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数ヶ月前に隔離室から姿を消したDIOが、俺の住む街の近辺で目撃された、警戒をして欲しい、もしもの時は助力を要請するかもしれない――という旨の連絡があったのは、本日午後8時過ぎのことである。
上擦った研究員の声を他人事のように聞きながら、そういえばあいつの背景にはそんな事情があったのだったなと、やはり他人事のようにぼんやり思いを馳せたのだった。今では3日と開けず、長くても週1ペースで人の部屋に土足で踏み込んでくるものだから、ちょっと前まではあいつが囚われの身のようなものだった(身から出た錆であるのだが)なんてことを、すっかり忘れてしまっていたのだ。あんな連絡を受けてしまったからには、俺はいい加減あいつをとっ捕まえて、研究所に引き渡すべきであるのだろうか。そんなことを考えながら食べた晩飯は、不愉快なまでに味がしなかった。
そして、それから5時間後の今現在である。
「…………」
「邪魔しているぞ、承太郎」
「何だお前……いや、何だお前……」
「このDIOは、このDIOだ。見れば分かるだろう、馬鹿なことを聞くな、愚か者」
午前1時の台所。現在指名手配中であるはずの吸血鬼は菓子パンを片手に冷蔵庫の前に座り込み、ごそごそと食料を漁っていたのだった。ちょっと風呂に行った十数分の間にこれである。油断も隙もあったものではない。
「見つかったらしいな、お前」
「承太郎、わたしはあれが食べたいのだが、あれ、卵と米とウインナーを炒めたやつ」
「聞けよ、おい。お前、これからどうするつもりなんだ。本当に先々のことを考えてるのか?」
「わたしを引き渡せとでも言われたか、承太郎?」
「ちゃんとこっち見て話せ」
「かしこまって話すに値しない、馬鹿馬鹿しい話だ。わたしは容易くとっ捕まるつもりはないし、すっかりわたしに同情しきってしまっている貴様はわたしを向こうに引き渡すことをしない。結果、これまで通りの日常が続くのみである。そんなことより承太郎、わたしは腹が減っているのだと言ってるだろ。早くこのDIOの為に作るのだ、あの卵と米と――」
「ああ、いい、もういい、炒飯だな。さっと作ってやるから静かにしてろ」
「それでいい」
冷蔵庫から発掘したちくわをもさもさと頬張りながら、DIOは小首を傾げて微笑んだ。苛立ち紛れに額を小突く。うりぃ、とまぬけに零された声は正体不明の苛立たしさを加速させるばかりで、胸中は歯切れの悪い感情に征服されてゆく一方だ。
「ああ、まさか貴様、わたしを心配していたのではあるまいな?」
俺の心境を見抜き、煽るような声音である。ちくわを齧るDIOの横顔は、それはもう小憎たらしいにやけ面に歪んでいる。
「素直になれよ、承太郎」
「うるせー馬鹿」
爪先で、DIOの脇腹を蹴りつけた。くすぐったげにふふふと息を漏らすばかりの、どこか無邪気ですらある横顔が、ひたすら無性に苛立たしい。もう一度蹴りつけた。DIOは意に介した様子もなく、もぐもぐとちくわを咀嚼している。
――実際の所を言えば、やはり俺は心配をしていたのだろうと思う。この如何ともしがたい苛立ちの原因などはたったそれだけの、単純明快な理由である。
「む、承太郎!味付けはショーユではなく、ケチャップがいい!」
「食わせてもらう分際でケチ付けんな」
「あ、あ、あぁ~……!」
フライパンの上で軽妙な音を立て絡まり合う卵と米の一団へ、薄口の醤油を投下する。それから数秒と経たず、狭いキッチンは香ばしい醤油の香りに制圧された。目を見開いたDIOが、ちくわを片手に立ち上がる。そして信じられないものを見るような面でフライパンの中を覗き込み、そこに鎮座する物体が赤色ではなく茶色に染め上げられた炒飯だと認識するやいなや、泣きそうな面で俺の膝を蹴りつけた。大して痛くはない。
