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欲しくて欲しくて仕方がない

本と衣服の散乱する部屋の入口にて、承太郎はしばし頭を抱えた。DIOに与えた一室である。2人きりでの同居が始まってそろそろ3ヶ月の時が経とうとしているが、承太郎がこの部屋の敷居を跨いだのは今夜が初めてのことだった。
同居。座っていれば洗濯物は片付き、朝昼晩3回の食事が用意された空条邸から離れること片道1時間、男2人暮らしをするには少々持て余し気味のマンションの一角にて繰り広げられている、DIOと承太郎の生活である。なにも仲良しが高じて2人で暮らしているわけではない。DIOは一度バラバラになった後に能力の大半を失った吸血鬼であり、承太郎はそんなDIOの監視役だ。そろそろ短くはなくなった付き合いで多少は気安い仲になりはしたものの、他人は他人、元は心臓が止まり足がぶっ飛ぶまでの死闘を繰り広げた間柄、どことなく埋めがたい溝というものは絶えず2人の間に横たわっているのだった。
しかし今夜。承太郎がDIOのパーソナルスペースたる雑然とした部屋へ今まさに踏み込もうとしているのは、偏にDIOが出入りする際にちらちらと見えるその部屋が、いい加減無視を決め込むのも躊躇われるほどに容赦なく散らかっていたせいだ。一度は、口頭で尋ねてみたこともあった。DIO、お前ちゃんと部屋の片付けはしているのかと。DIOの返答はごくごくシンプルなものである。

「どこになにがあるかはちゃんと把握している」

その一言によって承太郎は、DIOの私室の惨状についてを察したものであったのだが――現実というものは、得てして想像を鼻で笑いながら軽く凌駕するものであるらしい。
DIOが夜の散歩へ出た隙に侵入したその部屋は、まず足の踏み場がなかった。とかく、本、本、服、本、服、服!ところどころに途中で制作を投げ出したのだろう模型の残骸や、ハートの形をしたクッションが埋まっている。常軌を逸しているものはといえば精々積み重なる衣服のセンスくらいなものであり、特別に危険なものが転がっている様子はない。それでも――ただただ、カオスである。爪先で布と本の海をかき分けながら、承太郎は深く深く嘆息した。

「どこになにがあるかはちゃんと把握している」

DIOがしたり顔で言い放った一言が、ぐるぐると承太郎の脳内を駆け巡る。それは、片付けの出来ない輩の言い訳だ。今すぐ鼻先で怒鳴りつけてやりたい気分であったが、ほんの10分ほど前に出て行ったDIOが帰ってくる気配は未だない。
部屋の奥、床とそう変わらぬベッドの上の惨状もその目で確かめた後に、承太郎は溜息と共に爪先を出入り口へと向けた。一先ずは、ゴミ袋の準備である。そして

「わたしはこれでいいのだ!」

とか言いながら抵抗をするのだろうDIOと渡りあう為の栄養準備も欠かせない。冷蔵庫に数切れ残っているはずのとんかつに思いを馳せながら、承太郎は一歩前へと踏み出した――つもりであった。
「――うぉあっ」
ずるり、と爪先が床から中空へと滑ってゆく衝撃に、ワンテンポ遅れての浮遊感である。重力から見放されてしまったかのような心細さ。咄嗟に喉から零れた声は、情けなく引っくり返ってしまっていた。そうした己を自嘲する間もなく、承太郎の背は衣服の積み重なったシーツの上へと着陸する。ぼふり、ぎいい、と大仰な音が鳴り、細かな埃が舞い散った。承太郎はしばし呆然と、天井を見上げることしかできなかった。
――DIOが散らかしっぱなしにしていた服に足を取られて転んでしまった。
数秒を要してそう理解をした後に、承太郎の胸中を席巻した感情とは怒り以外の何ものでもない。
あの野郎。ただでさえ強面である承太郎のかんばせは、小動物は走って逃げだし小さな子供は立ちすくんでしまう程の、閻魔の形相と化している。
あの野郎。承太郎は奥歯を噛んだ。そして立ち上がり、さっさととんかつをかっ込んで、リビングにてDIOを待ち構えようとした。した。したということは、結局できなかったということだ。

