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8/31 懐かしい日記を見つけた。押し入れにしまいっぱなしになっていた。久々に書いてみる。
結局俺は、これを提出しなかったんだ。馬鹿な事ばかりを書いてしまった自覚があったからだ。なんというか、お前が恋文とか気持ちの悪い表現をした部分は、今にしてみれば本当にそうとしか見えないから困る。俺はあの時にはもうとっくに、お前が好きでたまらなかったんだな。
色々あった。色々。お前が心配でたまらなかったことに嘘はなかった。俺は一生おまえのことを気にし続けながら、生きていくんだろうと思ってた。しかし人間ってのは薄情にできてるもので、新しい環境に放り込まれればそっちに目移りをしちまうもんだし、1年も会わなければ声の調子さえ忘れてしまう。
嘘はなかったんだ、本当に。それでも俺はまっとうに人と付き合って、まっとうに結婚をして、子供だって生まれて、だが結局まっとうな大人になりきれはしなかったものだから、妻にも娘にも愛想を尽かされてしまった。
そんな時に偶然、お前と会うきっかけができて――っていうのはいいよな、別に。最近のことだしな。
偶々だ、偶然だ。独り身になった寂しさを癒すためにお前とどうにかなったとか、決してそういうわけじゃあない。さっきから言い訳ばかりで信用もなにもあったもんじゃあねぇとは思うが、とりあえずは、そういうことだ。
久々に顔を合わせたお前は、昔別れた時よりもずっと元気になっていた。それが嬉しくてたまらなかったんだ。きっかけはそんなもんだ。それから先は、お前と話している内に昔のことを色々と思い出して、ああ俺はお前に惚れていたんだと、20年たってようやく気付けた っていうか、受け入れることができただけなんだな、きっと。
お前にしてもそうだろう。すっかり落ち着いちまったもんな、お前。20年ってのは、多分俺にもお前にも必要な時間だった。それだけの時間をかけた末にお前との縁が繋がったことを、幸せだと思う。心から。
長いな。主に言い訳が。もうこの辺りのことに触れるのはやめた方がよさそうだ。

とにかく俺は、どうしようもなくお前を愛している。それだけ。それだけだ。


久方ぶりに足を踏み入れた空条の家は、記憶にあるよりも暑く感じた。額に浮かぶ汗を拭いながら、承太郎は縁側を目指す。
近年、承太郎の父である空条貞夫の生活拠点はすっかり日本のこの家に落ち着いている。それでも世界の国々へ赴かねばならぬ仕事は舞い込んでくるもので、そうした時には必ずホリィを伴って音楽の旅へと出立するのだった。嫌がおうにも減ってゆく共に過ごす時間というものを、老いが実感できる年になって惜しく思い始めたのかもしれない。もしくは散々に放置してしまった時間を埋め立てる為に、必死になっているのかもしれない。父の実情を聞いたことはなかったが、とりあえず父と共に旅支度をする母はとても幸せそうであるものなので、それでいいのだなと承太郎は思う。
そういう事情があって、この空条家はこの所1ヶ月ばかりは無人の状態が続いている。昨晩に到着してからというもの、あちこちの掃除に奔走する承太郎ではあるが、もともと特別に片付け好きというわけではなかったので中々に難航しているようだ。

「おい、お前、DIO。ちっとは手伝おうとか思わねーのか、穀潰し」
「お前がわたしの分まで働けばいいだけではないか」

縁側に座り込んだDIOは長い脚を放り出し、だらだらとアイスを齧っている。柔らかな金髪の群生する頭をノート――可愛らしいハートに塗れたそれで叩いたのちに、承太郎は空いた隣へ座りこんだ。
「……なにやら承太郎が、死ぬほど懐かしいものを持っている」
「押し入れにいれっぱになっていた」
「このDIOの記憶が正しければ、それは研究所への提出資料であったはずだが」
「あんな恥ずかしいことばっかり書いちまったもんを、他人になんか見せれるか」
「では本当に、本当に本当の無駄な行為だったのではないか!」
「終わった話だろ」
「どの口で!」
ばたばたと跳ねる脚が、その身に湛えた怒りをこれでもかと訴えている。承太郎はやたらに微笑ましげに笑むのみだ。何をしていても可愛いのだと、言葉にしたことはないが、確かにそう思っている。病魔のような愛情は、とっくに承太郎を蝕み切ってしまっていた。
「せっかくだから、続きを書いてきた」
「無駄が好きだな、お前は」
「無駄なことなんてなにもない。大抵のことには、何かしらの意味があるものだ」
「ふん」
ノートをひったくったDIOは、記されたばかりの承太郎の言葉を憮然とした面持ちで読み進めてゆく。さすがに気恥ずかしさはあったので、承太郎はぎこちなくDIOから顔を背け、上を向いた。そして小さな違和感を発見する。なにやら妙に静かだったと思えば、軒下に風鈴がぶら下がっていないのだ。
「DIO」
呼びかける。返事はない。しかしちゃんと聞いてくれていることを、知っている。
「あの時読まなかったよな、お前。俺が最後に書いた奴。読んでたら、お前は一体どうしたんだろうな」
過去に後悔があるわけではない。20年の時間が必要だったのだという気持ちも本当だ。それでももしもの世界を完全に切り捨てることができるほど、未だ承太郎は老成してはいなかった。
「ん」
「DIO?」
「読め」
承太郎の眼前に押し付けられたのは、白い壁だ。それが開かれた裏表紙だと判断するに、3秒の時間を要する。そうして承太郎は、突き付けられたノートとそれとなく距離を取り、紙面に目を走らせた。
ピンクの罫線。ピンクのハート。少女趣味の世界の端っこに、一点だけ、黒々とした違和感がとぐろを巻いている。


わたしの目を見ながらそれを言えたなら、ちょっとだけ、考えてやってもいい。


二重の取り消し線が引かれた、たったのその一文だけが。 

「……びびってたのはてめーも一緒だったんだなぁ」
「今日この日この場所にわたしがいて、隣にはお前がいる。その結果だけがここにある。それで充分だろう、承太郎?」
「強がり言ってんじゃあねーぜ、この馬鹿」

片手で抱き寄せたDIOの頭を、承太郎は乱暴に撫でた。そして赤い唇から不満が飛び出す前に、触れるだけのキスを落とす。
DIOが笑う。この夏の夜に、DIOが承太郎の腕の中で笑っている。
朝になったら風鈴を買いに行こう。ついでに水羊羹だとかアイスだとかも、DIOが食べきれないほどに買ってこよう。
DIOを胸元に抱き込み、承太郎も笑った。幸せだ。他の言葉が見当たらない。






口では言えないことも文章なら言える承DIO不器用可愛いとかそんな煩悩です


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