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ぼくは、『天国』を見た。――いいや、今の時点でそう言い切ってしまうのはあまりに早計であるのかもしれないが、寂しがりのこの男がぼくに寄越してくれる快感というものは、それはもうとんでもなく刺激的なものであったのだ。こんなに気持ちのいい経験をしたことはなかったし、もしかするとこれから先もないのではないか、という程の。散々に男の舌と歯で嬲られた乳首はじんじんと疼きっぱなしで、男の唇に触れられた箇所はどこもかしこも熱かった。
そして今現在、舐めしゃぶられている陰茎である。柔らかな唇、絡みつく熱い舌が、暴風のようにぼくの理性を吹き飛ばしてゆく。ぼくは片手を男の髪に絡め、もう片方で荒い息の漏れる口を押さえつけながら、与えられる熱に酔いしれた。意識が希薄になってゆく中でただ一点、固く閉ざした眼だけは開いてはならないのだと、ただそれだけを守ることに必死である。
「ん……んぅ、ぷぁっ」
「は、……はー、……あれ……もう終わり、ですか?」
「ふふ、そう焦るなよ、小休止だ。少々顎が痛くなったのでな。まったく、体格の割にいいものを持っている」
「……それは、どうも」
明け透けな男である。妙に気恥ずかしかったので、ぼくは男の髪を引いて、行為の先を促した。心得たように、男は先端へとキスを落とす。そしてそのまま、こんどは咥え込むことをせずに、いやらしく濡れた舌で陰茎の全体を舐めだした。
「あ、あの、それも、悪くはないのですが」
「しゃぶられたいのか?」
「……そうですね、できれば」
「しかし小僧、次咥え込もうものならばその瞬間にいってしまうのだろう?もうだいぶ限界が来ているように見えるぞ」
「え、あなたぼくをイかせてくれるためにしてくれてるんじゃあないんですか」
「んー、んー」
「あ、ちょ、ちょっとっ」
亀頭が男の口内に誘われ、その熱さに涎を零す暇もなく軽くちゅうと吸引される。その瞬間に目の奥が白み、絶頂の気配が競り上がる。きっと気持ちが良い、ものすごく、気持ちが良いに決まっている。ぼくは指に絡む男の髪を握りしめた。そして数秒後にきたるのだろう、これまでに経験したことのない絶頂への期待に、心臓を爆発せんがばかりに高鳴らせる。
――しかしそんなぼくを待ち受けていたのは、あまりにも無慈悲な、男の白い手が与える『お預け』であったのだ。
「な――なにをするんだ、あなたはッ」
「ちょっぴりの我慢があった方が、あとからやってくる快感は桁違いにえぐくなる、そういうものだ青二才。さて、それで小僧、貴様どっちがいい?」
「ど、どっち……?」
「わたしにぶち込まれたいか?それとも――ふふ」
「ぁ、」
根元を握られた性器を、嬲るように舐められる。奥歯を噛みしめながら、それでもやられっぱなしで終わってはなるものかと、ぼくはひたすら男の髪を引っ張った。そして縺れる舌を叱咤して、腹の底から声を出した。
「だッ、抱きたいです、あなたにいれたい!」
「なにを?」
「ぼくの、ペニスをッ」
「どうして?」
「いれられるのは、怖いから!」
「ふっふふ、よくできました!実はだな、案外正直な男というのも嫌いではないのだ、このDIOはッ」
「は――?」
針のような違和感、もしくは得体の知れない予感のようなものが、加熱する脳の奥をちくりと突き刺した。けれど次の瞬間にやってきた新たな刺激――刺激と呼ぶには生温い接触であるのかもしれない、触れ合うだけの可愛らしいキス、その愛しさに、無粋な感情の全てが木っ端微塵に崩れてゆく。男が優しく施してくれるそのキスは、このぼくの全身を包み込んでくれるかのような、甘い安堵を与えてくれたのだ。その唇が直前まで何を咥えていたのかは考えないことにする。
「は、ぅん、ん、ん、……」
重たい衣擦れの音に、キスの合間合間に漏れる男の嬌声。ぼくの頬に添えられた男の右掌は、一秒が経つごとにじわりと汗ばんでゆく。視界の外で行われているのだろう、これからの行為への前準備、という名の男の自慰行為に、ぼくはなにやら興奮をしているようだ。競り上がる心臓の音は、どんどん大袈裟になってゆく。
「あっ……は、ふぅ、ん……」
「……手伝いましょうか?」
「ん……不慣れな小僧に弄られて……痛い思いをするのは、腹が立つので、嫌だ」
「教えてくれれば、ぼくにだってできますよ。ほら、」
「っ、ぁ、」
