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2013/07/05

「ハルノ、ハルノ、ハルノ」
「なんです」
「ふふふ、呼んでみただけだ」
「なんだ、呼んでみただけですか」
「ああそうだ、呼んでみただけ」
寝起きのDIOが、大きな枕を抱えてベッドの上を怠惰にごろごろ転がっている。ソファーに深く腰掛けたジョルノはそんな父の様子を、手にした書類の影からこっそりと窺った。
「父さん、父さん、父さん」
「なんだ」
「呼んでみただけですよ」
「そうか、呼んでみただけなぁ」
「ええ、呼んでみただけです」
なんだそりゃー。
と、突っ込んでくれるミスタはここにはいない。高層ホテルの一室にて、今夜は2人きりである。ふらっとジョルノの職場を訪れる時にはそれなりにおめかしをするDIOも、息子の目しかない今は薄いシャツとパンツを一枚ずつ身にまとっただけの、あまりにもあられもない格好で寛いでいる。5分に1度ソファーからずり落ちそうになる程深く腰掛けたジョルノだって、すっかり気が抜けてしまっている。初めはぎこちなく「息子よ」「貴方」と呼び合っていた2人であったが、付き合いも10年近くに及べば打ち解けようというものだ。打ち解けるっつーか恋人ごっこっつーかなんつーか、と苦い顔で零すのは主にミスタの役割である。
「暇だな、ハルノ」
「ぼくはちっとも暇じゃあありません」
「わたしは暇なのだ。うむ、今夜はよく晴れているようではないか。出掛けるぞ、ハルノ。このDIOはジェラートが食べたい」
「だから、暇じゃあないんです。お出掛けするならお1人でどうぞ。来週まで待てるようなら、ぼくが連れて行ってあげますが」
「来週になればなったでもう1週間待てと言うのだろ」
気だるげに起き上ったDIOが、ベッドの上からジョルノを睨みつける。シャツがずり落ちて露わになった両肩、下は面積の狭いパンツを一枚履いただけ。いくら相手が父親とは言えども、目のやり場に困る格好である。咄嗟にジョルノは、ソファーの背に引っ掛かっていたブランケットをDIOへと投げた。
「隠してください。特に下」
「ンッン~?なにかお前ハルノあれか、この父の艶めかしい姿にむらっときてしまったのかこのいやらし、」
「はいはいむらっとします欲情しますこのままじゃああなたに何をしてしまうか分かったものではありませんだから早くなんか履くなり着るなりして下さいねお父さん」
「なんという酷い棒読みであることだろうなぁ、ハルノよ」
白けた顔で、DIOはブランケットを肩から掛けた。そしてまたごろりと、シーツの海へと沈んだのだった。
「父さん」
「なんだ」
「承太郎さんのことなんですけどね」
むくりとDIOが起き上る。ブランケットはとっくに肩から滑り落ち、シャツなどはもう腕に絡んでいるのみである。しまいにゃ本当に襲いますよエロ吸血鬼――と、ジョルノがどこまで本気で思ったのかは定かではない。書類を脇に置いてDIOを見返すジョルノの顔には、それはもう深刻な諦念が滲んでいたのだった。10代の頃からずっとである。自由気ままに生きる父は、息子の言うことになどちっとも耳を貸してはくれないのだ。
「先週末だったな。電話があったのは」
「土曜日ですね」
「お前があれと連絡を取っていたなんて、聞いていない」
「年に1回、電話するかしないかですよ。それだって別に、プライベートな話をするためではありません。あなたの近況を報告していたわけでもない。前にあなたを保護してくれていた財団の――まあ、そんなことはどうでもいい。承太郎さんの、話ですよ」
DIOの視線は剣呑である。秀麗な美貌というものは、悪意という攻撃的な感情が乗せられるとそれはもう迫力のある、恐ろしい表情へと歪んでしまうのだった。しかしそれしきで動じるジョルノではない。10代の半ばからギャング組織のドンとして君臨する彼は、心臓にとんでもない剛毛が生えている。実に、父親によく似た息子であるのだった。
「ぼく、いまいちあなたと彼がどうなっているのか知らなかったんですけども」
「どうもくそも、なにもない。昔あれに体をかち割られた後に、ほんの1年程度だけ共に生活をしていた。それだけの関係だ」
「でも特別な人なんですよね。あなたにとっての、承太郎さんという人は」
「何故そう思うのだ」
「寝言です。年々回数減ってますけど、今でも偶に言ってますよ。じょーたろー、とかなんとか」
「……言っていない」
「ミスタも知ってますよ。すげー恐ろしい声でじょーたろーじょーたろー呻いてたけどあれなに?地獄の窯を開く呪文?とか言ってましたし」
