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3

今から60年ほど昔、

「あなたを眠らせてなんかやりません。あの人と一緒に眠らせてなんてやるものですか」

とかなんとかほざきながら、細い腕で棺桶の底板を引っぺがし、このわたしを月の下に引き摺り出した女がいた。女はわたしと、わたしが抱えた男の首――女の夫たる男の首を交互に見比べては唇を噛み、やがては両手で顔を覆い、声を上げることもなく静かに涙を流したのだった。
殺してしまえばよかったのだ。女の一匹など、さっさと血を吸い上げて殺してしまえばよかったのだ。
出来なかったのは、わたしが酷く弱っていたからだ。体を失った状態で暫くの時を過ごし、ようやく新たな体を手に入れたはいいものの、当時は未だ、指先一本動かすことすら困難なほどに首と体は馴染んではいなかった。だから、出来なかった。なので、機を見て確実に殺してやろうと思った。この体がわたしに馴染んだ暁には、必ず、必ずと――思い続けて、気付けば60年。わたしは未だ女の血を一滴も吸っておらず、女は直に、天寿なるものを全うして死のうとしている。

「ディオ。そこにいるのでしょう、ディオ?」

60余年。馬鹿げた時間を過ごしてしまったものである。


「すっかり醜く老いさらばえたものだなぁ、エリナ・ペンドルトン」
「わたしはエリナ・ジョースターです」
負けじと言い返す声は、あまりにか細い。しかし『エリナ・ジョースター』、つまらないその名を自称する声色に込められた馬鹿馬鹿しいまでの矜持は、何十年の時が経とうとも揺らぐことはなく、わたしを酷く苛立たせ、反面由来の知れない安堵を抱かせるのだった。
ベッドサイドに腰かける。ぼふりとシーツが揺れ、ぎいとスプリングは軋み、女は何も言わなかった。静かな夜である。窓から差す月の明かりが、姦しく感じるほどに。
「死ぬんだな、お前」
「ええ、ええ」
「お前は醜く老いて死の淵に堕ち、このディオは老いを知らず、絢爛たる永遠を生き続ける。さぞ悔しいことだろう?」
「ええ、ええ、そうね、とても」
「お前だけは吸血鬼にしてやらんぞ、このディオは。永遠にお前に纏わりつかれ続ける人生なんて真っ平ごめんだぜ」
「わたしだって、永遠にあなたと小競り合いを続ける人生なんて嫌に決まっています」
「ふふふ、ようやく別れの時がやってきたということだ。清々しいものだなぁ、エリナ・ペンドルトンよ」
「ふふ、そうですね、とても、とても清々しい。体が動けばパーティーを開きたいくらい。ああ、ディオ、あなたわたしの代わりに主催して下さらない?どうせ、暇なのでしょう」
「暇だからといって、下らんパーティーに労力を割きたいわけでもない」
肩越しに背後を見やってみれば、女はじっと天井を見つめ、うっすらと微笑んでいる。わたしの嫌いな、聖女然とした笑顔である。不愉快だったので前を向き、窓辺ではためくカーテンの端を見た。緩やかに、不規則に、揺れている。まるでわたしとこの女が歩んできた60年のようだ。憎んでいたし、嫌っていた。それでもなあなあのまま共に過ごしてきた60年は、白々しく穏やかだったのだ。
