!!」

承太郎と。俺の名前を呼びながら、何度も何度も、俺の、名前を。たった3文字の言葉がこれほどまでに愛おしい音として、この胸の内に響いたことがあっただろうか。
視界が歪む。激情が競り上がる。口が動くままに、ただただ俺は、喚き散らした。

「――DIO、好きだDIO、ずっとずっと、お前のことが、好きだった!」
「~~~~ッ!!!」

掌の中に収めたDIOの陰茎を、滅茶苦茶に扱いた。先端から勢いよく飛び出た白濁が、白い肌のあちこちに散ってゆく。あまりに卑猥な光景に急かされるように、俺も激しく収縮するDIOの体内へ熱を吐き出した。
目眩すらも伴った快感に、意識が薄れてゆく気配がある。しかしここで素直におねんねをしちまおうものならば、鬼の首を取ったような顔をしたDIOにしこたまからかわれてしまうのだろう。だから俺は――いいやそんなのは建前で、俺はとにかく少しでも長くDIOとのこうした時間を引き延ばしたくて、意識は朦朧としたまま、まるで俺がDIOに抱かれてるんじゃあってなくらいの情けない声を漏らしながら、とにかく必死に腰を振った。
ぐちぐちと精液が泡立つ音がする。中から溢れたものが下生えに絡む感触が、それなりに不快である。それでも止まらなかった。DIOに触れていたい。あいつがもう二度と忘れられないように、1センチでも深い場所に触れてやりたい。もう、それだけだ。その一心だった。
「じょ、じょう、たろう、わ、わたし、わたしはな」
DIOの掌が乱暴に俺の後頭部を撫でている。あいつもあいつで余裕がないのだろう。必死に絞り出したのだろう声は震えていた。
「お前にこの体を、肥大してゆくばかりの欲を孕んだこの体を粉々に割られてから、ようやく気付いたことであるのだが、どうにもわたしは、わたしはな、安息を欲していたようであったのだ」
DIOはなにか、とてつもなく重大なことを語り始めているようだった。俺は少しばかり腰を動かすのを我慢して、顔を上げてDIOを見た。やはりまっすぐに俺を見つめる赤い瞳は、ぐずぐずに蕩けてしまっている。
「わたしに従う者たちにちらつかせてきた安息というものは、本当は、誰よりもわたし自身が欲していたものだった、なんとなく、そういう気がしている。それを手に入れるためのジョジョの体たった、天国だった。しかしわたしはな、承太郎、ここにジョジョがいなくても、天国には辿り着けなくとも、どうやらとっくに安息を手に入れていて、幸せだったようなのだ。気付いていなかっただけで、とっくの昔に」
「DIO、」
「お前だ、承太郎。わたしがお前の世界であるように、お前こそが、なにもかもを失くしたわたしの世界であったのだ。それこそが安息であり、幸福であったらしい。そういうことを、今になって気付いた。今になって、わたしは、わたしは、」
「DIOッ」
土砂降りの雨のように繰り出されるDIOの言葉は、遺言である。そうであるようにしか聞こえなかった。だから俺は強引にその口を塞ぎ、続きの言葉を封じ込めた。こんな今生の別れであるかのように、らしくはないことばかりを言うDIOなど見ていたくなかったのだ。
微かに示していたDIOの抵抗がなくなった頃に、恐る恐る唇を離してみる。DIOは黙ったまま、まっすぐに俺を見上げて笑った。笑った。まるで俺の意を汲み、慰めるように。わしわしとこの頭を撫でながら――

「――忘れたくはないものだなぁ、承太郎」

DIOの、かんばせは。
18歳の夏。モニター越しにこいつに一目惚れをした俺が、ずっとずっと拝むことを待ち続けてきた表情に緩んでいたのだった。
――空の精神が満たされたその時に、DIOのかんばせは一等に美しく映える瞬間を迎えるのだ。
間違いではなかった。俺の目と鼻の先で笑うDIOは、寄せては返す波の花よりも、山の端から悠々姿を現した橙の太陽などよりも、ずっとずっと美しく映えていた。ずっと、美しかったのだ。

