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わたしに還る

ベッドが軋む音よりかはエアコンが温風を吐き出す音の方が余程大きいようだったし、押し殺された荒い呼吸、偶に漏れる悲鳴じみた嬌声などは「DIO、DIO様、DIO、DIO」とあの男を愛でる声たちの狭間からごくわずか隙間風のように漏れ出るのみであったのだ。
つまるところこの真白の壁に囲まれた部屋の一角にて繰り広げられている行為はといえば、立派な輪姦であることに間違いはない。
しかしたった一匹の吸血鬼に群がる男たちの手は気味が悪い程の慈愛が灯されているようにしか見えず、なんというか、奴らはどいつもこいつもが自分とDIOしか見えていないのだろうという気がしている。現在勃起したそれでDIOを攻め立てる男とその下で喘ぐDIOのみに焦点を絞ってみれば、なるほどごくごく真っ当な一対一のセックスをしているように見えなくもないのだ。広い胸の先で勃起している乳首や汗ばんだ髪、等々、DIOの身体のあちこちに触れる手或いは勃起した性器を全く見なかったことにしてしまえばの話だが。

「――ぁ、あ、っ……ふ……」

そこにどれだけの慈愛や崇拝があろうとも、あれが「DIO」という存在を食い荒らしてゆく行為であることに変わりはない。
DIOが消費されてゆく。長い時間をかけてその白い腹の内に蓄えた欲望だとか尊厳だとか夢だとか、あいつの人格を構成する要素たちが吐き気を催すほどのハイスピードで食い荒らされてゆく。
肌色の人垣から飛び出した長い脚は白く、美しい。なのにどうしようもなく滑稽だ。汗ばんだ脚はもがくように空気を蹴り、しばらくした後に男の1人に捉えられる。そしてキスを施されるのだ。ふくらはぎに、足首に、爪先に。
ああ、また1つあの男は貶められてしまったのだ。
そんなことを思いながら吸う煙草は、いつだってクソ不味い。



