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死ぬほど好きだが死にやしない

『男のものとは思えない妖しい色気』と評されたりだとか、そうした妖しい雰囲気を煽るような衣服を好んで着用することの多いDIOではあるが、実際の所彼には同性との性交の経験はない。
何度か、そうした事柄に触れる機会自体はあったのだ。生活に困窮して身売りをしようと試みてみたり(眼前に突き付けられた勃起した性器があまりに巨大で恐ろしかったので土壇場で逃げ出した)(ちゃっかり金はくすねていった)、学生時代には同窓生から淡い恋心を寄せられてみたり(時代が時代だったのでそれ以上発展することはなかった)、海底から蘇った後はDIOの為なら命も厭わぬ信者を多数抱えてみたり(どいつもこいつも名前を呼んでやれば泣いて喜びながら血を差し出してくる輩ばかりだったのでそれ以上略)――だとか、人に比べればそうしたマイノリティな世界に触れる機会は多々ありはしたのだが、いつだってすれすれのところで歯車は噛み合わないもので、DIOは『アレな見た目の割に物凄くノーマル』な吸血鬼としてこの20世紀までを生きてきたのだった。

自身の『性愛』の対象になるのは女だと認識しているし、海から引き上げられた4年の間で4人もの子供を世界の各地にこさえている。『恋愛』方面の事情だって、そんなものは性別がどうだとかいう以前の問題だ。この世にはびこる老若男女は押しなべて彼にとっての『餌』でしかないわけで、そうした感情を抱く対象になどはなりやしないのだ。
いいやそもそも、彼という人には生まれ出でたその時から『他人に気持ちを傾ける』という機能が欠けていたのかもしれない。それほどまでに、彼の120年と少しの人生には『他人と寄り添う安らぎ』に満ちた時間などは存在していないのだった。

そうしたDIOの在り様をじわじわと変化させていったのが、空条承太郎という、一度DIOの体を豪快に断ち割った青年である。

四散した肉体をSPW財団の研究所にて再生されたDIOは、それからしばらく120年分の業を清算させるが如くの実験に付き合わされる羽目になった。ろくに思考能力も戻らぬまま、諾々と実験動物としての日々を過ごすDIOを、ある日突然何を思ったか『うちで引き取る』と言いだし、実際やや強行的なお持ち帰りを決行したのが承太郎であったのだった。憔悴も顕なか細い声でただ一言、『何故だ』と問いかけたDIOに、承太郎もぽつりと一言『よくわからん』と返答した。それが戦闘の外での2人の初めての会話であり、それから1週間ほど経った後にDIOが『腹が減った』と零すまでの唯一の会話である。
以降、2人の間に劇的な何かがあったわけではない。エジプト市街での立ち回り以上の劇的な出来事などがそうあるわけもない。
しかし、ある日の何ということのないある日の夜である。23時を回っても目を覚まさないDIOを訝しんだ承太郎が、昏々と眠るDIOの顔を覆い被さるように覗き込んだ。DIOが目を覚ましたのは、丁度その瞬間のことだった。そうして目が合った――拍子に、駆け抜ける緊張と沈黙、じっと睨み合うように見つめ合ったDIOと承太郎は、5秒ほどの空白の後に触れるだけのキスを交わしたのだった。『そうしたいと思ったので』。他の理由などは、いらなかった。

そうして、曖昧に始まった関係である。
子供じみたキスに於いて、DIOは承太郎との山も谷もない平坦な生活に安らぎを得ていた己を発見し、承太郎はDIOを家に連れて帰った理由について――ぼんやりと生かされ続けていたDIOに抱いてしまった強烈な慕情についてを、とうとう自覚することとなった。
しかし、進展らしい進展があったのもそこまでだ。実際の所、承太郎が実家から独り立ちをしてDIOとの2人暮らしを始めた今になっても、2人の関係は曖昧に停滞したままであった。

というのも、DIOの中では未だに承太郎に傾ける感情というものが、はっきりとした形を得ていないのだ。承太郎が自分を意識している気配を感じれば嬉しいと感じるし、些細な拍子に軽いキスだってする。そういった接触の中でDIOがぼんやりと感じるのは、奇妙な充足と、安息だ。愛情や、ましてや情欲に結びつく前の、淡い淡い、ささやかな感情であった。
しかしそれだけでは満足はできぬと、日々腹の底から湧き上がるもやもやを飲み下し続けているのが承太郎である。あれで人並みに健全な青年である彼の中では、既にDIOへのあれこれは愛情なるものであると結論が出ていたのだった。おまけにそれは情欲を伴ったものであるのだとも。DIOが大人しく自分の元にいてくれることを嬉しいと感じているし、触れるだけのキスなら何度もした。膨れ上がる一方の承太郎の感情は、最早それだけの関係で消化できるものではない。

