スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

back

2

俺がドアノブを手放せたのは、やはり事が終わった後だった。
過剰に膨れ上がった狂気が発散され尽くしたのち、男たちは荒い息を吐きながら何とも言えぬ視線を交わし合っていた。自分たちのしでかしたことに後悔しているようでもあれば、ただ愚鈍に呆然としているようでもあった。
どちらにせよ今更だ。この三ヶ月続けられてきた行為だって、ただ程度が違うというだけで輪姦であることに間違いはなかったのだから。きっと俺と同じことを思うのだろうDIOは、膝立ちになった男たちの中心で一言も発することなく横たわっていた。どう見たって死体である。
暫く無言の時間を過ごした後に、誰からともなく後始末を始めようとした。思わず俺は「あんたたちも疲れているだろう、あとは俺がやっておく」と声を張り上げ、おざなりにシャツを羽織っただけの男たちを部屋から放り出した。
その内の一人がすれ違いざま、今日の実験でDIOに投与した薬がまずかった、思わず煽られてしまって取り返しがつかない程に暴走をしてしまったと、言い訳でしかないことを零していった。
瞬間的に殴り倒してやりたくなったものだったが、今はそんなことよりもDIOが気になって仕方なかったので、ドアが閉まる音を背に俺はDIOの元へ駆け寄った。
「DIO。おいてめー、まさか死んじゃあいねぇだろうな」
涙の玉が引っ掛かった金の睫毛が、重々しく揺れた。
「DIO、おい、DIO」
腫れぼったくなった目蓋が持ち上がり、赤い瞳が現れる。瞬きをするごとに目の淵からは涙が溢れ、汗と精液に汚れた頬を伝ってゆく。そうしたまどろみの時間をたっぷり2分ばかり過ごした後に、DIOはようやく俺を見た。半分だけしか開いていない腫れた両目で俺を見た。
「ふ――ふふ、ふ……最中はみっともない姿を晒してしまったようにも思うのだが……終わってみればどうということはないな。わたしは、まだ……わたしは、」
虚勢でしかない。涙と共に零されたそんな言葉が、虚勢でないはずがない。
ぷつりと一本頭の中で、恐らく切れてはいけなかったのだろう線が引き千切られた気配があった。こうこうとうるさい暖房の音は遠く、シーツの衣擦れ、ベッドのあえかなスプリングなどはないも同じ、ただDIOの声だけが耳の奥に響き渡る。
どうということはない。わたしはまだ生きている。見ていろ、わたしはいつか、わたしは、わたしは――
虚勢を張るのは、やめろ。いい加減、やめてくれ。
「……にしても、喉が渇いたな……おい貴様、体を拭くのは後でいいから、先になにか飲み物を」
「ここまでされても負けを認められないのか、お前は」
「……?何の話を、――っ!?」
靴を脱ぎ捨てベッドの上に乗り上げる。そしてDIOを組み敷けば、DIOは訝しげに眉を寄せ、熱の気配の引かないこめかみから汗を一筋滴らせた。決して馬鹿ではない男である。俺がしようとしていることなどは、靴を脱いだその瞬間に察してるに決まっている。
「いい加減認めちまえ」
「だから貴様は、何の話をしているのだ」
「お前はとっくに、一年も前に負けちまってるんだぜ。この俺に」
「違う。負けとは死だ。一秒先の未来へ踏み出すことができなくなったことこそを敗北というのだ。わたしはまだ生きている。わたしの時間は止まっちゃいない。負けてなどいない、わたしは、わたしは、」
「~~現実を見ろと、言ってるんだ!」
「っ……!?」
縫い目の傷が走る白い首には、病巣のような鬱血痕があちこちに刻まれていた。治らないのだ。千切れた脚を容易に繋ぎ直すことができた程の治癒力を、この男はすっかり失ってしまっている。
無残に荒らされた首を掴み上げた。締め落とす意図はない。それでもこの男へそれなりの苦痛を与えてやるつもりで、今のお前は急所へ容易く触れられてしまう程に弱っているのだということを教え込んでやるつもりで、DIOの首を絞めたのだ。
「抱くぜ、お前を」
「な、なぜだっ!なぜ貴様が、貴様が今更、わたしを……!」
「そうしなけりゃ気が済まねーと思ったからだ」
DIOが目を瞠る。長い睫毛の先から涙の雫が弾け飛ぶ。呆然とした表情の頼りなさと言ったらなかった。そして、