俺とDIOだけを残し人気の失せた一室は、先程までの慌ただしさが嘘のように静まり返っている。DIOの白い胸は大仰に上下し続けているが、吐き出す呼気はあまりにもか細かった。ごうごうと鳴り続ける暖房の音にすっかり負けてしまっている。
吸いかけの煙草を灰皿へ押し付ける。足を組み直す。そして、簡素なベッドに沈み込むDIOを見る。真白の裸体はどこもかしこもが清められ、櫛を通された金髪は重力の方向へ柔らかく流れていた。
ぐうの音も出ない程に美しい男がそこにいた。
あれがついさっきまで誰のものとも知れない白濁液に塗れていたことなどは、その現場を見ていた者でなければ到底察せはしないのだろう。凌辱の痕跡などは欠片も残ってはいない。それは男たちが自らのしたことを隠蔽しようとする意図があれば、寄ってたかって食い荒らしたはずのDIOへの愛しさから生じた行動であるようでもあった。あくまで傍観者の見解でしかないのだが。
「思うに」
椅子の背に頬杖を突く。ぎいと木造の椅子が不穏な音を立てるも、DIOはこちらへ一瞥すらも寄越さない。
「てめーがそんななりをしているのは、生きていくために必要なことだったからではないか。てめーが餌にしてる人間って生き物は牛や豚と違って厄介な精神構造をしているもんだから、そいつらを完膚なきまでに圧倒して、お前の糧になっても構わない、それは光栄なことなのだ、なんてことを思わせその血を捧げさせる為に、ただそれだけの為だけに、てめーはそんな馬鹿みてーに綺麗になっちまったんじゃあないのかと、暇つぶしに考えてみたわけなんだが」
DIOはぼんやりと、天井を眺めつづけている。
「皮肉なもんだな。惹きつけた人間の血を吸うだけの力もなくなっちまったのに、お前は未だにそんななりなままだ。だからお前、そんな目に合ってるんだぜ。どんなもんなんだ、一体。今まで散々食い物にしてきた餌に逆に食われる屈辱ってのは」
足を組み替えるついでに床を蹴った。踵がタイルにぶつかる音が、こうこうとうるさい温風の狭間に消えてゆく。そうしたささやかな音の渦に紛れるようにシーツが摩擦の音を立て、古びたスプリングがきいと鳴った。
ゆっくりと寝返りを打ったDIOが側臥の体勢を取っている。そこで漸く俺は、今日初めてDIOの顔を拝めたのだ。馬鹿みたいに綺麗なかんばせには、隠しきれない憔悴が滲んでいた。哀れだ、ゆっくりと休ませてやりたい、と思うより先に、どうにも下半身の興奮を促す表情である。
可哀想な生き物だ。
この男は何をしていても、他人の感情を惹きつけ過剰に暴走させてしまうのだろう。この部屋に押し込まれる以前までならばそれでよかったのだ。暴力的なまでに掻き立てられた衝動や崇敬情欲諸々の感情を取っ掛かりに、この男は人間の血肉を喰らって生きてきた。しかし今はその受け皿をすっかり失くしてしまっている。スタンドの力を行使することは敵わず吸血に及べるほどの力もない。ただ悪戯に、その姿を目にした人間の欲をかき立てるばかりなのだ。そして逆に自分が人間に食い荒らされる羽目になっている。
可哀想な生き物だ。
思わず俺は、笑った。DIOは益々不機嫌に眉を寄せ、笑うな殺すぞくそガキめ、と弱々しくも芯の通った声で呟いたのだった。
「一本寄越せ」
「寝煙草は火事の元だぜ」
「燃えてしまえばいい、こんな部屋などは」
煙草の箱とライターをベッドへと投げる。顔の横に着地したそれをDIOは怠惰に手繰り寄せ、慣れた調子で口に咥え火を点けた。思えばDIOが煙草を吸う姿というものを見るのは初めてなのかもしれない。吸えるのだ、ということすら知らなかった。赤い唇から煙が吐き出される光景は目眩がする程淫猥だ。
「いい加減新しいネタを見つければどうなのだ、青二才」
「何の話だ」
「どうせわたしで抜いているのだろ」
「気色悪いこと言うんじゃあねえよ。マジで」
「気色悪いのは貴様だ。むしろ、そうした意図があってここへ通っているのならまだ理解はできるのだぞ。気色悪いが、ほんっとうに不愉快で仕方ないのだが」
腹這いになって頬杖をついたDIOは、それはもう不愉快千万といった苦々しい表情を浮かべている。不愉快なのは俺も同じだ。思わず舌を打てば、DIOはふんと鼻を鳴らした。
「わたしへの横暴を止めるわけでもなければ、混ざってくるわけでもない。貴様はただ見ているだけだ。それがどれほどまでに気味の悪いことか、分かるか貴様。分からんだろうな。一度同じ目にあってみるといい。二度とここへ来る気はなくなるはずだ」
「俺はお前と違って真っ当に生きてるんだぜ。あんな目に合わなけりゃならん謂れなんぞ一つもない」
生白い指に挟まれ紫煙を立ち上らせる煙草の先が、じりじりと焦げている。シーツに灰が落ちるのも時間の問題だ。多少の面倒くささと共に灰皿を携え立ち上がり、DIOの横たわるベッドへと移動する。ベッドの端に腰を下ろせばスプリングはいよいよ壊れてしまいそうな音を立て、灰皿を差し出せばDIOはつまらなそうに俺を一瞥する。はらはらと灰皿へ灰を落とす仕草も慣れたものだった。とても様になってもいる。まるで映画のワンシーンだ。
「直に外は冬になるのだろうか」
「知ってどうする。どうせここから出れねぇんだぜ、お前」
「今はまだ時期ではないだけだ。わたしは、何十年もこのような小部屋で過ごすことを良しとした覚えはない。だからいずれ、いつか必ず、必ず、わたしはな」
本気で言っているようでもあれば、虚勢を張っているようでもある。どちらも真実であるのだろう、と思う。
DIOは諦めていないのだ。思うがまま欲望のままに生きてゆく人生を、未だ決して諦めてはいない。
蘇るのはこの研究所の別室にて、秘密裏に蘇らせられていたDIOと再会を果たした日の記憶だ。俺の姿を認めた瞬間にDIOは笑った。疲れ果てたかんばせを、努めていやらしく歪ませて。
そしてはっきりと口にした。わたしは必ずここから出てやるぞと。
その声に虚勢の響きはなかった。目には隈。白いを通り越して青白くすらあった肌はまさに死人のそれであり、つまり当時のDIOの体というものは、今とは比べ物にならない程に弱っていたのだろう。
なのに震える赤い唇が零した声にだけは、とんでもなくド太い芯が通っていた。
自力で起きることもままならず、ぐったりと横たわるDIOを哀れだとは思わなかった。自業自得だ、と吐き捨ててやる気にもならなかった。DIOなる吸血鬼の徹底的な生き汚さを見せつけられ、思わず俺は身震いをした。それしかできなかったのだ。こんなにも、いっそ美しくすら感じるほどに醜く己の人生を生き抜こうとする魂というものを、俺は他に知らなかった。
――しかし、あれからそろそろ一年弱。実験に付き合わされては不特定多数の男たちの慰みものとなる生活は少しずつ、けれど確実にDIOから気勢を削ぎ落としに掛かっているようで、