目を瞑ったまま手を伸ばし、ぼくを迎え入れる準備をしているその箇所へと指を這わす。先に中を弄っていた男の指に添わせるよう、少々緊張しながらも指先を埋めてみれば、鼻から抜けるような男の吐息は一際甘ったるくなる。
「ええと……こうですか、広げる感じ?」
「ぁ、そ、そう、んん……もっと、奥まで」
「……こう?」
「あ、ああっ、い、いい、それでいい、そこ、もっとぉ……おすような、かんじで……」
「こ、こうでいいですか、痛くはありませんか」
「ない、い、いい、ふ、ふふ、中々器用じゃあないか、しょ、しょーねん、よー、ぁ、ぁ……」
肩口が重くなる。久々に薄目を開き周囲を伺ってみれば、どうやら男は体重を預けるようにぼくの肩口に額を押し付けているようだった。金色の、髪だ。ここへきてようやく、ぼくは男の髪の色を知る。
「も、もういい」
男の頭が持ち上がりかけていたので、ぼくは慌てて目を瞑った。目蓋に柔らかな感触が降ってくる。きっと男の唇だ。
「すこし、待っていろ」
熱に浮かされた声を残し、べったりとぼくに纏わりついていた男の体温が離れてゆく。咄嗟に口先を突きかけたのは『行かないで』なんて一言だ。どうやらぼくは、この短い接触の中ですっかり男に与えられる温もりにやられてしまっているらしい。一期一会のものだと思えばこそ、より刹那的であるというか、離れがたいと思ってしまうのかもしれない。
「……よし、もういいぞ。目を開けても構わん」
重い目蓋が、ぱっと開く。そうして開けた視界には、壁に手を突きこちらに背を向ける男の姿があった。ぼくは、間髪入れずにその背を抱き締めた。
「情熱的だな、小僧」
「寂しいのです。そういうぼくを引き摺り出したのは、あなただ」
「曝け出したがっていたくせに」
荒い息を吐きながらの軽口を交わす合間に、ぼくは男のコートを捲り上げ、白い臀部に陰茎を擦り付けた。淫猥な光景に、息を飲む。
「――いれますよ」
「ああ、はやく」
ぼくも、男も、急いていた。腹の底の空洞が埋め立てられる瞬間を、今か今かと待ち望んでいる。鉛のように重い、重くのしかかる感情から、現実から、解き放たれる瞬間を。例えほんの一夜、今夜だけの解放だとしても。
人差し指と中指で、男の後孔を押し広げる。くちり、と微かに鳴った水音に唾を飲み、ぼくは性急に自身の陰茎の先端をその箇所に押し付けた。大きく息を吐き、腰を進める。ゆっくり、ゆっくりと。両手で男の腰を掴んだまま、ぼくは奥歯を噛みながら、天を仰いだ。
――なんだ、このこの世のものとは思えないほどの快感は。
「あー、あっ、は、ああ……」
「す……ごい……っ」
「ふ、ぅ、ふ、ふ……なくには、まだ、早いのではないか、少年、よっ」
「~~!!?」
いやらしくうねる肉壁が、きゅっとぼくを締め上げた。ぼくの全てを搾り取らんと言わんばかりの、傲慢な締め付けである。暴力的に、気持ちがいい。視界はじわじわと滲みかけている。
「ふ、ふふ、ぁ、あは……でかく、なった……」
うっとりと、男が呟いた。どこにどう力を入れれば男を悦ばせることができるのかを熟知しているその姿は、どの角度から見たって立派な淫売そのものである。きっとこの男にはぼくだけではない。たくさんの人間の熱を喰らい、そして、その白い肌の内に秘めた温もりを分け与えながら夜を歩き続けてきたのだろう。この、淫売!淫売!嫉妬心そのものの激情に突き動かされるがまま、ぼくは男の奥の奥まで陰茎を突き入れた。全身の神経を引き千切らんばかりの快感に、腰が崩れ落ちてしまいそうになる。それでも、必死で、必死で、ぼくは男を求めたのだ。たった一夜の温もりを、このぼくに与えてくれる愛しい人を。
「あっ、あ、っあ、あっ、あぅう、ァ……!」
「っ……!!」
引いては、叩きつける。押し込んでは、引き摺り出す。聞くに堪えない水音が暗闇を駆け抜けて、男の嬌声はぼくの何もかもを溶かしてゆく。首を反らせた男の襟足、金の髪の群生に鼻の先を埋めると、あまやかな香りに鼻腔を擽られる。こんなにも毒々しく人を誘う強烈な匂いなど、ぼくは知らないはずなのに。何故だか妙に懐かしくて、なんだか酷く、たまらない気分になって、視界が一段飛ばしに滲んでゆく。訳の分からない感慨だ、今のぼくにはあまりに重い。かぶりを振りながら、ぼくは必死に男の体を貪った。
「いいッ、いいッ、あ、あッ、あ、あ゛ッ!」
「い、いいの、ですか!そんなにも、そんなにもッ!」
男は激しく頷いた。頷きながら、腰をうねらせた。喉が鳴ると同時に、嫉妬心が膨れ上がる。この男にはぼくだけではない、ぼくだけではない。何故それが、こうも苛立たしく感じるのだ!