「承太郎、」

一年弱。それだけの時間、決してこの男が口にしようとしなかったその単語を紡ぐ声はあまりにも弱々しく、今更そんな声で呼んでくれるなよと、俺は怒りに似た激情を募らせる他にない。
「~~貴様、貴様も!あの狼藉者たちと、何も変わらないのではないか!」
俺の胸倉を掴み上げるDIOの手に込められた力というものは、振り払うのも億劫なほどに弱々しい。DIOのじゃれるような抵抗の一切を無視し、ベルトをベッドの下に放り捨て、下衣の前を寛げた。いよいよDIOは息を飲む。根源的な恐怖と嫌悪を滲ませた表情に顔を歪め、取り縋るように承太郎、承太郎、やめるのだ承太郎と俺の名前を繰り返す。
わたしを裏切るつもりか、と訴えているようでもあった。お前は俺に何を期待していたというのだ。
白濁液の溢れる後孔に生気の先端をくぐらせる。DIOの両目は細まり、眉間には深い皺が寄った。赤い目尻を、透明な涙が滑り落ちていった。
「っ、ぁ、っ、っ、ひ、っぅ、ぁっ……っ~~……!」
鋭い牙が震える唇を必死こいて噛みしめている。元より赤い唇を彩るように血が滲み、ああくそエロいもんだなぁと、頭の中のどこか冷静な部分で他人事のように感心した。
「じょうっ、ぁ、っ、んっ……じょーた、ろっ、ぁ、あ、っ、っ……!」
「……っ……」
DIOの身体は、あまりにもよかった、よすぎた、気持ちが、良すぎる。
繋がった箇所から蕩けてゆくような快感など、俺は他に知らなかった。これまでの俺の人生にはなかったものだ。
知らない振りができないのだろう快感に、DIOの身体が震えている。汗に濡れた筋肉が悩ましく捩られる様は際限なく淫猥だ。
それでもDIOの両手は未だ、とてもとても弱々しくではあるが、俺の胸倉を掴み上げたままだった。
そういう所がいじらしくて、馬鹿馬鹿しくて、あまりにもDIOらしくて、こんな状況になってもこいつはこいつのままであるものだから、興奮とも怒りとも苛立ちともつかぬ形容しようのない感情ばかりが立ち昇り、俺の胸は圧迫されるばかりである。
DIO。
打ち震える身体に覆い被さり、耳元で名前を呼び付けた。途端に後孔がいやらしくうねる。真っ赤なかんばせはには悔しげな顰め面が張り付けられたまま、ばたばたと零れる涙に濡れてゆく。
「そんなにいいのか、お前、くそエロい面ぁしやがって」
「ふざけるな!よくなどっ、っ、かんじて、などいるものかっ、ぁ、こ、このDIOがぁっ、ぅあっ、っ、ち、ちがう……ちがう……!」
「すげぇんだぜ、お前の中」
「ひぐっ、ぁ、っ、あ、あ、ひっ」
汗ばんだ脚を抱え直し、より奥へ、奥へと馬鹿みたいに勃起した性器を突き入れた。その拍子に俺の胸倉からDIOの両手が剥がれ落ちる。耳朶を食んでやれば、金の頭がいやいやをするように横に揺れた。
「いい具合に熱いもんだから、なんつーか、とけそうっつーか……もげそうっつーか……」
「やめろ、やっ、ぁっ、や、あ、あぁっ」
そしてそろそろと、震える両手で自らの耳を覆い出す。無駄も無駄な抵抗だ。俺とDIOの距離などは、殆どないに等しかった。今更耳を塞いだところでこの声はDIOの耳に突き刺さる。DIOの甘い嬌声が、俺の鼓膜を蹴りつけてゆくように。
「それに、あれだ……抜こうとするたびに、離すものかって感じに絡みついてくるのが、たまらねぇ」
「し、知らない……そんなのこのDIOはっ、あ゛っ、あ゛、やっ、やっ……」
「わざとか、わざとだろう、お前……そんなにいいのか、この淫乱」
「~~承太郎!!」
喉が千切れるような声だった。こんなにも切実な声で、この名を呼ばれたことはない。
シーツに手を付き上体を持ち上げた。腹の下にはDIOがいる。情けなく眉を垂れ下がらせ、とめどない涙に頬を濡らし、半開きになった唇を震わせるDIOがいる。俺の全く知らないDIOだ。エジプトの夜にも、この狭苦しい一室にも、三ヶ月繰り返された輪姦の時間の中にだって、こんなDIOはいなかった。
しかしどうしようもなくDIOなのだ。やはり俺はこんなにも美しい男を、みっともない泣き顔ですらも人の激情を惹きつける男というものを他に知らない、知らなかった。
「DIO、」
「承太郎……!」
DIOの唇が震える。鋭い牙が覗いている。衝動的に口付けた。至近距離から突き刺さるDIOの視線がいたたまれず、思わず俺は目を閉じる。そしてキスに耽る。舌を絡め、粘膜を舐め回し、尖った牙を愛撫した。舌先に突き刺さる牙が産む鋭い痛みが、無性に愛おしかった。理由など知らない、知るものか。
「……承太郎、」
ほんの数ミリ離れた唇の隙間から、DIOが俺の名を呼びかける。その声は掠れていた。乾いていた。なのに、