「諦めて、たまるものか」

喉の奥から搾り出されたような声には既に、過日の帝王の不遜はない。たまに虚勢を通り越して泣き言にも聞こえるほどだ。まさに今がそうである。俯いてしまったDIOの表情を窺うことはできないが、泣いているのだ、と言われても、あのDIOが、と思うことなく信じることができる気がする。そんな声だ。あまりにも弱々しい。
「しぶとい野郎だな」
それでもこの男は己の人生を諦めてはいないし、自分が「負けた」のだということも認めていなかった。
DIOは直接的な弱音も涙も零したことはない。行為の最中であってもだ。
肌色の人垣の中心で、DIOはいつだって真っ赤に充血した唇を噛み、乾いた紅色の瞳に殺意に似た激情を乗せ中空を睨みつけていた。DIOを着実に弱らせているのがあの行為であることに疑いようはないのだが、この男がここから出てやる、必ず出て貴様たちを喰らい尽くしてやる、と未来へ向けての気概を一等に滾らせることができるのは、凌辱をされている最中であるのではないかと感じている。
酷い皮肉があったものだ。
苦笑を零す俺を、DIOが小首を傾げて見上げている。
「貴様、覚えていろよ。わたしがこの施設の連中を出し抜き自由になれた暁には、まず真っ先に貴様の血を吸い尽くしてやるのだからな。わたしがこのような環境に身を置かざるを得なくなったのは、全部が全部貴様のせいなのだ」
紫煙をくゆらせ、DIOが笑う。俺を仰ぎ見る赤い瞳は爛々と輝き、生気に満ち溢れていた。ついさっきまでは泣きそうに俯いていたくせに。
溜息と苦笑が尽きなかった。DIOのせいで体中の空気を吐き出してしまうのも癪なので、煙草を咥え押し止める。

お前がこんな環境に放り込まれたのはお前の業が招いたことだ。
お前が馬鹿みたいに綺麗だったせいだ。
俺はただお前をとっちめただけだ、殺したつもりですらいた。
だからお前の現状を俺のせいにするのは、勘弁をして欲しい。

――そうは、思えども。

「ふぅ……ぅうん……さすがに、疲れたな……酷く眠い……」

あの時俺がちゃんとこいつを「殺していてやれば」。
命を奪われるという、覆しようのない「敗北」を突きつけてやれていれば。
この男と顔を合わすたびに、そんな詮無いことを、この俺は