「言っていない!断じて、断じて!」
ぼふん、とシーツが埃を巻き上げて、ぎいい、とスプリングは鈍く軋んだ。両手でばんとベッドを叩いたDIOは、ぎりぎりと奥歯を噛みしめながら射殺さんばかりにじっとジョルノを睨んでいる。しかしジョルノは未だ動じない。足を組み替えふう、と溜息をつきながら、静かに父を見据えるのみだ。
「22年。会ってないそうですが」
「……そんなに時間が経っていたのか」
「途中、会おうとか思わなかったんですか」
「会って何がどうなるというのだ」
「何かをどうにかする為に会うのでしょうが」
「口の減らん男だな」
「父親似なんですって、ぼく。よく言われます」
遠い目をしたポルナレフに『似てくるな……年々……』と言われるたび、案外悪くはない気分になっていたジョルノである。
「……誰と何をしようがするまいが、時間は流れてゆくだけだろう。ただ、それだけのことだ。特別に会おうと思わなかった。わたしからあれに会いに行く必要性を感じなかった。そうこうしているうちに20年が経っていた。それだけの話だ」
「そんなものなんですか」
「そんなものだぞ、我が息子よ。食料たる血液があれば吸血鬼は生きてゆける。愛などは本や装飾品と同じだ。人生を彩るエッセンスではあるが、それがなくば死んでしまうというほどでもない」
「ああ、愛してたんですね。あなたは、承太郎さんを」
「…………」
「あの。そんなに真っ赤になられると、こっちまで照れてしまうんですが」
「…………」
「や、やめて下さい。今更純情アピールですか、そんなあばずれみたいな格好しておいて、なんのつもりですその可愛い顔は」
「親に可愛いとか言うな!」
「何が親だ!親らしいことなんてろくすっぽしちゃあくれないくせに!」
思わず立ち上がったジョルノも、ベッドからぐいと身を乗り出したDIOも、双方顔が真っ赤である。
「大体なんだというのだ、お前は!人の、こう、触れられたくない場所にずけずけと!」
「あなたにもそんな場所があったんですね、知りませんでした!気付けば丸裸になってるような人なので!」
「ああそうだ、わたしはお前が思うよりもずっと繊細な吸血鬼なのだ!存分に大事にしろ!崇めろ!ジェラート食べに連れて行け!」
「ふん、承太郎さんが今ここに向かってるんですよ、って言っても同じことほざけますか、あなた」
「ああ何度でも言ってやる、お前はこのDIOを――……」
シーツに両手をついたまま硬直したDIOを見て、ジョルノは勝利を確信した。すっかり少年の頃の面影が削げ落ちた端正な顔には、父親そっくりの邪悪な笑顔が張り付いている。そうした表情がやたらと様になってしまうところまで、ばっちり父親似の息子である。
「土曜日、電話があったでしょう。次の日にももう一度話したんですけどね、来るって言ってましたよ、承太郎さん。4日の夜、あなたが起きるような時間に合わせてって」
「……承太郎が、来るわけがなかろう。結局わたしの手を引かなかった男だ。それに大体、今更会ったところで何がどうなるというのだ」
「だから、何かをどうにかする為に来るんでしょう。あなたとどうにかなる覚悟を決めたんじゃあないですか、あの人は」
DIOの赤い瞳が、泳ぐ。平静は過分な意志の強さが滲む両目はしかし、今だけはとても頼りなく揺れている。DIOがこのような表情を見せるのは、ジョセフと夜通し飲み明かした1991年の春以来である。
ジョルノはそんな父を、じっと見た。それはもう、穴を開けてやらんとばかりにじっと見た。2度目の承太郎との電話で、大体の事のあらましは聞いている。正直に言えば、馬鹿だと思う。承太郎も、己の父も。それでも大の男たちがそうまで精神をすり減らし、結局20年もの間宙ぶらりんになっていた恋というものの成就を願ってやる程度には、ジョルノも善良な男であるのだった――いいや、やはり、父親だ。どうしようもない、ひとでなしの父親ではあるが、ジョルノはジョルノなりにDIOを想っている。馬鹿だ馬鹿だとしか思えない恋路の行く末を我がことのように案じてしまうのは、偏に父親への情からくる感情なのだった。
「父さん」
「で、出掛ける、このDIOは」
「逃げてどうなります」
「逃げるのではない、わたしは、わたしは、そうっ、ジェラートを。ハルノが付き合ってくれんものだから、1人で食べに行こうかなという次第なのだ」
寝起きの気だるさなどなんのその。俊敏にベッドから飛び降りたDIOは、一目散に出入り口へと向かってゆく。
「出掛けるにしてもちゃんと服着ましょうよ、とうさ――」
腰に両手を当てたジョルノが、呆れた顔で溜息をついたその時である。