「もう、いやだ」

続けざまに零されたその一言は夕立に降られたかのように、あまりにもべしゃべしゃと濡れていた。
DIOが泣いている。決壊した涙腺から溢れる大粒の涙たちが、赤らんだ肌を伝い汚れたシーツへ零れてゆく。とうとうこの俺の前にて突き崩された矜持と共に。
拭おうともせず、DIOは一心に俺を見つめていた。いいや、睨みつけていた。再び吊り上った眉の下、見開かれた紅色の双眸で。
そして腫れぼったくなった真っ赤に唇からは、涙と共に堰を切った、恐らくDIOの本心であろう言葉たちが、濁流のように溢れるのだ。
「~~もう嫌だ、嫌だ!どうして最後まで上手くいかないんだ、いつもっ、どうして、どうして!?いつだって貴様たちが邪魔をする、くそ忌々しいジョースターの血統が、俺の人生の邪魔をする!いつもだ、いつも、いつも、いつも!!」
牙を剥きDIOが吠える。そこにはほんの数分前までの弱々しさもなければ、帝王然とした威厳もない。
ただのDIOだ。――ただのディオだ。
今この瞬間俺の目の前にいる存在は、あまりにも矮小だ。
「俺は俺の人生を生きたかっただけだ、それのなにが無茶な望みだというのだ!?俺はそんなにもおかしなことを言っているのか、空と海を入れ替えろと言っているわけでもあるまいに!望んではいけないことなのか、そのために力を尽くすのは、そんなにもいけないことなのか!~~何故っ、何故百年が経った今になっても、俺の世界に貴様達ジョースターが居座り続けてるんだ!?」
見開いた目から涙を垂れ流すDIOが、悪意そのものである声を発し吠えたてる。聞こえのいい言葉たちだ、ああ、聞こえだけは上等で、それだけならなるほどこいつは正論を言っているのだろうという気にもなってくる。
しかし俺は、この男の背景にあるものを知っている。
よりよい人生を生きたかった。その為に努力をしてきた。なのに敵わない。失敗ばかりだ。原因である者たちが疎ましい。
DIOの吐く極々真っ当な正論は、他ならぬDIOの口から発せられた言葉であるからこそ自己中心的な暴言と成り果てる。それは決して、他人の人生を食い千切って生きてきた男が口にしていい言葉ではない。
腹の底からかっと競り上がってくるものがあった。衝動的に、俺はDIOの両手を堅いベッドの上に縫い付けた。ぎ、とスプリングが軋んだ瞬間に、DIOは一瞬呆けたような顔を見せる。
「っ、」
そんな顔をするな、そんな――同情ばかりを掻っ攫ってゆく、無防備な顔を!
「~~因果を作ったのは、お前だろう!?」
「あ、あぁっ!!?ひっ、い、いやっ、ぁ、ああっ!!」
DIOの片脚を抱え直し、倒れ込むように覆い被さったまま律動を再開させた。DIOは逃げをうつように上体を捻る。そしてベッドの外を目指して這って行くも、そんな姿は俺の嗜虐欲を高めてゆくものでしかない。
殆ど伏せの姿勢になっているDIOの手首を引っ張り上げる。不安定に揺れる身体には覚えがあった。数十分前も、DIOは俺ではない男に手首を掴まれたまま犯されていた。
たまらない気分になる。正体は分からないが、とかく胸が詰まり、たまらない気分になる。
加熱する頭の熱に促されるがまま、或いは逃れるように、俺はDIOの身体を凌辱した。今鏡を除こうものならば、猛っているのか泣いているのか、とかくみっともない顔をした俺が映し出されるに違いない。
「散々人の人生を食い物にしてきておいて、それでも自分が自分がと、お前は、どの口で!」
「もういや、いやぁっ!ロンドンにいた頃となにが違うというのだ、わ、わたしは、あ、あ、うあぁっ」
「~~っ、おいもっと気合入れてケツ振れよ、ド淫乱!」
「ちがうっ、ちがうぅっ!!わたしは、あっ、あぐっ、や、いや、ちがう、ちがう……!」