「……寝たいなら寝ればいい。どうせ昼も夜もねぇんだろう、今のお前の生活には」
「ふふふ、人間一匹を腐らせるには上等すぎる環境だな。このDIOは腐り落ちはせんぞ、決してな」
虚勢を張るならもっと上手に張ってみせろ。同情が入る余地もない程に。
口先を衝きかかった言葉を飲み込んで、俺はうとうとと舟を漕ぎ出すDIOの額を小突いてやった。うりぃ、と情けない声を零しながら頭を仰け反らせる様は妙に幼く、どこか平和で、無性にやるせない気分にさせられる。



DIOに初めから性的な辱めが加えられていたかと言えば全くそんなことはなかったのだろうし、俺が初めて現場に踏み込んだ時の「まだ2回目だ」という白衣の男の言葉を信じるなら、あの行為が始まってから未だ3ヶ月も経っていないはずだ。
そう考えてみれば存外短い。しかしDIOを自分に置き換えて考えてみると、3ヶ月、およそ90日、ほとんど毎日のように複数の男のケツを掘られる生活なんぞはたまったものではないと思う。DIOは着実に摩耗しているが、それでもあいつはよく耐えている方なのかもしれない。

『ぁ、ん……く、ふ……ん……っ……』

初めてあの現場に居合わせてしまった瞬間の衝撃は、そう簡単に忘れられるものではない。その光景というものは俺にとっては全くの非日常であり、異常も異常だったのだ。
DIOは男だ。どんなに綺麗ななりをしていようとも、俺よりも体格の良い立派な男である。
白衣の男たちは、そんなDIOに寄ってたかって群がってはDIO、DIO、DIOと愛おしげに名前を呼び、優しく金髪を梳き肌を撫でながら、グロテスクに勃起した性器をあちこちに擦り付けていた。体内に食ませ必死こいて腰を振っている輩もいた。
狭い部屋の隅から隅までを満たしていたのは濃密な狂気である。抱え上げられ中空で揺れるDIOの脚、脱力し切った白い脚はまるで蝋でできた作り物のようで、部屋に満ちる空気のおぞましさを助長させていた。俺はドアノブを握りしめ、呆然とすることしかできなかった。

『っ、ぅ……は……は、ぁ……くっ……』

積載量を越えているのだろうベッドはしかし、不自然なまでに静かにスプリングを軋ませていた。男たちがあまりにも優しくDIOを抱いているからだ。やっていることはと言えば無残な輪姦でしかなかったが、男たちの視線は、DIOに触れる指先は、まるで十年来の恋人と触れ合うように暖かなものだった。それもまた狂気である。

『……ぁ、あぅ……っ……っ……』

ベッドのスプリング。男たちの呼気。耳が腐る愛情文句。無機質な、空調設備の可動音。
その狭間に紛れるDIOの押し殺された嬌声はとても小さなものだったはずなのに、どうしたことか俺の内では大音量で響いていた。その他の音が全く遠くなる程に、俺の耳はDIOの声だけを拾い上げ続けていた。

『あ、っ、ぅ、ひ、っく、ふ……っ~~……!』

DIOが上擦り出した嬌声を必死に噛み殺し始めた。遅れて、DIOを犯す男が感極まった唸り声を発した。そして人垣から飛び出した爪先がぴんと張った。
DIOが絶頂に達し、DIOを犯していた男もDIOの中へ精液を吐き出したのだ。
そう察せたのは、一拍を置いてくったりと力の抜けてゆく爪先の情景と、男が興奮冷めやらぬ声でよかった、とても気持ちよかった、あなたは最高だとDIOを褒めそやし始めたからだ。それから十秒も立たないうちにその男は別の男に押しやられ、シーツの上に尻もちをついた。次にDIOを犯し始めたのは、丁度俺からDIOの姿を隠す壁になる位置にいた男だった。つまりそこで漸く俺は、男たちに輪姦されるDIOの姿というものを目にすることになる。