「投入前に、言ったではないか!このDIOは!」
「ねーんだよ、ケチャップ」
「しかも、ウインナーも入っていない!」
「ねーんだよ、ウインナーも」
「嘘だ!野菜室の、奥の方にあった!わたしは確かにこの目で見た!」
「ありゃ俺の朝飯だ」
「~~承太郎め!承太郎め!」
あまりにもみっともない、年齢不相応の駄々である。100年を生きた吸血鬼の威厳も矜持もあったものではない。俺の前に現れるDIOはいつだってそうだった。あのエジプトでの死闘は夢か何かであったのではないのかと、首を捻るのもままあることだ。帝王というか、気まぐれな猫である。ねだるものが大量の食糧と人の体液である所は不健全極まりない猫であるのだが、俺がこの男相手にそうした可愛げを見出してしまっていることは、残念ながら純然たる事実なのだった。厄介な粘膜の幻想である。
――だから俺は、こいつへの妙な同情や、心配を捨てきることができないのだ。
馬鹿みたいに綺麗で、馬鹿みたいに我儘で、呆れるほど欲望に正直な、やたらに人間臭いこの男。そうだ、俺は可愛げと共に、妙な人間味すらもこの男に見出してしまっている。なので、こいつがSPW財団の研究所へ――360度を物々しい機材で囲まれた隔離室へ再び押し込めてしまうことへ、強い抵抗を覚えてしまう。そう思ってしまうことが、苛立たしくてならないのだ。自分の甘さを突きつけられたような気分になるし、すっかり性悪の吸血鬼に絆されてしまったようで腹が立つ。奴が俺を誑かした手段というのがまた、自らの身体を使ったものであったものだから、どうしようもない虚無感は広がってゆく一方だ。性欲とは恐ろしいものであるということを、齢二十歳を迎える前に身を以て学んでしまった。
「皿持ってこい。場所、分かるだろ」
「……」
「そんなに落ち込むことかよ」
「…………」
のろのろと戸棚に向かうDIOの背は、それはもう絶望感に満ちたものである。あれで案外、凝ったものよりもシンプルな料理を好んで食べるあの男は、しかし味付けにはうるさかった。
初めのうちは、そうではなかった。何を出しても、喜んで食べていた。というか、味になど構っていられなかったのだろう。それほどまでに、とことんDIOは飢えていた。味にこだわりだしたということは、それだけの余裕がDIOの腹に生まれたということだ。それ自体は喜ばしいことであると思う。3日から1週間に1度、冷蔵庫と精巣を空にされる生活が着実に終わりに向かっていることの証拠であるのだろうし、少しだけ――ほんの少しの、錯覚みたいな感情ではあるのだが、DIOの飢えが満たされてゆくことに安心をしている自分もいる。
ただ、面倒くさい。本当に、面倒くさい。料理のレパートリーが増え、冷蔵庫の中身に一々気を遣うようになってしまったことは、面倒を通り越して腹立たしくすらある。そんな俺の献身を、我儘放題の吸血鬼はちっとも知らずにいるのだろう。別に、見返りが欲しいわけではないのだが。せめて気付いてくれないかと思うのは、俺の我儘であるのだろうか。
「ん」
「ああ」
DIOが両手で差し出した大皿に、出来立ての炒飯を盛ってやる。スプーンも一緒に持ってきたようだ。立ちっぱなしのままシンクに寄りかかり、DIOは行儀悪く食事を始めた。その横でぼんやりと水を飲みながら、しばし俺は、天井を見る。スプーンと皿がぶつかる金属音が、妙に耳触りが良い。
「美味しい……悔しいが、とても美味しい……承太郎め、承太郎め……!」
「そうかい」
人の気も知らずに、平和な男である。