「…………、」

起きあがるべく、一旦側臥をするように傾いた承太郎の体が硬直する。彼の時間を止めてしまったものの正体とは、ふわりと鼻腔を擽る甘い香り、衣服やシーツに染み込んだ、DIOの体臭の残り香である。少々鉄錆びた気配の漂うそれは、もしかするとちっとも甘くはないのかもしれない。しかし承太郎の感覚器官は、ああ、なんと甘い香りであるのかと、多少の目眩と多大なる陶酔と共に、その香りについてを認識してしまったのだった。
「……」
中途半端な体勢で固まったまま、承太郎は浅く小さく呼吸をする。まるでDIOの残り香を集めようとしているようだ、と一旦意識をしてしまった瞬間、20年間繰り返してきた呼吸の仕方などはすっかり忘れてしまった。息苦しさに身を捩るたび鼻先は服だのシーツだのに押し付けられて、悪循環の完成である。
DIOとの溝が一向に狭まらない根本的な原因について――承太郎にはひとつ、思い当たるものがある。
それは過去から続く因縁であったり、それによってDIOと自分の間にあったこと、つまりエジプトでの大立ち回りの遺恨だとかであったりもする。しかしそれ以上に直接的な原因になっているのは、承太郎が抱えるある事情――DIOへと抱いてしまった、燻るような劣情の種が己にDIOとの距離を狭めることを躊躇させているのではないのかと、泥のような諦めとともに承太郎はそう思うのだ。
承太郎は決して同性愛者ではなかったし、女性の好みだってはっきりしている。未だ大した経験はないのだが、この先自分は自分なりにまっとうに恋なるものをして、いつかはまっとうに結婚をすることになるのだろうと、モラトリアムの若者なりの人生設計だってしているのだ。だから、何度も何度も首を振った。風呂上がりの上気した肌を惜しげなく晒して部屋中をうろうろするDIOを見る度やってくる腹の底のざわめきは、何かの間違いであるのだと。ふとした瞬間にみせる隙だとか、何にでも興味を示しあれはなんだ、これはなんだ、承太郎は物知りだな!と目を輝かせる様を可愛らしいと思うことも、愚かな気の迷いであるのだと。
しかし――今DIOのベッドに横たわり、ついに承太郎は逃れようもなく、DIOへの感情を突きつけられた気分になっている。
「……うそだろ、おい……」
劣情である。愛情である。恋慕である。下心である。庇護欲である。征服欲である。
積み重なる感情たちはつまるところ、承太郎がどうしようもなくDIOという吸血鬼に惹かれてならないことの証明に他ならないのだった。

『――承太郎、』

承太郎の脳裏に現れたDIOは、甘ったるい声で承太郎、承太郎と呼びかけながら、頬に触れるだけのキスを寄越してくる。そんな記憶は、ない。承太郎の妄想である。
承太郎は眉を寄せ目を瞑り、血が滲むまできつく唇を噛みしめた。とかく、駄目だ、駄目なのだ。根も葉もない妄想は承太郎を貶めるばかりだし、DIOに対しても申し訳が立たない。まるでDIOを汚してしまっているようだとすら、承太郎は思う。しかしどれだけ後悔と自己嫌悪に沈もうとも、承太郎はベッドから降りることはおろか、体を起こすことすらできなかった。甘い残り香に、縛り付けられている。一秒を追うごとに、承太郎の呼吸は荒く、大仰なものになってゆく。
『はしたない男だなぁ、承太郎。こんなに、大きくして。そんなにわたしに触って欲しかったのか?』
妄想が現実を侵食する。DIOの声は幻聴だ。勃起を促すように性器を扱く手はDIOのものではない、承太郎自身のものだ。承太郎の体を駆け抜ける、重くぬめる快感だけが、どうしようもない現実だ。
見えない幻想を睨め付けるように細まった承太郎の双眸は、しかしうっすらと盛り上がる涙の膜によって緑の虹彩がとろとろと蕩けている。天井知らずで降りつもる背徳感と罪悪感は、胃が引っくり返るような吐き気ばかりを誘引する。それでも、自慰行為をやめることはできなかった。シーツに埋まった鼻先を、持ち上げることはできなかった。
『承太郎、承太郎、貴様はわたしを、』
承太郎の素足が、衣服の一団をベッドの下へと蹴り落とす。半ば蹲るような体勢になり、承太郎は先走りに濡れる性器を激しく扱いた。亀頭を嬲り、先端の窪みへ爪の先をぐりぐりと押し付けた。瞬きをするたび溢れる涙は、目元を押し付けたシーツに吸い込まれてゆく。口の閉じ方などとっくに忘れた。唾液が零れる。共に吐き出される二酸化炭素の塊は、ただただ熱い。そしてとうとう、
「……っ、ぉ……~~DIO……!」
口先を衝いて出たその名前、DIO、アルファベットに直せばたった3文字のその響きに、承太郎という男の頭から爪先までが徹底的に凌辱された。脳が犯される。妄想に引き込まれ、現実は光年の距離で遠くなる。
硬く閉ざされた承太郎の瞼の裏には、DIOがいた。硬く勃起した承太郎の性器を蔑むように笑いながら、もげてしまったならそれはそれで構わない、わたしにはちっとも関係のないことであるのだと言わんばかりの横暴さで、濡れたそれを扱くDIOがいた。
DIO、DIO、DIO。それ以外の言葉を忘れてしまったかのように、承太郎はただDIOの名前だけを繰り返した。呼べば呼ぶほど、声音には毒々しく甘ったるい陶酔の色が塗りたくられてゆく。DIO。もはや、涙交じりである。そんな承太郎を、やはり蔑むように笑う瞼の裏の吸血鬼は、きゅっと承太郎の性器の根元を握り込んだ。現実世界に於いては、承太郎自身で自身の性器を戒めている。
『――承太郎は』
DIOが笑う。笑っている気配がある。承太郎にはその顔を認識することができない。見たことがないからだ。性的な機微を滲ませたDIOの表情などは、一度たりとも見たことがない。だからこそ、
『わたしを、どうしたい?』
「……~~……!!」
暴き立ててやりたいと思うのだ。あの美しい吸血鬼を凌辱したい。敗北して尚捨てきれていないのだろう、己がこの世界の帝王であると言わんばかりの傲慢を、ぼろくそになるまで踏みにじってやりたい。なにやら高尚なことばかりを考えているらしいかの男を、いい加減この浮世へ、承太郎が生きるこの世界へ堕落させてしまいたかったのだ。
――この場所でなら、天国などという得体の知れないものを求めなくともお前は幸せになることができる。この、2人押し込められたマンションの一室、つまり『承太郎』と『DIO』2人だけの世界でなら。徹底的にお前を凌辱し尽くして、神を気取るお前も結局はどうしようもなく現実の生き物でしかないことを知らしめさせてやりたかった。20年も生きていない若造一匹に犯される男なにが帝王であるというのだ、なにが神だと、なにが、天国、天国、ここに俺が、いるというのに!