『……、』

DIO、と実際に呼びかけたのか、はたまた心の中でそう叫んだだけだったのかはもう覚えていない。ただDIOが、そんな俺に呼応するようにこちらを向いたことは覚えている。
冗談みたいに綺麗なかんばせは、下品な白濁液で汚れていた。
傍目にも柔らかいのだろうと分かる細い金髪の一群が、先走りを零す性器に巻きつけられていた。
乳首を摘まみ上げられ、頬にも性器を押し当てられ、脱力する爪先にキスを施されながら、DIOは笑った。俺を見て笑ったのだ。

『あっあっ……は……』

わたしはまだ生きている。
たったそれだけの事実を誇示するように笑うその姿は、あの日エジプトで俺を追い詰めた帝王そのものであった。男のくせに男に輪姦されているのだという滑稽などが物ともならない程に、どうしようもなく。

『カワイソー、とは思わんが、可哀想だな、お前』

結局俺がドアノブを手放せたのは、事が終わりDIOの身体も必要以上に丁寧に清められた後のことだった。
ベッドサイドに立ち、俺はDIOを見下ろした。DIOはくったりとシーツに沈み込み、厚い胸を上下させていた。俺の影の中で、DIOは赤らみと汗の引かないかんばせを歪め、やはり猛々しく笑ってみせたのだ。

『今に見ていろ。奴らも、貴様も』

笑顔すらも虚勢だったのかもしれない。
今となってはそう思う。


古びている割にやたらに広いこの研究所のどこになにがあるのかなんてことは全く知らないし、別段知ろうとも思わないのだが、DIOの生活空間である小部屋への最短ルートはすっかりこの頭の中に叩き込まれていた。
初めの曲がり角を右に曲がる。休憩所のような広間の横を通り、階段を二階分降下する。そして直進である。たまに防火壁のようなものが下りている時は、左手の部屋を突っ切っていけばいい。あまりいい顔はされないので、できれば通りたくはないルートである。
そうこうするうち、俺がDIOの元へ通ってきた時間というものもそろそろ一年を数えようとしている。不定期な訪問ではあったが、それだけ通えばルートを反芻する前に足が勝手にあの部屋へ向かってゆこうとするものだ。
あと数分もしないうちに俺はあの殺風景な部屋に辿り着き、だらだらと本を読むDIOと一週間ぶりの再会を果たすのだろう。もしくは輪姦の現場に居合わせ、事が終わるまで手持無沙汰に煙草を吹かす羽目になるのだろう。
その筈だ。予定では、そのようになっている筈である。
「……?」
まず初めに思ったのが、今日は妙に人が少ないぜということだった。壁が下りていたので隣の小部屋を突っ切ってきた次第であるが、いつもはそんな俺を横着するなよと鬱陶しげに見る者たちの姿がなく、がらりと静まり返った部屋には大小さまざまな金属の器具が佇んでいるのみだった。
廊下に出ても、それは変わらなかった。
人気がない。不自然なまでに静まり返っている。扉一枚のみを隔てた部屋の向こうで何が行われていようとも、我関せずと書類や機材を持って走り回る白衣たちの姿がない。
嫌な予感がした。不安の具体的な正体は分からなかったが、とかく背中が寒かった。
硬い床を蹴るたびに靴底が甲高い音を立てる。人気の失せた廊下に響き渡るその音は妙に乾いたものだった。
進む。前へと進む。DIOの部屋へと向かって進む。全身に纏わりつく空気は重い。心臓の鼓動が、姦しい。