詰ってやればやるだけ、後孔は歓喜を示すようにうねり出す。いやらしい身体だ。恐らくノーマルもいい所だったのだろう白衣の男たちが夢中になってしまうのも、理解できようというものだ。
熱に浮く頭でそんなことを考えながら、別の場所で自嘲する。あまりにも下卑た考えだ。これでは到底、DIOを散々に輪姦した男たちを責めることなどできやしない。
「お前――お前、もう詰んじまってるんだぜ」
「ぁ、あっ、あうっ、あ」
DIOはとっくに俺を見ていない。光の失せた瞳でぼんやりと中空を眺めながら、されるがままに揺さぶられている。俺は言葉を重ねた。DIOの関心を引こうとでもしているようだ。
「どこにも行けやしねーんだ」
「は……ぁ、う、うぁ、あ……」
「何が帝王だ、何が、輪姦され倒して、腹ん中食い荒らされて、何が、お前は、」
「ぁっ、あっ、や……!」
「いったい……今のお前が、どこに行けるっていうんだ……?」
「……~~!!」
「っ!?」
不意に鋭い痛みが駆け抜ける。視線を落とせば、手の甲に血の滲むひっかき傷が浮いている。下手人はDIOだ。俺に掴まれてはいなかった方の、頼りなくシーツを掴んでいた筈だった方の手が、俺の皮膚を引っ掻いたのだ。
ぐらぐらと揺れていたDIOの首は、いつの間にか座っていた。俺を睨みつける眼光も鋭く、眩い。そしてDIOは呟いた。
承太郎、と。
――わたしはここから出てやるぞ。
この施設で再開したあの日、未だ虚勢を覗かせる前のDIOが臆面なくそんなことを言い放った瞬間と、全く同じ声色で。
「……DIO、」
この男は諦めていない。どれだけその身体を凌辱され尽くそうとも、精神を蝕まれようとも、みっともない泣き言を零そうとも。百年をかけて異常なまでに肥えてしまったこの男の上昇志向は、何かの拍子に頭を出す。
――この男は何があろうとも、己の人生を諦めることをしないのだ。
「っ……DIO……!」
「あ、あっひっ、っ~~!!?」
掴んでいた手を放り出す。シーツに着陸した腕を背後から押さえ付ける。DIOはじたばたと暴れた。構わずに俺は、深くまで犯した。DIOの嬌声がとろけてゆく。甘ったるい嬌声とシーツの衣擦れのを聞きながら思うのは、今更、本当に今更ながらではあるが、どうして俺は一年弱もの間DIOの元へと通い続けてしまったのだろうということだ。
――いいや、
「……DIOっ」
「あ゛ーっ、あ゛っ、あう……ひ……あ、ああぁ」
答えなどはとっくに知っているし、それはとてもとてもシンプルなものだ。
俺はDIOが張り通してきた虚勢が愛おしかった。男としての矜持を踏み躙られる環境に於いて確実に摩耗を重ねてはいるものの、それでも寸でのところで崩れず保たれているこの男の虚勢が可哀想で、愛おしくて、馬鹿馬鹿しくて、尊かったのだ。
恐らくそれは、DIO自身に抱く愛しさに他ならない。それまでいつまで続くものかと見ものにしてきたDIOの虚勢を、もういい、もうやめてくれ、と思ってしまうほど。こんな予定ではなかった。けれどいつの間にか、俺はこの男自身のことを、俺は――
「っ、……は……っ……!」
「あっふ、ぁ、あっ……いや……もぅ……やらぁ……っ……」
馬鹿げた愛情が膨らんでゆくにつれ後悔をした。DIOに愛しさを感じてしまえばしまうだけ、やるせなさとも苛立ちともつかない後悔が俺の胸中を圧迫した。
つまり、ちゃんとDIOを殺してやれなかった。後悔とはそれ一点に尽きるのだ。
DIOがこのような生活を強いられる羽目になった原因を作ったのは俺だ。他ならぬ俺なのだ。
どうしてあの時ちゃんと殺してやれなかったのか。
どうしてこうも愛おしいと思ってしまう前に、もうこの男を殺すことなどできないと思ってしまう程愛おしく感じてしまう迄に、止めを刺してやることができなかったのだろうか。
それはもう酷い後悔を、俺は、この男の顔を見る度に