そんなある意味綱渡りである生活の中で、その日は唐突にやってきた。バケツをひっくり返したかのような夕立が嘘のように降り止む夏日が如く、あまりにも唐突に。
「――ん?」
時は20時少し過ぎ。普段より遅めの目覚めを迎えたDIOの視界は、逆光を背負った承太郎の顔で埋め尽くされていた。さっとDIOの脳裏を過っていったのは、初めてキスを交わした夜の記憶である。DIOは無意識に承太郎の首に腕を絡め、その精悍な顔を引き寄せた。承太郎は、キスをしたがっているのだろうと思ったのだ。だって自分がしたいのだから、承太郎だってそうにあるに違いない。そうして口先が触れ合った瞬間に、DIOの体内を果てしのない安堵が駆け抜ける。いつだって、承太郎とのキスは気持ちがよかったのだ。DIOはぱしぱしと睫毛を震わせながら目を細め、そのまま二度寝に移行せんばかりに脱力した。
そうしてやがて、目を閉じてしまったDIOの――肩口を、承太郎は、渾身の力で押さえ付けたのだった。
「な――なにをする、承太郎」
「……」
「まさか今更、わたしと事を構えようというつもりなのか」
「……」
「……おい、承太郎?」
「……DIO、DIOよ」
「う、うむ?」
「……そろそろ、我慢も限界なんだが」
「…………はあ?」
眉を顰め首を傾げるDIOを、承太郎は切実な表情で見降ろした。額にはうっすらと汗が浮いている。DIOは、ごくりと唾を飲んだ。
「分かるだろ?」
「……、」
そう零した承太郎の声は彼らしくもなく、少々間抜けに上擦ったものだった。
鼓膜を撫で上げる切なげな音律に、DIOは背筋を震わせる。気味が悪いと思ったわけではない。その胸に沸々と湧き出でた感情は、確かな愛しさであったのだ。だからこそ、DIOの困惑は深まってゆく一方だった。愛情なるものをせせら笑いながら、120年と少しを生きてきたDIOである。突如自身の内に芽生えたその感情を、すっと認められるような受け皿を持ち合わせてはいない。
自身を組み敷く男を見上げたまま、驚いた猫のような表情で硬直するDIOに、承太郎は小さな舌打ちを漏らす。手に取るように分かるDIOの困惑に多大なる引け目を感じ、それでも止まることの出来ない己の激情に苛立ちを催さずにはいられなかったのだ。
「承太郎。貴様は、わたしをそういう目で見ていたのか?」
馬鹿な質問だ、とは思いつつも、DIOは承太郎に問いかけた。案の定、承太郎は何を今更、と言わんばかりの表情を浮かべ、やれやれだ、と呟いた。
「事あるごとにキス強請ったりしてた辺りで、察せるだろう、それくらい」
「ああ、うむ」
――全く気付かなかった。
DIOは半笑いになりつつ、それとなくあさっての方向へ視線をやった。
「――俺はきっと、お前の何もかもが欲しくてならねぇんだろう。あの日エジプトでお前から『世界征服』を奪ったように、お前の何もかもを奪い尽くして、ただ俺の傍で生きるだけの木偶にして、それで――空いた隙間が全部、俺との平和にもほどがある時間の記憶で埋まってしまえばいいんだと、そういうことを思ってる。こんなのはもう、誤魔化しようがない愛情だろう、愛だろう。俺は――とても真っ当に、まっとうに、お前が好きだ。だから、そういう目でも見てしまっていた。体目的なわけじゃあない。そこんところは、誤解して欲しくはない」
「急にそのようなことを言われても、わたしは」
「DIO」
肩の拘束が外れ、承太郎の両手がDIOの頬を乱れた髪ごと包み込む。押し退けようと思えば、そうできた。しかしDIOの硬直は、一向に解ける気配がない。――腹の底に蟠る熱が、それを許してくれないのだ。
「好きだ」
「承太郎、」
「――お前を俺に、くれないか」
「っ、じょうたろ、――!」
早口でそう捲し立てた承太郎が寄越したキスは、これまで散々に交わしてきた触れるだけのそれの愛しさを嘲り笑うかのような、あまりに激しいものだった。押さえ込まれたDIOの口内で熱い舌同士が絡まり合い、混ざり合った唾液が口の端から零れてゆく。角度を変える度に漏れる吐息は灼熱の如くの熱量を秘めていた。
喰われているのだ、とDIOは思った。
承太郎という一匹の男に、自身の存在を頭から喰われている。いいやそもそも、望みもしない平穏を与えられれ、どこからか沸いてきた安息を植え付けられてしまったその瞬間から、120年をかけて形成された『自分』という存在は内から巣食われてしまっていたのではないのかと――視界すら霞む激しい口付けのさなか、DIOは強烈に自覚する。
瞬間DIOの心臓を深く抉ったのは、鋭く尖った苛立ちである。
自分だけが食われて、なるものか。承太郎がわたしの肉を喰らうというのなら、わたしは奴の骨を噛み砕いてやらねば気が済まぬ。報いねば、報いねば――愛には愛で、報いねば。
――DIOという男は何度その身を裂かれようとも、与えられる愛情を素直に幸福と受け取れるような、殊勝な性質になどなれやしないのだ。決して、決して。
「……――ッ」
DIOは真っ白の掌で承太郎の後頭部を押さえ込み、承太郎が怯んだ隙にその口内に舌を差し入れた。自身の存在を塗り込むかのように熱い粘膜を舐め回し、内から溶かしてしまわんばかりに歯列をなぞる。そして至近距離で、承太郎を見上げるのだ。わたしは喰われるだけの餌ではない、貴様こそがこのDIOに全てを捧ぐ餌であるのだぞと。赤い瞳は、勝ち誇ったように細まっていた。
全身を駆け抜けた情動のまま、承太郎も負けじとDIOの頬を押さえ込み、爛れるように熱い舌を、口内を貪った。静謐だったはずの一夜をただれた水音が席巻する。2人は時間も忘れて口付けに耽り、漸く唇が離れた頃合いにはすっかり息が上がっていた。
「ふ、ふふ、は、汗だくだな、承太郎」
「うるせーぞ……エロい顔しやがって」
「悪くなかったぞ」
「……そりゃ結構」
