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タイマーかけた?

上から順に、電子ロックのモニター、鍵付きのドアノブ、そして南京錠が3つばかり。うち1つはダイヤル式である。
元からこの部屋に取りつけられていた鍵はドアノブのそれだけだった。何の変哲もない洋室への、出入り口だったはずのドアである。ごてごてと鍵の装飾を施されたそこは今や、さながらちょっとした要塞と化している。滑稽なまでに、物々しい。取りつけたのは、すべて俺だ。初めは元から備え付けられているそれだけで満足していた筈なのに、まずモニターが増え、それでも足りぬと南京錠が増えた。
馬鹿げていると思う。心から。
頭の片隅ではちゃんと、己の滑稽を、吐き気を催さんばかりに自覚をしている。それでも苦笑の1つすら漏れることはなく、自嘲などもやってこない。むしろ30秒足らずで全ての鍵を開錠してしまえるようになった今、もう1つ2つ増やしてより厳重にしておこうか、明日にでもホームセンターを覗いてみようかと、具体的な算段を立てている始末である。
「DIO、」
足元に事がった南京錠を爪先で避け、開け放たれた扉の向こうへと足を延ばす。薄暗い部屋。埃の積もった本棚に、部屋面積の半分を占めるベッド。洗い立てのシーツの上には、白い裸体が転がっている。投げ出された足の先端、10枚の爪を真っ赤に染めあげるペディキュアは、つい昨晩、俺がこの手で塗りたくってやったものだった。
「DIO」
ベッドの端に腰かけ、金の髪を梳いた。さらさらと指の間を滑って行く感触が心地よい。しばらく堪能した後に、目隠しを取ってやる。己を取り巻くありとあらゆるものに興味を示し、厄介な信奉者を増やし続ける魔性を湛えた、赤い、赤い両目。それをこの世界の全てから隠してしまうための、目隠しを。

「――いい子にしてたか?」

厚い布の下から現れた両目を細め、DIOはとろけるように微笑んだ。焦点があっているかは定かではない。ちゃんと俺が見えているのかも定かではない。その目に映る俺がどんな顔をしているかなんて、それこそ、知ったことではない。