「DIO……っ、DIO……!」
「や、……いや、いやぁ……!」

暴風と化した熱にせっつかれるがまま、俺はDIOの体内で射精した。
気持ちが良い。行き場のない感情が腹の内で暴れて、それはもう酷い気分になっているはずなのに、どうしようもなく気持ちが良い。
きつく窄まる後孔から溢れる白濁を、再びDIOへ塗り込めるべく腰を振る。DIOはいや、いやと首を振り、震える指先でシーツを握る。鋭い爪が刺さる触らかな布は、とっくに穴が開いていた。
「DIO、」
「は……はふ……ぁ……あ……」
「……DIO」
全身からどっと力が抜けてゆく。とうとう俺はベッドへと倒れ込み、同じく脱力するDIOの身体を抱きすくめた。そのまま狭いベッドの上を転がり側臥の体勢に落ち着く。上から押さえつけるように足を絡めれば、中の性器が良い所に当たってしまったのだろう、DIOは嗚咽にも似た呻き声を上げる。どこもかしこもが熱くなってしまった体は荒い呼吸に震えていた。
「……ロンドンから脱出したいなら……DIO、おい……DIO」
熱い体を抱き締める。細胞までバラバラに砕いてしまうつもりで抱き締める。汗ばんだ金髪の群生に鼻先を埋めれば甘い香りに鼻腔を擽られ、いっそ泣きたいような気分にもなってくる。いいや、もしかするととっくに俺は泣いているのかもしれない。
「一度でいい……真っ当に生きてみろ。……とりあえずは、五十年ほどでいい」
「……きさま、なんの、話を……」
「永遠に付き合ってやることはできないが、五十年、半世紀……それだけの時間なら、貸してやっても構わない」
「っ……わ……わけがわからない……承太郎、きさまは、ぁ……」
生白い首筋に噛み付いて、絡めた脚を引き寄せて、こちらに振り返ろうとするDIOの挙動を封じ込める。わけが分からないのは俺も同じだ。それでも言葉が溢れて止まないのだ。
一年弱。それだけの時間をDIOの元へ通い続けたきた。
初めにあった好奇心がDIO個人への興味に変わり、恋慕と呼べるものへと生まれ変わった頃合いからきっと、俺にはどうしてもDIOに言ってやりたかったことがあった。
しかしきっかけがなかった。DIOと俺はそんな仲ではない、という気後れもあったし、そもそも「DIOを愛してしまっている」のだという感情がはっきりと形を成したのはついさっきのことである。
今なら言えるかもしれない。今しか、言う機会はないのかもしれない。
DIOの耳元で息を吸った。ひっと息を詰める喉元が愛おしくてならない。同情を越えた感情の先、ここへやってくるまで言えずじまいだった言葉というのはとどのつまり、