承太郎はDIOの濡れた赤い唇へ、ほんのりと朱の差した滑らかな頬へ、啄むようなキスを落とす。DIOは承太郎の短い髪を指に絡め、汗ばんだ地肌を引っ張ってはくすくすと笑っていた。
「好き。承太郎はこのDIOを好いている。心の底から欲しくて欲しくて仕方がない。ふふふ、ふ」
「……喜んでるのか、お前」
「他人に強烈な感情を寄越されるのは嫌いじゃあない。時に劣情を抱かれるのも、悪くはない。わたしはわたしが好きだ。だからこそ、わたしを愛してやまないとほざく馬鹿な人間のことだって、それなりに可愛らしいと思ってやれるのだ。寛容だろう、このDIOは?」
「ろくでもねー奴」
「でも好きなのだろ」
「ばぁか」
触れるだけの、キスをする。最早味わい慣れた安息に、DIOは飽きることなくうっとりと目元を赤く染めた。
「ふ――ふふ、いいかよく聞け、承太郎よ」
「なんだ、ニヤニヤしやがって。うさんくせーったらねぇぜ」
「そんな生意気を言っているとだな、お前は人生最大の喜びの時を取り逃す羽目になってしまうのだぞ」
「なにが言いたいんだ、お前?」
「わたしは」
毛先が肌を刺すようなむず痒さに小首を傾げながら、DIOはゆるりと微笑んだ。
「承太郎になら、いい」
「……DIO」
「わたしを愛することを許してやってもいい。わたしにキスをすることを許してやってもいい。わたしの在りようをちょっとばかり、本当にちょっとばかりに限るのだが、変えてしまっても構わない。好きなだけわたしの頭を撫でたって、抱きしめることも許してやる。わたしも――わたしだって、お前のことを愛してやってもいいとすら、思ってしまっている。ふふふ、どうだどうだ、嬉しかろう?」
「ッ――おいやめろ!殺す気か!」
「貴様なぞはとっとと死んでしまえばいいッ!まったくもって、こんなにもくっそ忌々しい男がこの世に存在していたものであるのだなぁ!承太郎よ!」
頬を真っ赤に染めたままDIOは笑い、同じく隙間なく赤くなった承太郎の顔を自身の胸元に抱き込んだ。承太郎はすぐさま自身を拘束する腕を跳ね除けて、生白い手首をシーツの上に縫い付ける。そうして、DIOの顔を覗きこむのだ。DIOの笑顔は、ぎこちなく歪んでいた。白皙の美貌を真っ赤に染めあげた不届き者の正体とは、まごうことなき羞恥心である。
「好きだ」
「聞いた」
「……愛してる」
「……知っている」
「このまま、お前を抱きたい。いいな、DIO?」
「ああ、うむ……――ん?」
DIOの陶酔に、少量の冷や水が浴びせかけられた。自身に覆い被さる承太郎の、未だ陶酔の冷めやらぬ顔を真ん丸になった瞳で見上げながら、DIOは承太郎がつい数秒前に零した言葉を咀嚼する。
(……抱きたい?承太郎が?抱くのか、このわたしを?……ん?んんー?)
――本人には未だ、そこまではっきりとした自覚はないのだが、DIOだって確かに承太郎を愛している。しかしそれは必ずしも、承太郎との性行為に直結するものではない。あんなにも激しいキスを交わした手前、いずれはそういう関係に至ってもおかしくはないのだろうが、少なくとも今のDIOにとっては承太郎と体の関係を持つ未来の到来などは、丸っきり想定の範囲外のことであるのだった。自分が抱かれるなんてことは、もっての外である。
(え?え?抱きたい?セックス?承太郎が?この硬派気取りの朴念仁が?いや、承太郎のことだ、もしかするとただ抱き締めるというだけのことを、大仰に言っているだけなのでは――)
「男と――そういうことを、した経験はない。だから多少は、てめぇに痛い思いさせたりだとか、不愉快な目に合わせたりもしちまうだろう。できるだけ、そうならないように努力はするつもりだ。でも、なんだ、その――そういう不出来なガキだってのも、今の俺なんだってことで、ちょっとばかし受け止めちゃあくれねぇか」
(せ、せっくすではないか!)
「情けねぇ話ではあるんだが……まあなんつーか、年の功っつーことで、それとなくリードしてくれりゃあ、助かる。だいぶ助かる。頼むぜ、DIO」
(この男、もしやこのDIOに男に抱かれた経験があるのだと思い込んでいるのではないか?な、なんという愚かな勘違い……わたしは女に不自由をしたことがない、男にまで手を出さねばならぬほど、性欲過多であるわけでもない……この男は、わたしをなんだと思っているのだ……一体、なんだと……)
「……おい聞いてんのか、DIO?」
「じょ、承太郎!わたしはな、」
「DIO」
「っ」
承太郎は、意図してDIOの言葉を遮ったわけではなかった。二十歳を目前に控えた青年は、ただただ緊張していたのである。そんなことは、こめかみを伝う冷や汗、熱の引かぬ頬、戦慄く唇を見れば明らかだった。それほどまでに――ふてぶてしいまでの年齢不相応な落ち着きを身に着けているはずの承太郎が、それほどまでに余裕をなくしているのだという現実は、大いにDIOの内心を揺さぶった。
(わたしは、お前が思っているようなあばずれでは)
「頼む」
(大体、自分から抱かせろとか言ってきたくせにリードをしろだとか、どれだけ図々しい……)
「DIO、」
(…………、)
「これが、俺だ。恥ずかしい話ではあるが、どうやらこの情けねぇ男が今のところの俺であるらしい。それでも、お前がその目で見たままに受け止めて欲しいと、俺は、俺は、」
「~~っ、さっきも同じことを言っていた!」
「うおっ!?」
DIOは、両手で音を立てて承太郎の頬を包み込む。そして多大なる覚悟と共に息を吸い、思考を放棄すると共に深く息を吐き出した。
――わたしはお前の前でなど、決して醜態を晒しはしない。お前とは違うのだ、このDIOは、このDIOは!
100戦練磨のあばずれになりきる腹を決め、DIOは片頬を吊り上げて承太郎へと笑いかけた。その表情が酷く強張ったものであったことには、幸か不幸か緊張に生唾を呑む承太郎には察せられずに済んだのだった。