『――このグロテスクに育ったペニスで、承太郎はわたしを、どうしたい?』

――だから壊れるまでお前を犯して、お前にはもう俺しかいないのだということを思い知らせてやりたいのだと、言っているだろう!
根元の戒めを解き、承太郎は腰を振りながら、性器を扱いた。DIOを、瞼の裏でこれでもかと凌辱した。嬌声は聞こえず、とろけたかんばせは拝めない。そんな記憶は、ない。ぼんやりと浮かび上がるDIOはといえば、ソファーの上で大人しく本を読む姿だったり、ケラケラと承太郎に意地の悪い顔で笑いかける姿であったり、つまりことごとくが承太郎の日常に棲む、ちょっとばかり承太郎に気を許し始めているDIOなのである。
DIOを犯している。DIOなりに抱いてくれているのだろう承太郎への親愛を踏みにじるがごとく、美しい吸血鬼を汚している。
怒涛のようにやってくる背徳感に、承太郎の息は詰まった。心臓は破裂せんばかりにどくどくと姦しい。こめかみを汗が流れ、背筋の震えが止まらなかった。粘着質な音を立てながら扱かれる性器は、本当にこれは自慰であるのかと疑わしくなる程に、強烈な快感ばかりを生み続けている。
DIO、DIO、DIO。
濡れた唇で繰り返す。快感に上擦り嬌声を孕んだ舌は縺れ、もはや呂律が回っていない。意識は希薄になってゆく。それでも絶えず呼び続けるDIO、その3文字と、下半身から生まれる熱と快感が、承太郎をこの現実へと繋ぎとめている。やがて妄想のビジョンでさえも明滅しだし、承太郎は原始的な快感の海へと引きずり込まれてゆく。そこには何もない。DIOへの恋慕も情動も、混迷してゆくばかりの思考だってなにもかもが遠い。ただただ気持ちが良い、イきたい、出したい、出したい!たったそれだけの欲求が、満ちているのみである。
承太郎は一等に熱い息を吐き出し、亀頭を搾り上げるようにぐりぐりと嬲った。そしてやがてぷつりと視界の一切がホワイトアウトする一瞬前、

『では、少々出掛けてくる。今日はよく晴れた日であるのだな、承太郎よ』

瞼の暗幕に映し出された、ほんの10数分昔、上機嫌に散歩へと出かけたDIOの笑顔に死にたくなる程の罪悪感を覚えながら、あえかな嬌声と共に、その手の内へ精液を吐き出した。
べしゃりとシーツの上に崩れ落ちた承太郎は、ただ一言
「……死にてぇぇ……」
と呟き、尚も荒く息を吐き出したのだった。