「もう、充分だろう。意地を張るのにも疲れただろう。……さっくり負けを認めて勝負から下りたって、誰もお前を責めやしないんだぜ、DIO、なあ、DIOよ」

虚勢を張るのもやめにしろ。肩の力を抜いて生きろ。上ばかり見てても首が痛くなるだけなんだぜ。
そういう、散々に好き勝手してきたこれまでのDIOの人生を許そうとでもいうようなことであって、到底許されるものではない、道義にもとる言葉ではない、とは理解していても、どうしても俺はこの虚勢張りな男に生温い安息を与えてやりたくて仕方がなくなってしまったのだ。
「どうして、きさまは……何故、今更……!」
「お前がやっと、もういやだ、って言えたからだ」
たすけて、と言っているようにしか聞こえなかった一言が、耳の奥で残響する。虚勢を吐き出しきった腹の底から現れたのだろう、DIOの混じり気のない本心である一言が。
腕の中のDIOがわたしは、と呟いた。一秒先には「そんなことを言った覚えはない」だとか、新たな虚勢が塗り重ねられてゆくに決まっている。
DIOの身体を抱き直し腰を打ち付けた。先程までに比べれば酷く緩慢な動きだったが、下半身から生まれる快感に遜色はなかったし、むしろ愛情を自覚してしまった分だけ妙な感慨が付随して、どうにも込み上げてくるものがあるセックスになってしまっている。
DIOは小さく喘いでいる。胸の前に回された俺の腕に触れる指先は抵抗をしようとしているようでもあり、取り縋っているようでもあった。後者であればいい、と思うのは、俺の我儘だ。

「じょう、たろう」

DIOがゆっくりとこちらを向く。顔は真っ赤だ。涙でぐずぐずになっている。滑らかな頬に金糸の束が張り付く光景が、やたらに痛々しく哀れである。
それでもどうしようもなく、この男は綺麗なのだった。
俺がDIOを綺麗だ、綺麗だ、と思ってきたのは、もしかすると惚れた弱みであったのかもしれない。今更ながらにそう思う。