「愛や、情が!なければ生きて、ゆけないのですか!まるで馬鹿な、女のようだ!」
「ああああ!!や、やらぁ、あ、ぁああっ、あぁ!!!」
「寂しければ、他人と寝ればよいのだと、そのような、そのような……!!」
「あは、ぁ、あ……女が、嫌いか?」
「っ――母が、」
貪欲に互いを求め合うぼくと、この男。きっと正視できないほどの、浅ましい姿であるのだろう。見なくても、知っている。そうして生きてきた人を、ぼくはこの目で見ながら生きてきたわけなので――腹を痛めて産んだ子供であるこのぼくを抱き締めてはくれないくせに、自分の寂しさを埋め立てることのできる男に取り縋って生きてきた、母という人を。
「母が、そういう人、だった――!!」
どうしてぼくではいけなかったのだ。我が子とは、女の寂しさを埋め立てるに足りる存在にはなり得なかったのか。母よ、かあさんよ――
「ふ、ふふ、ふ、では、父親、は?」
喘ぐ男がぼくを煽る。ぼくは結局母にぶつけることも出来なかった、ちょっとした恨みを吐き出すように男の項に噛み付いて、唸るように言葉を重ねた。
「ろくでもないっ!ちょっとどやされただけで、小さな子供へのいびりもやめてしまうような、本当にしょうもない、小悪党にすらなれない小市民!しかもあれは、ぼくとは血の一滴すらも繋がっちゃあいなかった!愛情などを、抱けるものか!」
「では、本当の、父親は!?」
「~~会いたかった!甘えたかった……!」
「ひ――あ、ああぁ、あは……!!」
叩きつけるように奥を突くと、男はとうとう感極まったような声を上げ、壁に突っ張った白い手がずりずりと下へ下へと下がっていった。逃がしてなるものかと、ぼくは男の腰を引き上げる。そして何度も何度も、突き上げた。
そうしながら、ぼくはだらだらと泣いている。過去からやってきた感慨が溢れて止まらない。
写真の中に棲む父親――直接会ったこともない、ぼくの遺伝子のルーツたる人。彼だって、もしかすると母のように、或いは養父のように下等も下等な底辺の人間であるのかもしれない。それでもぼくは、いつかぼくの救いにきてくれるかもしれない存在がいるのだと、そういう夢を見せてくれた点についてだけは、今だって感謝をしているのだ。
言葉にしてしまったら、もう止まらなかった。会いたかった、甘えたかった。汐華初流乃が抱え続け、終ぞ払拭されることのなかった寂寥感。今更どうにもできないそれから逃れるように、ぼくはたった今、誰よりも深くぼくと繋がっている一期一会の男に取り縋った。酷く、酷く、彼を犯した。もう何も、考えたくはなかったのだ。もう、なにも。

「ふふ、ふ……中々に、可愛げのある子供なのではないか」

滲み歪んだ視界の中で、金の髪がふわりと舞った。そして、あ、と思う暇もなく、男が振り返る。その瞬間を見計らったかのように、さあ、と音を立てながら風が吹き、頭上の雲が吹き飛んだ。
とうとう月が現れて――この暗い路地裏に、柔らかな月光の階が立ち込めた。

「あなたは、」
脳裏に浮かんだある人の横顔と、この男のとろけたかんばせが重なった。息が止まるかと思った。それでも、呼吸は続いている。心臓は動いている。時間だって止まりやしなくて、つまり現実というものは、リアルタイムで進行を続けている。この、あまりにもあんまりな現実は。
「わたしに甘えるといい」
起用に上半身を傾けて、男は片腕でぼくを抱き込んだ。ぐいと首を引き寄せて、口の端に雑なキスを寄越してくる。ぼくは呆然と、男の赤い瞳を見つめることしかできなかった。
「なにを、気後れすることがある。誰が、貴様が子供であることを咎めるというのか。ここにはわたしと貴様しかいないのだ、少年――少年、よ。」
優しげな声でぼくを慰めながら、しかし恐らくこの男は自分の為だけにこういうことを言っている。分かるのだ。この男がいう所の『大人ぶったガキ』であるぼくが零す、ある種の幼児性を、この男は高みから見下ろすつもりで楽しんでいる。分かる、分かってしまう、だってこの男はぼくによく似ている。