このまま泥になるまで眠りたい。そう願ったところで時計の秒針は進んでゆくばかりだし、掌にこびり付く乾いた白濁の感触は生々しく現実だ。実際の時間ではほんの数分、体感時間では半日ばかりを要した後に、ようやく承太郎は体を起こし、乱れた衣服を整える。そして掌の白濁と、シーツの上に飛び散った少量のそれを自らの服の端で乱暴に拭う。替えのシーツは確か、自室に一枚あったはずだ。そんな算段を立てながら踏み締めた、衣服に埋もれたフローリングは、なにやらやたらと柔らかかった。この山にうっかり足を掬われてしまったが為に、こんなどうしようもない事態になっている。溜息すらも、漏れなかった。

「……人の部屋で何をしていたのだ、承太郎」
「――!!?」

半開きの扉を押し開きリビングへと出た瞬間、不意に投げかけられた一本調子の音塊が、承太郎の鼓膜に突き刺さる。それがDIOの声であるのだと認識した瞬間、承太郎の頭からは次の行動の段取りだとか、この数分ばかりの記憶だとかが、綺麗さっぱり弾け飛んでしまった。駆け抜ける緊張に足は止まり、緑の瞳はただただ丸く、見開かれた。視線の先にはDIOがいる。脱衣所も兼ねた洗面所から身を乗り出したDIOが、訝しげに承太郎を見つめている。
「そこはわたしの部屋だろう、承太郎?」
たっぷりと水分を吸ったブロンドが、薄桃色に上気した頬へ、首筋へ、ぺったりと張り付いていた。下半身は承太郎の使い古したジャージで隠されているが、上半身にはハンドタオルをぞんざいに首に引っ掛けただけである。承太郎にとってはもはや、見慣れたものであるはずの光景だ。目にするたび沸々と湧き出す劣情への処し方も心得ている。目を反らせばいい。それとなくあさっての方向を向き、暴力的な色気を垂れ流しにするこの男の一切を視界から追い出してしまえばいい、それだけのことなのだ。それだけのことが――しかし今の承太郎には、実行することができなかった。
「……承太郎?何を黙りこくって、貴様は」
小さく小首を傾げる動作に、心臓を締め付けられる。先端から水玉を滴らせる金の髪をぐしゃぐしゃに掻き乱し、自らの胸の中へ抱き込んでしまいたかった。半端に開かれた赤い唇を、激しいキスによって蹂躙してしまいたかった。瞳の赤色が抜け落ちてしまうまで泣かせたかった、喉が裂けるまで喚かせたかった、そうして枯れ果てた甘い声で承太郎、承太郎と、20年近く付き合ってきたその名を何度も何度も何時間でも、囁かせ続けたかった――これまでただぼんやりと「自分はDIOに欲情をしているのだ」というラインで留まり続けてきたDIOへの衝動は、数分前の自慰行為によってついにとうとうタガが外れ、具体的な欲求となって承太郎の頭を苛み始めている。
承太郎は瞬き、目を細めた。そしてゆっくりと一歩ずつ、DIOとの距離を縮めてゆく。みしりとフローリングが音を立てる。DIOは尚も無防備に、承太郎を見つめている。DIOの前に立った承太郎は、数センチ低い位置にあるDIOの瞳を見下ろした。
「……承太郎?」
DIOが上目に承太郎を見つめる。金の睫毛がぱしぱしと瞬いた。
すっと伸ばされた承太郎の両手が、DIOの首元へと向かってゆく。水気を帯びたタオルに手を掛ければ、金の髪ははらりとゆれ、布地と肌が擦れる感覚にDIOは小さく鼻を鳴らした。タオルの下から現れた肌も、胸や腹と変わらずやはり、薄桃色だ。わざとらしいまでに扇情的な色をしている。承太郎の喉が、こくりと鳴る。つられるように、DIOもなにやら緊張した面持ちで、形の良い眉をくっと寄せる。
「DIO」
吐息交じりの声で、承太郎がDIOを呼ぶ。DIOからの返答はない。呆然と承太郎を見上げている。無防備な、表情である。ふっと目を伏せながら、承太郎は薄桃に紅潮するDIOの頬を覆い隠すように、手にしたタオルを金髪の上に被せた。そして、