「……一緒に逃げちまおうか、こんな所」
「あまりそう、記憶が惜しくなることを言うものではない、承太郎め」

緩んだ頬を包みながら、そんなことを囁いた。半ば本気である。DIOが応じてくれるなら、白衣たち――あれで案外気のいい奴らである彼らをなぎ倒すのは良心が痛むものだが、それでもこいつの為ならば、どれだけだって無茶をするつもりでいた。しかしDIOは尚も美しく微笑みながら、俺の髪を掻き乱すばかりである。
あまり我儘を言うものではないと。我儘放題だったこの男に諌められたかのようで、少々不愉快である。しかしそれ以上に好きだ、好きだ。この男を、愛している。湧き出る愛情に、頬が緩んで締まらない。
衝動のままに、熱く火照った体を貪った。DIOは俺にしがみ付きながら声を上げ、合間合間に髪を引っ張り、深いキスを要求した。そのたびに応えてやりながら、その内俺は2度目の絶頂に達した。狭い体内からぼたぼたと白濁が溢れてくる。DIOはその感触にむずがりながらも悦に入ったように唾液を零し、承太郎、承太郎と。緩むばかりの赤い唇で繰り返して、白い腹の上に新たな白濁を吐き出したのだった。
「さすがにちっと……疲れちまったな……」
「ん……」
「お前、体は平気か」
「わたし?……ああ……少々怠いが、別に、お前が気にする程ではない」
「……相変わらず、タフなこった」
DIOの上に倒れ込み、荒くなった息を整えようと試みる。そうした俺の頭を力なく撫でながら、DIOはくすくすと笑っていた。
「なんだお前、そのどでかい図体ははりぼてか。随分と、貧弱な」
「てめーと一緒にすんじゃあねぇぜ」
「その声はもしや、むくれているな?ふふ、こっちを向いてみろよ、お前。どうせ面白い面になっているのだろ?このわたしに見せてみるがいい、指を差して笑ってやろう!」
「わざわざ笑われに行く馬鹿がどこにいるっていうんだ」
残念ながら、ここにいる。宣言通りに指さして笑われることは分かりきったものであったが、そうやって俺を小馬鹿にするDIOの顔もちゃんと見ておきたかったのだ。
シーツに肘をつき上半身を起こしてみれば、俺の影にすっぽりとDIOは収まってしまう。人を貧弱呼ばわりしたDIOも、どう見たって息を乱しているようだった。そんな自分を棚に上げ、DIOは人差し指を俺に突き付けて笑う、笑う。その手を取って、小憎らしい唇に噛み付いてやろうと接近する。息が混じり合いそうな距離。三日月の形に歪んだDIOの唇が、笑みを絶やさぬままに蠢いた。

「ところでお前は誰なのだ?」

吹き荒ぶ、絶望に。
視界は色味を失くし、触覚は精細さを欠き、聴覚は水底に沈められたが如く鈍ってゆく。
しかし本当にしんどいのはDIOの方だ。記憶を失くし、先のことも覚えられないなんてそのような、ただ生きているだけの人生なんて、こいつでなければ到底耐えきれるものではないはずだ。だってこいつは『そのうち何とかなる』と思っている。きっと本気で思っている。そういう無駄に強靭な精神が愛しくて、哀れを誘ってならないのだ。

「お前の、名前は?」

しんどいのは、DIOだ。辛いのは、DIOだ。いくら近くでそれを支えようたって、俺は結局他人でしかないのである。本当の意味で理解してやることはできやしない。代わってやることなどは、もっての外だ。
だから、だから俺が辛い、しんどいなんて。そんなことを思っていい道理があるわけが、ない。あるものか。

――けれどもしかし、俺はあと何回こいつとの初対面の瞬間を迎え、あと何度、承太郎という名前を教えてやらなければならないんだ?