それでもぼくにとっては、他でもないこの男が寄越してくれる優しさこそが――なによりもの、救いであったのだ。
「さあ、泣くといい。泣きながらわたしを抱いて、その薄っぺらい胸の内にしまい込んだ孤独を吐き出してしまうのだ。そうすれば、現実なんてものはだな、小僧。いくばか、軽くなってしまうものだ」
「――そういうもの、ですか」
「ああ、そういうものだ、そういうもの、ふふ、ふ、ふふ」
男の笑顔はあまりに悪びれないものだった。赤い口の端から八重歯のようなものを覗かせながら、にんまりと笑ってみせる。そうして小首を傾げてみせる仕草の、わざとらしいまでの可憐さに、なんだか何もかもがどうでもよくなって、気付けばぼくも笑んでいた。
倫理だとか、禁忌、だとか。そういうものは、この夜に限っては必要ない。橋に干されていた酔っ払いと、一夜の逃避行に勤しんでいた16歳。それだけの間柄があればいい、それだけの。きっと今夜だけは、許される。そんな気がする。
「ふ、ぁ、あ、あ、あぁっ――あ……?」
がくがくと震えだした男の膝を、哀れに思った。なので一度、抜いてやる。男は頓狂な声を漏らし、両目を丸々と見開いた。そんな顔をしてくれるなよと、金の髪を梳く。ぼくだって離れたくて離れたわけではない。
「こっちの方が、ですね。多分きっと、楽ですよ」
男の腰を支えていた手を離してやれば、ふらりと男はへたり込む。すかさずその背を堅い壁に押し付けてやれば、男はぼくの意を汲むように足を割り開いた。くったりとした動作で、けれど惜しげなく、はくはくと収縮する後孔をぼくの目の前に曝け出す。最早、笑ってみせる気力もないのだろう。男のうつくしいかんばせには、濃い疲労の影が落ちている。それがまた、男の美貌に華を添えているようにしか見えないのだ。
「――いれます、ね」
「何を、今更」
そろりと伸ばされた男の両腕が、ぼくの肩を包み込む。誘われた男の胸は広く、その腕の中は暖かった。薄いシャツの合間を覗き込めば、真っ白の男の首の付け根の辺りに星形の痣を発見する。
目の端から涙が溢れた。そして衝動のままにとうさん、とうさん、と、実際にぼくの父さんであるのだろう男に呼びかける。男は分かっているのかいないのか――父親ぶるようにぼくの背を撫で回し、かと思えば続きはまだかと背徳の先を強請るのだ。どうしようもない男、あまりにも、どうしようもない。けれど、それでもよかったのだ。ちゃんとぼくを見て、ぼくを抱き締めてくれるこの人が、ぼくは愛おしかったのだ。ずっと――そうしてもらえることを、待っていたのだから。
「ぼくは――ジョルノといいます。ジョルノ、ジョバァーナ」
「おや……一期一会の仲ではなかったのか、わたしたちは」
「もう顔も見たんだ。いいでしょう、名前くらい。名前を呼んでもらえた方が、興奮します。あなたは?」
「わたしは別に、名前なぞ呼ばれなくても、気持ちいいものは気持ちいいが」
「……ええと、そうではなくて。あなたの、名前は」
「知りたいのか?」
「ええ、とても」
本当は、知っているのだけれども。
「そうだな――ううむ、まあ、よかろう」
男の両手がぼくの頬を包み込む。ぼくの目をまっすぐに見つめながら、男はけだるく笑った。
「わたしの、なまえは」
そして――今だってぼくの懐に、後生大事にしまわれているあの写真。古びた紙切れの端に記されていたぼくの父の名前らしきものを、一言一句違えずにその艶めかしい唇で紡いでみせたのだった。




結局のところ、行きずりの男だと思っていた相手はぼくの親だった、一期一会の縁で片付けるにはあまりに強烈な繋がりを持っていた相手だった、そんな相手と寝てしまったという事実は、ぼくの現実をより一層重くしてゆくばかりである――と理解はしていても、膨大な熱の全てを発散しきった今この瞬間だけは、思い悩んでいたことの全てが馬鹿馬鹿しく思えるほどの解放感がぼくの全身を巡っている。冷たい風が吹き付ける感触すらも、心地がよい。