「わたしはね、ディオ」
背後から穏やかな声が流れてくる。窓辺の風は、ぱたりと止んだ。
「きっと許せないと思うの、あなたのこと。死んでもきっと、許せません」
シーツに後ろ手を付けば、スプリングはやはりぎぃと鳴り、見上げた天井には曖昧な薄闇が立ち込めている。仰け反った首筋が、少しだけ痛かった。
「だから復讐をしてやろうって、60年、ずっと頑張っていたのだけれど。できたのかしら、わたし。他にしたことなんてないから分からないわ、復讐の出来なんて」
「ふん、虫も殺せん顔をしたお嬢様がよく頑張ったものだ。どうせ良心の呵責に苛まれ続けた60年だったのだろう。死んでも許せぬわたしが相手だろうとな、お前という女は」
「それでもわたしは、あなたに一矢を報いたかったのです」
不意に、指先に触れた熱源があった。油気も水気も失った、くたびれた皮膚の感触。その箇所へ視線を落としてみれば、弱弱しくわたしの手を握ろうとしているのだろう、萎れた女の五指がある。貸しを作るつもりで、こちらの方から握ってやる。すると女はげんなりとした声で「あらいやだ、つめたい」とかほざくものだから、やはりわたしはどうしてもこの女に好意を抱けぬと、溜息をつくのみである。
「お前は嫌というほど、わたしを生んだ女に似ているな」
「あら」
「もう顔を思い出すこともできん。しかし女の身には不釣り合いなほどの馬鹿げた自意識と矜持、それから、如何にも女のものである、下らぬ慈愛。その2つの個が細い体に押し込められているという所は、目眩がするほどお前にそっくりだった」
言わなければいいことを喋っている自覚はあり、そもそも自分が何を言いたがっているのかも分からない。しかし無意識に動く口はどうでもいいことを垂れ流し、かと思えば憎々しげにちっと小さく舌を打つ。感傷だ。この女の死というイベントが、わたしを少々ばかり、感傷的な男にしてしまっている。
「愛していたのね、あなた。お母様のことを」
「どうしてそう思うのだ」
「声を聞けば分かります。分かりたくないけれど、あなたのことは、分かります」
「浅い理解だなぁ、エリナ・ペンドルトン。愛、愛だって?そのような惰弱な感情が、このわたしに備わっているとでも」
「知らないふりをしているだけなのでしょう。知ってしまったら、耐えられなくなってしまうものね。あなたが踏みにじってきたものたちの重さに」
「口の減らん女だな」
しわがれた手を振り払い、コートに両手を突っ込んだ。女の吐息のような、穏やかな忍び笑いが鼓膜を打ち、どうにも不愉快で仕方がない。
「それがわたしの復讐なのです、ディオ、ディオ、どうか『幸せに』ね。そうして永遠に、後悔し続けるといいのです、あなたなんて」
立ち上がれば床が軋み、振り返ればばさりとコートが翻る。そうしていくらか上から見下ろした女の貌には、とっくに瑞々しい娘時代の面影などはない。痩せた体を寝台の上に横たえて、静かに『その時』を待っている。女はふっと目を閉じて、柔らかく、微笑んだ。