「…………、」

DIOの部屋まであと数歩。ドアノブに手が届く頃合いになって、ようやく俺は口の中が乾き切っていたことに気付く。唾を飲めば大袈裟に喉が鳴った。冷えたドアノブの感触に、背筋は総毛立ってゆくばかりだった。
ここまでくれば、なんとなく、本当になんとなくではあるが、この嫌な予感、不安の正体も察せようというものである。うるさいのだ、物凄く。ドア越しに伝わる部屋の中の空気が騒々しい。いつもよりもずっと。最早日常の習慣と成り果てた、DIOを食い荒らす行為が行われている時よりもずっと、ずっと。
およそ十秒。それだけの時間をドアノブを握ったまま静止した後に、俺は意を決しその部屋へと踏み込んだ。
果たしてそこでは、

「――やめろ、や、やめっ、ぁっ、や、わたしに、さわるな!!ひっ、ぁ、や、やっ、あ、あ゛ひッ、ん、んんぅ……!!」
「……DIO、」

これまでの、ケーキを分け合うようなままごと染みた輪姦ではない。さながら猛禽類の捕食行為である正真正銘の性的暴行が、狭いベッドの上で行われていたのだった。
思わず名前を呼んでいた。DIO。DIOと。続けて三回ばかり程。DIOは俺に気付いていない。DIOに群がる男たちも、俺の存在などはちっとも認知していない。ただDIOだけを見つめ、食らっている。これまでどんな行為を強いられてきても必死に声を噛み殺してきた筈が、打って変って涙に塗れた嬌声を喚き散らすDIOだけを。
「んぐっ、は、ぶっ、ん、んっ、ん……!」
一人はDIOの前に膝立ちになり、猛った性器をDIOの口に咥えさせている。頭を鷲掴み乱暴に揺さぶるおまけ付だ。
一人は後ろからDIOの体内を犯している。引き締まった腰を両手でしっかりと掴み上げ、ただ己の欲を満たすためだけに滅茶苦茶に腰を振っている。まるで動物の性行為だ。
他の男たちもDIOの手を使って性器を扱いてみたり、腋に擦り付けてみたり、DIOの性器や乳首を刺激してみたりなんだりして、思い思いにDIOを貶めに掛かっている。男たちが口を開くたびに聞くに堪えぬ下卑た言葉ばかりが飛び交った。ベッドの軋む音は酷く煩い。いつもは耳について仕方のなかった暖房の音などちっとも聞こえず、部屋は酷く猥雑な空気に満ちている。
そしてなによりも、
「はふ、は、ぁ……だ、だめだ……だめ、そんな……!」
やはりDIOの声が。涙に濡れ、不憫なまでに上擦って、けれど隠しきれない情欲の滲む甘ったるいDIOの声が、暴力的に俺の鼓膜を刺激してならないのだ。
「あっあっあっ、やめっ、そ、そこだめだ、だめぇっ、あっ、あひっ、ぁ、あ」
おかしい。明らかにおかしい。この三ヶ月、すべての行為を見てきたわけではないので断言することはできないが、それでも俺が現場に居合わせた時のDIOはいつだって自らの矜持を守るべく、血が滲む程に唇を噛みしめていた。涙を流したこともない。生理的なそれすらも許すべきではないと眉を顰め、世界の全てを焦がさんばかりの眼光でどこでもない場所を睨みつけていた筈だ。
それがどうだ。今そこにいるDIOは、どうなのだ。
「おかしくなるっ、おかひく、なっひゃう、からぁっ、ぁっ、や、やめろ……もう、やめて……」
背後の男に許しを乞う姿には、言葉とは裏腹にもっともっとと先を強請るような媚が滲んでいるように見えてならないのだ。
お前は誰だ。誰なんだ。DIOの皮を被った何者なのだ。
そんなことを喚きそうになって、しかしあれがDIOであることはどうしようもない現実であったので、だってあんなにも美しい男がこの世に二人もいるとは到底思えやしないので、ただただ俺はドアノブを握りしめ、膝が崩れぬよう床に足を踏ん張った。
その間にもDIOの嬌声は、甘く蕩けてゆく一方である。
「あー、ぁっ、あ、ひっ、ち、ちがう……わたしは……わたしは……!」