見上げた夜空は清々しい。厚い雲はとっくに晴れてしまったようだった。そんな光景を共に眺める存在があった。父である。一時の熱を共有した男である。ぐったりとした体を持て余すように、ぼうっと空を見つめている。
「――この写真」
「ん?」
「覚えはありますか」
少しばかりの覚悟と共に、懐から取り出した写真を男の方へと突きつけた。男はちらりと横目で、おざなりな視線を寄越す。そして、怪訝そうに首を捻った。
「ぼくの母が、持っていました」
「貴様の、愛や情がないと生きてゆけないとかいう?」
「ええ。なんでも、ぼくの本物の父親の写真なのだそうです」
「む」
ぱしぱしと、豊満な金の睫毛が瞬いた。びっくりしたネコのような表情が妙に愛らしい。父親相手にそんなことを思ってしまったのは、あんな行為をしてしまった余韻であるのだろう。
「ふぅむ。知っていたのか、貴様は」
「途中で気づきました。泣いていたでしょう、ぼく」
「突っ込んだ瞬間から涙声だったではないか」
意地の悪い笑顔である。ぼくは写真を引込めて、再び月へと視線を戻した。
「こういうことも、あるものなのだなぁ」
「あるものなのですねぇ」
横目で伺ってみれば、父も同じように怠惰に空を見上げている。父と共に見上げたあの月は、なんだか特別に美しいものであるように見えた。
「また、会えますか」
「一期一会の相手を探していたのではなかったのか。わたしを引きずり込んでしまえば、貴様の現実はもっと重くなってゆくばかりであるのだぞ、ジョルノ・ジョバァーナよ」
「それでもいいと思っています。一先ず今は。今は――あなたとの繋がりを、絶やしたくないと思う。おかしなことですか」
「わたしが貴様の父であるからか」
「それもあると、思います。でもそうでなくてもぼく、こう言ってたような気がしますよ」
「感情に。いともたやすく、引きずられてしまうのだなぁ。その年頃の子供というものは」
「子供ですからね」
月から目を離し、隣の父へと笑いかける。ぼくの視線に気付いたのだろう父は、こちらへと向き直り、やれやれだ、なんて一言を零しながら苦笑した。ああぼくの父さんというものは、どうしようもないあばずれである気がしてならないのに。綺麗な人であるのだなぁと、思う。
「わたしは、貴様の望むような父親になどにはなれぬぞ。なにせよき父親というものを知らん。わたしの父は、酒に溺れるカスだった」
「あんなことしといて今更、いい父親になって下さいなんて言いません」
「貴様はこのDIOに何を望むというのだ?」
「ぼくが――案外年相応の子供であるということを、知っていてください。16歳のぼくがそういう男であったということを、これからも忘れないでいて下さい。それだけを、望みます」
「安上がりな子供だな」
こてん、と父の頭がぼくの肩に乗っかった。そして独り言のようなか細い声で、11ケタの数字の羅列、それからどこかの住所をぽつぽつと呟いた。最後にわたしの連絡先だ、と付け足しながら、上目でぼくに笑いかける。
「『あの男』もこのDIOの連絡先は知らんのだ。聞かれたことがないので教えたことがない。だから、貴様だけだ。わたしが自分から繋がりを作ってやったのは、貴様だけ。光栄に思うがいい、我が息子、ジョルノ・ジョバァーナよ」
うりうり、と金の頭が押し付けられる首筋がむず痒い。仕返しをするべく髪を引っ張ってやれば、父の頭はあまりに容易に持ち上がった。真正面で向かい合った父が、笑う、美しく、不道徳に笑ってみせる。キスをされるのだな、と思った。ので、ぼくの方から仕掛けてやった。触れるだけ。戯れのようなキス。一瞬虚を突かれたような顔をした父を、やはりぼくは愛おしいと思うのだ。







今の生活に不満あるわけではないけどたまになんかがーっと解放されたくなるみたいな感じの、どんな肝が据わってても大人ではないジョルノにときめきます


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