「――あ゛っ、あ゛ぅッ、ぅうん……は、あぁ……!」
仰け反る白い背中には肩甲骨が浮かび上がり、腰の辺りでは後ろ手に拘束してやった両手がもがくように揺れている。後ろ髪をかき分け、露わになったうなじに噛み付いた。
俯せになったDIOが、ゆっくりと振り返る。片頬をシーツに押し付けるように顔を傾け、依然焦点の不明な両目で俺を見上げる。涙で滲む赤色の虹彩はいやらしく細まって、俺を誘っているようでも、試しているようでもあった。どちらにしても、俺への否定的な感情は伺えない。日中は視界の一切を閉ざされ、こうしている最中も両腕は革のベルトで拘束されたままであるのに、『今の』DIOはそうされることを受け入れている――俺を、受け入れている。少なくとも俺には、そうとしか見えなかった。
「っ……!」
「ひぅっ、あ、あっ、いや、ぁあ、アッ」
「なにが……いや、だって……!?」
「あぁあああっ!?ああっ、やっ、ひがっ、ちがうっ、いやじゃあないっ、あっ、まっまてっ、まってじょうたろっ、ああっ、はっ、ひぃンッ!!」
「言いたいことあるなら、ちゃんと言えよ、お前……口ぃ、ついてんだろうがよ……!」
「は、はぁ、ぁあああん!!」
両手で掴み上げた腰を揺さぶるたびに、スプリングはぎいぎいと姦しい音を立て、結合部からはあえかな水音が漏れ、DIOの甘い嬌声は泣き叫ぶようにとろけてゆく。
「じょうたろうっ、じょうたろっ、じょーたろっ、あ、あっ、あ」
「……ッ……!」
涙交じりのDIOの声に、やはり俺を非難する響きはない。たまらない気分になる。たまらなく、歓喜している。口の端が引き攣るように吊り上って、頬の辺りが痛かった。
「いやじゃあないっ、ぁ、じょ、じょうたろうのが、わ、わたしの中でっ、でかくなって、すこし、おどろいたのだ、それだけぇ、それだけだっ、じょ、じょうたろっ、あっ、そ、そんなおくまでぇっ、あっ、ひぅっ、うぅ~~……!!」
そんなことは聞かなくても分かっていた。
健気な弁明を褒めてやるべく、体を倒して滑らかな頬へキスを施し、熱い体内の奥の奥までを突き上げた。見開かれた赤い瞳から、こぽりと涙が溢れてくる。舌の先で掬い上げてやれば、DIOは胡乱な視線を俺に寄越し、やはり健気にも、微笑んでみせるのだ。
「あっ、あっ、じょうたろっ、じょうたろっ、ああん、ぁっ」
てろてろにとろけた笑顔にはかつての帝王の面影など存在しない。
一匹の、淫売である。飼われ者の、愛妾である。或いは、愛玩動物である。
俺がこの男をここまで貶めたのだ。全盛期の10分の1の力もない体を強引に組み伏せ、嫌だ、嫌だと喚く唇を掌で塞ぎ、屈辱に打ち震える体を無理矢理に犯した。DIOが一等に激しく抵抗したのは一番初めの一回目で、以来回数を重ねるごとに俺への罵倒文句は漸減し、今ではこの体たらくである。
マンションの一室に閉じ込めたDIO。帰宅と共に俺は何重もの鍵を開けてこの部屋に押し入り、眠るDIOに覆い被さってセックスをして、そして、そして――朝がやってくる前に、目隠しの布であいつの視界を遮断する。会話などはない。もうずっと、DIOとまともに話した記憶はない。
――こんな関係が欲しかったわけではなかった。最初から、こうだったわけではなかった。
違うのだ、違う、何もかもが違う。釦を掛け違えてしまっていることは分かっているのだ。それでも今更、鍵が一つしかなかった頃に戻れる気がしなかった。戻りたくない、この破滅のビジョンしか見えない関係を終わらたがらない自分がいた。この男への独占欲、のようなものは、日々満たされ続けているのである。それが気持ちよかった――気持ちが良いのだと思ってしまっているのだ、この俺は、この俺は――
「~~ッ、出すぞ、DIO、おい、DIO!」
「あっ、あ、ん、ぅ、うう……~~!」
金色の後頭部を掴み、DIOの頭をよれたシーツに押し付けた。くぐもった嬌声はもはやただの啜り泣きだ。子供のように泣きながら、やはりDIOは否定も抵抗もすることなく、その体で俺を受け止めようとしている。そんな男の腹の中に、たまりにたまった精液をぶちまけた。長く続く射精、注がれる精液の一滴たりとも逃がさんと言わんばかりにうねる内壁の熱さに、腰は痺れ、目眩がした。
「しゃ、しゃせい……わたしのなかで、出してる……承太郎が……」
歓喜すら滲ませたDIOの、独り言のような呟きがたまらなかった。たまらなく愛おしかった、もっとこの男を徹底的に征服してやりたくなった。――本当はこんなことをしたいわけではない、違う、違うのだ。そう思えば思うだけ、征服欲は昂った。
「あ……」
一旦性器を引き抜けば、ぽっかりと口を開ける後孔からつうと白濁が滴った。零した分を指で中に塗りこんでやりながら、DIOの体を反転させる。久しぶりに正面から向かい合ったDIOは、しばし呆然と中空を見つめた後、数秒かけて俺の目を見つけ、小首を傾げて微笑んだ。
「DIO……」
「じょうたろう」
「DIO……DIO……!」
「わたしは……ここにいる」
「~~DIOッ!」
「じょうたろう、」
白い裸体を両腕で抱きしめ、うっすらと汗の滲む胸元に鼻先を埋めた。傍から見れば、親に縋りつく夜泣きの子供だ。自分が壊れてゆくのが分かる。元々の、人並みには健全だった自分に戻りたければ、今すぐこの男から手を離し、腕の拘束を取り払い、取りつけた鍵をすべて壊してしまうべきなのだとも分かっている。それでもできない、できない、できやしない。この男と共に迎える堕落は、あまりに甘美だったのだ。

こうではなかった。俺もDIOも、初めはちっともこうではなかった。

『おい承太郎、アイス切らしているぞ、アイス。早急に買ってこい。わたしはあの、カップの奴がいい。ええと、ハー……なんとかとかいうやつな』
『……お前、欲しいもん言えば自分で動かなくても、何でも出てくると思ってるだろう。ろくでもねー』
『だってわたしはほら、監禁をされているのではないか。勝手に出歩いてはならんのだろ?ならば監視役のお前が責任を持って、わたしの世話をすべきであるッ!さ、早く行ってこいよ、承太郎。わたしのへそが曲がらんうちに、』
『お前も来れば問題ねぇだろうが』
『はあ?』
『オラ、行くぞDIO』
『貴様と、買い物?このDIOが?』
『下手に閉じ込めておくより目の届く所に置いておいた方がよっぽど安心だぜ。行くぞ』
『わたしを連れてゆくとなれば、もう100円ばかり出費がかさむ羽目になるのだが。それでもいいのか、承太郎』
『なんだよ、100円でいいのかよ、お前』
『た、たまたま欲しいものが100円で済むものだったというだけのことだッ!決してこのDIOは、安上がりの貧乏性などではないのだぞ!だからその、やたら微笑ましげな顔をやめるのだっ、承太郎め!似合わない!気色悪い!』
『欲しいものが100円だけで済むだとか、んな可愛げあること言うお前も大概気味悪ぃっつんだよ、DIO』

財団の研究所に於いて、俺の目から見ても凄惨だ、と言わざるを得ない実験の材料となっていたDIOを無理を言って引き取ったのが、同居生活の始まりだ。同情だ、ああ、同情以外の何ものでもない。しかし一旦心臓が止まってしまう程の命のやり取りを経た生まれたこの感情には、ただの同情以上の何かがあったのではないかなんていう気がしている。
DIOとの生活は拍子抜けするほど穏やかなものだった。腹の中では力が戻った時の算段をしていたのかもしれないが――というか確実にしていたのだろうが、日々読書をしては時間を潰す姿は大人しいものだったし、毎日顔を突き合わせる生活に慣れてきてからは、まるで10年来の悪友であるかのように軽口を交わし合ったものだった。外側からしか開閉できない、あいつの寝室の鍵は、いつの間にか無用の長物となっていた。
楽しくすらある、生活だった。そんな日々が終わりを迎え、破滅への一途を辿る今日がやってきたのは、あいつが何気なく零したのだろう