気持ちが良いのだろう。死ぬほど感じてしまっているのだろう。
耳元でそう囁く男の声に抗うべく、DIOは首を横に振っている。実際違わないのだということは、中が締まったぞという凌辱者の感極まった呟きによって俺まで理解させられてしまった。
「ちがう……このDIOは……このDIOはっ、ぁ……あ゛、あ゛、ひ……」
震えながらも突っ張られていたDIOの肘が崩れ、真白の裸体がよれたシーツに墜落する。ここぞとばかりに男たちは群がりDIOに触れ、DIOは今にも死にそうな嬌声を上げ続けている。何をされているのかは、こちらへ向けられたDIOを覆い隠す男の背によって見えなかった。
「あ、あっ、は、はげしぃいっ……や、あっ、こんなっ、あ、あああっ」
ベッドが今にも壊れそうに軋んでいる。
DIOのみでなく、DIOを抱く男たちの様子も逸脱していた。この男たちがこれまでDIOにしてきたことと言えば立派な凌辱でしかなかったが、あくまでそれは己の欲を満たすと共にDIOを愛でるための行為でもあったのだ。なのに今ベッドの上にいる男たちは、DIOを媒介にひたすら己の快感を追っている。いいや、あれはあれで、DIOを愛でてもいるのだろう。取り囲み犯す相手がDIOだからこそ、奴らはああも興奮しているのだ。それは今日以前と変わらない。しかしこんな乱暴な抱き方は、これまで一度もなかったと記憶している。
DIOがいつになく乱れているから、男たちのタガが外れてしまったのだろうか。
それとも男たちが変心を起こしてしまったから、DIOはああも泣き叫ぶ羽目になってしまっているのだろうか。
真実を知るすべを、今の俺は持っていない。
「あ゛、ぃっ、あぐっ、あ、あっ、あっ」
だらしのない嬌声だった。くったりと伸ばされシーツを掴む指先が、無性にいじらしかった。
「ぁ、はっ、はは、ふっ……ん……あ、あ、きもちっ、あっあ……は……!」
「――、」
「い……いいっ……!もっと、もっとしていいっ、あ、あはっ、わ、わたしをっ、もっと、もっとぉ!もっとして、もっとおく、おくっ、いっぱい、して……!」
「DIO、」
虚勢張りの男が、ただ快楽に堕とされてしまったというだけのことだ。
身体をかち割ってやってもびくともしなかったDIOの矜持が、とうとう折れ始めたというだけのことだ。
目の間に突き付けられたたったそれだけの事実の受け止め方が分からない。現実が揺れている。
「~~あぁあんっ!あ、は、はひっ、ぁ、あぅうっ、あ゛、あっ」
壁となっていた男が移動する。そうして数分ぶりに俺の視界に現れたDIOは、その肌は、普段の青白さが嘘のように桃色に染め上げられている。腹這いになったまま背後の男に両腕を引っ張られ、不安定な体勢で揺さぶられている。口元や首の結合部には先走りに濡れた性器が擦りつけられていた。
「すごいっ、ふぁあッ、すっ、すごいぃっ!わたしっ、わたしもうっ、ひぁンっ、あっ、あっ」
自分だけ楽しんでるんじゃあねぇよ。DIOを囲む男達が野次を飛ばす。DIOを犯す男は幸せそうににやけた面で仕方ないな、とわざとらしく零し、DIOの身体を引き起こした。
そして結合部を誇示するように、抱き込んだDIOの脚を割り開くのだ。生々しい感嘆の声を上げながら、男たちは再びDIOに群がった。
「あ……あ……ひ……」
「……DIO……?」
不意にDIOの頭が揺れる。背後の男の肩口にぐったりと後頭部を預け、天を仰いだのだ。そして戦慄く唇が、空気を求める魚のように開閉した。

「――もういやだ」
「……、」

男たちの勢いは止まず、DIOはただいたずらに消費されてゆくばかりである。




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