それからDIOは3分と経たぬうちに、大皿いっぱいの炒飯を完食した。今はどこか満足げな面持ちで、食後のデザートであるプリンをちびちびと食べている。食事中だけは、借りてきた猫のように大人しい吸血鬼なのだった。そんなDIOの食事光景を見守る時間は、正直に言えば嫌いではない。死ぬ程面倒ではあるものの、美味しい美味しいと喜んでくれるのならば、料理の1品や2品を用意してやることもやぶさかではない。――と、DIOが大人しくしている間だけは、そんなことを思っている。
「……おい、ついてる。米粒」
「ん」
炒飯を半分ほどかっ込んだ辺りから付けっぱなしになっていた口の端の米粒を、指の腹で拭ってやる。元は命を取り合う間柄だったはずなのに、いつの間にか気安く触れることの出来る関係になっていることが、今更ながらおかしかった。DIOは無防備に瞬きながら、じっと俺を見つめている。
「なんだ、その嬉しそうな顔は」
「なんでもねーよ」
深く追及してくれるな。自分でもよく、分からない。
「よく逃げ切れたな、お前」
「ん?」
沸々と湧きあがる喜色、のような感情が居た堪れなかったので、話題の転換を図ってみる。DIOの手元のカップには、未だ3分の1ほどのプリンが残っている。デザートはよく味わいながら食べる男なのだ。
「前に言ってただろう。成人男の平均以下の力しか残ってないとかなんとか。栄養失調で」
「ああ――確かに、未だに本調子であるとは言えんのだがな。しかし、あれからもう何ヶ月も経っている。100メートル走っても膝が崩れん程度には、ちゃんと回復しているのだぞ」
「……そんなでよく逃げ切れもんだな、おい」
「このDIOは、DIOであるからしてな!」
「なんだよ、その自信」
「ふふふん!」
得意げに顎が持ち上がった金の頭を、軽く握った拳で小突いてやる。DIOは別段気を悪くした様子もなく、むしろ勝ち誇ったように鼻を鳴らす始末である。細められた赤い瞳には、呆れ笑いを零す俺が映っていた。
「しかし、まあ、さすがに今回は少々、危なかったのだ」
「……今回?そんな頻繁に追われてるのか?」
「ぼちぼちだな」
何だその話、聞いていない。
「スタンドが行使できずとも、身体能力がカス以下であろうとも、頭さえ働くならばどれだけだって追っ手を撒くことができる。が、今回は当の頭の動きが鈍っていたせいで、後れを取ってしまったのだ。どこぞのビルに追い込まれた時には、ちょっとだけ、本当にちょっとだけであるのだが、捕まってしまった時の覚悟を決めてしまったものだ。まったく、無駄なことをしてしまった」
合間合間にプリンを口に運びながら、DIOは他人事のように今夜の逃走劇についてを語る。すぐ隣で、嫌な動悸に目眩を催し始めた俺に気付きもせずに。落ち着け。落ち着け。この小賢しい男が簡単に捕まるはずがないし、もし捕まってしまったとしても、それは自業自得以外の何ものでもない。俺が焦らねばならぬ必要などは、どこをどう探してもないはずだ。
「最後に貴様の血を吸って、セックスをしたのは、1週間ほど前のことだっただろう。だから、腹が減っていたのだな。そのせいで頭が回らなかった。まったく、このDIOがぬかったものよ」
「それで」
「承太郎?」
「結局どうやって逃げたんだ、お前は」
「知りたいのか?」
「ここまで喋り倒しておいて、オチを言わねーってのはなしだろう」
「そうか、そうか」
DIOの赤い唇の端が、勿体付けるように持ち上がる。いやらしい表情だった。見せつけるように唇の間に吸い込まれていった、白いプリンの塊が、そのどうしようもなさを煽っている。