「――だから、ちゃんと頭拭いて出てこいっていっつもいってるだろうが、そこら中水浸しにしやがって、この馬鹿!」
「WRYYYYYッ!!?」

相対した現実のDIOへの罪悪感、射精をして尚止まぬ劣情、体積を増し続けているDIOへの愛おしさそれら全てを叩きつけるように、乱雑に、それはもう金髪のいくらかが抜け落ちるほど乱暴に、手にしたタオルでガシガシとDIOの濡れた頭を拭ったのだった。
「い、いたいっ!承太郎、痛い!」
「それに服だ、服!せめてシャツの一枚でも来てから出てこいっつってんだろうが、何度も何度も!」
「なぜこのDIOが、承太郎なぞに遠慮をせねばらならんのだッ!目のやり場に困るとでも言うつもりか!ハンッ、生娘でもあるまいに!」
「…………」
「いっ、じょ、承太郎貴様っ、き、気持ち悪い、揺らすな馬鹿、馬鹿っ、髪くらい自分で拭けるッ!離せこの、承太郎、承太郎め!」
「……はぁ」
己かDIOのどちらかが生娘であったのなら、この劣情もまだひとつ健全なものであったのかもしれない。
詮無いことを考えてしまった瞬間に、激するばかりだった承太郎の内心は嘘のように静まり返る。どうしようもないことだ。自分もDIOもどこからどう見ても見間違えようもなく男であって、なのにどうしようもなく劣情を催し、慕情じみた感情さえ抱いてしまっている。どうしようもない、どうしようも。昇華の手立てなどはちっとも分からず、ただこの感情を手放したくない、なかったことにはしたくないという妄念じみた執着ばかりが、心臓にへばり付いて離れない。この男が欲しいと思えば思うだけ、どうしようもなく、空虚だ。承太郎はタオルをDIOの首にかけ直し、薄桃色の額に張り付く乱れた金髪を、指の先で掻き上げた。
「……なにやら酷い顔をしているようであるが、承太郎」
「てめーもなんだよ、真っ赤な顔しやがって。風呂入るといつもこれだ。普段どんだけ血色悪いんだ、お前」
「し――仕方なかろう、そういう体質、なのだから」
居心地の悪さを隠すことなく苦々しく顔を歪めたDIOは、とんと承太郎の胸を押し、距離を取る。そして不意を打たれたたらを踏む承太郎を尻目に、乱れた髪を掻き上げながら、爪先の指針を自室の方角へと向けた。
「おい、DIO」
「なんだ」
呼び止めれば、振り返る。承太郎は意を決し、問いかけた。
「お前、いつ頃に帰ってきてたんだ?散歩は?」
承太郎の認識に寄れば、DIOが散歩に出かけたのはつい先ほどのことである。自慰に浸っている時間を差し引いても、散歩を切り上げて帰ってくるにはまだ早いように思えてなかった。玄関のドアが開閉する音には気付かなった。浴室へと向かった音も。それほどまでに、承太郎は自身を慰める行為に必死になりすぎていた。だからつまり、半開きになっていた扉の向こうからDIOにその光景を覗かれていたのではないか――その可能性は決してゼロではない。
見られていたなら、自分は本格的に死にたくなってしまうのだろうな、と承太郎は思う。思うだけで、恥で死ねるほど繊細な性質ではない。ただ知られて尚、これ以上DIOと2人きりで暮らしていけるほど図太い男であるわけでもない。とかく、承太郎は混乱していた。これまで通りの生活を続けたいのなら、知らぬふりをしてDIOを見送ればよかったのだ。実際見ていたのかそうでないのかは定かではないが、DIOは何も知らぬ体で普段通りに承太郎と接していたのだから。やはり混乱している。聞かなくてもいいことを聞いてしまった。そう気付いたのは、訝しげに承太郎を見つめていた赤い瞳が、つまらなそうにふっとあさっての方向へ逸れていった瞬間である。
「表の通りに出た辺りで、急に小雨が降ってきたのだ。だから本降りになる前に帰ってきた。少々濡れてしまったので、そのまま風呂場に直行した。10分と少し前のことになるだろうか。それがどうした、承太郎」
「ああ――ああ、悪いな、引き留めて」
「悪いだって?ふふん、どうした承太郎、今夜の貴様は、なにやら妙に『らしくない』な」
ぞんざいな調子の声で答えたDIOは、吐き捨てるような嘲笑を残し自室の扉の向こうに消えた。ぱたん、と小さな音を立て扉が閉まった瞬間、どっとやってきた脱力のまま承太郎は蹲る。目元を手で覆い隠し深い深い溜息を吐けば、いよいよ我が身の惨めが両肩の上に伸し掛かり、いっそ包み隠さず全てをDIOにぶちまけたい気分にもなってくる。お前がいない間に俺は、お前の部屋でお前の名前を呼びながら抜いたんだぜと。
できるわけがない。承太郎はふらりと立ち上がり、渇いた喉を潤すべくキッチンへ向かった。





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