「あなたの爪は、折れたのでしょうか。鋭い牙は、抜け落ちてしまったのでしょうか。野望は、この世界への憎しみは、あなたの心臓から削がれてしまったのでしょうか?そうあることを望みます。ディオ、もう、邪を起こさないでね。余所から奪ってなど来なくても、あなたの周りにだって愛が溢れていたことに気付いてちょうだい。せいぜい、『幸せに』。ね、ディオ」

善意に満ちた言葉の裏には強烈な悪意があり、だからといってこの声に込められた慈愛の響きは決して嘘などではない。こんな女だから、嫌いだった。こんな女だったからこそ、60余年、それだけの時間があったのに、殺しそびれてしまった。
女の頬に片手を当て、身を屈める。今にも枯れようとしている女。灰になろうとしている女。80年余りの時間が刻まれた女の顔はしかし、老いて尚、美しかった。

「お前の復讐を完成させてなるものか。おれは生きるぞ、1人でな。愛も幸福も必要ない、おれにはおれがいればいい」
「何10年経ってもあなたはあなたなのね、ディオ」
「お前は大した女になったものだよ、エリナ・ジョースター」

女が灰となったのは、それから10日と経たない晴れた日のことだった。



親し気であるのか、それとも腹に一物を抱えているのか分からない声色で、このわたしを『くそじじい』と呼びつけるのはジョセフとかいうくそガキだった。
あれの父親はそのまた父親によく似て――というかもう一回りくらい生真面目にしたような奴で、潔癖症的な所もあったので、父親の仇である所のわたしにはあまり寄りつこうとしなかった。しかしどうしたことか、その息子であるジョセフはわたしをくそじじいと呼んでは後をついて回り、いつぞや古代からやってきたのだという生物と事を構えた時などは、お前みたいなのでも死んだらエリナばあちゃんが悲しむだとかで、わたしに現況の一切を知らせては来なかった。わたしが事のあらましを知ったのは、すべてが終わって奴が嫁を連れて帰ってきた後である。

慈愛に満ちた声に隠しきれない悪意を滲ませ、それでもわたしを更正させようと言わんばかりに優しげに『ディオ』と呼ぶのはエリナ・ペンドルトン、わたしにとんでもない呪いを残して逝った女である。「幸せに」。とんでもない悪意に満ちた、呪いである。
わたしはあの女が嫌いだった。あの女だってわたしが嫌いだった。まだあれの息子がわたしの膝程も背丈がなかった頃、共に出掛けた先で「お似合いのご夫婦ですね」とかなんとか言われた瞬間の如何ともしがたい屈辱感は忘れがたいものがある。あの時ばかりはあの女とも一致団結し、違う、違います、こんなのが連れ合いであるものか、わたしの夫はもっともっと素晴らしい人です、なんて否定を声を大にしてしたものだった。

きっと、友情だけではなかったのだろう。あれなりに、あれに似合わん黒々とした感情を抱いてもいたのだろう。それでも親しみを込めてわたしを『ディオ』と呼び続けたのは、ジョジョだった。もう今更、語ることもない。毒を混ぜ込んだ鍋のような感情の底に、一掬いの友情は、確かにあったのだ。それだけ。それだけだ。