空になったカップをスプーン共にシンクへ投げやり、DIOはそっと俺の手を持ち上げた。そして恭しく、指先に口付ける。王に忠誠を誓うかのような仕草である。しかし赤い目の奥に隠された――いいや隠れ切れずに滲む、この男の肉食獣のような本能は、言葉にせずとも雄弁に、爪の先から貴様を喰らいつくしてやろう、この男にしか許されぬ傲慢を語っていた。

「わたしの」

そっと手を握ったまま、DIOは今にも唇同士が触れ合わん距離で俺の目を覗き込む。薄暗い夜のキッチンに、爛々と、赤い瞳が輝いている。DIOの魔性の瞳。それだけが。

「居場所になってはくれないかい。一晩でいい。わたしだけの君になってはくれないか、君、君よ」

――そして毒のような言葉を吐く唇で、ただ触れるだけの可愛らしいキスを寄越してくるのだった。さも愛しい恋人に贈るような、穏やかなキスを。
「――と、まあ、このような次第でな。適当な人間を誑かして少量の血液と、その他諸々の体液を捧げさせ、なんとか体力を補って逃げ切れたというわけだ。安心しろよ、殺しちゃいない。騒ぎになって困るのはわたしなのだからな。――しかし今夜はよく走った。食料だけでは、どうにも空腹が収まらん。プリンをもう1つばかり食べたら寝室にでも移動して、早くセックスをしよう。久しぶりだなぁ、承太郎。さぞ、待ち焦がれていたことだろう?なんだかんだで貴様、わたしとするのが好きなのだものな」
つい数秒前までの艶然とした雰囲気を引込めて、DIOは八重歯のような牙を覗かせころころと笑う。向かう先は冷蔵庫である。確かあの2つばかり、プリンは残っていた筈だ。
「――おい」
「ん、わ!?」
冷蔵庫の戸が開く前に、DIOの手首を掴み上げる。引っ張ってみれば、傍目にはガタイの良い体はしかし、大した力を込めずとも頼りなく揺らめいた。胸元にDIOを閉じ込め、指の背で細い顎を持ち上げる。至近距離で覗き込んだ赤い瞳には、俺が、俺だけが映っているのだろう。どんな顔をしているのかは、分からない。なにも、見えなかった。
「……承太郎?」
「ここでもできるだろ」
「は?なんだ、待ちきれんのか貴様、」
「いいから脱げよ、あばずれ」
「じょうたろ、っ、……」
赤い唇を塞ぎ、熱い口内へ舌を入れた。後頭部を押さえつけ、縺れ合うように舌と舌を絡め合わせる。口の端から唾液が零れる頃合いには、DIOはすっかり酔っ払ったような面で白い頬を真っ赤に染め、焦点の合わない双眸で俺を見つめていた。ふしだらな期待が滲んでいる。
いいから、脱げ。
改めてそう囁きかけてやった耳だって、真っ赤である。DIOはこくりと唾液を嚥下した後に、自らのシャツの釦に指を掛けた。焦燥も露わに釦を外そうとする手付きは、どうにも覚束ない。脱がなければ、脱がなければ。そう必死になればなるほど、シャツには無残な皺が寄ってゆくようだった。先に焦れたのは、俺の方だ。
「おせーよ、馬鹿」
「あ、……」
中途半端に釦の外れたシャツをそのままに、DIOの体を180度、引っくり返す。シンクに両手を突かせ、背後から乳首を摘まみ上げた。腰をこちら側に突き出すように、DIOが艶めかしく身を捩る。動いた拍子に露わになったうなじには、俺が付けた覚えのない鬱血痕が刻まれている。身体能力が落ちると共に傷の治りが遅くなってしまった体には、鬱血の痕も消えることなく残ってしまうのだ。
「は、ぁ……あ……あー……ぁ……ひっ」
白いうなじを汚す鬱血痕を削ぎ落とそうとでもするかのように、その箇所へ噛み付いた。顎を反らせて天井を見上げ、DIOは荒い息を漏らす。勃起した乳首の中心に爪を立てれば、いよいよDIOの腰は耐え切れぬと言わんばかりに、揺れ出した。
「じょ、じょうたろ、あ、ぅっく……そこは、も、もういい……!あ、し、した、あっ、ひぅっ、だ、だからぁ、そこはもう、いいから、ぁ、あぅっ」