巨大な熱が過ぎ去った後、まず思ったのは果たしてDIOを抱く必要があったのか、ということだ。
一応俺なりの言い分はあった。これまで以上に酷い目に合わされたにも拘らず、尚も虚勢を張ろうとするDIOに腹が立った。だからもうそんな虚勢を張る気も起きない程にこの男を屈服させるため、行為に及んだのだ――という、建前である。建前なのだろうと思う。結局俺は俺の我をこいつに押し付けただけなのだ。
DIOに言ったことに嘘はなかったし、自覚した愛情も確かに俺の中から生まれたものだ。ただそれらを真摯なものだと主張をしたいのなら、尚のこと俺はちゃんと言葉を尽くしてDIOをこちらに振り向かせるべきだった。俺がDIOにしたことは、まごうことなき強姦だ。
己の未熟が嫌になる。心の底からそう思う。
後悔を飲み下せぬままに、俺は無言でDIOの身体を拭いた。そんな俺の頭を、不意にDIOが、がしがしと撫で回し始めたのだ。
「少々すっきりしたかもしれない。このDIOがあんなにも泣いたのは、きっと今日が初めてだ」
あまりにも飄々とした態度だった。その言葉を裏付けるように、焦燥に滲むDIOのかんばせはしかし、穏やかな笑みに緩んでいる。
何かを諦めてしまったかのような。胸中の澱を、全て吐き出しきってしまったような。
これもまた俺の知らないDIOだった。俺がこれまでに見てきたどの瞬間よりも、一等に美しい表情だった。そんな感慨と共に、羞恥心ばかりが湧き上がる。
「おい承太郎。わたしはまだ負けてなどいないのだからな。敗北とは死だ。わたしは永遠に死ぬことがない。貴様が死した後も、わたしはこの姿のまま永遠の夜を生き続ける。つまり永遠に、わたしに敗北の瞬間などはやってこないのだということだ」
穏やかな表情で零された傲慢に、不思議と虚勢の気配はない。
思わず顔を上げる。紅色の瞳には、訝しげな顔をする俺が映っている。
DIOは俺を閉じ込めた両目を細め、尚も笑ってみせるのだ。苦笑のようでもある。DIOは諦めたのだ。虚勢を張ることを、諦めてしまった。そんな顔であるように思う、少なくともこの俺は。
「しかしまあ……百年先までの未来まで駆け抜けるためには、時には休息もとらねばならんからな。それに承太郎が、どうしてもというものだからな。五十年。とりあえずは半世紀、死体のふりをしていてやろう。わたしを飽きさせるなよ、承太郎。わたしを死体のままでいさせたければ、精々貴様の人生に残された時間をこのDIOの為に費やすのだ」
一息にそこまでを吐き出しきったDIOは、ぱしりと俺の手を振り払う。ふい、と背けられた笑顔は固く、どうにもこいつもこいつで羞恥心に襲われているようだった。頬が、情欲の名残とはまた別の桃色に染まり始めている。
そしてごそごそと乱れた布団の狭間を探り出したかと思えば、数秒を置いて俺のポケットに入っていた筈の煙草の箱を引っ張り出す。咥えた煙草をふらふらと揺らしながら、DIOは尚も布団を探る。ライターを探しているようだ。
「こっちだ」
「む」
脱ぎ捨てた制服のポケットから取り出したそれを投げ渡す。ライターをいじくる様子はやはり小慣れていて、やたらと様になってもいる。
「……」
高鳴る心臓が疎ましかった。居た堪れなさを誤魔化すべく、DIOが放り出した箱を拾い上げる。一本を取りだし、口先に咥える。そしてライターを、と思うより早く、いつの間にか接近してきていたDIOがシガレットキスを寄越してくる。
空気に融けてゆく煙の向こうで、DIOが笑っている。

「承太郎」

赤い唇が柔らかな弧を描いている。
真っ赤な瞳が、悲しげに笑っている。

「このDIOが、ジョースターの男に絆されかかっている。いくら少々弱っていたとはいえ。とんだ皮肉があったものだとは思わんか」
「俺は俺だ。ただ一匹の空条承太郎だ。俺を見ろ。お前は、俺だけを見ていればいい」

生白い腕を掴み上げ、無防備な唇にキスをした。DIOの瞳が微睡むように閉ざされてゆく過程を見届けた後に、俺もふっと目を瞑る。
俺がただ俺でしかないように、お前も俺の前ではただのDIOでいればいい。虚勢も泣き言も涙も笑顔も、俺が全て受け止める。
気恥ずかしい文句である。頬に集まる熱が量を増してゆく毎に、キスも激しさを増してゆく。一瞬離れた唇の間で、承太郎、DIOが泣くように零したその一言が愛しくてならず、俺は渾身の力で以てDIOという存在を抱き締めた。







DIO様の意地とか諸々のあれを突き崩せるのは力ずくでDIO様をぶちのめした承太郎だけなんじゃないかとかもう色々夢見てます


back

since 2013/02/18