「お――お前の好きにするといい。わたしにお前の情けなさを受け入れさせたいというのなら、お前は本来ならば恥じて隠すべき無様までをもこのDIOの前に曝け出すべきなのだ。わたしはちゃんと、見ていてやる。だから好きにするといい、承太郎。あまりにも無難でつまらん抱き方をしようものならば、お前はベッドから蹴り落とされる羽目になるのだが――お前は骨の髄までわたしにやられているようであるわけだし、そんな情けないを通り越して死んだ方がいいような事態になるわけがないだろう?期待をしているぞ、さあ、他の誰よりも激しくわたしを抱いてみせるのだ、わたしを愛しているというのならな、承太郎、承太郎よ」

口が動くままに、DIOは思ってもいないことをすらすらと並べ立てる。本当は、「ケツにペニスとか正気か貴様!」と叫びたい気分であった。激情家のDIOがそうした衝動を唾液と共に飲み込めたのは、偏に今しがた自覚したばかりの承太郎への愛しさゆえのことだった。
目を瞠った承太郎は、やがてふっと笑みを零す。どこか安堵の滲む表情は、普段の彼を知る者が見ればことごとくが首を傾げるような、実に年齢相応の青年らしいものであった。
「……なんつー性悪だ」
(~~ほっとしたような顔をするな、承太郎め、承太郎め!)
最後までDIOの真実には気付かずに、承太郎は縫い目のような傷の残る首筋にキスを落としたのだった。



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