「どう抱かれた?」
「は、はぁ……?」
「てめーが適当なこと言って誑かした男にだ」
「ひっ、ぁ、い、いたい、じょーたろっ、あ、いたぁ、あ、あ……!」
自分で言ってて腹が立ってならなかったので、鬱憤を晴らすべく、尖った乳首を押し潰さんばかりにこねくり回す。いたいいたいと繰り返す声は、甘ったるく蕩けていた。
適当に誑かされた男。結局は俺も同じなのだ。DIOにとっての俺とは、ジョースターの血とやらが詰まった餌袋でしかない。餌という意味では、今夜こいつに血と諸々の体液を捧げたのだという男となんら変わらぬ位置にいる。
――お前に手料理の1つも食べさせたことのない男と同列に置いてくれるなよ。
言葉にできたものではない、フラストレーションである。膝先をDIOの足の間に突き入れ、ぞんざいに性器を刺激してやった。DIOの声に、すすり泣きの響きが混じり出す。興奮をした、ものすごく。
「ぁ、ら、らんぼうなことを、するでは、ないかっ、じょー、たろぉ……!」
腰を振りながらそんなことを言われても、甘えられているように感じるだけである。
「あ、あはぁ、し――嫉妬、か……?嫉妬をしているのか、じょう、たろう……?」
「……、」
「ふ、ふふ、ず、図星と、みたっ、ああっ、ぁ、だ、だからっ、い、いたい、じょうたろっ、ひっぱるな、や、ぁ、ああっ」
DIOが、どうにも尻軽の類に属する男であることは知っていた筈だった。前にその手の話を聞かされた時はどうとも思わなかったし、むしろ節操のなさに呆れたものである。ただ今思えば、DIOが俺ではない男との関係を匂わせたのは、その1回限りの事であったのだ。以来は一度も、ない。俺がこの男に好意めいた感情を抱き始めてからは、ただの一度たりとも、今日に至るまで。
「っ……!」
――なにを、勘違いをしているのだ。
DIOへの肯定的な感情の全ては、粘膜の接触が見せる幻想だ。
DIOにとっての俺はただの餌で、俺にとってのDIOはただでやらせてくれる都合のいい男だ。
それだけだ。それだけの関係で、あるはずだ。だから顔も知らぬ男への嫉妬などは――

『――首だけになった姿を、ジョジョの前に晒さなければならなかった時などには……――』

やはり顔も知らぬ、祖父の祖父への嫉妬心などは。深く思い悩めば悩むだけ、損なのである。
奥歯を噛みしめながら飲み下した唾液は、苦々しい味がした。
「……挿れるぞ」
「――!!」
耳元で囁くと、DIOは弾かれたように振り返る。そして、期待でいっぱいの瞳で俺を見た。この淫乱。罵倒をしてやっても、喜ぶだけである。下着ごと下衣をずり下げてやれば、ぼんやりとした薄闇の中に白い臀部が晒される。性器の先端を押し当てた入り口ははくはくと収縮し、今か今かと犯されることを待っていた。――この淫乱、まるで、雌のような!とろけるように、DIOは笑った。
「~~あ、あああ、あ、は、はいって、くるぅぅ!あっ、あぁ、ひッ、ぁあああ~!!」
尻たぶを掴み寄せ、ぐにぐにとこねくり回す。その度にいやらしくうねる内壁に、意識を持って行かれそうになる。DIOの尻を掴み直し、ひたすら熱を叩きつけた。どうしようもない、こいつへの感傷と共に。シンクに突っ張ったDIOの手は、頼りなく震えている。
「あ、はァんっ!あ、あ゛、は、ひぃ!ふ、ふかいぃっ、や、やらっ、あ、ひぃン、あ、あっ」
「おい、足……!ちゃんと立ってろよ、根性のない……!」
「むり、むりぃ、ひ、ひぬぅっ、あ、あ……あ、ああぁああ゛!!?」