「――DIO」
「ディオ?それは、わたしの名前だ。わたしが聞いているのはお前の、っ!?」
こいつは悪くない。少なくとも記憶にまつわるあれこれに関しては、こいつは1つも悪いことなどしていない。頭では、分かっている。なのに爆発するフラストレーションが止まる気配はなく、また、俺はそれを押さえ込む術も知らない。そういうものとは無縁で生きてきた。DIOだけだ。こいつだけがいつだって、酷く俺を煩悶させるのだ。
「っ、ぁ、あ、なにを、急に、あ、ああっ、そ、そんなっ、あ゛、ひぃっ!?」
憎かった。何度も何度も俺の名を聞くこの男が憎かった。しかし一等に憎いのは、誰よりも愛しているはずのこの男にそうした感情を抱いてしまった自分自身なのである。
このまま一緒に死んでしまおうか、心臓が止まってしまうまでひたすらひたすらセックスをして、射精をするついでに息をするのをやめてしまおうか。そうすればずっと一緒だ、俺もお前も同じ時間で時が止まる。もう二度と、記憶の祖語に悩まされる羽目にならずに済むんだぜ、DIO、DIOよ――
あまりに馬鹿馬鹿しい幻想である。そんなことを、7割本気で望んでしまっているのが救えない。
「すごいっ、ぁ、あは、おくぅ、きもちいいっ!あっ、あぁっ、あっ!」
「~~ちゃっかりよくなってんじゃあねぇよ、淫乱!」
「だ、だってきもちいいっ、お前のでかいし、あ、そ、そこもっと、もっとだっ、あ、あぁっ」
「俺の名前も、知らねぇくせに!」
「だから教えろと、言っているだろう!?」
「てめぇで、思い出せッ!!」
「あ゛っ、ひぐっ、あ゛、あ……!」
生白い足首を掴み、大股を開かせて、露わになった後孔を酷く犯した、酷く、酷く。中から溢れる白濁が白い肌を汚してゆく光景にどうしようもなく泣きたくなってしまって、今日はもう何度もそうしたようにDIOの首筋に顔を埋め、柔らかな肌に噛み付いた。DIOが悲鳴のような声を上げ、後孔を激しく締め上げる。精神の充足もなにもない、酷いセックスだ。なのに体ばかりが気持ちよくて、もう、どうすればいいのか分からない。
愚鈍になってしまった頭が理解をしているのは、俺が今抱いているのはDIOという、誰よりも愛しくて憎らしい存在であるということのみだ。
だから名前を呼んだ。何度も何度も繰り返しながら、訳も分からずDIOを犯した。その内やってきた絶頂の気配には抗えず、俺はDIOの中に射精した。途端に涙が溢れてきて、俺はDIOを見下ろしたまま、ぼたぼたと泣いた。
「また、派手に泣いたものだなぁ。お前、ええと――」
「……じょうたろう、だ」
うわ言のように、呟いた。快感と共に嵐のような激情が過ぎ去って、もう、なにもかもがどうでもいい。
「じょうたろう――承太郎。それが、お前の名であるのだな」
なげやりになっている俺を見上げ、DIOはふっと微笑んだ。苦笑であるのかもしれない。その口元に卑しさはなく、とても綺麗に笑っている。どうやら俺のおかげでお前は、そういう顔ができるようになったらしいんだぜ。心の中で呟いて、なにを小さなことをと自嘲した。
「わたしは知っているぞ、お前のことを。そういう泣き顔が死ぬほど似合わない男だと知っている。正直今も腹を抱えて笑ってやりたい気分であるのだが――なにやらお前、死ぬんじゃあないかってほど深刻な顔をしているものだし。ここは空気を読んで、情けない承太郎に優しくしてやろうと思う。どうだ、嬉しかろう?」
軽い調子でそんなことを言いながら、DIOは俺の頭を胸元に抱き込んだ。白い皮膚の下から確かな鼓動が聞こえる。生きている。生きている。きっとそれだけで救われるのだ、と思っていた気持ちに嘘はない。少々自分に言い聞かせている感もあったものだが、こうして心臓の音を聞けば脱力を伴った安心感に襲われて、ああDIOはここにいるのだ、俺の隣で生きているのだぞと。絶叫をしながら走り回りたくなる程の愛しさが湧き出て止まらない。
「DIO」
「ああ、どうした」
かぶりを振って、拘束を振りほどく。あっさりと俺を離した手を摑まえて、DIOの顔を覗きこんだ。愛しい愛しい男の、この世の何よりも美しく映える、穏やかなかんばせを。

「一緒にここから、逃げちまおうぜ。毎日会いに来るだけじゃあ、多分足りねぇんだ、俺は」

きょとんとした顔をしたDIOは、やがて小首を傾げて微笑んだ。

「覚えていたらな」

どこか、諦念の滲む表情である。そして数分も経たないうちに同じ企みを持ちかけた、俺に呆れているようでもある。
もしかしてお前、またちょっと思い出してるんじゃあないのか。
そう問いかける前にDIOはかくりと眠りに落ち、そうして久々の記憶を持ったDIOの邂逅は、あまりにもあっさりと閉幕を迎えたのだった。






なんというか――肩透かしもいいところである。DIOを連れ出す件についてだ。
正直に言えば、昨日の約束をDIOが覚えているとは思えなかった。けれど万が一の期待を捨てきれず、俺はDIOの部屋に行く前に、なじみの白衣を捕まえて聞いてみた。DIOの管理場所を俺の部屋にすることはできないものかと。
遅かったね、と白衣は笑った。からかうような態度に少々腹を立てながら、なんのことだ、と問うてみれば、もっと早く言い出すのかと思っていた、と返ってくる。そして一応準備は進めていたんだけれど、と付け加えてくるものだから、俺の困惑は深まってゆくばかりだった。
なんでも、DIOから採取できるデータはあらかた採り尽くしてしまったのだそうだ。もっと過激な実験をやりたがっている一派もあるらしいのだが、それはどうだろう、と反対する者も少なくはないらしく、それならば面倒なことになる前にDIOにご執心であるらしい空条承太郎に押し付けてしまえばいいのでは、という方向に話が進んでいるらしい。押し付けてしまえ。悪びれもせずそう言った白衣の男を、思わず俺は小突いていた。数秒後に一応感謝の意を伝えると、最初からそう言えばいいのにと眼鏡の白衣はせせら笑う。もう一度、小突いてやった。