「うわっ」
「うわってお前……」

勢いよくドアを開け放ったDIOが、頓狂な声を漏らす。その向こうには顰め面の承太郎が、所在無く立ち尽くしていたのだった。
「……」
握り締めたドアノブを、DIOは勢いよく外へと向かって押し出した。内開きのドアがバタンと音を立てて閉まる――前に、承太郎が外側のノブを握る。そしてドアを押すように部屋へと押し入ろう――とするやいなや、DIOだって負けじとドアを押す。やがてはオートロックが掛かるか掛からないかの位置で、膠着状態である。
お、あれ日本で見たことあるぞ、確かドアコントってやつじゃあないか――
無駄に全力を振り絞ったドア越しの攻防を見るジョルノの視線の、冷やかさといったらない。しかし、やっぱり馬鹿だ、馬鹿だとは思えども、あの間抜けでさえある40手前の男と四捨五入をすれば150歳になる吸血鬼の姿を見て、ああ大丈夫だ、まだあんなにバイタリティのある人たちであるのなら、勢いで上手くまとまることができるはずだ――と、根拠のない確信にほっと胸を撫で下ろしたのも確かであるのだった。
「それじゃあぼく、先にシャワー使いますね」
玄関に背を向けて、ジョルノは浴室へと向かってゆく。薄情なまでに軽やかな足取りまでもが、父親によく似ている息子だった。