水音とDIOの嬌声だけが響き渡るキッチンに、ぱちんとまぬけな、肉を打つ音が残響する。咄嗟にひっぱたいてやった白い臀部には、ぼんやりと俺の手形が浮かび上がる。DIOの膝は一際酷くがくがくと震えだし、シンクにしがみ付く10本の指は、可哀想になる程真っ赤になってしまっていた。哀れを誘う、姿である。しかし自らを凌辱しているはずの性器に絡みつく、肉の壁の脈動は、とてもとてもいやらしく、続いている。
「や、あ、あ、そ、それいやだっ、じょうたろっ、や、やめてくれ、や……やめて……!」
「何回俺が止めてくれっつてもお前、ちんこしゃぶるの止めてくれなかったじゃあねぇか」
「いつの話を、あ、ひンっ!~~や、やだぁ、だ、だめ、あ、ああっ、い、いやぁ……!」
真っ白の肌を後付けの赤色で染め上げてしまうべく、ひたすらにDIOの尻を掌で打った。表面の赤味が増すたび歓喜するようにうねる体内へ、ひたすら性器を擦り付けた。明確な理由なんて必要ない。そうしたいと思ったからだ。それだけで、充分だ。
「も、もうむり、むりぃ!いたい!じょうたろっ、いたいぃ!」
「……そろそろ、イきそうだ」
「ぁ……!!」
涙に濡れた双眸で、DIOはばっと俺を見る。痛々しい泣き顔はしかし、俺の言葉をそしゃくするやいなやだらしのない笑顔へとろけていった。この男にとってのセックスとは、体内にエネルギーを、他人の精液を取り込むための手段でしかない。誰に何をされようが、どんな言葉や愛情を捧げられようが、最終的に腹さえ膨れてしまえばどうでもいいことであるのだろう。相手が俺であっても、俺では、なくとも。
「……DIO、」
「は、ん……ン……は、はふ、ぁ、ん、んん……!」
キスをする。DIOはうっとりと、目を閉じる。全身が震え、限界が見て取れる体はしかし、後孔だけが活発にうねり続けている。気持ちがよかった。こんなに気持ちのいい行為を、俺は他に知らない。だからとても、名残惜しかった。この体の中で射精をする快感は、悦びは、すっかりこの頭に刻み付けられている。しかし今の俺は、脳髄がぶっ飛ぶ快感を得るよりも――

「あ……え、あ、あ……!?」

とことんまでに、この吸血鬼を貶めてやりたかった。この男へそうした凶暴な感情を抱くのは、思えば初めてのことであるのかもしれない。
「じょ、承太郎、何故」
「イくっつったろ」
「な、なぜ、中でイかなかったのだ、わたしの中に出さなかったのだ、どうして、どうして!」
半狂乱に、DIOは泣いた。赤く腫れた臀部から、今しがた俺が出してやったばかりの白濁を滴らせながら。姦しい声ばかりが零れる唇を、キスで塞いだ。抵抗があったのはほんの5秒ばかりのことだった。DIOはきゅっと目を瞑り、眦から涙を溢れさせる。しばし堪能した後に介抱してやれば、糸の切れた人形のように、DIOはずるずると座り込んだ。股の間ではしたなく勃起した性器が、無性にいやらしかった。
「じょ……じょうたろう……」
「しゃぶらねーのか、今日は」
「……」
「恥でも屈辱でもないんだろう、この程度、この程度のことは」
「……、」
濡れた性器で、DIOの頬をはたく。普段のDIOなら嬉々としてむしゃぶりつき出す場面である。しかしこの夜のDIOはそうしなかった。屈辱を露わに俺を見つめ、唇はきゅっと噛み締められていた。昂揚感に任せるまま、俺は硬い床の上に、DIOの体を組み敷いた。
「お前が俺とセックスをするのは、何の為なんだ?」
「……食事、だ」
「だな。ってことは、俺がてめーん中で出してやるまで終わらねぇっつーわけだ」
「な、なにが言いたいのだ、回りくどい!承太郎、きさま、」
「ちゃんと『おねがい』してみろよ、オラ」
「っ……!」
収縮の止まぬ入り口を、亀頭の先で割り開く。DIOは喉の奥で息を詰め、目を伏せた。
「できるだろ?生きる為に必要なことなんだもんな、お前にとっちゃ」