DIOの部屋の前に立つと、ざわざわと心臓の辺りががざわめいた。
事情が事情であるので、もう俺には『DIOがそれを望んでくれたから』と無茶をして白衣を蹴散らす必要はなくなった。DIOが覚えている居ないに関わらず、俺はDIOとの物理的な距離を縮めることができるのだった。
俺は、浮かれていた。しかし反面、その裏では不安にもなっている。昨日の約束を、覚えていて欲しかったのだ。らしくもないセンチメンタリズムである。
煩わしい感傷の全てを振り切るように、目前の扉を開けた。相変わらず変わり映えのしない部屋。監視カメラとベッドが出迎える殺風景。しかし今日限りは、いつもと様子が違っていた。

「遅かったな」

DIOがいつかを思い起こさせるような尊大さでベッドに腰掛け脚を組み、俺を待ち構えていたのである。

「……今日は早いな」
「もちろん!気が急いて仕方がなかったからな。この冗談かってほどに狭い部屋を、漸く出ること出来るのだぞ。ああ、なんと気分の良いことか!」
組んだ脚を嬉しげに揺らしながら、DIOはけらけらと笑っている。俺はたった今耳が拾った言葉を理解できなくて、扉の真ん前に立ち尽くした。ひとしきり笑ったDIOがベッドを下りて、俺の元へとやってくる。真正面で立ち止まり、ぐいと俺の両手を握りしめた。
「ええと、なんと言ったか、お前」
「……承太郎、だ」
「承太郎、承太郎!ううむ、やはり覚えておらんが、しかし名前などにどのような意味がある。わたしはちゃんと、お前という男とした約束を覚えているのだ。どういった状況での約束だったのかは、いまいち曖昧なのだがな。まあ、お前をお前と認識できているのだし。それで構わんだろう、承太郎?」
ぶんぶんと腕を振られ、肩が痛い。しかし到底振りほどく気になどなれず、俺は滑稽なほどに真面目ぶった面をして、DIOに向かって問いかけた。
「約束の、内容は。どんな約束をしたのか覚えているのか、お前」
「もちろんだとも。お前はこう言ったのだ、一緒に――」
「DIO?」
流れるようなDIOの言葉が不意に止まった。土壇場で忘れてしまったのだろうか。俯いてしまった顔を覗き込もうとした瞬間、跳ねるように金の頭が持ち上がる。目が合ったのは一瞬だけだ。すっと細まった美しい赤色が、いたずらっぽく俺を見ていた。どうしたことだ、と困惑する俺を余所に、カメラから隠すように掌で覆った唇を、そっと俺の耳元に寄せる。そしてDIOは、

「一緒に逃げようと。わたしをここから連れ出してくれるのだ、ということを言っていたのだろう、お前は、承太郎?」

聞かれたくない話をする時は、耳元でこっそり話すこと――だなんて、俺でさえ忘れていた取り決めをきっちりと守りながら、見事記憶の証明をやってのけたのだった。
反射的に抱きしめた。力の加減ができていないようで、DIOは全身を強張らせながらうりぃ、と苦しげに呻いている。それでも離してやることはできなかった。

「~~くそっ、好きでたまらん!どうしてくれる!」
「知るか!わたしが好きだというのなら、まずはもう少しその馬鹿力を緩めることだ!逃げやせんぞ、このDIOは!」

これから先がどうなるかなんてわからない。けれど、俺の『世界』がここにある。この腕の中で、息をしている。それで充分だ。ちょっとした絶望と多大な愛しさでサイクルを回しながら、日常というものは取り留めもなく、大した意味もなく、だらだらと流れてゆくのだろう。きっと、そうしたものなのだ。何も特別なことではない。ちょいと忘れっぽい恋人を手に入れた。それだけの、話である。

「なにか、欲しいものはあるか」
「そうだな。それじゃあまず、お前が隣に座っても足が伸ばせる程度のベッドが欲しい。とりあえずはそれだ。ほかのものは、必要になった時にねだることにする」
「そうか」
「ああ」
「DIO、愛してる」
「あんなきつく抱きしめずとも、最初からそれだけを言っていればよかったのだ、承太郎め」

重ねて承太郎め、と呟きながらDIOが笑う。屈託のないその笑顔は、俺が初恋の瞬間に見た幻想よりもずっとずっと綺麗で、可愛らしくて、果てしない熱量を秘めていた。際限の知らない愛しさが、膨れ上がってゆくばかりなのである。






困難も乗り越えてゆけるさENDで終了です。
お付き合いくださってありがとうございました!


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