『太陽とは、晴れた空とは、果たしてどのような色をしていたのだろうな、承太郎よ』

という、カーテンの引かれた窓辺での一言だった。
外に出たいのか、と問えば、あいつはうんともすんとも言わずに沈黙した。自己主張の激しいあの男が『出たいわけではない!言ってみただけだ!』とかなんとか言わなかったのは、確かに外へ、晴れた空の下へ出たいという気持ちがあったからに他ならない。そんなことが分かる程度には、すっかりあの男のことを理解してしまっていた。

太陽の下に出るということは、DIOが灰となってしまうということだ――耐え難いことだった。
この部屋から出るということは、DIOが俺の目の届く場所からいなくなってしまうということだ――許し難いことだった。

瞬間爆発した、DIOへの独占欲、支配欲――或いは恋慕のようなものに突き動かされるまま、俺はDIOの手を引っ張って、この寝室に閉じ込めた。そして抱いた。無理矢理に。3日を置いて手首を拘束した。お前みたいな危険な奴を、これまで自由にさせていたことが間違いだったのだと、今更な建前を並べ立てて。10日が経った後に目隠しを施した。お前は俺以外の何も見なくていい。そんな本音を飲み込んで、無言でDIOの、視界を塞いだ。

どうしようもない寂寥感、取り返しのつかないことをしてしまった気のする後悔、もうあの生温くも楽しかった日には戻れないのだという虚脱感に、洗面所で吐いたのは、南京錠の1つ目を取りつけた朝のことだった。

「ア、あぁ、じょうたろうっ、あ、あっ」
「ちゃんと締めろよお前……零してんじゃあねぇぞ、おい……」
「は、んっ、ん、あ、あっ、あ……」
足を開かされ、勃起した自身の性器も、俺のものを咥え込まされた場所も曝け出されたまま、DIOは健気にもぶんぶんと首を縦に振り、きゅうと後孔に力を込めた。余計に感じ入ってしまったのだろう。真っ赤になった頬を隠すことも出来ず、DIOは目を泳がせる。構わず責め立てた。理性がとろけきってしまえば、勝手にこっちを向くはずだ。
「DIO、」
「あっひ、ぃいっ、ぅあンっ!!や、やぁっ、ひっ、ああっ、ああああ!!」
「DIO、DIOッ、」
「もうだめっ、もうむり、むり、こ、こわれるっ、わたしっ、じょうたろっ、じょうたろう、もうっ、もう……!」
「DIO……!!」
「もう……ゆるして……!!」
「~~っ……!!」

――許して欲しいのは、俺の方だ。

「DIOっ、好きだ、DIO、DIOっ、DIO!」
「あ、あはっ、ぁんンぅ……!」
「DIO……!俺は、俺は……!」
「じょ、たろっ、あっ、だ、だめだもぉっ、もぉだめぇぇ!!」
「っ、わるい、DIOっ、すまない、DIO、ご――ごめん、な、俺は、俺は……!」

どうしようもなくお前が、求め方も分からなくなる程にお前が、好きで、好きで、たまらないだけだったんだ。

「じょうたろう――」

DIOがじっと俺を見つめている。俺を呼んでいる。俺を欲している。
求められるがままに体を倒し、DIOの口元で喉元を曝け出した。緩慢に頭を上げたDIOは、同じく緩慢に、俺の首に走る動脈に唇を押し当てる。そして柔らかな唇の奥から現れた鋭い牙で、俺の皮膚と、血管を、食い破った。

「ん、っくぁ、ふ、ん、ンン……あ、あは、じょ、じょうたろっ、おいひぃ……おまえの血は、おいしいな……!」

真っ赤な血で口元を濡らしたDIOが笑う。屈託なく笑うこのDIOは、もう既に俺がああ好きだなと思ったDIO、つまらない日常をつまらない軽口を交わしながら過ごしたDIOではなくなってしまっているのだろう。
それでもよかった。それでもいい。いいのだ、もう、もう、DIOがここにいてくれるのならば。
金髪の張り付いた生白い首筋に鼻先を埋めれば、果てしない充足感に満たされる。きっと俺がこの男を閉じ込めているのではない。俺こそが、この密室に閉じ込められているのだ。頭から爪先までを、この男に支配されてしまっているのだ。

それでもいい、いいのだと、何度も言っているだろう。
愛している、DIO、DIO――

『貴様がこの所毎日通っているらしい、夏の日の海というものは、果たしてどのような色を――おい承太郎、貴様ちょっとひとっ走りして写真を撮ってこい。このDIOの為にな、承太郎よ!』

お前と陽の下を歩けたなら、どれほど素晴らしいことであっただろう。どれほどまでに。




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