「じょうたろう……」
「それとも、今から他を当たりに行くか?それでもいいんだぜ、俺は。俺のが人よりちょっとばかり馴染むってだけで、他とそう、変わるわけでもないんだろう。それでもいい、それでもいいんだ、俺は。もう一回、出したしな」
それでいい――わけが、ない。きっと俺は、DIOを試しているだけだ。いざ他を当たると言われようものならば、もう一度この体を徹底的に破壊してしまうのではないのかと、そこまでの破壊衝動がじわじわと背後までにじり寄ってきている。分からない。この執着の正体とは、何なのだ。なんだか泣きたい気分にすらなっている。必死こいて涙をこらえ、DIOの髪を引っ張った。
「じょ……承太郎がいい、わたしは……」
薄く開かれたDIOの双眸は、あさっての方向を向いている。
「今日のは、本当に、緊急的なことだったのだ……わ、わたしはな、承太郎……初めて貴様と寝た日から、他の男とは寝ていない……いや、血液を貰うことは、老若男女問わずままあるのだが、セックスは……貴様とだけだ、承太郎……」
「……そういうのは、てめーのキャラじゃあねぇだろうが」
「し、しかたが、なかろう……!あんなに満ち足りたセックスをしたのは、初めてのことだったのだから!承太郎さえいればいいと思ってしまうほどに、死ぬほど、本当に死んでしまうほど、気持ちがよかったのだ!このDIOは、このDIOは……!」
ようやくDIOが、俺を見た。らしくはない言葉を吐いているくせに、涙に塗れたその顔は、俺がよく知るDIOのものである。勝気を通り越してクソ偉そうに吊り上った眉毛、感情表現の激しい目元に、戦慄く唇。喧嘩に負けそうな時のDIOがよく見せる、死ぬほど悔しそうな表情だ。
なんだか妙にほっとして、両肩からどっと力が抜けていった。苦笑さえもが、漏れ出した。DIOは益々両眉を吊り上げる。面倒なことになる前に、何度目かのキスをくれてやった。
「DIO……」
「ん……承太郎……」
「で……おねだりは、まだなのか?」
「……はぁ?――っ、」
一度抜いた亀頭を、入り口に押し付ける。本当はもう、おねだりなんかされなくても挿れてやっていい気分になっているし、むしろこいつの中で2度目の絶頂を迎えたかった。だから、出来心だ。DIOがどうしても嫌だというのなら、やれやれだぜ、なんてポーズを取りながら、さっさと挿れてやるつもりでいる――つもりで、あったのだが。
「……じょ、じょうたろ……」
「お、おう……?」
こくりと喉を鳴らしたDIOは、何やら決意と、そして隠しきれない興奮の滲む瞳で俺を見た。そろそろと指を伸ばした先には、ぽっかりと口を開いた後孔がある。DIOは2本ばかりの指で、自らのそこを押し広げた。赤い両目は、ひたすら俺を見つめ続けている。何度もキスをした唇はゆっくりと持ち上がり、そして、

「わ、わたしに……DIOに、ください、精子……承太郎の精子、わたしの中でたくさん……ここが孕んだみたいに膨れるまで、たくさん、たくさん、出して、ください……」

もう片方の手で下腹部を撫でながら紡がれたDIOの『おねだり』は、俺の理性を粉微塵に吹き飛ばしてしまったのだった。
恐らくとんでもないアホ面を晒していたのだろう俺を見上げるDIOが、
「た、たまにはこういうのも、悪くはないな!絶望的に、屈辱的だ……なにやらちょっと、興奮した……」
なんてことを、可憐ぶった笑顔と共に零した所までは、鮮明に覚えている。