「おいいい加減中入れろよお前!」
「承太郎なんぞわたしは知らん、とハルノに言付けた筈であるが、このDIOはッ!」
「知ったこっちゃねぇぜオラァ!!」
「うぉあッ!?」
ドアの間に爪先を挟み込んだ承太郎が、渾身の力で踏み込んだ。背後では、ゆらりとゆらめくスタープラチナが両手でドアを押している。まさか承太郎がそこまでの強硬策に出るとは思っていなかったDIOは、思わず背後にたたらを踏んだ。途端ドアは押し開かれ、承太郎が室内に侵入する。背後ではきいと蝶番を軋ませながら、ゆっくりとドアが閉まっていった。
「……なんだお前、その格好」
「来客があるとは知らなかったのだから、仕方がなかろう」
「それにしたってお前……ああくそ、目のやり場に困るだろうが。これ着てろ」
「……このような煙草臭いものを、このDIOに……」
「なら嗅ぐな」
肩に掛けられたコートの襟首を、すんすん嗅いでいたDIOである。まったくの無意識である。咄嗟にコートを突き返してやろうとして、けれど結局寸前でやめた。コートに染みついた煙草の匂いは不愉快だった。どうしても、22年前、承太郎と暮らしていた時分のことを――1990年代のいつか、初めて遭遇した恋に煩悶した日々を思い出してしまう。しかし、どうしようもなく懐かしかった。髪の先を焦がすような哀愁を纏った懐古の念が、不快感を凌駕してしまったのだった。コートの前をぎゅっと合わせ、DIOは掬い上げるように承太郎を睨みつけた。
「イタリアくんだりまで何をしに来たのだ」
「……」
「おい、黙っていてもなにも通じやせんぞ。お前は昔から、そういう所がある奴だった。黙っていれば周りが何でも察してくれるとでも?思い上がりも甚だしいな、承太郎よ」
「うるせーよ、知ってる。嫌ってほど知ってる、そんなことは。ただちょっとばかし、飛んじまってただけだ」
「飛ぶ?なにが」
「お前に言おうと思っていたことだ。ここに来るまで何回も、頭ん中で繰り返してみたんだが――どうにも、駄目だな。お前の顔を見てると、何を言っていいのか分からなくなる」
緊張に強張った承太郎の表情を前に、DIOはごくりと唾を飲んだ。期待をしているのかもしれない。それとも、期待を裏切られるのが怖いのかもしれない。DIO自身にも、心臓が馬鹿みたいに高鳴っている原因は分からなかった。ただ体中が溶けてしまうそうに熱く、熱くなっている。それは承太郎が目の前にいるからだ、ということは、天を衝くほどの羞恥心と共に理解をしているDIOである。承太郎が、憎らしかった。憎らしいと思えば思うだけ、20年前に放り捨ててしまった愛情がぶり返して、たまらない気分になる。黒子の3つ並ぶ耳朶は、すっかり真っ赤になっていた。
「……20年ほど前だ。覚えてるかお前。多分20歳になる前だったような気がするんだが、そんな頃に、俺は空条の家を出た」
「……覚えているが。それが、なにか」
「あの時、言いそびれたことがあった。まだ成人もしてねぇ若造で、お前の人生の重さにビビっちまった俺が、言えなかったことだ」
承太郎が一歩ずつ、DIOとの距離を縮めてゆく。毛の長い絨毯がさくさくと音を立てる度、いいやまだ期待はするな、はしゃぐな落ちつけ心臓よ、あれは肝心なところで不器用な男であるのだから――と呪文の如き文句を胸の内で唱えるDIOではあるが、沸々とした期待はどうやったって湧き上がってくるものだし、心臓は一向に落ち着きをみせる気配がない。そしてなにより、承太郎だ。DIOを目指す承太郎の足取りの重々しさは、DIOへ目眩をもたらした。DIOの知る承太郎の歩き方ではない。こんなのはまるで、大人の男だ。年相応に落ち着いた男の歩き方だ。

「DIO」

そして声である。DIOの名を呼び付ける承太郎の声の、窒息しそうなほどの重々しさなどDIOは知らない。まったくDIOの知らない承太郎が、そこにいた。
微動だにすることができず、ただ1つの抵抗と言わんばかりに承太郎のコートを握りしめ、DIOは承太郎を見つめ続けるのみである。22年前。DIOが承太郎へその思いの丈をぶつけることができなかったのは、そうすることで自分が変えられてしまうのが怖かったからだ。愛なるものに歪められた自分を許容することなどできやしないと思ったからだ。その恐怖がそっくりそのまま、ぶり返してしまっている。あの時の承太郎は、思春期を脱出したばかりの若造だった。自分の事ばかりに必死で、DIOの手を引くことができなかった。しかし今は違う。あの承太郎は、迷わずこの手を引いてわたしを変えてしまうつもりなのだと、そうされる前からDIOは確信する。
やめてくれ。本心だった。承太郎から手を引かれることを待っていたくせ、いざその時が来てしまえばどうしようもなく、恐ろしい。
しかし――早く、早く、わたしの手を。それもまた、DIOの本心であったのだ。忘れた頃に思い出しては、どうしてあの時承太郎は、承太郎は、と煩悶を繰り返す日々にも、もう飽きた。ならばすることは、1つだけである。
――だって今は、承太郎が。承太郎が、わたしを欲しいのだと、わたしの元を目指しているのだから――仕方なく、わたしは、わたしは。
言い訳は、それで充分なのだ。