そして、『DIO』、DIO、と。わたしが生まれた時代から遠く離れたこの21世紀、わたしの名を飽きず繰り返し続けたのは――


「…………」
目が覚めると同時に、果てしなく不愉快な気分になる。夢を見ていたからだ。ずっと見たくなかった夢。そのせいでわたしはあの女、エリナ・ペンドルトンが死んでからというもの不眠に悩まされ続け――ああ、いいや違う、不眠はあの女が生きていた時からだ。あの女の目論見を、言われる前に察してから。それからずっとわたしは、あの女にだけは負けてなるものか――わたしを取り巻く世界に愛なるものが溢れていたことを認めてなるものか、否定し続けてきた惰弱な幸福がこの胸の内にあることを認めてなるものか、愛、幸福、そのようなものに感慨を抱いてしまう感性を、母によく似たあの女に目覚めさせられてしまったことを認めてはなるものか、決して、決して――と、幾千もの昼と夜を、眠れずに過ごしてきたのである。
夢がわたしを追いかける。過去の記憶を掘り返し、そこに愛があったことを突きつけに掛かってくる。それが嫌で、嫌で、仕方がなく。わたしはずっと、眠れなかった、眠りたく、なかったのだ。
「……ふん」
今なら分かる。そう思ってしまっていた時点で、わたしはあの女に負けていた。目の前にぶら突き付けられていたものを、見えていないと言い張っていただけだったのだ。駄々を捏ねる子供のように。
「…………承太郎、」
起きあがり、隣を見れば、穏やかな寝息を立てながら眠る承太郎が転がっている。昨晩この男が無茶をしてくれたものだから、わたしは疲れ、うっかり熟睡をしてしまった。そのせいで夢を見てしまったわけなのだが――なんというか、案外大したこともない夢だったので、拍子抜けをしている現在である。
愛。幸福。そのようなものがわたしの世界に存在していることを認めてしまったって、わたしがわたしであることに変わりはなかった。自分が自分として歩んできた人生への後悔はない。何に詫びようとも思わない。ただ、わたしの世界は確かに愛に溢れていた。いいとも悪いともいえない感慨が、あるのみである。
「……」
「ん……むぅ……」
承太郎の、熱い唇を摘まみ上げる。いやいやとかぶりを振る様は幼い時からちっとも変わらないもので、なんだか妙に愉快だった。
承太郎の誘いを受けたことに、大した意味があったわけではない。ただわたしは、この男が嫌いではないのだから、寝てもいいと思った。それだけのことだったのだ。結果、すっかりわたしと言う男の何もかもが暴かれてしまったのはこの男を舐めていたという他ない。承太郎にそこまでの想いを抱かれていただなんて、知らなかった。まったく、知らなかったのだ。
「…………」
昨晩の記憶が蘇る。気持ちがよかった。月まで吹っ飛んでしまう程。少しばかり布団を捲ってみれば、昨晩散々にわたしを快楽の地獄に突き落とした性器がむき出しでそこにある。顎に手を当て、2秒ばかり、悩んでみる。手を伸ばして触れてみれば、沸々と湧き出す劣情が全身に伝播して、気付けば奴の腹の上に跨っていた。
「……承太郎、」
手で数度扱いてやった性器を、広げた後孔で飲み込んだ。体を割り開く質量にため息が漏れた。やっぱり酷く気持ちが良い。そして何やら妙に、満ち足りた気分になっている。
「ぁ……っ、は……あ……」
重い腰を緩慢に振る。ひたすらに緩やかで穏やかな快感に、涙が溢れた。
きっと承太郎でなければいけなかったというわけではない。けれど、承太郎でよかった。心からそう思う。わたしが最後に辿り着く場所が、この男でよかった。愛なるもの。幸福なる感情に身を焦がし、とうとう爪が折れ牙を抜かれたこのわたしを、承太郎は綺麗だ、馬鹿みたいに綺麗だ、ずっとずっと変わらずお前は綺麗だなと、それこそ馬鹿みたいに褒めそやした。わたしは、変わってしまうことが怖かった。許し難いことと思っていた。しかし承太郎は変わらないと言う。ずっとわたしは綺麗だったのだと、恐らく本心からそう言っていた。嬉しいと、思ってしまった。他ならぬ承太郎、30年ずっとわたしを見続けてきた男にそう言われたことが、嬉しかった。きっとそれがすべてなのだろう。この男の元に留まりたいと思う理由など、それだけで充分だ。
「ああ……はぁん……んぁ、ああ……」
――今のわたしはひとりじゃあない、ひとりではなくなった。気ままに月まで飛んでいくことが、出来なくなった。承太郎が、泣くからな。
愉快な気分になって、知らずの内に笑んでいた。承太郎の両手を掴み、10本の指を絡ませる。そしてもう、100年煮込んできた思考の全てを放り出し、今ここにある快感に酔いしれた。
「……なにしてやがるんだ、お前」
「ん……承太郎と、セックスしている……」
「昨日の今日でお前……」
目を覚ましたらしい承太郎が、呆れた顔でわたしを見上げていた。野暮なことを言うなよ、と言うことすら野暮に思えてならなかったので、食んだ性器を締め付ける。低く喉を鳴らす承太郎が、やたらと可愛らしかった。
「承太郎」
「ああ」
「んっ……じょー、たろぉ」
「ああ……DIO」
「長生きしろよ……承太郎」
『100年先までわたしと一緒にいることを許してやる』。きっと案外単純なこの男はこうでも言ってやれば喜ぶのだろうが、気恥ずかしいのでやめにした。







40歳になった承太郎と2X歳うん千ヶ月のDIO様がくっつくまでの妄想に忙しない昨今です。変わって九承太郎と変わらないDIO様っていうのが本当にもう、もう!(ゴロゴロ)


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