目覚めと共に、まずは風呂場へと向かった。片手でDIOの足首を引きずりながら。とにかく、まとわりつく汗と共に昨晩の記憶を洗い流してしまいたかったのだ。死にたい。どうしよう、とても死にたい、ものすごく。昨日の俺は、一体何者だったのだ。粘膜の接触は、人間の性欲というものは、時に人間性の全てを粉微塵に破壊する。終わり掛けの記憶が飛んでいることだけが、小さな僥倖であるのだろう。そう思わねばやっていられない程に、昨晩の記憶が照れくさくてならなかった。
「う、うー……りぃぃぃ……!!?」
DIOが苦しげに呻いているが、知ったことではない。むしろ風呂場まで運んでやっていることに、感謝をされて然るべきであると思う。――あちこちに鬱血痕の残った体に、申し訳のなさが先だった。やはり安っぽい、同情である。
「おい。DIO。いい加減起きろよ、お前」
「……じょーたろー……?」
「よし、起きてるな」
「ん、ここは――うおおぉ!?」
半覚醒状態のDIOを、空の浴槽に投げ入れた。妙に軽い。体重すらも、すっかり減っているのかもしれない。
「ひ、ひどいことを、するではないか!」
「連れてきてやっただけでもありがたいと思え」
「別に頼んでなぅぶっ」
頭からシャワーをかけて黙らせる。寝起きには少々、DIOのけたたましい声はきつかった。
「……こ、殺してやる……このDIOになんたる無礼を、承太郎、承太郎め……」
「人の血と精液貰って腹膨らませてるやつが、何言ってやがるんだ」
浴槽の蛇口を捻り、湯加減を確認する。たしかDIOは、ぬるま湯が好きだと言っていた筈だ。なんだかんだいいつつも、こいつも疲れていたのだろう。湯の量が増してゆく毎にとろとろと瞼は落ちてゆき、気持ちよさ気に鼻を鳴らす始末である。
「湯加減はどうだ」
「ん、ふふ……悪くはないぞ、承太郎……」
「そうかい」
濡れた髪を梳いてやる。うりうりと頭を押し付けてくるDIOの姿は、やはりなにやら猫っぽい。微笑ましいことである。すっと細まった赤い瞳も、同様である。
「嫉妬をさせれば、承太郎は昨晩の様にわたしを抱いてくれるのだな」
「……何されても喜んでるんじゃあねぇよ、くそあばずれ」
「悪くはなかった。が、今のわたしには体力がない、毎夜あのような抱かれ方をしてはたまったものではない。大人しく、しているさ。当面のところはな」
「ああそうしとけ、世の為人の為にもな」
なにより俺の為にも。
「DIO」
「なんだ?」
「血も精液も、俺だけにしておけよ、お前」
「ふぅむ」
「どっちの意味の返事だよ、それ」
「そうだなぁ。別にそれも、悪くはないと思うのだがな。お前の体液ほど、この身に馴染むものはないのだし」
DIOの白い手が、緩慢に俺の手を振り払う。そしてちゃぷちゃぷと水面を叩きながら、とろとろと微笑んだ。
「しかし貴様は、死ぬだろう?いつの日か、必ずな。その日が来たら、わたしは一体どうすればいい。お前が生きている間に腹が満ちる保証もない。なにせ、一度は細胞レベルにまで砕かれた体である。下手な約束などが、できたものか」
何の保証があるわけでもない口約束に、何を言っているのだ、お前は。畏まったつもりでいるDIOの面は、しかし半笑いを隠しきれてはいない。濡れた髪の張り付いた額を、小突いてやった。DIOはとうとう、吹き出した。
「その時は諦めて、俺と一緒に飢えて死ね」
つられて吹き出しながら、無防備な唇に触れるだけのキスをする。
「気が向いたらな」
そうして笑ったDIOの顔を、愛おしいのだと、思ってしまった。
とてもとても正気のまま、このよき朝に於いて。とうとう俺は、この男に負けたのだ。白旗を振りながらもう一度、口先に触れるだけのキスをした。






落ち着くまでの順番がごったになってる承DIOなんかもときめきますよね!


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