「……承太郎」

ぱさりと音を立て、DIOの肩から滑り落ちたコートが床へと着地する。露わになった白い肌は蛍光灯の光を反射して、淡く、輝いていた。
シャツの絡んだ腕がおずおずと承太郎へと伸ばされる。瞠られた承太郎の双眸には、片手で自らの胸を押さえながら、肘の曲がったもう片方を承太郎へと伸ばすDIOが、今にも泣きそうな顔でいる光景が映っている。承太郎は、残り数歩の距離を駆けた。駆けに駆け、DIOの手を掴み寄せた。傾いたDIOの体が、腕の中に飛び込んでくる。ありったけの力を込めて抱き締めればほの暖かい体温が服越しに伝わり、鼻先を金髪の中に埋めてみれば懐かしいDIOの香りにどうしようもなく、泣きたくなる。
「承太郎!くそ、承太郎!苦しいのだがッ」
「悪い」
「な、なぜもっと締め付けるのだ!わたしは苦しいと言っている!」
「悪い」
「悪いと思っていないなら、言うんじゃあない!なんともまあ不誠実な男だろうな、貴様という奴は!」
喧々と喚くDIOの後頭部を、承太郎の掌がそっとそっと、撫で回す。あまりにもの居た堪れなさに、DIOは承太郎の腕の中で俯いた。とっくに顔中が、真っ赤である。
「……それで結局、お前が言いそびれたことというのは」
「ああ……」
数秒の空白を置いて、承太郎の腕がDIOの背を解放した。かと思えば今度は両肩に両手を置き、無遠慮にDIOの顔を覗きこんでくる。こんな顔を見るな!と叫ぼうとしたところで、声は喉の奥で詰まり、体の奥底へと沈んでいった。DIOの目に映る承太郎の顔も、滑稽なほどに真っ赤に染まっていたのである。
「俺は――お前がだな……」
煮え切らない。
「……わたしだって……承太郎が……」
やはり、煮え切らない。それでも緑と赤の双眸は、互いのそれにしっかりと固定をされたままである。承太郎が、唇の端を噛む。DIOは、承太郎の服の端を破れんばかりに握り締めた。そして――
「っ、俺は!お前が!!」
「こ、このDIOも、お前のことが!!」
「俺はお前が、す――」
「わたしは承太郎が、す――」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
――そこまできたなら言えよ、最後まで!
互いの胸中に浮かぶのは同じ文句であったが、言ったが最後、その言葉は自分自身にも突き刺さり、お前が悪い、いいやお前が、の下らない小競り合いに発展してしまうのが目に見えていた。なので2人は唇を戦慄かせながら、睨み合うように見つめ合う他にない。さながらサバンナで獲物を取り合うライオンの如く。
20年前は、それだけだった。睨み合いが続いたのち、なあなあに距離を取りながら互いに捨て台詞を残して去ってゆく。次に顔を合わせた時には、小競り合いがあったこと自体も、最中察せ、俺はわたしはお前が好きでたまらんのだということを察せ、と念波を送り合ったこともなかったことのように、「今日もいい天気だな」「そうだなわたしが余裕で灰になる程のいい天気だな」と会話を交わしたものである。
しかし、とっくに1991年は過ぎ去ってしまったのだ。この2013年に生きる承太郎はとっくにハイティーンの青年などではなく、直に40になろうかという、一人前の男なのである。
復帰は承太郎が早かった。DIOの肩を掴み直し、意を決したようにごくりと喉を上下させる。そして未だ固まるDIOに、素っ気のない――しかし隠しきれないDIOへの愛おしさが滲んだ声で、ゆっくりと語りかけるのだ。
「……思うに、例の2文字は子供が使うには重すぎるし、大人が使うには軽すぎるんじゃあねぇか。それなりの大人が使うには、もっとふさわしい言葉があるんじゃあねぇのか――と、思うわけだ」
「承太郎、」
「聞け。聞いてくれ、DIO」
承太郎が、息を吸う。DIOが、息を呑む。遠くでカチカチと、秒針が忙しなく鳴っている。

「俺は、お前を――愛している」

空では煌々と巨大な月が輝いて、承太郎の腕の中では、DIOの涙腺がとうとう決壊した。
ぼたぼたと溢れる涙を拭いもせずに、DIOは承太郎を睨み続けている。こんなにも綺麗な光景が、他にあるはずもない。深い、深い感慨に、承太郎の涙腺も緩んでゆく気配があった。しかし耐える。恥も外聞もなく涙を垂れ流すには、40年の月日はあまりにも重すぎた。
「か、変わったものだなぁ、おまえ、承太郎」
「どんだけ経ったと思ってるんだ」
「そうだな、ジョセフはボケるし、かと思えば2000年の少し前にちょっぴり元に戻ったし、ポルナレフは亀になるし、わたしは、わたしだって、人の親なるものになってみたりもしたものだし――お前、お前がさも一人前の男であるかのような顔をできるようになっていたとしても、おかしくはない話であるのだな」
――亀?今でも時たま連絡は取るものの、結局エジプトで別れて以来ろくに顔を合わす機会がない友人について、内心承太郎は首を捻る。しかし、それは後からでも聞けることだ。恐る恐るDIOの涙を拭ってやりながら、承太郎はやはり恐る恐る、赤くなった額へキスをする。
俯きがちだったDIOの顔が、ばっと上がる。そして涙に濡れた美貌の吸血鬼は、ぎこちなく、とてつもなくぎこちなく、穏やかな微笑なる表情をそのかんばせに乗せ、赤い両目の中に承太郎の姿を閉じ込めた。

「遅い。承太郎め」

承太郎は、DIOをきつくきつく抱きしめる。
DIOは必死で、承太郎の背をその両腕の中に手繰り寄せた。
1991年の春に途切れた恋は22年の時を経た2013年になってようやく、あの日夢見た形に繋がったのだった。




「……ん……」
起き抜けに飛び込んできた光景に、承太郎は酷く脱力する。散乱するビンに缶、グラスに食べ散らかしたつまみの数々。そして、ワインボトルを抱いて眠るDIO。首を捻ってみれば、ソファーの上にはジョルノがいた。昨晩あれから少々正気に戻った後に羞恥心を爆発させた2人は、とりあえず飲もう、と酒盛りを始めたのである。そわそわとした空気を漂わせるくせ、目が合っては赤くなってふっと反らす、かと思えば控えめに微笑んでみせては、やはり顔を背け妙な距離を取りたがる2人の緩衝材として、ジョルノも書類に目を通す傍らグラスを傾けていたのだった。なんだこいつら思春期か。正直な呆れを丸呑みできる程度には、立派な大人であるジョルノであった。
「……」
鈍く痛む頭を引きずって、承太郎はDIOの元へと這ってゆく。承太郎の武骨な掌が、DIOの滑らかな頬をさわさわと撫でる。その手にはありったけの慈しみが込められている。
好きだ、好きだ。
本人に面と向かって口にするには気恥ずかしい2文字を、息が抜けるような声で囁いた。一拍を置いて湧きだした気恥ずかしさを誤魔化すように、眠るDIOにキスをする。初めてのキスは、柑橘類の味がした。
「ん……んむぅ……承太郎……?」
DIOが目を覚ます。腫れぼったくなった目蓋を擦りながら、ぼうっと承太郎を見上げている。わさわさに乱れた金髪を梳く承太郎の顔は、穏やかに緩んでいた。

「おはよう、DIO」

そして微笑むDIOの顔はとくれば、それはもう、幸せそうなのである。







いざって時に不器用発動して取り返しがつかなくなる系の承DIOにときめく昨今です!


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